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君の居なくなったこの世界で  作者: 篠井秋生
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プロローグ & ー1ー

〜プロローグ〜


強い太陽。

輝く空。

泣き止まない蝉の声。


(……嫌いだ)


突然の夕立。

ムッ、とする草いきれ。

だらだらと流れ続ける汗に、吸っても吸っても息苦しい熱い空気。


(大っ嫌いだ)


夏なんて永遠に無くなっちまえばいいのに。


季節が春と秋と冬だけで廻り続ければいいのに。


夏がやって来るたびに。

ずっと、ずっとそう思っていたーー。




ー1ー


戸惑いながら恐る恐るホームに降りると、カタタン、と音を響かせて、二両しかない電車は行ってしまった。


蝉の鳴き声だけが狂ったように響き続ける、見たこともないほど短い造りのホームには、オレ以外、降りた人の姿も無く閑散としている。


(マジかよ……)


手に持っていたリュックサックを肩に掛け、思わず辺りをキョロキョロと見回すと、すぐに目に付いた改札にも人影は無い。


人気の無いホーム。


人気の無い改札。


そしてトドメは改札から続く、これまた人気の無い小さな待合室。



(……無人…?つーか、ココって人間、居んのかよ。静か過ぎじゃね?)


仕方なく入り口に向かい、外を見回して見ると、少し離れた所にバスの停留所の標識が見える。


(あ〜、爺さん、迎え来れるかどうかワカんねーって言ってたよな……)


ジリジリと、焦げ付くような強い光の中をウンザリしながら歩いて辿り着いた停留所の時刻表は、まるで判で押したように、同じ数字がおよそ一時間に一本の割合で並んでいた。


(次のバス、一時……三十五分⁈)


思わず目を擦って、もう一度確かめる。


(…………幻……じゃねーよな?)


一番早いバスまで、どうみてもあと、四十分。


昼時ひるどきの、目も眩むような眩しい日差しの中で、ただ一人停留所にポツンと佇んでいると、人影のない駅前はまるで別世界のようで、蝉の声だけがわ〜ん、と頭の中にこだまし始める。


「…………これ、マジ?」


思わず口をついて出た自分の声が、何故か他人のもののように聞こえるのを、どこかボンヤリと意識しながら、オレは目の前に広がる田園風景を唖然として見つめていた。



普通、どんな田舎でも駅のそばには一軒か二軒くらい商店、もしくは民家なんかがあるものだろう。


(何で、何にも無いんだ?)


眼前に広がるのは、見事なまでの緑、緑、緑ーー。


いや、『緑豊か』なんて柔らかい表現が恥ずかしくて遠慮するくらい、めちゃめちゃひたすらにただ緑あるのみ。


というか、緑しか無い。


よく『緑は目に優しい』なんて云うが、視界を圧倒され過ぎて、むしろ夏の日差しに弱っている目にはツライ。


植物が一番勢いづく季節だとはいえ、これはいささか度が過ぎるだろう。


遠目の緑の切れ間に、ちょこちょこと見え隠れしている道路が無ければ、もはや『ジャングル』と云っても過言ではない気がした。


(コレ、罰ゲーム…じゃない、よな…?)


一瞬、オレに対する親の嫌がらせを疑い、いやいやそんな事は無いだろうと思い直す。


家から何やかんや電車を乗り継いで三時間半。

目指す目的地は、それから更にバスに揺られて三十分。


七月後半。

夏休みに入って三日目。


これから八月の終わりまで、ほぼ一ヶ月、オレは父方の爺さんに居候することになっている。

と言っても、それはオレの意志じゃなく、あらかじめ親に決められたスケジュールなのだが。


一人旅。

そういうと聞こえは良いが、こういうのを別名『厄介払い』と言うんだろう。


オレがいない夏の間に、父親と母親、二人の間で兼ねてからの懸案だった離婚についての本格的な話合いをするらしい。


その話合いに、オレが居ては邪魔というワケだ。


(邪魔、ねぇ……)


喉の渇きに耐えられなくなって、オレはリュックのポケットに入れてたペットボトルの水を口に含んだ。

すっかり温くなった水を吞み下すと、途端にじんわりと汗が浮く。


(話し合いをするから『邪魔』ってことなのか?それともオレそのものが『邪魔』ってことなのか?)


(う〜〜ん……)


個人的には二人の話し合いって事で、オレ自身は最初から蚊帳の外に置かれている。


まぁ、言っても、ココ一ヶ月ばかり、不登校で部屋に篭りきりだった身としては、今更そんなみずからを槍玉に上げられるようなところに参入する気なんてさらさら無いのだが。


オレ自身は、地元では結構有名な進学校に入学して、一年通って進級。

二年目の現在、一学期にちょこちょこっと顔を出して自己都合により『不登校』。


理由はまぁ……色々だ。


学校がちょうど夏休みに入る時期で、上手く不登校がカモフラージュされるかと思いきや、どうやらそういうことでも無いらしい。



両親の不仲の最初のきっかけが何だったのかは知らない。

けれど、ここ、何年かの言い争いの理由の約二割くらいは間違いなくオレが原因のようなので、ヘタに首を突っ込まないのが正解のような気がしている。


それに、オレがどうこう言ったって、何が変わるとも思えないし。


だからこのにわか居候話をやたら憔悴した顔の父親から提案された時、決して気乗りはしなかったものの、コミュニケーションまで拒否していたワケじゃないオレは了承する事にした。


これから一ヶ月、確実に暗い雰囲気が約束されている家に居るのは、想像しただけでもかなり気詰まりな状況には違いない。


部屋の中に居ずっぱりといっても全く出ないワケじゃ無いし、ドアの外の様子は中に居ても案外よくわかるものなのだ。


ーーとはいえ。


オレは立ち止まると、どう考えても都会から来たひよっこを焼き尽くそうとしているとしか思えない真夏の太陽を見上げた。


今この状況になってみると、遥か昔に一度だけ父親と来た爺さん家に、一ヶ月ものあいだ居候するのも、似たり寄ったりなのかも知れないが。


(ーーとにかく、無難にやり過ごそう)


わざわざ藪をつついて蛇を出すこともない。

どうせ、たった一ヶ月の辛抱なんだから、静かにやり過ごすのが一番だ。


そう、思っていたのだがーー。


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