ー13ー
「…仕方ねぇな。約束は約束だ。ナツ、今日仕事終わったら持っていっていいぞ」
「ヤッタ ‼︎ 」
「んでもって、話ついでに悪りぃんだけどさ、オレん家の仕事終わってからでいいから、ちょっと町までオフクロの買い物頼まれてくれないか?もちろんバイト代は出すから」
「買い物?おばさんの?」
「ああ」
ナツの問いに、轟さんが頭を掻いた。
「オレが行ければいいんだけど……。今日、ちょっと青年部の方の集まりがあってさ。抜けられないんだわ」
「青年部? あ〜〜、分かった、再来週の祭りの打ち合わせ、っしょ?」
「ご名答」
(へぇ……祭り、か。祭りなんてあるんだ。……そういえばオレ、今まで祭りなんて行ったこと無いな…)
「うん、いいよ。買い物って、いつものスーパーだろ?」
「あぁ」
轟さんが頷くと、ナツはひらひらと顔の前で手を振った。
「バイト代なんていいよ。オレも買いたいモノあるし、ついでに買ってくるから…。『新車』でチョイチョイっと行ってくるからさ。後でおばさんに、何買ってくるか聞いてくる」
「悪りぃな。よろしく頼む」
「おぅ、頼まれた」
ナツは心得た、とばかりに、拳で胸を叩いた。
「あ、それとな、言い忘れてたんだけど、田所米店の婆ちゃんがな……」
二人がオレの分からない話を始めたので、オレは元居た場所に戻って仕事を再開することにした。
ーーヤレヤレ。
まぁ、なんだかんだ言ってても、仲が良いんだよな、あの二人。
まるっきり赤の他人同士なのに、まるで兄弟みたいに気を許してるカンジがするのは、やっぱり付き合いが長いせいなんだろうか。
兄弟が居ないオレには、そういうのは良く分からないけど、少しーーいやホントにちょっとだけ、その……そういうのが羨ましいような気もする。
……本当に、ちょっとだけ。
そんなことをつらつら考えながら作業していると、暫くして、列になったトマトの苗の境目から、ナツが突然、ひょっこりと顔を出した。
「あ、居た居た、ハル…」
「うぉっ!何だよ、急に!ビックリするじゃん‼︎ 」
ナツは身軽な動作で、スルリと苗の間の隙間を抜けると、オレに向かって片手を差し出した。
「ハハハ、悪い、悪い。驚かすつもりじゃ無かったんだけどさ、はい、コレ、ハルの分な」
「へ?」
どこから調達してきたのだろう。
見ると、ナツはそれぞれの手に、いつのまにやらペットボトルのお茶を持っていた。
「この中、暑いだろ?喉、乾いたかと思って、買い物のメモを預かるついでにおばさんに貰ってきた」
「あ………ありがと」
モゴモゴと小さく礼を云って一本受け取ると、ナツは自分のペットボトルのキャップを捻りながら云った。
「どう致しまして。…しっかし、暑いなぁ〜。まだ午前中なのにこの暑さって、マジ、無いよな」
そう言いながら、ペットボトルのお茶を口にすると、ものの数秒で、お茶はアッという間に三分の一くらいになった。
(うわ、めっちゃ飲んでるな〜。どんだけ喉渇いてたんだよ)
飲みっぷりに圧倒されて、ついその様子を眺めていると、オレの視線に気がついたのだろう、ナツは首をわずかに傾げて不思議そうに云った。
「…………飲まねーの?」
「あ……の、飲むよ、もちろん」
オレは慌ててキャップを捻ると、ペットボトルに口を付けた。
正直、喉はまだそんなに渇いてはいなかったけれど、ナツのお茶を飲んでいる姿に、一瞬でも気を取られたことを気付かれたくなくて、仕方なくチビチビとお茶を口に含む。
ナツはサッサと自分のお茶を飲み終えると、大きく一息ついて話しかけてきた。
「あのさ…さっきの話なんだけどさ…」
「…さっきの話?」
「おばさんの買い物のバイト」
「ああ…」
「良かったら、オレと一緒に行かん?町まで」
「は?」
またしても急な誘いに、オレは思わずペットボトルから口を離した。
「……何で?」
「『何で』って云われても、一緒に行きたいからなんだけど……」
ナツは苦笑しながら云った。
「ハル、此処に来てから爺ちゃん家とココの往復で、ほとんど出かけてないだろ?いい機会だから町を案内しようかな、と思って」
「………別にいい」
オレはボソボソと答えた。
「ハルの居た所に比べたら、驚くくらい小さな町かもしれんけど、一通りのもんはあるし、結構楽しいと思うんだよな…」
「……興味ない」
「実はさっき、おばさんの所に行ったらさ、やっぱりバイト代はちゃんと出すって云われたんだ。何ならそれでハルに冷たいもんでも奢ろうかなぁ、って思ってさ。アイスとか、ジュースとか…」
「あのなぁ!」
一向にメゲる気配のないナツにイラついて、オレはこれみよがしに大きくため息をついた。
「オレ、行く気無いから。ただでさえ、暑いのが苦手なのに、こんな中、出かけるワケないだろ?大体、何で町まで行くつもりなんだよ?町って此処からかなり遠いんだろ?」
つっかかるような物言いにも、ナツは動じなかった。
「ハルが行くなら、オレの乗って来たチャリを貸すよ。それに遠いっていっても此処から距離にして六、七キロってところだし、チャリなら何十分もかかるワケじゃない」
(山道込みの六、七キロって、日和りまくってるオレにはそれでも充分な距離なんですけど……いやいや、それも問題かもしれないが、それより何よりナツと二人でなんて、出かけられるワケがないだろ、オレ!)
「…と、とにかく、オレは行かないから。オマエ一人で行けよな。オマエが頼まれたんだし。あと、オレのことは放っておいてくれないか?オマエにはつまんなそうに見えるかもしれないケド、オレは別に退屈してるわけじゃないから…」
「ハル」
「………迷惑なんだ、そういうの…」
ーーオレの酷い言い草に怒るかと思ったのに。
ナツは「そっか…」と呟くと、小さく頷いた。
「ん、分かった。じゃあ、やっぱりオレ一人で行ってくる」
踵を返してナツが行ってしまうと、途端に自己嫌悪の波がオレの身体を押し包んだ。
(ーーホント、イヤな奴だ、オレ)
きっとナツもそう思っただろう。
今度こそは呆れたに違いない。
それから仕事が終わるまでの数時間は、ただ黙ってお互いの持ち場で作業をした。
いつもなら、キリのいい所で声を掛けてくるナツも、その日はそれ以上何も云ってくることは無かった。