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君の居なくなったこの世界で  作者: 篠井秋生
15/23

ー15ー

「爺ちゃん、お代わりは?」


「いや、もういい。茶をくれるか?」


「うん」


食べ終わった食器をまとめて、お茶用の湯を沸かしに台所へ行くと、居間からその背中を追いかけるように爺ちゃんの声が聞こえてきた。


「ハル坊、素麺、美味かったぞ」


「……そぉ?それは良かった」


ーーただ、茹でただけなんだけどね。


「つゆの出汁だしもちょうど良かった」


「………ありがと」


ーーそれは市販の『つゆ』のお手柄だな…


手に持っていた食器を冷やして、水の入ったヤカンをコンロにかけると、オレは一人背中を丸めて溜め息をついた。


なんだかんだとうだうだしていたために時間が無くなったこともあって、今日の昼メシは結局、貰い物の素麺になってしまった。


お湯を沸かして、タイマーをかけて、麺が茹で上がった頃ちょうど爺ちゃんが畑から帰ってきて。


爺ちゃんは、アタフタとオレが動き回る台所が気になったんだろう。


いつもなら帰ってきて真っ先に着替えるのに、今日に限ってその前にひょっこりと顔を出し、


「お、昼は素麺か?」


と、訊いてきた。


「あ〜〜〜、うん……」


「今日は暑いからなぁ、ちょうどいいじゃろ」


「………………」


そう云って、手を洗いに行っちゃったんだけど、オレはその後ろ姿を見送りながら、気付かれないようそっと手を合わせた。


(爺ちゃん、ゴメン‼︎ また『素麺』で ‼︎ )


ーーそうなのだ。


オレが食事当番になると、今のところ、十中八九、メニューが『麺類(うどん、蕎麦)』又は『素麺』になってしまう。


ちなみに前回素麺を食べたのは、つい昨日の夕方だ。



別に素麺が格別好きだからというワケじゃない。


素麺は美味しい。

確かに美味しいけれど、ほぼ毎日って……やっぱ、飽きるし。


ーーでも仕方ないんだよな。


料理に関してオレが持っているスキルは


『茹でる』


だけだから。



オレが一人で料理をするようになったのは、爺ちゃんに来てからのことで、それまで家では当然母親が、朝、昼、晩と三食作ってくれていた。


以前のオレが台所に立つことがあるとすれば、唯一、腹が減って止むを得ずにインスタントラーメンを作る時くらい。


あれならお湯を沸かして、暫く煮ればすぐ出来るし、少しくらい煮過ぎても食べられなくなることはない。


料理オンチのオレでも、そこそこイイ感じにこなせる。


それで、その延長線上、スキルを駆使し、麺類オンリーとはいえ頑張っているんだけど…


(そうはいってもなぁ…)


この世の中に食べる物はたくさんあるのに、料理のスキルが『超』低いせいで、特に好きなワケでもない素麺を続けて食べねばならないという、この理不尽。


昔、婆ちゃんが使ってたらしい料理本を部屋の本棚で見つけて、目下もっかのところ秘かに勉強中なんだけど、本に出てくる言葉の意味も時々分かんなかったりするんだよな。



(やっぱ、このままじゃマズい…よな…)


淹れた茶を居間に運びながら、オレは中身の軽いアタマをぐるぐると悩ませた。



自分で料理を始めたキッカケは百パーセント自発的なもので、爺ちゃんに云われたからとか何とかそういうコトでもない。


というのも、爺ちゃんはオレがここに来て以来ビックリするほど放任で、オレにアレをやれ、コレをやれ、と云った事はこれまで一度も無いのだ。


ここに来て最初の頃、何も言われないのをいい事に、与えられた部屋で文字通りうだうだグダグダとしていたんだけど、余りになんにも言われないので、日が経つにつれ、ちょっと不安になった。


うるさく文句を言われる自宅と違って、持ってきたゲームをクリアする絶好の環境なのに、何だかゲームをする気持ちがふしぎと萎えたっていうか。


爺ちゃんは何も云わず、朝早く起きてごはんを作り、畑へ行って仕事して、昼前に帰ってきてごはんを作り、家のことをやってごはんを作る。


家の事ーー例えばゴミ捨てとか、風呂掃除とか何一つせずポヤ〜ンとしているオレに文句も云わず、ただ黙って黙々と忙しそうに立ち働いている。


そういう姿を朝から晩まで見ていたら、当たり前みたいにやっているけど、それって全然当たり前じゃないんだって気が付いた。


それで、お世話になる以上ちょっとは何かをしないといけないんじゃないかという気持ちから、自分で言い出して始めた事だったんだけど……。




「はい、爺ちゃん、お茶」


「おぅ、スマンな」


昼メシを済ませ、食後の一服でくつろいでいる爺ちゃんの姿を見ていたら、なんだかすごく申し訳ない気持ちになって、オレは小さく頭を下げた。


「爺ちゃん、ゴメン。作るのが『素麺』ばっかりで」


「どうした、急に?」


「だって……」


オレが言葉に詰まると、爺ちゃんは咥えていたパイプを口から離して、ちょっとの間オレを見ていた。


多分、情けないカオをしていたんで、何が言いたいのかすぐ分かったらしい。


「…別に構わんさ。最初はみんなそんなもんだ」


そう云って爺ちゃんはパイプをふかすと、珍しく少しだけ笑った。


「やってるうちに慣れる」


「そうかな?」


「そうだ」


オレの言葉に爺ちゃんは頷きながら、言葉を続けた。


めたらそこまでじゃが、続けとるうちには何とかなる。だからそんなに心配せんでもいい。ワシは素麺でも蕎麦でもうどんでも、お前が作ってくれたものは何でも美味いし、有難い。だからそんなに気に病むことはない」


「…うん」


「それはそうと…ときにハル坊、ナツの姿が見えんようだが、アレはどうした?」


気にしていた名前を突然耳にして、その瞬間、凹んでいたことも何処へやら、心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。


「えっ⁉︎ あっ!あ〜〜、ナツ、か!ナツはね……」


オレは内心の動揺を気どられないよう、殊更落ち着いた風を装いながら、今朝、ナツが轟さんで町までの買い物を頼まれたことを爺ちゃんに話した。


「………そうか。それじゃ、少し時間がかかるわな。でも、もう間も無く戻ってくるじゃろ。帰って来たら、スマンがアイツの昼ご飯、作ってやってくれるか?」


「う、うん。分かった」


「ワシは少ししたら、町内の会合に出掛けてくるんでな。帰りはおそらく夕方になる」


「うん」


爺ちゃん出掛けちゃうのか……


(今朝のこともあるし、二人はちょっと…というか、大分気まずいんだよなぁ……)


爺ちゃんが居るうちに帰って来てくれれば、何とかその場はしのげそうなんだけど。

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