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どこもかしこもザワザワと人が溢れていたところから一転して、このいかにも鄙びた、改札素通りのローカルな無人駅。
人の数より蝉の数のが圧倒的に多いに違いないであろう自然環境。
駅出た瞬間に、目に入って来るのが、車の走ってない道路と山って、どうなのよ。
(距離感、ありすぎだろうが)
ツッコミどころ満載の状況に、思わず長いため息が漏れる。
(さて…どうすっかな……此処にいたら熱中症になりそうだし。……仕方ない、一旦駅に戻るか。時間になったらまた来よう)
ギラギラとした太陽を避けるように、オレは駅に向かって仕方なく歩き出した。
太陽は高く、アスファルトに落ちる濃い影は短く、相変わらず威勢のいい蝉の鳴き声に、頭の中は大騒ぎだ。
……………まったく。
夏は大嫌いだ。
暑いし、ダルいし、虫は多いし、食欲無くなるし、物もすぐ傷むし。
気温が高くなるから、色んなものの匂いがキツくなるし、雑草とか街路樹とか植物関連がやたら元気になるから、ちょっと近付こうものなら、緑臭いし、それに汗も掻くから気持ち悪いし。
自慢じゃないが、こちとら生まれも育ちもそこそこの都会で、部屋にはクーラーが効いてるのが当たり前で、御多分に洩れずゲーム世代の一人としては、『豊かな自然』とかいう名の下のワイルドさなんて、身体も心も付いて行かないっつーの。
(そういうモンでしょーよ!)
ブツブツと誰に言うでもなく、脈絡の無い文句を呟きながら、元来た道を半分ほど引き返した時だった。
背後からクルマのエンジン音が聞こえ、程なく今まで聞いた事がないほどでかいクラクションの音が突如鳴り響いた。
(うわっ!うるさっ!)
反射的に両耳を押さえて、振り返る。
見ると、一台の軽トラックがガタガタと走って来、強張った顔で立ち止まったオレの横で、何だか変な音を立てて止まった。
(な、なんだ⁈)
状況が飲み込めず、トラックの窓をガン見していると、程なく窓ガラスが下がって、やたらニコニコしたおっさんが顔を出す。
「遅くなっちまって悪かったな。お前、松太郎さんトコの孫だろ?」
おっさんは初対面にもかかわらず、親しげに話しかけてきた。
「松太郎さん……?」
一瞬、誰だ?と頭の中に『?』が浮かびかけ、あっ!と思い直す。
「そ、そうです、櫻井松太郎の孫です」
どもりながら答えると、おっさんは何が楽しいんだか、一層ニコニコと笑った。
「やっぱりそうか。俺、松太郎さんから頼まれたんだよ。買い物ついでに孫を迎えに行ってやってくれって」
「迎え?」
「おぅ。電車の時間に間に合う筈だったんだが、ちょっとばかしヤボ用で遅れちまってな。悪かった」
「ハァ……」
この状況に馴染めず、戸惑いながら返事をすると、おっさんは空気を読んだのか、突然自己紹介を始めた。
「あ、俺は轟ってんだ。松太郎さんとは家が近所で、職業は農業やってる。松太郎さんは俺の農業の『師匠』ってワケだ」
「ハァ……」
答えようが無くて、腑抜けた返事を返すと、おっさん、もとい、轟さんは隣の助手席を指差した。
「ま、そんなワケだから乗れ。荷物は?そんだけか?」
「あ、はい」
(助かった……)
この炎天下から解放される安堵感と、ここに来てから初めて人間に会った安心感で、オレは思わず大きく息をついた。
(爺さん、グッジョブ‼︎)
心の中で爺さんに向かって、親指を立てる。
オレは助手席側に回ると、ドアを開け、いそいそと軽トラに乗り込んだ。
「わざわざすいません。よろしくお願いします」
「おぅ、任せとけ」
挨拶したオレに轟さんはニカッ、と笑った。
そして一分後ーー。
オレはある重大な事に気がついた。