1 根来警部
「おいっ、起きろ。朝だぞ!」
私立探偵の羽黒祐介は、根来警部の虎のような怒号と拳骨によって叩き起こされた。祐介は眩しそうにもがくと、根来に抵抗して、布団に潜り込もうとしたが、根来警部が腹立たしそうに掛け布団をベッドから力いっぱい引き剥がしたので、いよいよ起きざるを得なくなった。
祐介が体を起こしたのを見届けると、根来は、
「俺はお前のお母さんじゃないッ!」
といかにも腹立たしそうに怒鳴って、気分を害したようにその寝室を飛び出し、眠そうな顔をしたまま、ソファに座っている助手の室生英治に掴みかかるようにして怒鳴った。
「なんで俺が朝九時にこの探偵事務所に行くと連絡しておいたのに、お前たちはそんなに眠そうにしているんだ!」
「す、すいません。昨日、夜遅くまで事件の調査をしていましたもので……」
英治はそう言いながらも、視線はふらりとどこかへ移って、たちまち白眼になってしまう。
「狂気の沙汰だ。俺は群馬からわざわざ池袋まで来ているんだぞ。お前たちに会いにな!」
根来は不満そうに言いながら、先ほど注いでもらったアメリカンコーヒーを手に取り、適当に揺すってから、一気に飲み干した。
祐介は、寝室に掛けてあったガウンを羽織ると、洗面所へふらふらと歩いて行って、蛇口から勢いよく水を出し、顔を滅茶苦茶に洗った。そして、タオルで顔を押さえながら出てきて、ソファに座った。
「このところ、徹夜続きでして、すいません。さあ、根来さん。もう大丈夫です。どうぞ、事件の説明を始めて下さい」
根来は呆れたように眉を潜めた。
「何が大丈夫だよ。ちっとも大丈夫そうに見えないじゃないか。おい。お前の助手は今、ソファに倒れているが、あいつがメモを取るんじゃないのか」
「大丈夫です。あいつは別に何もしません。英治は家事を担当しているんです。ああ、だんだんと目が覚めてきました。相変わらず、汚いトレンチコートですね」
祐介は、猫のように寝癖を整えながら、爽やかな笑顔をつくった。
「お前は目が覚めてくると、今度は俺のトレンチコートの悪口を言うのか。これは俺の一張羅だ。文句を言うんじゃない。おい。コーヒーをもう一杯淹れろ。いや、もうめんどくせぇ。事件の話が先だな」
「ええ。それで、どんな事件なのですか」
根来は苦虫を噛み締めたような顔をすると、不気味なものを思い出すように、
「首だ。首を切られたんだ。山奥の別荘でな。しかし、分からん。なぜ犯人はガイシャの首を切断したのか。何か重大な意味があるような気がするんだが……。それに、どうやって、あの部屋から犯人は出てきたんだ……」
祐介は耳を疑った。
「それはどういうことですか。この事件はもしかして」
「ああ、そうだよ。密室殺人だよ。山奥の別荘の主人が、自分の部屋で殺されたんだ。部屋の扉には内側から鍵がかかっていた。窓には外側に鉄格子がかかっていて、内側から鍵がかけられていたしな……」
「興味深いですね。眠気が吹っ飛ぶようだ」
根来は眠気という言葉に反応して、ギロリと祐介を睨むと、
「そんなこと言っていると、ブタ箱にぶち込むぞ!」
あまりの剣幕だったので、祐介は波に打たれたように上半身を引き離してから、様子を見ながらまた少しずつ前のめりになって、
「それで、犯人に心当たりはあるのですか」
「ああ。この日、この白百合荘という別荘にいたのは五人だ。ガイシャの他には四人。その内の一人が事件当夜から消息を絶っている」
「何ですって。その人が一番怪しいということですか」
「そりゃあ、そうだろう。犯人じゃなきゃ何だって逃げ出すんだ。やつが一体どこに逃げたのかは知らんが、間違いなく犯人はやつだ。そんなことは俺たちが捜査をしているんだから、お前は考えなくていいんだよ。問題なのは密室だ。密室に首が切断された死体だ。畜生ッ!」
「落ち着いてください。そうですか。まあ、その人が犯人だと断定するのは、少しばかり、気が早いと思いますがね。まあ。いいでしょう。密室に首が切断された死体が一つというわけですか。そして、その事件当夜に消息を絶った人物が一人いたわけですね? これは興味がそそられますね」
羽黒祐介はすっかり目が覚めたように、爛々と輝く瞳を見開いた。
「さあ、事件当夜のことをお話し下さい」




