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君の居なくなったこの世界で  作者: 篠井秋生
13/23

ー13ー

「…仕方ねぇな。約束は約束だ。ナツ、今日仕事終わったら持っていっていいぞ」


「ヤッタ ‼︎ 」


「んでもって、話ついでに悪りぃんだけどさ、オレんの仕事終わってからでいいから、ちょっと町までオフクロの買い物頼まれてくれないか?もちろんバイト代は出すから」


「買い物?おばさんの?」


「ああ」


ナツの問いに、轟さんが頭を掻いた。


「オレが行ければいいんだけど……。今日、ちょっと青年部の方の集まりがあってさ。抜けられないんだわ」


「青年部? あ〜〜、分かった、再来週の祭りの打ち合わせ、っしょ?」


「ご名答」


(へぇ……祭り、か。祭りなんてあるんだ。……そういえばオレ、今まで祭りなんて行ったこと無いな…)


「うん、いいよ。買い物って、いつものスーパーだろ?」


「あぁ」


轟さんが頷くと、ナツはひらひらと顔の前で手を振った。


「バイト代なんていいよ。オレも買いたいモノあるし、ついでに買ってくるから…。『新車』でチョイチョイっと行ってくるからさ。後でおばさんに、何買ってくるか聞いてくる」


「悪りぃな。よろしく頼む」


「おぅ、頼まれた」


ナツは心得た、とばかりに、拳で胸を叩いた。


「あ、それとな、言い忘れてたんだけど、田所米店の婆ちゃんがな……」



二人がオレの分からない話を始めたので、オレは元居た場所に戻って仕事を再開することにした。


ーーヤレヤレ。

まぁ、なんだかんだ言ってても、仲が良いんだよな、あの二人。


まるっきり赤の他人同士なのに、まるで兄弟みたいに気を許してるカンジがするのは、やっぱり付き合いが長いせいなんだろうか。


兄弟が居ないオレには、そういうのは良く分からないけど、少しーーいやホントにちょっとだけ、その……そういうのが羨ましいような気もする。


……本当に、ちょっとだけ。



そんなことをつらつら考えながら作業していると、暫くして、列になったトマトの苗の境目から、ナツが突然、ひょっこりと顔を出した。


「あ、居た居た、ハル…」


「うぉっ!何だよ、急に!ビックリするじゃん‼︎ 」


ナツは身軽な動作で、スルリと苗の間の隙間を抜けると、オレに向かって片手を差し出した。


「ハハハ、悪い、悪い。驚かすつもりじゃ無かったんだけどさ、はい、コレ、ハルの分な」


「へ?」


どこから調達してきたのだろう。

見ると、ナツはそれぞれの手に、いつのまにやらペットボトルのお茶を持っていた。


「この中、暑いだろ?喉、乾いたかと思って、買い物のメモを預かるついでにおばさんに貰ってきた」


「あ………ありがと」


モゴモゴと小さく礼を云って一本受け取ると、ナツは自分のペットボトルのキャップをひねりながら云った。


「どう致しまして。…しっかし、暑いなぁ〜。まだ午前中なのにこの暑さって、マジ、無いよな」


そう言いながら、ペットボトルのお茶を口にすると、ものの数秒で、お茶はアッという間に三分の一くらいになった。


(うわ、めっちゃ飲んでるな〜。どんだけ喉渇いてたんだよ)


飲みっぷりに圧倒されて、ついその様子を眺めていると、オレの視線に気がついたのだろう、ナツは首をわずかに傾げて不思議そうに云った。


「…………飲まねーの?」


「あ……の、飲むよ、もちろん」


オレは慌ててキャップをひねると、ペットボトルに口を付けた。


正直、喉はまだそんなに渇いてはいなかったけれど、ナツのお茶を飲んでいる姿に、一瞬でも気を取られたことを気付かれたくなくて、仕方なくチビチビとお茶を口に含む。


ナツはサッサと自分のお茶を飲み終えると、大きく一息ついて話しかけてきた。


「あのさ…さっきの話なんだけどさ…」


「…さっきの話?」


「おばさんの買い物のバイト」


「ああ…」


「良かったら、オレと一緒に行かん?町まで」


「は?」


またしても急な誘いに、オレは思わずペットボトルから口を離した。


「……何で?」


「『何で』って云われても、一緒に行きたいからなんだけど……」


ナツは苦笑しながら云った。


「ハル、此処に来てから爺ちゃんとココの往復で、ほとんど出かけてないだろ?いい機会だから町を案内しようかな、と思って」


「………別にいい」


オレはボソボソと答えた。


「ハルの居た所に比べたら、驚くくらい小さな町かもしれんけど、一通りのもんはあるし、結構楽しいと思うんだよな…」


「……興味ない」


「実はさっき、おばさんの所に行ったらさ、やっぱりバイト代はちゃんと出すって云われたんだ。何ならそれでハルに冷たいもんでも奢ろうかなぁ、って思ってさ。アイスとか、ジュースとか…」


「あのなぁ!」


一向にメゲる気配のないナツにイラついて、オレはこれみよがしに大きくため息をついた。


「オレ、行く気無いから。ただでさえ、暑いのが苦手なのに、こんな中、出かけるワケないだろ?大体、なにで町まで行くつもりなんだよ?町って此処からかなり遠いんだろ?」


つっかかるような物言いにも、ナツは動じなかった。


「ハルが行くなら、オレの乗って来たチャリを貸すよ。それに遠いっていっても此処から距離にして六、七キロってところだし、チャリなら何十分もかかるワケじゃない」


(山道込みの六、七キロって、日和ひよりまくってるオレにはそれでも充分な距離なんですけど……いやいや、それも問題かもしれないが、それより何よりナツと二人でなんて、出かけられるワケがないだろ、オレ!)


「…と、とにかく、オレは行かないから。オマエ一人で行けよな。オマエが頼まれたんだし。あと、オレのことは放っておいてくれないか?オマエにはつまんなそうに見えるかもしれないケド、オレは別に退屈してるわけじゃないから…」


「ハル」


「………迷惑なんだ、そういうの…」



ーーオレの酷い言い草に怒るかと思ったのに。


ナツは「そっか…」と呟くと、小さく頷いた。


「ん、分かった。じゃあ、やっぱりオレ一人で行ってくる」


踵を返してナツが行ってしまうと、途端に自己嫌悪の波がオレの身体を押し包んだ。


(ーーホント、イヤな奴だ、オレ)



きっとナツもそう思っただろう。


今度こそは呆れたに違いない。



それから仕事が終わるまでの数時間は、ただ黙ってお互いの持ち場で作業をした。


いつもなら、キリのいい所で声を掛けてくるナツも、その日はそれ以上何も云ってくることは無かった。


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