第9話 1/3の純情な感情
俺は今、変た……ではなく、マスターさんと職人街を歩いている。いやー、焦ったね。ちびるかと思ったよ。トイレどこかな……確認に行きたいよ。殺気って本当にあるんだね。アレって漫画や物語だけのものかと思っていたよ……って、ここファンタジー世界だからありえるのか?
マスターさんにお金を借り買い物してもよかったが、折角なので懇意にしているという職人さんの所で、武器やら防具やらを買うことになった。まぁ、俺もこれで冒険者としてやっていける。ただ、こっちに来てからの治療費やら借金の金額は怖いので聞きたくないな……
とか、そんなことを考えていると一軒の店に到着する。他の店より建物自体が古いが何か味があるような店だった。ドアを開け中に入るが誰も見当たらない。
「親方ーいるかー?おーやーかーたー」
マスターさんが店の人呼ぶ。相変わらずいい声だ。店の奥からドタドタと駆け寄ってくる音が聞こえる。
「やかましいわい!そんな叫ばんでも聞こえるわい!」
出てきたのは髭モジャの俺の身長の半分ぐらいの初老のおっさんだった。ほぉう、こいつはドワーフではないのかね?てか、このおっさんの方がうるさいが口に出さない。
「悪いな。親方、それよりこいつに初心者用の武器と防具を見繕ってくれよ」
「なんだ?この坊主は?」
「あ、私はリョーといいます」
なんだろう?こっちに来てから坊主扱いが多いぞ。さっきのお兄ちゃんにはおっさんだったのに。日本人は幼く見られるってやつなのかな?俺アラサーなんだけどな。もしくは、俺の周りがおっさん率高いせいかな?もっと、女の子が欲しいです……神よ。
「ふむ。お前が連れてくるんだ、見込みはあるのか?」
「例の子だよ。先日俺が山で拾ってきた同郷の子だな」
「ってことは、俺が作った義手と義足はこいつか?」
「ああ」
新事実!俺の手足このおっさんがくれたのか。ありがたや。とりあえず、拝んどけ。
「その節はありがとうございます」
「ふん。わしは頼まれたもんを作っただけだ」
「素直じゃねーな」
「やかましいわい」
ツンデレなのかな?ツンデレ好きだけど、おっさんはちょっと……
やっぱりどんな世界であっても、需要と供給は釣り合っていてほしいよね。
「リョーとか言ったな、初心者ならこっちにあるものを持ってけ」
親方はカウンターの横にある樽を指さし言った。
これは彼の有名な聖剣フラグか?古びた店で樽に乱雑に突っ込まれている中には、凄い剣が混ざっているというお約束。これは世界の真理なのだろうか?
さっそく、俺とマスターさんは漁り始める。すると、マスターさんは、ひと振りの刀を取り出した。
「こ、これは!」
「知っているのか!マスターさん?」
「ああ、このフォルムに刃の周りについたギザギザ、これは有名な刀匠が打ったとされる最終形殺人剣。名を『無○刃』という」
「な、なんだってー」
「こいつはとんでもねぇモノが出てきたぜぇ」
「ええ!これ一本で国盗りできますね」
やってしまった。いや、後悔はないよ?一度はやってみたいじゃないか。こんなノリ。ほんと、ほんと。スベってもいじゃないか……人間だもの。
「盛り上がってるとこすまんが、そいつはただ研いでないだけの普通の刀だ」
「「…………」」
くそっ、マジレスをありがとう親方。いや、分かっていたんだよ?分かっていたが、言葉にされると辛いものがあるぜ。これがあの有名な3分の1の純情な感情なのか?でもさ、弐の秘剣見たいじゃん?『売れんかいな』って。分かる人がいたら嬉しいな程度のネタなので、きっと、本編ではカットされるから大丈夫だ。
「ステータスにもあったが、剣道かなんかやってたんだろ?これとか、いいんじゃねぇか?日本男児なら燃えるだろ?」
「えっ?いや、あの齧った程度ですよ。あっ、これですか?おお、日本刀。確かにかっこいいですね。これは、太刀ですよね?」
俺とマスターさんは、さっきの会話などなかったかのように会話を再開させる。剣道じゃなくて古武道というやつで、まぁ俺の黒歴史だよ。ちなみに大刀や太刀など、俺にかかれば造作もなく判断できる。中二病の時の知識のおかげでなっ!
「知っているのか!涼君?」
「……はい。好きなもので」
やらせねぇよ?同じ手は二度もくらわないさ。
しょんぼりとしたマスターさんには悪いが、あなたは知っていますか?一度スベったネタの『天丼』は死を招くと。
俺は軽く素振りして使い心地を確かめる。正直初めて真剣を振ったのでよく分からないが、振り心地もいいし握りもいい。なんだか手に馴染む感じだ。それに、マスターさんのおススメだしね。
「では、これにします」
「……そうか」
もうちょっと遊びたかったのか、少し残念そうなマスターさんだが……気にせずお話を進めましょう。
「なら、次は防具か……坊主これなんかどうだ?」
俺に向けて黒い皮の防具を取り出す親方。
「おお!なんですか?この手触り。これが革装備ですか?」
「そうだ。ブラックウルフルズという魔物の革の胸当てだな」
「え?ブラックウルフですか?」
「違う!ブラックウルフルズだ」
「はあ」
マジか、この名前絶対転生者たちの仕業じゃん。悪ふざけ好きだなこの世界。
「涼君、名前はともかく防御力と耐久性はなかなか良いと思うぞ?……ブラックウルフルズ、ぷっ」
「では、これにします!」
もう即決ですね。マスターさんが言うなら間違いない。そこらへんは信頼してますよ。
でもね、マスターさん。半笑いはやめていただきたい。もしかして、あんたか?この魔物に命名したの?
マスターさんがお金を払い買い物を終えて、俺は買ったばかりの防具を着け、腰に刀を下げる。これでなんとか冒険者の恰好だ。今からだって旅に出れるさ。俺は良い買い物をしてイイ気分だ。
もしかしたら、今ならおやっさんにだって勝て……ないけど怪我ぐらい……いや、切り傷ぐらいならつけれるかもしれない!
そして、俺たちは店を出る前に親方にあいさつをする。
「親方、良い武器と防具ありがとうございます。では、また来ます」
「じゃあな、親方!」
「おう!また来い。後……」
すると、親方が急に言いづらそうに言葉を詰まらせた。
「それと……腕と足、調子悪くなったら見せに来い!タダでみてやる!それだけだ!」
「……はい、ありがとうございます」
キター!ここでガチのおっさんのツンデレだー!
申し出自体は非常にありがたい。ありがたいんだが……おっさんのツンデレとか誰得だよ……マジで。
さっきも注意しただろ?心の中で!
あっ!こっちか!こっちが、有名な3分の1の純情な感情か!?
うん、違うよな。大丈夫、みなまで言う必要はないさ。
察してくれているとは思うが、俺がなんとも言えない気持ちになったのは言うまでもないだろう……
こうして、俺たちは店を後にし宿屋へ帰るのだった。
次だ。次の話で……