ー11ー
「…爺ちゃん、コイツがこのあいだ云ってた、爺ちゃんの孫?」
「そうだ。孫の春人。宜しく頼むな、ナツ」
「了解」
驚いてその場に固まっているオレをよそに、爺ちゃんと瀬尾ナツは今後のオレ達の友好関係と朝飯のメニューを、サッサと取り決めたようだった。
朝食を作りに爺ちゃんが行ってしまうと、ナツは突然、くるりとオレの方を向くなり、
「よろしくな、ハルト。オレの名前は『瀬尾ナツ』だ」
と、言った。
(うわ、ど直球な自己紹介だなぁ……今更だけど。けど、コイツがウワサの『瀬尾ナツ』、か…)
目の前に座ってニコニコと笑っている男は、もはや完全に目が覚めたようで、すっかりリラックスモードになっている。
笑ってる顔も、ハデなTシャツの袖から出ている腕も、浅黒く健康的で、パッと見は、スポーツ万能な好男子、といった印象を受けたのだがーー。
(…………アレ?)
初めて会ったハズなのに、妙な既視感をナツに感じて、オレは僅かに首を捻った。
何をされたワケでもないのに、胸の中が軋むような感覚もする。
(……何だろう、このカンジ……なんか……何だか…)
ーーーー似てる。
(何に?)
(……キュウニナンナンダヨ、オマエ)
ーーーー似てる。
(誰に?)
(キモチワルインダヨ)
( ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ )
あ〜〜〜〜、なるほど。
ーーーーそういうコトか。
オレは目の前の爽やかイケメンを複雑な気持ちで見ながら、内心、大きくため息を吐いた。
(…参ったな……今まで気がつかなかったけど、よりにもよってコイツって、今、イチバン見たくないタイプじゃんか…)
ーー迂闊だった。
今の今まで、至近距離でそれなりにガン見してたのに、すぐに気づかなかったのは、驚いて跳び起きたせいだろう。
ようやく本当に目が覚めてきて、惚けてたアタマが少しずつ事態を把握してくると、これはオレにとってかなりヘビーな状況になっているというコトに気がついた。
ナツって、『アイツ』と雰囲気がよく『似てる』。
(ホント、これ……何で、よりによってこのタイプが、いまオレの近くに現れるかな?オレが長らくこのコトで傷心だって、アナタ、知ってますよね、神様?)
(マジ、キツイんですけど)
ーー気持ち悪いんだよ。
夢の中の声がハッキリと耳元に甦った。
同い年。
同じクラス。
一番親しかった野球部のアイツも、あの告白の日までは、目の前にあるのと同じような笑顔を浮かべて、親しげに話をしてたんだよな。
(…あの夢、予知夢だったのか。それはそれで自分スゲェけど…っていうか、勘弁してよ。心の平安を取り戻しに来た場所で、やっと塞がりかけてる傷口の瘡蓋を引っぺがされるって、どんだけの罰ゲームよ?)
「…ん?ハルト、どうした?変なカオして。オレの顔になんか付いてるか?」
テンションだだ下がりの過去を思い出している僅かな間に、ナツの中ではオレとの心理的な距離がほとんど無くなったらしい。
極めて自然な口調で名前を呼ばれ、その瞬間、覚えのある痛みが胸に走った。
(イテテテテ…)
イカ〜ン‼︎ その呼び方はダメだ!
「………………れ」
「は?」
「……名前で呼ばないでくれ。名前呼びは、ダメだ」
「何で?」
「何でって…その、そこまで親しくないし、よく知らないし」
「自己紹介したし、知り合ったし、親しくないから親しくなる為に呼ぶんだろ?」
(スーパーポジティブシンキングかよっ‼︎ )
「いや、それはそうなんだけど……えっと……」
(その呼び方はトラウマなんだよっ!いろいろ思い出すからイヤなんだ!)
胸の中でツッコミを入れつつも、本当の理由が言えずにモゴモゴしていると、その間、ナツはジッ、とオレの顔を見ていたが、やがて
「わかった」
と、うなづいた。
「じゃ、オマエのことは『ハル』って呼ぶ。それならいいだろ?名前じゃないし」
「は?」
(いやいや、それはもうほとんど名前なのでは?)というツッコミを入れる間も無く、ナツは朗らかに言った。
「ちょうどいいじゃん、『ハル』と『ナツ』。対等だ。な?」
「はぁ……」
「よし、決まり」
何が対等なのかよく分からなかったが、面倒くさくなってオレはうなづいた。
ナツには悪いが、こちらにはハナからナツと親しくしようという気はさらさら無い。
テキトーにやり過ごしているうちに、イヤになってくれればありがたい。
ナツのせいじゃないけれど、トラウマをこれ以上刺激されるのはもう勘弁だった。
静かに触れずにいれば、いつかは痛みも感じなくなるハズだ。
「朝飯、出来たぞ」
「おっ!ヤッタ!オレ、腹ペコペコ!」
爺ちゃんが呼びに来ると、ナツはバネ仕掛けの人形みたいにピョン!と機敏な動作で立ち上がった。
(朝から元気なヤツだな…)
「行こうぜ、ハル」
「…あ、オレ、着替えてから行くよ。先に行って」
「ん。分かった。なるべく早く来いよ」
「うん…」
ナツが部屋から出て行くのを見送って、オレはノロノロと布団から立ち上がった。
簡単に畳んで部屋の隅に押しやると、窓の側に行き、カーテンと網戸を開けて外を眺める。
夏の朝は早く、蝉の声はもう、うるさい程になっていた。
「今日も暑そうだな……」
ウンザリとした気分で、ふと窓の下を見ると、ナツのものだろう、履き古した赤いスニーカーが、きちんと両足並んで置かれていた。