ー20ー
「イデデデデっ‼︎ 」
「あら、ナッちゃん、どうしたの?」
「な、なんでもない ‼︎ それよりヤスコさん、シメの『オヤツ巻き』焼いてよ」
「あ〜、ハイハイ」
「『オヤツ巻き』?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、ヤスコさんが笑いながら云った。
「お店では普段出してないんだけどね。水で溶いた小麦粉を薄く焼いて、その上に餡子を乗せて巻くの。甘いお菓子みたいなものね」
「美味しそうだな……けど、ナツ、この後、アイスも食うんだろ?食べすぎじゃないのか?」
「んあ?」
結構、痛かったらしく、それまでずっと地味に脇腹をさすっていたナツは、オレの言葉を聞くなり何故かキョトン、としたカオになった。
「んー、でも、ハル……甘いものは基本、別腹っしょ?」
(ハァ?『別腹』って、オマエは女子かよっ!)
「…オレ、まだまだイケるし。大丈夫、そんなにガッツリしたもんじゃないからさ。自転車もたくさん乗ったことだし」
「あら、デザートはアイスを食べる予定だったの?」
オレ達の不毛な会話を聞きつけたヤスコさんが、カウンター越しに訊ねてきた。
「あ〜…ハァ、まぁ…」
何となくバツが悪くて頭を掻くと、ナツが横でサラリ、と
「ハルからオレへのプレゼントなんだけどね」
と、余計な一言を漏らして、ジーンズのポケットに入れていたらしいアイスの当たり棒を、ここぞとばかりに取り出して見せた。
「まぁ!」
『当たり』と書かれたアイスの棒を見た途端、何故かヤスコさんの瞳がそれとわかるほど、キラキラと輝く。
「いいわね〜、ナッちゃん…なんか『青春!』ってカンジ !やっぱり若いって、良いわねぇ」
(青春? アイスの棒で、なんで青春?? と、いうか別に…)
「いや、別にプレゼントってワケじゃ……」
「プレゼントだろ?くれたんだから」
ナツがニコニコしながら、オレの目の前で棒を振る。
「いや、確かにそれはオレがやったもんだけど、元々はオマエが買ってきたアイスで…」
「うん、うん」
「だから厳密にはオレはあげたワケじゃなくて…」
「うん、うん」
ともすれば、こんがらかりそうな事実を必死になって説明しようとすると、
「まぁまぁ、ハル…」
ナツはしたり顔でオレの肩を軽く叩いて、持っていたアイスの棒を大事そうにジーンズのポケットに戻した。
「細かいことはイイじゃん。要はハルから『渡された』ってコトが重要なんだからさ」
「いや、でも……」
なおも言い募ろうと口を開きかけた時だった。
背後の入り口がガラッと開く音がして、誰かが入って来た気配がした。
「いらっしゃいませ…って、あら、マァちゃん、おかえりなさい」
カウンターの中のヤスコさんが、オレ達の背後に向かって親しげに笑いかける。
(マァちゃん ? マァちゃんて、さっき二人が話してた人だよな?)
店に入った時の会話を思い出し、反射的に後ろを振り返ると、
(ん?…………アレ??)
オレ達の背後に立っていたのは、見た目二十代半ばくらい、髪を目の覚めるような金色に染めた、背の高い男性だった。
派手な色使いのTシャツに、耳には幾つものピアス。
手首にはゴツいブレスレット。
これでギターケースでも持ってれば、完璧な『バンド』の人なんだろうが、どうやらそうではないらしい。
と、いうか、それ以前に『マァちゃん』に該当しそうなそれらしき女の人の姿が……どこにも見当たらない。
(あ、アレ⁇ 男の人 ⁉︎ でも、いま確かに『マァちゃん』って……)
「…ただいま」
男性は椅子に腰掛けているナツを見つけると(その、ちょっと言い方は悪いが遊び人風に見える)整った顔に、文字通り『ニヤリ』といったカンジの笑みを浮かべて近寄って来た。
「よぉ、ナツ!久しぶりだな。随分とご無沙汰だったじゃん」
男性は親しげにナツの肩を叩くと、空いていた反対隣の椅子に腰を下ろした。
「ちわっス、『マサコ』さん。相変わらず見事に金髪っスね」
「まぁな。つーか、いい加減、その『マサコさん』呼びヤメろ!腹立つ!オレの名前は『マサト』だ、『マサト』‼︎ ちゃんと『マサトさん』って呼べ!」
ラフな口調の割に、さして怒っている風でも無く笑顔で答えると、
「んで、そっちの坊主はダレ?」
と、男性はナツ越しにオレへと視線を寄越した。
「…………ハル」
「ハル?」
「あ、え〜っと…」
相も変わらずの簡潔な紹介と、そのせいで怪訝な表情になりコッチを窺う男性の視線に耐えかねて、オレは自己紹介がてら仕方なく、小さくぺこり、と頭を下げた。
「…櫻井春人と云います。夏休みなんで、爺ちゃん家に来てます」
「へぇ。ナツの友達?カワイイ顔してんね。『春人』だから『ハル』か。……ん?ちょっと待て。今、『櫻井』って云ったか?」
「は、はい」
「っつーことは、もしかして櫻井の松ジイの孫か?」
「え?あ、はい。あの…ウチの爺ちゃん、知ってるんですか?」
「おぅよ!知ってるも何も松ジイにはいつも世話になってんだ。店で使う野菜とか分けて貰ったりしてさ。良くしてもらってる。そっか、松ジイの、ね。…………ん?…アレ?つーことは、お前、もしかしてあん時の……」
「あ〜〜っ!マサコさん!」
突然、隣のナツが大声を出したので、オレはビックリして危うくお茶の入ったコップを倒しそうになった。
「そういえば!デートっ!デート、どうだったんスか⁈ヤスコさんから聞いたっスよ!上手くいったんですか⁈ 」
「おい!ナツ!急に大きな声出すなよ!びっくりするだろ ‼︎ 」
「あ〜、…悪い、ハル」
驚いて思わず口から出たオレの抗議に、ナツはバツが悪そうに頭を掻いた。
「は?デート?何だよ、急に」
唐突なナツの言葉に、それまで笑顔だったマサコさんのカオもみるみる不機嫌になる。
ひどくカオを顰めたその表情は元が整っているだけに凄味があって、オレはその迫力に内心ヒヤッ、としたのだが、どうやらそれは話題の急な方向転換にイラついたというより、むしろ、してきたデートの結果のせいらしかった。
「…つーかさ、こんな早い時間に帰って来てる時点で察しろよ、ナツ。この鈍ちんが!」
「あ・・・」
「…………『また』フラれちゃったの?マァちゃん」
それまでカチャカチャとカウンターの中で黙って作業していたヤスコさんが、のんびりとした口調でまさかの『ど直球』な問いを投げかけた。
驚いてナツと二人、思わずカオを見合わせ、おし黙る。
なんの含みもないヤスコさんの言葉を聞いた瞬間、それまで強気だったマサコさんが『ぐっ!』とヘンな声をあげて言葉に詰まり、
「…………おぅ」
と蚊の鳴くような声で答えると、ヤスコさんは休む間もなく手を動かしながら、
「マァちゃん、また何かワガママでも云ったんでしょ〜?見た目はイケてるのに、いつも同じところで失敗しちゃうのよね〜。詰めが甘いというか何というか……。でも、まぁ、まだ若いんだから次があるわよ。ドンマイ」
と、さしてドンマイとは思っていないような極めてライトな口調で云った。
「ちょうど良かった。はい、オヤツ巻き出来たわよ。マァちゃんもどうぞ」
「あ〜、うん……」
「ヤッタ!オヤツ巻き!」
「…… いただきます」
まるで学食の賄いさんよろしく、オレ達の前にオヤツ巻きの載った皿が手際良く置かれると、真っ先に食べ始めたのはマサコさんだった。
「ヤスコさん、いただきます!『マサコさん』、ドンマイ!」
「うっせえ ‼︎ 」
「……………… 」
ナツのタイミングを外した激励に悪態をつき、大口開けてオヤツ巻きを三口で平らげたマサコさんは一緒に出されていた麦茶を一気に飲み干すと、まだ嬉しそうにオヤツ巻きを頬張っているナツ越しに、オレに向かってさも面白くなさそうに云った。
「オレの名前、坂井真人ってんだ。『マサト』だかんな。間違ってもコイツみたいに『マサコ』呼びすんなよ。もし呼んだらぶっ飛ばすからな」
「はぁ…」
念を押されるように云われ、オレはとりあえずオヤツ巻きを頬張ったまま、あやふやな仕草で頷いた。