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君の居なくなったこの世界で  作者: 篠井秋生
10/23

ー10ー

(……オレ……好きなんだ。◯◯の事がすごく気になるんだ……)


ああ、これは『あの時』の夢だ。

あんなに傷ついたのにーーオレはまた同じ夢を見ている。


(……同じ男同志なのに、オカシイって思うけど、でもどうしても気になって。自分でもナゼなんだか分からないんだ…)



放課後の誰も居ない教室。


開け放たれたままの窓から聞こえてくる、運動部の喧騒。


対峙している人物の顔が見られなくて、オレは下を向いたまま、相手の上履きのつま先ばかりを見ている。


心臓が、痛いほどドキドキと脈打っている。



どうしてそんな成り行きになったんだっけ?


ーー決して言わないつもりでいたのに。



(……最初は気のせいだと思ってたんだ。それか、やたら気が合うから何か勘違いしてるんじゃないか、って。だけど…違うんだ。オレ、◯◯が好きなんだ。じゃなきゃ、なんでこんなに胸が苦しいのか、理由が思い浮かばない……)


『胸が苦しい』とか、『好きなんだ』とか。


そう言うコトバを使う度に、見つめているつま先が落ち着かなげにモゾモゾと動く。


そうだよな。


オレが◯◯だって、きっとそうなる。


困ってるんだ。


だからもう言わない方がいい。それ以上言ったら、聞きたくない言葉を相手から引き出すことになるから。


オレはそれを知っているから。


ーーそれなのに。



胸が苦しい。

胸が苦しい。

胸が苦しい。


答えてくれなくていい。

気持ちだけは分かって欲しいと言葉を重ねれば重ねるほど、互いの間にある空気がこごえて冷たくなっていく。


ーーーー胸が。



(…………キモチワルインダヨ)




「 うわぁぁ !!」


自分の叫び声で目を覚ますと、まず目に入って来たのは、ここ数日ですっかり見慣れた天井の模様だった。


(ゆっ、ゆ……ゆめ ⁉︎)


少しだけ開いていたカーテンの隙間から、細い光の筋が差し込んでいるところを見ると、どうやら朝になってるようだ。


網戸だけ閉めていた窓からは、もう蝉の鳴き声が聞こえてくる。


(夢か……。そ、そうだよな。ココは爺ちゃん家で、今は夏休みで……。此処にはオレの事を知ってるヤツはひとりも居ない)


そうだ。『誰も』ーー居ない。


自分の叫び声で目を覚ますのは、これで何度目になるんだろ。


何度経験しても最悪の寝起き。


昔、子供の頃に見た怖い夢よりよっぽど怖い。

何せ、毎回心臓に悪いし。


(ーーヤレヤレ。どこに居ても『キビしい現実』を忘れさせちゃくれないってワケか)


バクバクと暴れている鼓動のせいで、喉の奥が何だか息苦しくて、オレは大きく息をついた。


(あ〜、しんどいな。コレ、一回見るたびに、ゼッタイ何年か寿命が縮まってる気がする)


額にうっすらと浮かんでいた冷たい汗が、こめかみに流れ落ちるのを手の甲で拭うと、オレは嵌めたままだった腕時計を見た。


(いま、何時だろ……つーか、今の声、まさか爺ちゃんには聞こえてないよな?……えっと、五時前か。オレにしちゃ、スゴイ早起き)


慣れない労働で疲れたせいだろうか。


オレは昨日の夕方、轟さんから戻ると、食事もそこそこに、風呂もすっ飛ばして布団の上に倒れ込み、そのまま眠ってしまったのだった。


(どうすっかな。今日は手伝い七時過ぎでいいって、言ってたし。もう少し寝るか、それともいっそ起きるか…)


少しのあいだ天井を睨んで思案する。


(よしっ!とにかくあと一時間、六時までは寝よう!寝れなくてもゴロゴロしてよう!)


そう決めて、腹の辺りまでめくれていた薄い夏掛けを、光避ひかりよけに顔の上まで引っぱりあげようとした時だった。


ぐんっ!


(………ん?………『ぐんっ』⁉︎ )


すっ、と上がるとばかり思っていた夏掛けの以外な反発に、その時になってようやく何かが身体の横にのっている事に気がついた。


(何だ?……タマコ?)


爺ちゃんの飼い猫のタマコは、それまでどうしていたのか知らないが、オレが来た日の夜からナゼかオレの布団で一緒に眠るようになっていた。


と云っても、オレが眠ってから勝手に部屋の襖を開けて布団の上に居座り、朝になると勝手に居なくなっているんだけど。


オレは手を伸ばして、タマコがいる辺りを探り、当てずっぽうにその辺を撫でた。


何度か空振りした後、何かが指に触れたので、いつものように優しく撫でたものの、何かが違う…気がする。


(ん?………何だ?何か柔らかいけど『サラサラ』してる……タマコってこんなにサラサラな毛だったっけ?なんかコレって、猫の毛っていうより、むしろ……)


ーーむしろ、『ヒト』の、毛?


(〜〜〜〜〜〜っ!!)


「うわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜‼︎」


今度こそ盛大に叫んで、オレは布団から起き上がった。


(ナニっ⁈ つーか、誰よ、コレ⁈ 寝てる!オレの布団の横に誰か居る ‼︎)


オレの布団の隣、腰から下あたりの位置に、見知らぬヤツが身体を丸めるようにして眠っていた。

頭だけ掛け布団の上に載せて寝ているそいつは、ハデなTシャツとジーンズという出で立ちで、パッと見、オレと同じくらいに見える。


「……んあ?」


オレの声がデカかったせいだろう。

そいつは顔を顰めながらムクリ、と起き上がると、眠そうに目を擦りながらゆっくりと口を開いた。


「朝っぱらから騒がしいなぁ。……いま……何時?うわ、まだ五時じゃん……」


そう云うと、再びパタリ、とその場に横になる。


イヤイヤイヤイヤ、ちょっと待て‼︎

どう考えてもオカシイだろうが、この状況は ‼︎


「待て!寝るな!っつーか、アンタ、誰 ⁉︎ 何でココで寝てんのっ⁈ 」


「ん〜〜〜〜〜?」


しばらくその場でもだもだしていたTシャツ男は、オレの追求に再びメンドくさそうに起き上がると、無造作に頭を掻きながら云った。


「昨日…夜中にそこの窓から入った。いつもそう。誰か居るな〜、とは思ったけど、オレ、ここん来ると、いつもココで寝てるし」


ーーいつもココで……『寝てる』?


オレは目の前の、まだかなり眠そうなオトコをよく見てみた。


陽焼けした浅黒い肌に短めの真っ黒な髪。

今は眠そうだけど、意志の強そうなと、引き締まった口許。

やはり同じくらいの年に見えるが、あっちのがよっぽど男らしい顔つきをしている。


「なんだ、どうした?」


叫び声を聞きつけて、爺ちゃんが顔を出したのはその時だった。


「爺ちゃんっ‼︎ 爺ちゃん、コレ、誰っ⁉︎」


「あ、爺ちゃん、おはよう」


「おう、来てたんか、『ナツ』」


( は?…ナツ?『コレ』があのウワサの……『ナツ』⁉︎ )


「ええ〜〜〜〜〜〜っ ‼︎ 」


改めて叫んだオレの横で、いつの間にか来ていたタマコが満足気に


「ニャオウ!」


と鳴いた。

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