3 密室殺人
「ひでぇな。こりゃ、首がばっさりと切断されてんじゃねぇか」
根来は眉をひそめ、目を細めて、恐る恐る死体に近づいていった。
殺害現場である寝室には、片側にベッドが置かれ、もう片方に机と本棚が置かれていた。死体は胴体と生首に分けられて、ベッドの上に横たわっていた。
「根来さん。撲殺です」
粉河はあまり気にならないといった様子で、寝室に入っていって、生首の後頭部を観察し始めた。
「そうか? 撲殺か。そりゃあ、大変だな。でも問題なのは、死因よりも首が切断されていることじゃねぇか」
「何を言っているんですか。死因の方が重要ですよ」
粉河は無表情であるながら、はっきりと咎めるように言ったので、根来は小さく、
「はい」
と頷いた。
しかし、すぐにそれでは格好がつかないことに気づいて、根来はコホンと咳をすると、ゆっくり寝室に入っていった。
「どうなんだ、え? 検死官の長谷倉さん」
死体の近くには検死官の長谷倉が、さも楽しそうな顔をしながら、死体を観察していた。
「ああ、根来さん。こんばんは。いやぁ、これはすごいですよ」
「何がすごいだ」
「首が切断されています」
「そんなもん見りゃ分かるわ」
長谷倉は何度も頷きながら、生首の断面を観察している。そして、根来の方をジロリと見ると、
「根来さん。私、首なし死体を見るのは初めてです」
と頬を緩めてため息まじりに言った。
「ああ」
「すごいもんですねぇ」
「頼むから仕事の話をしてくれ。それに、そんなに嬉しそうな顔をするな。俺は今、心底冷えた心地になっているぞ」
根来は、この長谷倉という検死官が苦手であった。死体を観察するのが三度目の飯よりも好きだという変人なのだ。根来は、こういう変人は一度に死体になってみればいいと思っている。
「この切断面から言って、大きなノコギリのようなもので切ったんでしょうかねぇ」
「ノコギリ? そうなのか」
「まだ、分かりませんが……」
長谷倉はじっくりと生首の酷たらしい切断面を眺めながら、何事か、ブツブツと呪文のようなものを唱え始めた。
「何を言っている?」
「いえ、やはり……この断面だと……いや、ん……とにかく、この場で切断したわけではなさそうですね。出血の量も少なすぎますしねぇ……んん? なるほどね」
「死因の方を優先してもらおうか」
根来はだんだん腹が立ってきて、この長谷倉を羽交い締めのしたくなったが、どうにか堪えた。
「死因は、後頭部を強打したことですね。そうとう。強い力で打たれています」
「なるほどな。それで、死亡推定時刻は?」
「結構時間たっていますね。もう、半日ほど前じゃないでしょうか」
「すると昼間か」
「ええ、十時間は経っているかと」
根来は頷いた。時計を見る。今の時間は夜の十時である。すると、正午以前に殺されていたということか。
その後、根来は寝室を一旦出て、粉河から被害者のことなどを聞いた。
「被害者の名前は、小野寺荘一、三十二歳です。食料品メーカーに勤めている会社員のようです。今日は休日で、この別荘に遊びに来ていました。彼だけじゃなく、彼の高校時代の同級生があと三人、それとガイシャの弟さんもこの別荘に訪れていました」
「高校の同窓会か」
「ええ、仲の良かった四人組だったようです」
根来は頷くと、感慨深そうに語り出した。
「そんな同窓会がこんなことになっちまって、えらい目にあったなぁ。同情するぜ」
「はあ」
「俺の高校の時代の話をしていいか?」
「後にしてください」
粉河が不満気に言うので、
「仕事中だもんな」
と根来は、懐かしそうな顔をして頷いた。
被害者である小野寺荘一は、この白百合荘の持ち主である。というよりも、ここは小野寺家の所有している別荘なのである。
「なあ、それよりも、ドアがぶち壊されているな」
「なんでも、死体を発見した時に鍵がかかっていたので、体当たりをして壊したそうです」
根来はなんだか変な気がした。
「鍵がかかっていた? 犯人がわざわざ鍵をかけて出て行ったのか」
「そうではありませんで」
と粉河はなぜか妙な言いまわしになって、
「鍵は全て金庫の中にしまってあるそうです。マスターキーも」
「うん?」
「ここは別にホテルや旅館じゃありませんから、個室の鍵は使いませんし、わざわざ、個室の鍵を持っていても紛失するだけなので、全部、一階の物置の中にある金庫にしまっているそうです」
「はあ、でも、それじゃあ、おい……」
根来は、なんだか非常に嫌な心持ちがしてきたから、少ない知能を集めて、状況を整理する。
「犯人は、この死体をここに置くだろ。それで、どうやって外に出たんだ。鍵が無いのなら、外に出ちまうと鍵をかけられない。でも、内側から鍵をかけちまうと外に出られねえよな」
「そうですね」
粉河はまじまじと根来の顔を見つめている。そして一言。
「密室殺人ですね」
「あああ……」
根来は訳が分からなくなって頭を抱えたのであった……。