綾香 パームコーブ 2ーⅠ
さぁ、初めての外国です。
二日目(木)雲一つない晴れ
関南空港を夜の八時半に飛行機で飛び立ち、約七時間三十分後オーストラリアのケアンズ空港に到着した。
現地時間は朝の4:55だ。日本時間でいうと一時間ほどずれている。
今私の頭の中は、ひどい夜更かしの次の日の朝四時に叩き起こされた状態だ。まだ目が半分ほど閉じている状態で、惰性で荷物をまとめ身づくろいをする。
飛行機を降りてすぐ、連絡通路の横にトイレがあったので智樹と別れ、お互い用を足しに行く。
ぼんやりした頭で見ていたので、どこが違うと今言えないのが残念だが、日本のトイレとは仕様が違っていた。私がまごまごしているとオーストラリア人のおばさんが笑いながら使い方を教えてくれた。
「オー、サンキューベリーマッチ。」である。
次は入国審査だ。
審査という言葉だけでもいかめしい。こんなモーローとした頭で英語の受け答えができるだろうか。飛行機の中で書いた入国カードとパスポート、航空券を手にして列に並ぶ。頭の中は旅行目的の「サイト シーイング」と滞在日数の「シックス デイズ」しか入っていない。私達の番が来た。「ハロー。」と言うと「グッモーニン」と返される。そういえば朝だった。パスポートを見ながら鋭い目で私の顔をじろっと見る。私は「サイト シーイング」を口の中で用意して構えていたが、低い声で「ハニームーン?」と聞かれた。咄嗟に「イ、イエス」と答えると、審査官はニヤリと笑って「オメデトゴザイマス」と日本語で言ってくれた。こちらも反射的に「ありがとうございます。」とお辞儀をする。するとパスポートなどを返してくれて、さっさと行けっと手振りをする。えっ、これでいいのー? 智樹に聞くと、「僕は、ホテルの名前と滞在日数を聞かれた。」と言っていた。審査官の方も毎日、何千人もの審査をしているのだ、人によって質問も変えているのだろう。私はいかにも不慣れで寝ぼけた旅行者に見えたと思われる。
審査ゲートの向こうには飛行機から降ろされた荷物が、回転台の上でくるくる回っていた。智樹のスーツケースは紺色だったため、これは他の人が間違えやすいのではないかと考えた。そういう映画を見たことがあったからだ。私は用心して、取っ手の所に赤いバンダナを結んでおいた。これが功を奏した。智樹のスーツケースと思われるものを若い女の人が持っていこうと手をかけて、バンダナを見つけて「あれっ?」という顔をしている。「これ、うちの荷物です。」と言って旅行会社のタグを見せると、「あら、ごめんなさい。」と去って行った。よかったー。セーフ。用心に越したことはなかったね。
スーツケースを開けて、取り出しやすい所に入れてあった薬のビニール袋を出す。次はエックス線検査と税関検査だ。エックス線の方はスルーな感じで通り抜け、税関チェックの人に智樹の腹下し用の薬と私の頭痛薬を見せて意気込んで説明しようとしたが、ああん五月蠅いさっさとこんなものは持って行け!という態度で追い払われた。・・・良かったんだろうか?
「おかしな物を持ち込む人間が、わざわざスーツケースを開けてまで薬を取り出さないし、係官に見せようとしないよ。それに人の見た目もあるんじゃない?僕たちなんか、害が無さそうに見えるんだよきっと。」
なるほどー。そう言えば、ゴルフバッグを担いで大きな声を出して怒鳴っていたおじさんたちは、係官に壁際に連れていかれて服装チェックをされていたね。
税関のゲートを通り抜けると、すぐ横に出口があった。そこを出た正面に、現地の旅行会社の人が名前を書いた札を持って立っていてくれた。やれやれ助かった。これで緊張の時間とおさらばだ。
しかし、このお迎えのスタッフの人がしゃべるしゃべる。早朝なのにすごいハイテンションだ。車に乗ってホテルに着くまで伝達要綱を立て板に水の勢いで話し続けるのだ。なんとか返事を返したが・・・疲れ切った。耳がジンジンしている。この人とホテルの前で別れた時にはホッとした。
ホテルのチェックインは簡単だった。智樹が「チェックインプリーズ」と言ってサインすると、直ぐに部屋に案内してくれた。このパームコーブのホテルは中央の中庭に大きなプールがあってそれを真四角に建物で囲っている。海側の北に入り口やロビーがあり、私たちの部屋は東側棟のプールサイドの三階だった。
一応新婚旅行なのでダブルベッドを頼んだのだが、なんとシャワー室がガラス張りでベッドから半分以上が丸見えだ。・・・私がひるんだのを見て、案内をしてくれたおばさんはそのことについてはさらっと流して、他の部屋の備品などについて詳しく説明してくれた。脱衣室にはなんとアイロン台まであった。
智樹はすぐにベランダの戸を開けて「すっげー、ベランダにジャグジーバスがあるっ!」と大喜びだ。パンフレットにはこんなことは書いてなかったのでサービスなのだろうか?でもベランダ?外から丸見えじゃんと思い私も覗いてみたら違った。遠くにある対面している西側の部屋からは微かに小さく見えるかもしれない?という感じで、旨い事工夫されて部屋が配置されているようだった。建物側にはヤシの木がランダムに植えられていて、これが適度な目隠しの役目もしている。私たちの部屋の前にも大きなヤシの木が海風にざわざわと音をさせて揺れていた。
南国に来たなーーーっという感じだ。
案内のおばさんがジャグジーバスの使い方を教えてくれて「グッデイ。」と言って帰って行った。わー、ホントに「グッディ」っていうんだ。映画俳優のダンディさんみたい。オーストラリアだぁ。
二人っきりになると一気に脱力して眠くて眠くてたまらなくなり、二人してベッドに潜り込んだ。いつの間にかぐっすりと寝入っていたようで、目が覚めると9:00だった。私が顔を洗って身支度をしていると智樹も目が覚めたらしい。ベッドに戻ってこいとカムカムするが、「昼ご飯を買いに行こうよー。朝も食べてないし昨日の夕食は軽かったでしょ。」と言うと、智樹もお腹が空いていたのだろう、しぶしぶ起きてきた。
日本でパームコーブの地図を見て、地元のスーパーが近かったのがこのホテルを選んだ決め手だ。観光地なのでレストランの食事代が法外に高かったためである。歩いて二分もせずにお目当てのスーパーに着いたのはいいのだが、日本のコンビニの三分の一ぐらいの広さの雑貨店だった。あの賑やかなお迎えの人が、パームコーブは最近寂れてきて人がどんどん減っていると言っていたが、この店の広さも需要と供給双方に関係している感じがする。
パンが二斤が一袋になっている。オーストラリア人は大食いなのか?しょうがないので、その袋を一つと、ハム、チーズ、野菜は選びようのない一種類しかないミックスレタスのパック、外国っぽい瓶詰のマヨネーズ、オレンジジュース、ヨーグルト等を買って帰る。
部屋にあったコーヒー皿やスプーンも使って、ベランダのテーブルにサンドイッチを作って並べる。ベランダから見る光景は穏やかなリゾートそのものだ。プールは、底に白砂が敷かれていて自然の浜辺を模しているようだ。エメラルドブルーの水面が強い日差しにきらきらと輝いている。水辺のリクライニングベンチには、外国人の壮年の男性が一人サングラスをかけて寝転んでいる。プールでは、ジェームズ〇ンドのような体格のいい男の人が、ゆったりとしたクロールで泳いでいる。山側の方から鳥の鳴き声がして、ヤシの葉はゆらゆらと風に揺れている。ザ・リゾート、ザ・バケイションな感じだ。
さぁ、この景色を眺めながら、美味しいご飯を食べようと智樹と二人食べ始めたのだが・・・。
パンが、二斤もあるパンが・・・すっぱい。酵母菌の関係か日本人の許容範囲以上のすっぱさだ。思わず二人で顔を見合わせる。
そして、マヨネーズの味がのりのようだ。海苔ではなく工作に使うのりである。・・・マヨネーズは外国が本家なのではないだろうか?解せぬ。日本のメーカーの提供するマヨネーズがいかに美味しく質の高いものであるのかを思い知ることとなった。
期待外れのご飯にどーーんと落ち込んだが、救いがあった。オレンジジュースとヨーグルトがやみつきになる美味しさだったのだ。日本では食べたことも飲んだこともない美味しさだった。この二つをこれから毎日嬉々として食べたり飲んだりすることになる。
ご飯の後、智樹待望のイチャイチャタイムの後、プールに行ってみることにした。
「僕がここのベランダから綾ちゃんを写真で撮るから、あそこの花壇の側でこっちを向いて立って。」
と言われたので、私が一人で先に行くことになった。水着に着かえて、ローブを羽織り、水中眼鏡まで持って準備は万端だ。そう言えば、プールに行く時はフロントにバスタオルを取りに来いと言ってたなと思い出し、頭の中で英作文を完璧に整えてフロントに行く。私がバスタオルが欲しいと言うと、フロントのお兄さんは部屋にあると言う。違う対応をされると途端に英作文が追い付かず、勢い単語の羅列になる。「イン プール ウィー エンター ツー タオル」だ。お兄さんはわかったわかったと笑いながらバスタオルを二枚出してくれた。自分がテレビで観るどこかのお笑いタレントになった気分だ。
プールのある中庭に入ろうとしたら柵状の戸があって、その開け方がわからない。そこの前でうろうろしていたら、レンジャーのような制服を着たスタッフの人が通りかかった。ここでも咄嗟の英会話だ。「アイ ウォント トゥー ゴー イン プール」等という新谷先生が聞いたら赤点を食らいそうな英語で訴えると、その女の人は「シュアー」どうぞどうぞ入ってくださいな。とにこやかに勧めてくれる。えーと、「ノーノー違うんだってば、ハウトゥーだよ。ディス ドァの!」とドアを開けるジェスチャーをするとやっと理解してくれてドアの開け方をレクチャーしてくれた。咄嗟に日本語で「ありがとう!」が出た。でも表情と笑顔で伝わるらしい。お姉さんも「グッディ」と言って去って行った。やれやれ。なかなかプールにたどり着かない。ロールプレイングゲームだねこれは。課題をこなさないと前に進めない。
やっと中庭に入り、プールを背景にして花壇の側に立つと、三階のベランダで智樹がホッとしたような顔をして写真を撮ってくれた。私がどこに行ったのかと思っていたのだろう。・・冒険の旅に出ていたのだ。遅くなったのも仕方がない。
智樹もカメラを持って下に降りて来た。ドアの開け方を教えてやろうとニヤニヤして迎えに行くと、智樹はちょっと悩んだだけで、すぐに自分でドアを開けて入ってきた。
がーーん。開け方がわからないのって私だけ?!
私達がプールに来た頃には、他の宿泊客もプールに三々五々やって来ていた。小さな女の子を二人連れた家族がいたが、子供の腕に黄色い浮き輪をつけただけで母親はリクライニングベンチで本を読んでいる。父親はジュースの買い出しに行っているようだ。中庭のプールだし底も浅いところが多いので危なくないと思っているのだろうが、一部二メートルの深さがある所も・・。けれど女の子たちは怖いもの知らずでどこまでも泳いでいく。見ているこっちが冷や冷やする。しかし、オーストラリアの大人の人たちはゆったりのんびり構えて動じない。積極的に泳ぐでもなく、遊ぶでもなし、ずっと寝転ぶか飲み物を飲むかで動かない。日本人だったらここぞと張り切って遊ぶし、子供にギャーギャーうるさく注意するところだ。国民性なんだろうな。
この家族の小さいほうの女の子が私を気に入ったらしく、側に来て話しかけてきた。青い目で金髪でピンクの水着がかわいい三歳ぐらいの子だ。どちらの英語が不味いのかお互いに頓珍漢な会話をする。五歳ぐらいのお姉ちゃんが、本を読んでいる母親に「マミー ほら ジャパニーズガール だよっ。」と教えているのが聞こえる。三十歳の女をガール?・・・日本人は若く見えるらしい。
しばらく泳いで国際交流もしたので、次に外に出てみることにした。
長くなったので、二日目を分割掲載します。