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君の居なくなったこの世界で  作者: 篠井秋生
11/23

ー11ー

「…爺ちゃん、コイツがこのあいだ云ってた、爺ちゃんの孫?」


「そうだ。孫の春人はると。宜しく頼むな、ナツ」


「了解」


驚いてその場に固まっているオレをよそに、爺ちゃんと瀬尾せのおナツは今後のオレ達の友好関係と朝飯のメニューを、サッサと取り決めたようだった。


朝食を作りに爺ちゃんが行ってしまうと、ナツは突然、くるりとオレの方を向くなり、


「よろしくな、ハルト。オレの名前は『瀬尾ナツ』だ」


と、言った。


(うわ、ど直球な自己紹介だなぁ……今更だけど。けど、コイツがウワサの『瀬尾せのおナツ』、か…)


目の前に座ってニコニコと笑っている男は、もはや完全に目が覚めたようで、すっかりリラックスモードになっている。


笑ってる顔も、ハデなTシャツの袖から出ている腕も、浅黒く健康的で、パッと見は、スポーツ万能な好男子、といった印象を受けたのだがーー。



(…………アレ?)


初めて会ったハズなのに、妙な既視感をナツに感じて、オレは僅かに首を捻った。

何をされたワケでもないのに、胸の中が軋むような感覚もする。



(……何だろう、このカンジ……なんか……何だか…)



ーーーー似てる。



(何に?)



(……キュウニナンナンダヨ、オマエ)



ーーーー似てる。



(誰に?)



(キモチワルインダヨ)



( ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ )



あ〜〜〜〜、なるほど。


ーーーーそういうコトか。


オレは目の前の爽やかイケメンを複雑な気持ちで見ながら、内心、大きくため息をいた。


(…参ったな……今まで気がつかなかったけど、よりにもよってコイツって、今、イチバン見たくないタイプじゃんか…)


ーー迂闊だった。


今の今まで、至近距離でそれなりにガン見してたのに、すぐに気づかなかったのは、驚いて跳び起きたせいだろう。


ようやく本当に目が覚めてきて、けてたアタマが少しずつ事態を把握してくると、これはオレにとってかなりヘビーな状況になっているというコトに気がついた。


ナツって、『アイツ』と雰囲気がよく『似てる』。


(ホント、これ……何で、よりによってこのタイプが、いまオレの近くに現れるかな?オレが長らくこのコトで傷心だって、アナタ、知ってますよね、神様?)


(マジ、キツイんですけど)



ーー気持ち悪いんだよ。


夢の中の声がハッキリと耳元に甦った。



同い年。


同じクラス。


一番親しかった野球部のアイツも、あの告白の日までは、目の前にあるのと同じような笑顔を浮かべて、親しげにハナシをしてたんだよな。



(…あの夢、予知夢だったのか。それはそれで自分スゲェけど…っていうか、勘弁してよ。心の平安を取り戻しに来た場所ところで、やっと塞がりかけてる傷口の瘡蓋かさぶたを引っぺがされるって、どんだけの罰ゲームよ?)



「…ん?ハルト、どうした?変なカオして。オレの顔になんか付いてるか?」


テンションだだ下がりの過去を思い出している僅かな間に、ナツの中ではオレとの心理的な距離がほとんど無くなったらしい。


極めて自然な口調で名前を呼ばれ、その瞬間、覚えのある痛みが胸に走った。


(イテテテテ…)


イカ〜ン‼︎ その呼び方はダメだ!


「………………れ」


「は?」


「……名前で呼ばないでくれ。名前呼びは、ダメだ」


「何で?」


「何でって…その、そこまで親しくないし、よく知らないし」


「自己紹介したし、知り合ったし、親しくないから親しくなる為に呼ぶんだろ?」


(スーパーポジティブシンキングかよっ‼︎ )


「いや、それはそうなんだけど……えっと……」


(その呼び方はトラウマなんだよっ!いろいろ思い出すからイヤなんだ!)


胸の中でツッコミを入れつつも、本当の理由が言えずにモゴモゴしていると、その間、ナツはジッ、とオレの顔を見ていたが、やがて


「わかった」


と、うなづいた。


「じゃ、オマエのことは『ハル』って呼ぶ。それならいいだろ?名前じゃないし」


「は?」


(いやいや、それはもうほとんど名前なのでは?)というツッコミを入れる間も無く、ナツは朗らかに言った。


「ちょうどいいじゃん、『ハル』と『ナツ』。対等だ。な?」


「はぁ……」


「よし、決まり」


何が対等なのかよく分からなかったが、面倒くさくなってオレはうなづいた。


ナツには悪いが、こちらにはハナからナツと親しくしようという気はさらさら無い。


テキトーにやり過ごしているうちに、イヤになってくれればありがたい。


ナツのせいじゃないけれど、トラウマをこれ以上刺激されるのはもう勘弁だった。



静かに触れずにいれば、いつかは痛みも感じなくなるハズだ。




「朝飯、出来たぞ」


「おっ!ヤッタ!オレ、腹ペコペコ!」


爺ちゃんが呼びに来ると、ナツはバネ仕掛けの人形みたいにピョン!と機敏な動作で立ち上がった。


(朝から元気なヤツだな…)


「行こうぜ、ハル」


「…あ、オレ、着替えてから行くよ。先に行って」


「ん。分かった。なるべく早く来いよ」


「うん…」


ナツが部屋から出て行くのを見送って、オレはノロノロと布団から立ち上がった。


簡単に畳んで部屋の隅に押しやると、窓の側に行き、カーテンと網戸を開けて外を眺める。


夏の朝は早く、蝉の声はもう、うるさい程になっていた。


「今日も暑そうだな……」


ウンザリとした気分で、ふと窓の下を見ると、ナツのものだろう、履き古した赤いスニーカーが、きちんと両足並んで置かれていた。


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