ー17ー
「…ち、ちょっと…待って……。オレ、これ以上早く動いたら…たぶん死ぬ。イヤ、絶対に死ぬ…」
「あ〜〜っ ⁉︎ マジで?」
息も絶え絶えに訴えかけると、ナツはそれまで休む事なく漕いでいた自転車のペダルをサッと止めて、かろうじて後ろをヨロヨロと走っていたオレを振り返った。
「ダイジョーブか?ハル?」
「……大丈夫じゃない」
ナツの声にオレは口を尖らせながら答えた。
そう、ちっとも大丈夫なんかじゃない。
真夏の炎天下。
急な山坂。
辺りに人影、及び休憩所の気配まるでナシ。
ただただ緑濃い中に伸びる灼熱のアスファルトの道を自転車で走るというこの状況が、弱りまくっているオレにとって、大丈夫なはずがあるかっつーの!
「だいぶ暑くなってきたもんな…昼近いし。太陽があんなに高くなってる……。あっ、そうだ!水飲めよ、水。喉乾いただろ?」
自転車から降りて歩いてきたナツは、背負っていたリュックから水の入ったペットボトルを取り出すと、オレに向かって差し出した。
ゼーゼー言いながら、それを受け取り、力の入らない手でフタを捻る。
生温い水を口に含むと、飲んだ途端、額にじんわりと汗が浮かんだ。
「もうちょいで着くからさ。ガンバろうぜ、ハル」
そう云って、にこやかに笑うナツは、こんな状況なのにもかかわらず、極めて爽やか好青年だ(まぁ、多少のやっかみも入ってはいるが)。
汗だくでゼーゼー息ついてるオレと違って、日焼けした顔に満面の笑みなんか浮かべちゃってさ。
そんなカンジでいかにも夏!って背景背負ってニッコリ笑った日には、あ〜、コレ、女子にモテんだろうな〜とか、さすがイケメンは違うよな〜とか、なんかこの状況ではどうでもいいような不満が、暑さで沸騰しそうな頭の中をぐるぐるとかけ廻る。
「………… 」
「ん?どした?」
「………何でもない」
そんな頭の中の考えが、ついつい表情にもダダ漏れてしまっていたんだろう。
覗き込むようにしてオレの顔色を伺ったナツの目の前に、オレはそのあと一気飲みした空のペットボトルを、半ばヤケ気味に突き出した。
ーーそもそも。
何で今現在こんな状況になっているのかといえば、元凶はアレだ、アレ。
アイスの当たり棒(しかも二本)。
ナツが一昨日買ってきてくれた、十本のソーダ味のアイス。
それを、昨日までにオレは一人で六本消費した。
そしたら何と、信じられないことに当たりが二本も出たのだ。
これには驚くと同時に、ちょっと脱力もした。
というのも、今まで実家に居た時、これでもかというくらい一年中食べてたのに、一度も当たるどころかその気配すら無かったからだ。
いや、別に当てたくて食べてたワケじゃないし、好きだから食べてたんだケド、それにしたって当たりがある以上、ちょっとは期待するし、どう考えても確率的にもオカシイ気がする。
それとも当たり棒って、めっちゃ地域で偏ってんだろうか?
今朝、轟さんの所に顔を出したナツにこの間のヒドイ言い草を謝って、改めてアイスの礼を言い、お詫びがてら持っていた当たり棒を差し出すと、ナツはちょっと驚いたような顔をした。
「こないだ、悪かった。……その、お前にヤな言い方して、ゴメン。それでコレ…お前に貰ったものでお詫びもどうかと思うんだけど、当たったからさ。とりあえず二本」
ナツはおずおずと棒を差し出したオレを見て、それから当たり棒を見て、もう一度オレを見ると、少しだけ首を傾げた。
それから口許にゆっくりと笑みを浮かべると、ちょっと悪戯っぽい目をしながら云った。
「コレ、オレにくれんの?」
「…うん」
「こないだのコト、気にしてたんだ?」
「あ〜、うん。まぁ…」
何だかきまりが悪くて、ナツから視線を外し、頭を掻く。
するとナツは意外なことを云った。
「へぇ〜、そっか……気にしてたんだ。…いいよ、仕切り直ししよう。オレも最初から馴れなれしすぎたし、改めてヨロシクな、ハル」
「うん。じゃ、そういうことで、オレはこれで…」
そそくさとその場を後にしようと後退るオレにナツが言葉を続ける。
「…でさ、せっかく仲直りしたんだから、今日、仕事終わったらコレ、引き換えに行こうぜ。二人で『町』まで」
「へっ?」
思わず逸らしていた視線をナツに戻すと、ナツはニッコリとオレに向かって微笑んだ。
「仲直りの記念にさ。オレ、午後空いてるし、幸い自転車は二台あるし…」
「あ〜〜、いやぁ〜〜、それはちょっとどうかな〜〜?オレ、その…なんていうか基本、インドア派なんで、暑いのダメっていうか、体力とか気力とか、出かけるとなるとイロイロとね〜。それに、あ〜っ、そう!そうだよ‼︎ その当たり棒はナツにあげたんだから、せっかくだし、ナツが自分で使えよ」
「??だから使ってるけど?」
「いや、そういうことではなく…」
予期せぬ展開に言葉を失っていると、思わぬ所から声がした。
「…そういうことなら、今日はもう二人とも上がっていいぞ」
「へっ?あっ⁉︎ 轟さん!」
いつの間に来ていたのだろう。
気がつくと、轟さんがオレのすぐ後ろに立っていた。
何故だか傍目にもそれと分かるくらい、ひどく機嫌良さそうに笑っている。
「…今日はあと少しで作業もお終いだから、残りの仕事はオレ一人で出来るしな。ナツ、せっかくだから、ハルに町を案内してやれよ」
「うん、そうするつもり」
「いや、オレは謹んでお断りしようかと…」
「ハル〜〜、ちょっとコッチ、コッチ」
轟さんは、口を開きかけたオレの首にガシッと腕を回すと、有無を言わさずナツから少し離れた所まで引っ張っていった。
「ちょっ、ちょっと何?轟さん」
「ハル。オレはお前をちょっと見直した」
「…は?」
「この間の今日で、考えを改めてくれるとは思わなかった。さすが師匠の孫。人間が出来てる」
「突然、ナニ言ってんの?」
ワケが分からず思わず怪訝な表情を浮かべると、轟さんは声をひそめた。
「アイツと仲直りしてくれたんだろ〜?自分の方から手を差し出すとはエライ!なかなか出来ん事だ。と言う訳で、もちろん、出かけるよな?」
「え?」
(なんか、空気変わった?)
間近にある轟さんの顔を見ると、相変わらずの笑顔なのに、いかんせん、目がマジモードになっている。
「いや、オレは暑いのも体力使うのもダメなんで、謹んでお断りしようかと…」
「………出かけるんだよな?」
「………… 」
「出かけねーのかよっ!」
無言の反応に、轟さんがガックリと肩を落とす。
続けざまに大きなため息が聞こえた。
(???)
「えっと…あのさ?轟さん…なんでそんなに行かせたがんの?」
何だか引っかかりを感じて、何気なく訊ねると、その瞬間、轟さんは何故かオレの言葉に大きくギクリとした。
「そ、そりゃ、二人に仲良くなって欲しいし…」
「そんだけ?」
「あ〜〜、まぁ……うん」
「ふぅん」
(歯切れ悪いな…)
黙ってジッ、とその顔を見つめる。
一人うなだれていた轟さんは、オレの視線に気づくと、それと分かるほど焦りながら云った。
「何だよ!」
「いや、別に。……分かった。いいよ、出かけてくる」
「……へっ?出かけんの⁉︎ ハル?」
「うん」
オレの言葉に、今度は轟さんがビックリする番だった。
「ホントに⁉︎」
「うん、行ってくるってば。…じゃ、お言葉に甘えてもう上がるからね。後はヨロシク。ナツ!行こうぜ!」
「おう」
「お、おい!ハル!」
少し離れて大人しく待っていたナツに声を掛けると、ナツは当たり棒を持った手をこちらに向けてひらひらと振った。