ー18ー
ーーと、いうワケで、今現在に至っている。
轟さんが、何を考えてあんなに出かけさせたがったのか理由は分からないし、何だかちょっと引っかかりはするけれど、それはまぁいい。
隠し事の出来ない轟さんの事だ。
どうせそのうちハッキリする。
それより当面の問題は、あとどのくらいで町に着くのかだ。
暑さ対策に帽子を被ってても、脳みそが暑さで煮えてんじゃないかと心配になるほど、とにかく暑いし、ここまでの道のりは予測した以上に結構ハードだった。
「……なぁ、ナツ、あとどれくらいでスーパーに着くんだ?」
オレは、眩しそうに目を細めながら空を見上げているナツに向かって、恐る恐る尋ねた。
相変わらず、辺りには人の姿は全く見えない。
「あ〜〜、そうだなぁ。このペースだとあと十五分くらいかな…」
(あと十五分もコレかよ。ああ、終わったな、オレ……)
道端にしゃがみ込んでガックリとうなだれてると、いよいよオレがバテたと思ったらしい。
ナツの心配そうな声が、頭上から降ってきた。
「大丈夫か?ハル。向こうに着いたら昼メシ奢ってやるから、もう少し頑張れ。スーパーの近くに、学校帰りによく行くお好み焼き屋があるんだ。そこでメシ食おう。お前、お好み焼き、好きだっただろ?」
「お好み焼き……スキ……喰いたい…」
「じゃ、ホラ、立って。とっとと行こう。こんなトコにいつまでも居たら、余計に動けなくなるぞ」
ナツに促され、渋々自転車に跨がると、相変わらず容赦のない起伏のある道を走り続ける。
ぶちぶち文句を云いつつも、前を行くナツの背中を見ていたら、ふと、
(そういえばコイツ、この道走ってあのアイス買ってきてくれたんだよなぁ…)
ってコトを思い出した。
(・・・・・ 。)
ーー不意打ち。
(っっっ ‼︎ あ〜〜っ、もうっ‼︎ )
ずっと見ていたハズなのに、そんなことを思った途端、パタパタと風にはためく派手なTシャツを着た背中に心臓がドキリ、とした。
急にバクバクしだした胸の鼓動のせいで、息が苦しい。
「ハル〜〜、付いて来てるか〜〜?」
こっちの気も知らず、ノーテンキに声を掛けてくるナツが何だか癪で、
「うっさい!付いてってるわ!」
と、半ばヤケ気味に叫ぶと、
「ハハハッ!」
と、ナツの楽しそうな笑い声が聞こえた。
それからまもなく、ナツの言葉通り、オレ達はやっと町に辿り着いた。
云われた言葉を疑っていたワケじゃなかったけど、それから暫く自転車を走らせていると、アスファルトの向こうに赤い橋が見えてきて、その橋を渡って更に進んで行くと、道は驚くほど平坦になった。
やがて小さな商店が道の両側に疎らに並び始め、ほどなく周囲は下町の商店街みたいな町並みになる。
人の姿もちらほらと見かけるようになり、オレは何だかホッとした。
(やっと着いた…)
キョロキョロと辺りを眺めながらペダルを漕いでいると、少し行った先でナツが自転車を停めて、オレを振り返った。
「ハル、腹減っただろ?先にメシにしよう。スーパー、あそこだから」
ナツが指差した先には、店先に色々な野菜を並べている、大きな赤い看板の店があった。
開け放した入り口から、店内で流しているらしい賑やかな音楽が聞こえてくる。
「お好み焼き屋って、こっから遠いの?」
「いや、すぐすぐ。コッチ」
ナツは自転車を止めた場所のすぐ脇に伸びている少し細い道を指差すと、くるりと向きを変えて進んだ。
そしてまもなく
「ほら、ココ」
と、自転車を止めて降りたのは、ちょっと年季の入った平屋建ての建物の前だった。
「お好み焼き…焼きそばの店……。『ふく』?」
「ーーハル、自転車こっち」
オレが看板に気を取られている間に、ナツはサッサと自転車を降りて移動したらしい。
気がつけば、店の横の小さな空きスペースに自転車を停めて、オレを手招きしていた。
「あ、うん」
ナツに倣って自転車を隣に停め、その後ろにくっ付いていく。
入り口に掛かった暖簾を慣れた仕草でくぐると、ナツは引き戸を開けて中に入り、カウンターの側にいた髪の長い女の人に
「ちわ〜っス、ヤスコさん!」
と、声をかけた。
(『ヤスコさん』って、誰 ⁉︎ あ!この人か…)
「あら、まぁ!ナッちゃん!いらっしゃい。ちょっとご無沙汰だったわねぇ」
なんかドラマに出てくるスナックのママみたいなセリフを口にしながら満面の笑みで迎えてくれた女の人は、美人だが、ちょっと化粧は濃いめな感じで、胸の所に『ふく』とロゴの入った赤いエプロンを着けていた。
年齢は三十代後半くらいだろうか?
「休みに入ってから、いろいろ忙しくてなかなか来れんくて。…アレ?今日はマサコさんは?」
(『マサコさん』⁉︎『マサコさん』ってのは誰 ⁉︎)
「マァちゃんは、今日はお出かけしてるの。何を隠そう、デートよ、デート!」
「ひゅ〜〜っ!やるぅ!マサコさん!」
「でしょ!それでね今日はマァちゃん……」
(……分からん。ま、いっか)
二人が話で盛り上がっている間、会話について行けないオレは入った店の中を見回した。
期待していたクーラーの効きは今ひとつだったが、外の直射日光からは逃れられたせいか、だいぶ涼しく感じる。
建物の外観から想像していた通り、こじんまりとした店内には、カウンターに椅子が五脚とテーブル席が二つだけで『店』というよりは『屋台』みたいな雰囲気だった。
カウンターの端にはテレビが置いてあって、その横には何故か色褪せたダルマと招き猫、そしてお宝(って言うんだっけ?何か釣竿みたいのに鯛とか小判とかが下がってるおめでたそうなアイテム)が飾ってあった。
ちょうど夏休みに入る前に見たアニメに、たまたま出てきた田舎の食堂の描写がこんな感じで、雰囲気が良く似ている。
古ぼけてて、どこか懐かしいような店内には、お客は一人も居なかったけれど、染み付いてしまっているんだろう、美味しそうなソースの匂いが漂っていた。
「……それで、ナッちゃん、こちらは?」
ひとしきり話をし終わったのか、ナツに向いていたヤスコさんの視線が店内を眺めていたオレに向けられると、オレはハッと我に帰った。
「あ、そうそう。今日は知り合い連れてきたんだ。ヤスコさん、コイツ、ハル」
これ以上ない簡潔な紹介に、内心
(なんつー、紹介じゃ‼︎)
と、思いつつも、オレはヤスコさんに向かって、ぺこり、と頭を下げた。
「櫻井春人です。どうも初めまして」
「あらまぁ、ご丁寧に。あたしはこの店の主人で坂井靖子って云います。どうぞよろしくね」
そして何故かニコニコとオレの顔を見ると、ヤスコさんはおもむろに
「ヤダ、ナッちゃん、礼儀正しくて素敵なお友達ねぇ。それに色が白くて、お顔もとっても可愛いし」
と、云った。