8 倉庫の血
次に根来は古賀を呼んだ。四角く冷たい顔ながら、確かに友子の心を射止めただけあって、昭和の俳優の顔のようだと言えば、そんな風にもとれる顔である。
根来はそんなことを考えながら、あまりにもまじまじと古賀の顔を見るので、古賀は戸惑ったように、
「あの、何でしょうか?」
と尋ねた。
「いいえ、何でもないのです。それで、古賀さん、あなたは昼前にこの別荘に訪れたわけですね。何か変わった出来事はありましたか」
「特に思い当たりませんが。そうですね。荘一がどこかに行ってしまったことと、夕食の後、吉川が姿を消したことぐらいですかね」
「夕食の後、あなたは友子さんと一緒だったそうですね。何か変わったことはありましたか」
「いえ、特に……友子ちゃんは私のことが懐かしいらしく、色々と昔のことを語っていました。あまり身に覚えのない話でしたが……。でも、それは事件とはあまり関係のない話です。それよりも私は吉川がどこへ行ったのか気になっていました。それで吉川のいる部屋に行ってみようと言ったんです。そしたら、荘一の部屋の天窓が開いていましたので、近くにあった椅子を持ってきて、室内を覗いてみたんです」
根来は身を乗り出した。
「その時、何が見えたのですか」
「ベッドに寝ている荘一の姿でした。掛け布団を体の上にかけて、手足をその布団から出して寝ているのです。でも、その顔と言ったら、白眼を剥き出してとても生気が見えません。それに、胴体に対して、顔の向きが少しおかしかったのです。私は椅子から飛び降りて、友子ちゃんと一緒に、ドアに体当たりをしてぶち破りました」
「はじめての共同作業だったわけですね」
根来は、友子の言葉を思い出して、思わずそんなことを語ったが、古賀は眉をひそめた。
「はあ? 何を言っているのですか。そんな悠長な状況じゃありませんよ。それで、ベッドに倒れている荘一に駆け寄って、掛け布団をめくってみたのです。そしたら、荘一の首はそこまでで切断されて首の下がなくて、つまり胴体から離れていたのです。胴体もまた首のない酷たらしい状況で……。私はあまりのことに、友子ちゃんに「見ない方がいい。警察を呼んでほしい」と伝えました」
根来は頷く。
「その後、友子さんが警察に連絡をして、戻ってこられて、荘一さんの死体を見たのですね」
「ええ。友子ちゃんの精神状態も心配でしたし、とにかく一階に降りて、卓二くんを起こそうということなりました。ところが彼は部屋に鍵をかけたまま深く寝入ってしまっていて起きてこないんです。卓二まで殺されてしまったのではないかと心配しました。ところが困っていると、彼は一人でに起きてきました。私は、警察の方が山道が分からないのではないかと思って、何本か分かれ道が続いているところまで車で迎えに行くことにしました」
「そしたら、友子さんまでついて来られたのですね」
「ええ。どういう訳か友子ちゃんはついてきたんです。何故かは知りませんが、おそらく死体と一緒に別荘で待っているのが嫌だったのでしょう。途中、一本目の分かれ道で車を停めまして、車のトランクから懐中電灯を二つ取り出しました。もう少し、先に行った方が良いと思いましたので、もう少し車を進めました」
根来はメモ帳にペンを走らせる。
「その後、あなたは森の中へ入っていかれたのですね」
「そうなんですよ。あまりのことに腹痛が襲いましたね。それで森に入っていったら案の定、道に迷いました。どうにか車に戻ったら、友子ちゃんが人間とは思えない顔で呪文のようなものを唱えていて、ドアを開けたら、私を見るなりものすごい悲鳴をあげて……」
「は、はあ」
「私を見て、彼女は一言「怖かった」と言ったんです。しばらくしましたら、パトカーが近づいてきました」
根来は満足げに頷いた。仕事をしたという感じがするのである。失踪した吉川を除いて、今、この場にいる人物には事情聴取をすることができた。それだけでも根来は満足なのである。
*
根来がそんなことに満足していると、突然、粉河に呼び出された。粉河に連れられて、別荘の裏側にある倉庫に向かった。小さな倉庫であったが、引き戸を開けて、中に入ろうとすると根来は思わず目を背けた。
その倉庫に一歩足を踏み入れると、まずきつい血の匂いが鼻をついて、床に大量の血が飛び散って、拡がっているのが見えた。それらがべとべとにこびりついて、赤黒く変色してきていた。さらにその片隅には血肉にまみれた大きなノコギリが落ちていたのである。
「こいつはひでえな」
と根来は感想を述べた。
「ここで、死体を切断したようです」
粉河がそう言うと、根来は、
「そうだろうな」
と吐き捨てるように言った……」