2 白百合荘
根来はその時、アメリカンコーヒーを飲んでいた。この美味いんだか不味いんだか分からない安いコーヒーを勢いよく飲み干す。するとなんとも根来の胃がヒリヒリと軋んで、それが快感なのか苦痛なのかよく分からないのが、たまらなくしっくりとくるのであった。
すると、例によって部下の粉河刑事が少し困惑した顔を浮かべて、
「どっちなんですか」
と尋ねた。
「どっちって、何がだ」
根来が不機嫌そうに聞き返すと、粉河はやれやれといった顔を浮かべて、
「美味しいんですか。それとも美味しくないんですか」
とゆっくりとした口調で尋ねた。
「美味くないものをなんで飲むんだ」
根来はそれだけ言うと、むすっとした顔をした。
粉河は根来を見つめながら、渋い顔をすると、
「根来さん。それよりも事件ですよ。現場へ行きましょう」
と言った。
「やれやれ、こんなもん飲まなきゃ良かったな」
*
根来と粉河は、殺害現場である山奥の山荘へパトカーで向かった。
根来警部は、もう中年の刑事で、このところ体にガタがきているが、かつてはどんな犯人だろうと暴力と怒号でねじ伏せてしまう、虎のようにタフでハードな男だった。
その為、鬼根来の名で群馬県警のみならず、他県の警察にも知られていたのだが、粉河刑事が配属された頃から、若くて冷静な粉河に口先でやり込めれるようになってしまい、最近は以前のような破茶滅茶な勢いがなくなってしまった。その粉河も、とうに新米ではなくなって、ずいぶん捜査が手慣れてきていた。
パトカーが向かっている山荘は、白百合荘と呼ばれていて、なんでも資産家の別荘らしかった。
根来は資産家が嫌いである。そういうものは下らないやつらと決めている。根来は東京の下町の貧乏な家庭に生まれた。そのおかげで何かと苦労して育ったものである。その自宅も両親の離婚で居られなくなって、母と一緒に、群馬にある母方の実家に引き取られてからは、色々と肩身の狭い思いもしたものだった。だから、根来は資産家というのは何の苦労もせんで半人前なんだ、となんだか無性に腹が立ってくるのだった。
夜の闇の中で、二階建ての白い洒落た洋館が建っているのが見えた。
「これが現場か」
「現場です」
根来は、なるほど、と思って洋館をまじまじと眺めた。
(こういう洋館で殺人事件が起こるっていうのは、やけに雰囲気があって怖いもんだな。なあ、ゾンビでも出そうじゃねえか。もちろん、昼間に見りゃあ、そんなことは思いやしねえんだろうけどよ)
と根来は、足りない頭をフルに使って想像を膨らました。
*
すでに所轄の刑事や制服の警官がいた。なんだか賑やかだなぁ、祭りみてえだな、と根来は不謹慎なことを考えながら、木造りの階段を登り、殺害現場の二階の寝室へと向かった。
二階の寝室のドアは、外からぶち破られたらしく、鍵のところが派手に壊されていた。そして、一歩室内に入ろうとすると、根来は、
「ウッ……」
といかにもくぐもった声を出して、思わず目を背けた。
それもそのはずである。その部屋のベッドの上にはガウンを羽織った、首のない男の胴体が横たわっていて、そこから少し離れた枕元には、苦悶に顔を歪め、白眼を剥き出しにしたままの凄まじい形相を浮かべた男の生首が転がっていたのである……。