ー12ー
(あ〜〜……)
「…なぁ、ハル、今日、この仕事終わったら、オレと一緒に出掛けね?」
「……出掛けない」
(………ウザい)
「え〜〜っ⁉︎ イイじゃん、ちょっとでいいから付き合えよ」
「絶対にイヤだ」
「なんで ?」
(あ〜〜っ、もうっ!ホント超ウザい ‼︎ )
ーーいい加減、このやりとりを何回繰り返しているだろう。
オレにとってはかなり衝撃的だった、ナツとの出会いから丸三日。
この間、何のスイッチが入ったのかは知らないが、オレは何故だか、ナツからしつこく遊びの誘いを受けていた。
事あるごとに誘ってくるナツを、そのたびに素気なくやり過ごしているのだが、慣れているのか、人並外れて鈍いんだか、そんなオレの塩対応にコイツはちっとも動じず、肩すかしを食らっているカンジだ。
この雰囲気じゃ、一度でも『うん』などと言おうものなら大変なことになりそうなので、徹底的に断っているのだが、そういう風にすればするほど嬉々として誘ってくるのでタチが悪い。
ーー結構、キビしく云ってると思うんだけどな。
なんでコイツはメゲないんだろう。
一度、
『オマエとは出掛けない。ゼッタイにイヤだ』
などという、オレが云われたなら一週間はヘコむに違いないセリフを吐いた時も、ナツは一瞬、目を丸くしたものの、『なんで?』とすぐに尋ね返してきた。
「なんでも何もない。イヤだからイヤなんだ」
と、答えると
「だって、イヤっていうからには、何か理由があるんだろ?そんなこと言わずに遊ぼ〜よ。案外、楽しいかもよ?」
と、こともなげに云ってくる。
まさにスーパーポジティブシンキング。
子供みたいに目をキラキラさせて笑うナツに、オレはそのとき返事を返さず、ただ無視を貫いた。
自分でも、本当にイヤな態度とは思うけど。
ーーあのなぁ。
楽しかったら、もっと困るっつーの。
ナツは出会った日に爺ちゃんと交わした朝食の会話の中で、オレが轟さん家に手伝いに行っていることを知ると、そのあと食事が終わって仕事に向かうオレの後ろを、まるで当然のように付いて来ながらそのままなんとな〜く馴染んでハウスに入り、まるで最初からやってたみたいに手際よく仕事をこなした。
ちょっと以外だったのは、仕事を始めるとそれまでの軽口を閉じて、真剣な表情で収穫を始めた事だ。
轟さんから前に聞いた話では、よく手伝いに来てると云っていたから、馴れてるっちゃ、馴れてるんだろうけれど、その姿と気配があまりに周りに馴染んでた為に、最初、ハウスに来た轟さんも気付かないくらいだった。
「うぉっ‼︎ ナツ!なんだ、来てたのかよ!」
「おはようッス、轟さん」
仕事に取りかかろうとした矢先に、高く伸びたトマトの苗の陰からふいにナツが姿を現わしたので、めちゃくちゃ驚いたんだろう。
轟さんはその瞬間、ビクッ、と身体を震わせると、僅かに後ろへと後退った。
「オマエ〜〜 ‼︎ 居るなら居るって先に言えよ!ビックリすんだろ!」
不可抗力とはいえ、驚いた事にバツが悪かったのか轟さんが抗議すると、ナツは長身を少し屈めるようにして、ペコリ、とその場で頭を下げた。
「スンマセン。作業に集中してたもんで………。つーか、にしてはちょっと『ビビリ』すぎじゃないっスか?轟さん」
(へ?)
突然の、からかうような物言いに思わず視線を向けると、ナツの顔には明らかに冷やかしのニヤニヤ笑いが浮かんでいる。
黙っていれば男前なのに、これじゃただのイタズラ小僧だろ、と思いながら轟さんを見ると、コチラも片方の眉を上げて大人気ない笑いを浮かべていた。
(ヤレヤレ……。この二人、いつもこんなカンジなのか?)
「あ〜〜ん?云うじゃねーの、ナツ。オマエ、少し会わないうちに随分大きく出るようになったなぁ?」
「大きく出る、じゃなくて実際『大きい』んだもん。オレ、今週2センチ伸びた。178 」
フフン、と含み笑いをするナツを前に、轟さんが大きく目を見開いた。
「ウッソ‼︎ マジか ⁉︎ ちょっとコッチ来て並べ」
(オイオイ、仕事そっちのけで背くらべかよ)
「ハル、お前、コッチ来て計れ!」
「えっ⁉︎ オレ ⁉︎ 」
「お前が計らないで誰が計るんだよ!早く早く!」
(うわっ!なんでオレ?巻き添えじゃん‼︎ )
せっつかれてしぶしぶ、背中合わせになった二人の前に立つと、轟さんが切羽詰まった口調で云った。
「ハル、よ〜く見ろよ。ちょっとの差だからな。髪の毛で誤魔化されんなよ」
「はい、はい」
(子供かよ……ったく、仕方ねーなぁ)
並んだ二人のアタマにそれぞれ手を載せて確かめる。
後で文句を言われないよう、よ〜く確認したが、計る前に自信を覗かせていたナツの方が、やはり、ほんの僅か高いようだった。
「…どうだ、ハル?オレのがまだ高いだろ?高いと云ってくれ」
「………ナツのが高い」
「何ぃ〜〜〜〜‼︎ マジか ⁉︎ 」
「ほんの僅かだけど……」
オレの言葉を聞くなり、ナツがその場でガッツポーズを取り、それと同時に轟さんがガックリとうなだれた。
「よっしゃあ〜〜〜 ‼︎ 」
「ナニ、ナニッ⁉︎ どうしたの?」
場の流れについて行けず、二人を交互に見比べると、ナツが意気高揚として云った。
「轟さん、約束通り、『轟一号』は戴くかんね!」
「くそぉ〜〜、負けた……」
(『轟一号』???ナニ、それ?)
つい、問いかけるようにナツを見ると、オレの視線に気付いたナツが笑いながら説明してくれる。
「随分前から賭けてたんだよ。高校卒業するまでにオレが轟さんの身長を越えたら、オレの勝ち、って。今の景品は『轟一号』」
「その『轟一号』って、何?」
「…………オレの愛車」
相変わらずうなだれたままの轟さんが力なく呟いた。
「愛車?まさかクルマ ⁉︎ 」
一瞬、あの生ける屍の如き軽トラの姿がアタマに浮かび、なにを好き好んであんなボロ…もとい、古いクルマを貰うんだろう、と想像していると、その複雑な感情が表情に出ていたのだろう。
ナツが真剣な表情で即座に否定した。
「ハル、クルマじゃないぞ。『轟一号』は自転車だ。新品のチャリ。オレには運転免許も無いし、あったとしてもまさかあの『生ける屍』に乗るワケないだろ?」
(あ、同じコト思ってら)
「……何だよ、オレの軽トラちゃんに何か?」
「いや、なんでもないっス。アレは轟さんじゃないと乗りこなせないってハナシで…」
「ふぅん……」
轟さんは口を尖らせて返事をすると、大きく一息ついた。