11 羽黒祐介の推理
羽黒祐介は語り出した。
「この事件の犯人は、身長185センチの荘一さんの死体を、別荘の裏にある倉庫から二階の寝室に運んだということですから、少なくとも二人いたと推測して良いでしょう。つまり主犯と共犯がいるのです。犯人は体力的に二人とも男性であったと考えるのが妥当と思われます。これは推測に過ぎませんが、共犯者は吉川さんだったのでしょう。このことはトリックを解明してゆけば、自ずと分かっていくことになります。
犯人は、この犯罪を不可能犯罪にするつもりなど無かったと思われます。不可能犯罪にしたところで得をする人物などいないのです。愉快犯であったのなら別ですがね。密室殺人というのは一般的には自殺に見せかける為か、鍵を持っている人物に濡れ衣を着せる為に行うものです。そして、この事件の場合はおそらく後者でしょう。部屋の鍵は金庫の中にありました。そして、その金庫の番号を知っていたのは、荘一さんと卓二さんだけだったのです。荘一さんは被害者ですから犯人ではありません。そうなると、卓二さんのみが鍵を扱えた人物ということになるのです。こうなれば、卓二さんが逮捕されることになるますね。しかし、実際にはそうはならなかったのです。何故か? 物置に防犯カメラがあったからです。つまり犯人は物置に防犯カメラがあることを知らなかったと考えられるのです」
「確かにその通りだ。犯人は卓二に濡れ衣を着せるつもりだったんだな」
「さて、密室トリックの目的が分かったところで、もう一つ疑問があります。何故、犯人は被害者の首を切断したのかという謎です。さらに、この部屋のドアは二つの鍵がかかっていて、外部からこの鍵をかけるのは不可能に思われるのです。そこで、僕はある重大な点に気付きました」
「なんだ、重大な点って……」
「友子さんは死体発見時、被害者の首と胴体が切断されているところを見ていないということです。死体の上には掛け布団が乗っていて、そこから顔と手足が見えただけです。そして、古賀さんが掛け布団をめくって首と胴体が切断されていることを確認したのです。それはあくまでも古賀さん一人の証言だということです」
「馬鹿言うなよ。その時にガイシャの首がくっついていたら、いつ切ったって言うんだ。首を切るのには時間がかかるぞぉ。血だって噴き出すんだぞぉ」
「いえ、これは密室開放後に殺人が行われたという類のトリックではありません。それは根来さんの仰る通り不可能です。問題なのは、首ではなく胴体の方です。この手足だけ見えている胴体は果たして本当に被害者のものだったのでしょうか」
「何だって? もしかしてお前は、吉川が殺されていて、その胴体がガイシャの胴体の代わりにそこに置かれていたんじゃないか、とでも言うのか? 余計に不可能じゃねえのかい、それは……」
「違いますよ。もし、そうだとしても状況は一向に変わりませんし、友子さんが警察に電話をかけているわずか十分間の間に、二つの胴体を取り替えなければなりません。それは不可能です。
僕が言っているのは、そんなことではないのです。僕は、友子さんが見た被害者の手足は生きていたのではないかと言っているのです。つまり、そこには被害者の胴体は無かった。そこには代わりに生きた体が隠れていたのです。そこで思い出して頂きたいのは……被害者の身長は185センチですね。そして、吉川さんの身長は155センチです。その差は30センチばかりあります。また被害者の首と胴体は切り離されているので、その位置関係は多少ずれていても言い訳のできるものです。あの時に、もしも友子さんが見た手足が、実は吉川さんの生きた手足だったとしたら、どのような状況になりますか?」
「まさか……!」
「密室には、はじめから被害者の生首しかなかったのですよ。そして、誰がどうやってドアの鍵を閉めたのか。答えは極めて単純です。吉川さんが内側から手で閉めたのです。そのまま吉川さんは荘一さんの生首を、寝ている自分の頭の上あたりに寝かせて、その上から掛け布団を被ったのです。これらは全て、主犯の古賀さんと示し合わせてやったことですよ。古賀さんは、天窓から中を覗きこんで、位置関係が自然に見えるように指導したのです。その後は、計画通りに古賀さんが友子さんを現場に連れてくる。古賀さんはドアを壊します。すると、友子さんには、あたかもそこに被害者の生首と胴体があるように見えたのです。古賀さんは友子さんに、警察に連絡するようにと言って、一階の電話機に向かわせました。ここからが勝負です。吉川さん、すぐさま飛び起きます。そして、吉川さんの部屋に隠していた被害者の胴体を二人で室内に運んできて、ベッドの上に寝かせます。そして、吉川さんは友子さんが戻ってくるよりも先に階段を下りなければならなかったのです」
「それで、吉川の部屋にガイシャの血が残っていたのか。それも十分間しかないから、拭き取る時間もないしな!」
「その通りです。その後、友子さんが戻ってきて、ここではじめて、友子さんは被害者の生首と胴体を同時に見たのです」
根来は満足気に唸った。
「ちなみに死体発見時刻、卓二さんは睡眠薬を飲まされて寝室に眠らされていたのです。卓二さんも一緒に、死体を発見してしまうと、友子さんを一階に送ったところで現場には卓二さんが残ってしまって、胴体を戻すことができませんからね。
ところが、被害者の左手から白百合の造花が見つかったことから、古賀の真の狙いが分かりました。おそらく古賀は吉川を犯人に仕立てるつもりだったのでしょう。白百合の造花は吉川が作ったものだからです。しかし、犯行時に被害者が吉川から奪ったのだとしたら、死体がいまだにそれを握っているのはおかしいのです。死体は殺害後、倉庫に運び込まれ、そこで首と胴体を切断されてから、吉川の部屋に一旦移動されて、そして、現場に運び込まれたのだと考えられます。死後硬直も始まっていない死体がそれだけ移動されているのに、その間、白百合の造花をずっと握り続けているとは到底考えられません。古賀が、吉川に罪を着せる為にこの花を死体に握らせたのです。それも胴体をすり替えた時のことです。この行為を考えると、古賀は吉川を生かし続けるはずはないということが分かりました。なぜなら、もしも吉川を生かしておいて、警察に逮捕されることになったら、吉川が古賀の犯罪行為を喋ってしまうことは目に見えているでしょう。ならば古賀は当然、吉川を抹殺しようとしていたはずです」
「それはいつだ! 古賀には友子がずっとくっついていて、吉川を殺害する時間は無かったはずだぞ」
「それはこういう塩梅です。古賀は吉川にこう言ったのです。「警察が到着する前に凶器を山に埋めよう、だから、人目に触れないように俺の車のトランクに隠れていてくれ」と」
「まさか……」
「そうです。古賀の車のトランクの中には吉川が隠れていたのです。凶器のバッドを持ってね。実際にバッドを持って玄関の方へと歩いて行く吉川の姿を、卓二さんが目撃しているのです。ところが、古賀にとって想定外であったのは、友子さんがついてきてしまったことです。だから古賀は山道の分かれ道の一本目のところに停車をして、トランクから懐中電灯を取り出す振りをして、その時に吉川を車から下ろしたのです。吉川は、古賀の指示にしたがって懐中電灯を持ったまま、その場にしゃがみ込んだのでしょう。古賀の車が走り去ってから、吉川は懐中電灯の明かりをつけたのです。
吉川は、あらかじめどこかに掘っておいた穴があるところまで走って行ったことでしょう。それはバッドを捨てる為の穴です。同じ頃、古賀は友子さんに「トイレに行く」と言って下車して、吉川のいると思われる穴の地点へと急いだのです。古賀は吉川と合流すると、すぐに吉川を殺したことでしょう。そして、古賀は吉川の死体をその穴の中に落として埋めてしまったのでしょう。果たして、土を戻す時間があったかどうかは分かりませんが……」
「見事な推理だ。しかし、もしもだな、古賀のこの計画が成功したとしても、部屋の鍵を扱えたのは金庫の番号を知っているのは卓二さんというになるんだから、古賀が罪を着せたかった吉川には犯行が不可能ということになってしまうんじゃないのか?」
「そうではありません。古賀は、吉川に「金庫の番号を知っている卓二さんに容疑がかかる」と説明していたのでしょうが、実は、荘一さん自身が金庫から鍵を取り出してきた可能性を残しているのです。これによって、吉川に容疑がかかるという目論見だったのです」
「驚いたな。しかしそうだとしたら、吉川の死体は山道の分かれ道周辺に埋まっていると考えられる。よしっ! 徹底的に掘り出すぞ!」
根来はそう言って、元気いっぱいに立ち上がった……。




