絵美 フォール・イン・ザ・フォールズ
一日ナイアガラで、夕方からプリンスエドワード島へ向かいます。
二日目の続き
カナダ滝からスカイロン・タワーに向かって歩く。川のほとりから小高い丘を登る道は結構急な坂道だ。
道沿いにスカイロン・タワーの入場券を売っているブースがあった。ここは旅行に来る前に、旅行会社の人に「二時間待ちで、やっと登れるそうです。」と言われたところだ。大丈夫だろうか。
しかし、タワーのふもとのビルに行ってみると行列どころか案内の人もいないし、何の看板もない。
「ここ本当に営業してるの?」
崩れかけた建物や連絡橋に立ち入り禁止の綱が巻いてある・・・。
フミくんが入り口のプレートを読んで、「どうもここは地階に相当するみたいだ。中の階段から一階に登ってみよう。」と言うので、恐る恐る建物の中に入ってみる。
その地階、「昭和のゲーセン・カジノ再び登場」である。
それも前回と違って、無人。人っ子一人いないゴースト・ルームである。照明も薄暗い。もとの世界に帰ってこられるのか不安になる。一番奥にあった階段を登っていくと、やっと人のいる場所に出ることができた。
やれやれ。しかしこんなので高い展望デッキまで登るエレベーターは大丈夫なのだろうか?
係の人に券を渡してエレベーターに乗る。
行列など全然なくて、エレベーターに乗っているのは私達ともう二組の夫婦だけだ。旅行会社の情報はいつのものなのだろう・・。それとも季節によるのかしら。エレベーターはしっかりと動いて私達を展望デッキに連れて行ってくれた。
このタワーは随分昔に建てられたものなのだろう。外に出ると、なんと網で周りを囲ってあるだけで風が吹き抜けている。網も荒く編んであって辛うじて人間の頭が通り抜けられないぐらいの格子である。スリル満点だ。
「うわぁーー!」
「これは凄いや!!」
フミくんは喜んでカメラを網の外に出してナイアガラの滝を撮影し始めた。
「カメラ、落とさないでよーー。」
「大丈夫。紐を持ってるから。ここに来て良かったね。今日は晴れてるからいい眺めだ。」
フミくんの言う通り360度の絶景である。人間の造った建物はほんのわずかで、ずうっと遠くの地平線まで森と湖しかない。プテラノドンか首長恐竜になって景色を眺めているみたいだ。
絶景を堪能して一階に降りると、何件かのお土産屋さんがあった。
ここでフミくんはキャップ帽を買う。旅行中に使う予定らしい。しかしこれがとんでもないことになる。
◇◇◇
スカイ・ホイールの近くまで帰って、ちょっと早い夕食を食べることにする。
これが遠かった。足が疲れて来たので、途中の公園で休むことにする。公園といっても日本のようなものではなくニューヨークのハイド・パークのようなものだ。広い芝生と所々に大きな木がある。フミくんと二人で木陰になっている芝生の上に寝転んで、滝の音を聞く。川沿いを走っている道には見たことのないような車が走っている。
特にバスが面白かった。一台分のバスの車体と0.5台分の車体がアコーディオンの空気を入れる所のような筒で繋がっているのだ。曲がる時にはどうするのだろう?
フミくんが「マ〇ダ、ホ〇ダ、ホ〇ダ、ミ〇ビシ・・・。」と車の会社の名前を上げていく。「結構、日本車が走ってるね。」と言うけれど、私には違いがさっぱりわからない。よく見ただけで車種がわかるものだ。さすが車関係の会社に勤めているだけあるね。
喉が渇いたので近くのレストランの横にあった自動販売機を使ってみることにする。旅行会社の人が、「故障していない自動販売機に出会うことは滅多にない。」と言っていたので今まで使うのを躊躇していたのだが、小銭が増えて財布も重たくなっていたので、挑戦してみることにした。
慣れない小銭を一つ一つ確認しながら自動販売機に入れる。すると、ちゃんとジュースが出て来た。
「おおっー、出て来たねっ。」
自動販売機を使うのにこんなロシアンルーレットをしているような緊張感を味わえるなんてなかなかないことだ。
また芝生に座ってジュースを飲んでいると、ウミネコが芝生の上をちょこちょこと歩いて挨拶に来てくれた。小学生ぐらいの女の子がこのウミネコの後をそぉーと忍び足で追いかけているのが可愛かった。
今朝は早く目が覚めたので、疲れもあいまって眠くなってくる身体に檄を入れて、再びスカイホイールのある繁華街の坂を登る。フミくんが昨日行ったピザ屋さんの近くにファミレスのような感じの店があったと言うので、そこに行くことにする
ここが正解だった。ウェイトレスのお姉さんは楽しい人だったし、値段も手頃でお腹の具合に合わせて料理をチョイスできたので、中途半端な時間帯に食べるにはちょうど良かった。
野菜不足を補うためにサラダとスープを頼む。そして量が多そうだったのでフィッシュアンドチップスを二人で食べることにした。・・・そうしておいてよかった。大量の白身魚のフライにこれまた大量のジャガイモのフレンチフライが付いてきた。これをケチャップとタルタルソースで食べる。ケチャップの味はカ〇メの味に近いが、少し酸っぱい。持参していた醤油もかけてみたが、この衣にはケチャップのほうが合うように思った。
店内には家族連れで来ている人も多く、外人のファミリーの賑やかな食事風景を見ているとこちらも楽しくなってくる。軽く食べるつもりだったけれど、二人でフレンチフライも残さずに最後までがっつり食べた。
食いしん坊のフミくんが「食った食った、お腹一杯。」と言うくらいだ。その量も知れよう。
ホテルに帰って、揚げ物を食べて喉が渇いたので一階に何か飲食ができる店がないかと探してみる。玄関脇の土産物屋を通り過ぎるとアメリカンフィフティーズのようなコカ・〇ーラの店があった。ここで、コーラと水を買う。
「お水がこんなにおいしいとは思わなかったね。」
「日本でどのレストランも水を出してくれるのは贅沢なんだねぇ。」
私達はお茶や水が、注文せずに出て来る恩恵に慣れ過ぎているようだ。
二階にあるロビーに行って、荷物を引き取る。疲れたのでロビーの椅子に座って二人共うとうとしていると、空港まで送ってくれる旅行会社の人が迎えに来てくれた。半分寝ぼけながら荷物をまとめて急いで旅行会社の人の後をついて行ったのが、悪かった。
なんと空港に行って飛行機に乗るようになって気づいたのだが、フミくんがスカイロン・タワーで買ったばかりだったキャップ帽をロビーの机の上に忘れてきてしまったのだ。
「あーーーっ、しまったっ!!」と気づいた時にはもう遅い。気に入って買っただけにフミくんの嘆きようは凄かった。何とかならないかなぁと言っていたが、諦めるしかない。送ってもらうにも莫大な費用がかかってしまう。帽子の値段の何倍も・・。
「この経験も旅のお土産だよ。ほら、ナイアガラの滝だけにフォールしちゃったんじゃない?」
そう慰めるとやっと笑顔になった。
My Lover's cap falls in the falls.
母さん、ナイアガラに落とした僕の帽子、何処へ行ったんでしょうねぇ。
どなたかが拾って大切に使ってくれてるといいな。
◇◇◇
空港への車中で、「ホテルから滝まで歩いて行ったらすぐそこに見えているようなのに遠かった。」
という話をすると、「カナダは思ったより広いですからねぇ。もう少ししたら、その広さがわかる場所があるので教えてあげますよ。」運転手さんがそう言うので、楽しみにしていた。
すると「ここっ! ほら、右手に大きなトロントのビルが見えるでしょ。あんなにハッキリとすぐそこにあるように見えるのに、ここからあそこまで高速道路を走って一時間半もかかるんですよ。」
と言われた。愕然とする。その間は湖だけで他には何にもないのだ。
「それにね。ナイアガラの滝に水を注いでいるエリー湖は水深が意外に浅くて六十七メートルなんですけど、この横にある大きな海のようなオンタリオ湖は水深が深くて二百七十八メートルもあるんです。だから魚が豊富に獲れるんですよ。」
それを聞いて、オンタリオ湖の水の容量を思うとくらくらして来た。その湖が五大湖の中で一番小さいのである。世界って、大きいなぁ。
ピアソン空港に着いて、私達の乗る飛行機の待合所に行く。
夕暮れのピアソン空港にはまだたくさんの飛行機が並んでいた。ぼんやりと窓の外を眺めていると、飛行機が二機、列になって同時に滑走路に向かっている。こんなにくっついて動いてぶつからないのかと思う。
「カナダでは、列車の旅をする時間の余裕のある人が金持ちで、飛行機に乗るのは貧乏人なんですよ。」と教えてもらったが、日本とは違ってカナダ人にとって飛行機はちょっとそこまで乗っていく日常の乗り物なのだろうということが、この二機並んで走っている飛行機を見ていてよくわかった。
シャーロットタウン行きの飛行機は座席が3・3のエアバス319型機だった。
フミくんと席が離れたが、先日十三時間もこのメア・カナダ航空のやり方を経験していたため、不安はなかった。私は非常口の近くの二人シートだったので、最初、隣の人にフミくんと変わってもらおうかと思ったが、やって来た男の子の姿を見て言い出せなくなった。その子はお相撲さんのような大きな身体をしていたのだ。係の人が、ハニームーン客を別の席に座らせてもこの男の子の席をここに決めたのが判ったのだ。身体が座席からはみ出ているのである。その子は小さくなって遠慮して座っているのだが、小さくなれていない・・・。(笑)私はなるべく非常口側の方へ詰めて座ってあげた。男の子がいる右側の方から熱気が伝わって来て、メア・カナダの冷房が効き過ぎている機内の中なのに、身体半分がヒーターで温められているように温い。太っているとこんなに熱量を発しているんだね。
安全説明を終えたスチュワーデスさんが私達のところへやって来たので、どうしたのかと思ったら。
非常口のすぐ側に座っている私達五人、特に私に、「そこのドアの説明図を見て下さい。あの順番で操作すると非常口が外れて逃げ出せるようになっていますから、お願いしたタイミングでドアを取り外して開けて下さいねっ。」と頼まれた。
えーーーーーっ!! そんな重要な作業を客にやらせるんかいっ?!
私が戸惑っていると、後ろに座っていた男の人が「大丈夫、俺がやるよ。」と言ってくれた。ほっ、助かったー。私は機械類の操作がからきしダメなのだ。
「じゃあ、この五人の皆さんで協力してお願いしますねー。」と言ってかわいいスチュワーデスさんは去って行った。メア・カナダ、すごし。
その後、私はその取り外し説明図をじっくりと読み込んで頭に叩き込み、ついでに写真にも収めたのだった。「私は、319型の飛行機のドアを取り外せるんだよっ。」という自慢を、帰って綾香と麻巳子にしてやろう。
飛行機が離陸して高度が上がると気圧の関係か前に座っていた赤ちゃんがグジグジと泣き出した。お母さんがあやしているのだが泣き止まない。座席の間からその女の子が私の方を涙目で見るので、ついつい職業病が出て、笑ったり変顔をしてみせたりすると、泣いていた赤ちゃんが「キヤハハハハっ。」と声を上げて笑い出した。私の顔を座席の間から覗いて見ては狂ったように笑うので、いったい何がそんなに面白いのかとその子のお母さんも座席の間から三度見してきた。
言葉や人種が違っても赤ちゃんはどこも同じだね。
飛行時間は三時間かかると思っていたが、時差があったらしく正味二時間の空の旅だった。
プリンスエドワード島に着き、飛行機のタラップを降りると・・。
「寒い!」
暖かい初夏のナイアガラから真冬の島に来てしまった感じだ。慌ててリュックサックから上着を出して着る。
シャーロットタウンの空港は小さな建物で、日本の地方空港を思わせた。
旅行会社の人がミニバスで迎えに来てくれていた。一緒にそのバスに乗ったのは六人だった。東京から今日カナダにやって来たと言う二人のおばさまと同じホテルだったので、赤毛のアンの話に盛り上がった。この二人は明日の「一日赤毛のアンツアー」も一緒のようで、いろいろ話をした。「もしかしてあなた達、大賀県の人じゃないの?」と聞かれたのでびっくりしたが、その人の旦那さんが大賀の出身らしく方言が同じだと言われた。標準語を喋っていたつもりだったのに・・おかしいな。
「夜中の零時過ぎなのに、すごいパワーだ。」
フミくんは男が一人だったので、小さくなって座っていた。
バスは明かりも音もない真っ暗なシャーロットタウンの街に入って行く。
本当の暗闇だ。
バスのライトが照らすシャーロットタウンの静かな街並みを見て、
とうとう念願のこの地に来れたことを、私はアンが祈ったように天におわす神に感謝した。
プリンスエドワード島、赤毛のアンのファンにとっては一度は訪れたい島、聖地ですね。




