5 事情聴取
「吉川徹也さんはいつ頃から姿が見られないのです?」
根来が三人の顔をちらりと睨むと、牧野友子が優等生ぶりたい小学生のように、片手を上げながら、そわそわとソファから立ち上がった。
「あ、あの、夕食の時はいたんですよ。その後、どこかに行ってしまいまして、ね、古賀くん?」
突然、話題を振られて、四角い顔の古賀はちょっと呆気にとられたように友子を見つめてから、
「え、ええ、確かに夕食の時はいました。その後、ちょっと見ていないですね」
と意味もなくソファから立ち上がりながら根来に言った。
「はあ、夕食の時ね。それは何時のことですか」
根来は二人を見比べながら言った。
「あれは、何時ですかね。七時、いや八時でしたかね。どうだっけ、卓二くん?」
「え、あっ、あれはですね……」
卓二はちょっと困ったような顔をしながらも、二人が立ち上がっていたので、自分もソファからおずおずと立ち上がった。
「七時頃じゃないですか?」
「皆さん、座っていて結構ですよ」
根来はその責任の押し付け合いのような会話に辟易としながら、冷ややかに言った。
三人はしずしずとソファーに座った。根来はその様子をじろりと睨みながら、
「そうですね。お部屋をお借りして、お一人ずつ事情聴取をしたいものですな」
と言った。卓二はそれを聞いて、自分の顎をおもむろに撫でながら言うことには、
「それならですねぇ……寝室が一つ空いていますから良ければそこで」
「おお、空いていますか。いいですねぇ」
何が良いのかもうよく分からないが、根来は深く頷いたのである。
*
来客用の寝室だろうか。ベッドと小さな机が置かれているぐらいで、特に面白みのない狭い部屋である。根来は真ん中に机をどんと置いて、取調室風にした。
「なかなか良いな」
根来が満足げに呟くと、
「何がですか」
と粉河は感情のこもっていない声で聞き返した。
「いや、取調室っぽくなったなと思ってよ」
「そんなことよりも、早く事情聴取を始めましょう」
根来は、その言葉に少し落胆して、まず被害者の弟である小野寺卓二を呼び出した。
ドアがゆっくりと開いて、緊張した面持ちの猿顔の美男子崩れが現れた。根来はちらりとその顔を見ると、チンパンジーみたいだな、と思ったのだが、顔に出すと失礼だと思ったのでかえって眉をひそめて渋い顔をした。
「小野寺卓二です。よろしくお願いします」
「ええ、そこに座ってください」
根来は、目の前にある椅子をペンで指して言った。卓二は椅子に座りながら、
「まさか兄があんなことになるなんて……」
「ええ。今日は皆さん、同窓会ですか」
「ええ、私たちは同じ高校に通っていたもので……東京の高校です。私は兄たちの一つ下の学年でした。兄たちは四人組でよく遊んでおりました」
根来はふんふん言いながら聞いている。
「同窓会を言い出したのは誰ですか」
「兄だと思います。それで三人に連絡をして、この別荘でゆっくりする予定でした」
「ふうん。それがこんなことになるとは思いも寄らなかったわけですな。この別荘に皆さんが集まったのは今日のことですか」
「今日からです。今日の午前中に兄と僕が車で到着しまして、その直後に古賀さん、吉川さん、友子さんの順番で到着しました」
「皆さん、車に乗ってこられたわけですか」
「友子さんは車を運転できませんので、東京から吉川さんの車に乗せてもらって、ここまで来たようですね」
根来はなるほどと頷く。
「それで、お兄さんはいつからいなくなったのですか」
「三人が到着されてから、すぐですかね。正午にはまだなっていなかったと思いますが、おかしいなと思ったのですが、何しろ、車が残っていましたので、でもこの別荘から歩きで行けるところに湖がありまして、そこに行ったのかもしれないと思いました」
「お兄さんは無断で行動をされる方だったのですか? 日頃から」
根来は疑わしそうな顔で、じろじろと卓二の顔を睨みつける。
「え、ええ、わりと勝手なことをしますので。どこに行ったんだろうなんてしょっちゅうありましたので」
「不思議には思わなかったと」
「ええ」
根来はしっかりと頷いた。
「お兄さんがいなくなった時間の皆さんの行動は?」
「皆さん、大体の時間はリビングでゆっくりされていました。でも、どうでしょうね。兄がいつ頃からいなくなったのかもはっきりとはしませんし、またその時、全員リビングにいたかどうかは何とも言えません。というのは皆さん、じっとしておられない方の集まりなのでね」
「そんな気がしますよ、あの顔は。いえ、これは失言ですな。あなたのその時の行動は?」
「別荘内をうろうろしていました」
「なるほど」
根来は頷きながら、メモ帳に「タクジ うろうろしてた」と書き込んだ。
「その後は?」
「兄は夕食になっても帰ってきませんでしたので、非常に心配をしたのですが、とりあえず四人で夕食を食べました。その後、私は突然、眠気に襲われて、三人を残したまま自分の部屋に戻りました。そして、ベッドに倒れこんで、そのまま寝入ってしまいました」
「突然、眠気に襲われた?」
「ええ、そして目が覚めた時、私は窓の外を誰かが歩いているのが見えたので……」
「何ですって? 窓の外に誰かがいたのと言うのですか」
「ええ、兄かと思って見たんです。でも、暗くてそれが誰なのかは分かりませんでした。でも、その人影は手にバッドのようなものを持っていたんです」
「バッド? 野球で使うあのバッドですか」
根来ははっとして、思わず聞き返した。それはもしかしら凶器ではないか。何しろ被害者は撲殺なのである。