4 容疑者たち
「ところで、密室殺人なのは分かったが、ここに天窓がある点に注目すべきだな」
と突然、根来は冷静さを取り戻して、椅子に乗り、ドアの真上についている天窓に手を伸ばした。
「見ろ。こいつには鍵がかかっていない。ということは、腕ぐらいなら入ったってことだ」
「そうですね」
粉河は、珍しくまともな推理を語り始めた根来を感心して見つめていた。
「これでこの天窓の外から、ドアの内側のつまみをひねってだな。密室を作ったというのはどうだ」
「どうでしょうね。ありきたりで面白くもないトリックですが。第一、腕では届かないでしょう」
粉河の声が冷たく響いたので、思わず根来はさみしい気持ちになった。
「そう言うなよ。針と紐を使えば良いじゃねぇか」
「そうは言いますが上手くいきますかね。この鍵のつまみを紐や針で回すのは非常に厄介ですし、何よりも、どういうわけかこのドアには鍵が二つも付いてるんです」
根来も言われてよく見てみれば、ドアには鍵のつまみが二つも付いている。両方とも鍵がかかっていた。しばらく、根来はポカンとした顔でこのつまみを睨みつけていたが、しばらくして、
「こりゃあ、まるで推理小説の作者が、不可能であることを強調したくて作ったような部屋だな」
と心底不満そうな声を出した。粉河も何とも言えずにただ頷く。
「何も寝室のドアに、二つも鍵を取り付けなくても良いと思いますが。それに当の鍵は金庫の中にあるわけです」
「だが、これだとすると、針と紐のトリックは不可能だな」
「そうですね。二つのつまみを天窓の外から針と紐だけで回すのは不可能です。ところで、それよりも重要なのはガイシャの首が切られていることだと思います」
「それが密室トリックと関係あるとでもいうのか」
「でなければ、なぜ犯人はガイシャの首を切ったのですか」
粉河がそう言うので、根来は少しは考えてみたが、分からなくなって、これ以上考えたくなくなった。
「そう言うことはお前が考えろよ。俺は容疑者の事情聴取をするからさ」
「はあ」
根来は殺害現場の寝室を出て、一階のリビングに集まっているという容疑者たちの元へ向かったのである。
*
一階のリビングには三人の男女がいた。男性が二人と女性が一人である。
見れば、猿のような顔をしながらも絶妙なバランスで辛うじて美形となっている男がいて、それが被害者の顔形とどこか似通っていることから、彼が被害者の弟だと、根来にはすぐにピンときた。
その他にも、生真面目そうで冗談の通じなそうな顔の四角い冷たい印象の男と、化粧が濃く、面長ながら正直者風の、少し目を大きく見開きすぎている主張の強そうな女がいた。
根来は三人の面白くも何ともない顔をじろじろと眺めながら、この中に犯人がいるんじゃねえのか、と疑いの眼差しを光らせていた。三人が不安そうな顔をしたので、似合わない笑顔を作って、
「やあやあ、皆さん。ご苦労でしたなぁ。これから事情聴取を始めますから、どうぞよろしく。申し遅れました。わたくし、根来拾三と申しまして群馬県警の鬼警部です。いえ、怖がらんで大丈夫ですよ。もちろん、自白の強要などはせんですから」
とかえって不安を煽ることをべらべら喋りながら近づいていった。
「はあ、あの警部さん。犯人は一体誰なんでしょうかねぇ」
化粧の濃い女が舌打ちのようにパチンと口を鳴らしてから喋り出した。根来には、それが女がマシンガンの如く喋りだそうとしている口の準備だということが感じられた。
「私たちついさっきまで、まさかこんなことになるとは思っていなかったんですよ。それがもう、えらい騒ぎで。本当にもうどうなっちゃうんだか……」
「まあまあ、お待ちなさい。一気に喋ってしまいたい気持ちは分かりますよ。しかし、お話は一人一人お伺いしたいものです」
とこの女の口を塞ごうと、すかさずに根来が言った。それを聞いて、女は根来をちらりと睨むと、そのまま黙ったのだった。
「それで、どなたがどなたなんだ」
根来は、すでに疲れているような、助けを求めるような目で粉河の方を見た。
「こちらの女性が、牧野友子さんです。それであの方が弟さんの小野寺卓二さん。それでそちらの方が古賀行成さんです」
つまり、化粧の濃い女が牧野友子で、猿顔の男が小野寺卓二で、四角い顔の男が古賀行成というわけである。
「分かった。しかし、おかしいな。もう一人いるはずじゃないか」
「吉川徹也さんですね」
「どこにいる」
「どこにもいません。行方不明です」
「あ?」
根来は眉をひそめて耳を疑った。思わず低い声で聞き返してしまった。しかし、聞き返さざるをえなかったのである。
「お前、それをなぜ早く言わないんだ」
「さっき聞きました」
「すぐに報告しろよ。その行方不明の男が……だろ?」
犯人だろ、とは言わなかった。近くに他の容疑者がいたからである。だから根来は自分の顔を爛々と光らせて目で訴えた。ところが粉河の顔は、まだ断言してはいけませんよ、と言わんばかりに無表情なのであった……。