第4話 TUNAMI
選択肢
それは、人が持つ可能性。
ゲームの主人公は『選択肢』に抗うことができず、神の過失によりBADENDになることもある。
覚悟せよ!選べ!君の道を!
次の日、俺は日の光が顔に直撃しているのか、眩しくて目覚める。
それにしても、昨日は自分でも思ってもいない寝言を発した気がするのだが……気のせいなのだろうか?神の悪戯か?なんて恐ろしい。俺をどうさせたいんだろうな、神は。
おっとそんなことより、周りを見渡すとやはり自分の部屋ではなく、昨日マスターさんと話した部屋だった。右手を見るとやはり黒い。
うん。これは認めるしかないな、俺が異世界にトリップしたことを。一日置いたおかげか、不思議なほどこの事実を受け入れることができた。
ただ、気持ちを切り替えて考えると「この状況も案外悪くないんじゃないか?」とも思えてくる。
なんせ、とても親切なマスターさんに拾われた。そんでもって、俺自身が改造人間になって、頑丈になっているだろう。そして、右手、右足、右目、違和感を感じさせないほどの高性能の義手たちがある。
これはもしや、世間一般で言う『チート』という奴ではないだろうか?おいおい!これはまさか、神が俺にやれって言っているのか?あの伝説の俺TUEEEEEE!!を。
はっはっは、このノリで魔王とか倒しちゃうか?昨日マスターさんがいるとか言ってたし、案外サクッと倒せちゃうかな?
そんでもって、強い俺に美女が寄ってきてハーレムか。悪くないじゃないか!異世界トリップ!
とまぁ、俺はこんなイタイ妄想を想い描きながらベッドの上で高笑いしていると、お腹が「ぐぅ〜」と鳴り空腹をアピールしてくる。
「そういえば、昨日であってる……のかな?あの出勤時のパン以外に飯を食ってなかったよな〜」
と俺は独り言を言いながら、ベッドを出る。
「まぁ正確には、咥えているだけで食べてないけどな〜。あっ!そういえば、なんかあったら一階に、とか言ってたなぁ」
またも独り暮らしになってから、増えた独り会話をしながら部屋を出た。まぁなんだ、目ざまし時計を『スイートハニー』と呼ぶことから……察してほしい。
一階の階段を見つけ降りるとそこは酒場だった。ただ、地球と違い、そこはファンタジーっぽい酒場だった。カウンターの後ろには酒瓶がズラーっと並んでおり、蛇口みたいなのが付いた樽があり、床は石が敷き詰めてあり、宴会ができそうな広さに木の机と椅子が並べてあった。
ちょっとした感動を覚えながら立ち尽くしていると、不意に横から、なにやら声をかけられ振り向くと……
「rbgrwgjrjgwkkkpp、w?」
「……」
「mれrjrもth;れじgkhtm;ふぉ?」
俺はまた立ち尽くした。
一つは皆さんお分かりだろう、言葉が分からないのだ。もう一つは恐怖だ。
俺に話しかけてきたのは身長2メートルを超える大きなおっさんだった。赤い髪にそこから生える悪魔のような二本の角、睨んだだけで人を殺せるような目つき、低く響く声、この世界に魔王がいると言っていたが、きっとこの人のことだろう。そう思わずにはいられない。
おいおいっ、誰だ?魔王を倒そうとか言いだしたアホは?……まぁ俺なんだけどさ!
無理無理!俺のなけなしの生物的な本能が逃げろと告げている。てか、なんで酒場に魔王がいるんだよ!冒険する前に詰んでるじゃん。
そして、プルプル震える俺は魔王様と目が合ってしまう。何かしゃべろうとするが声が出ない。
見つめ合う、おかしいな素直におしゃべりできないよ……恐怖で!
ヤバい!このままでは死ぬ。どうする?
→たたかう
まほう
どうぐ
もげる
違う!もっとまともな選択肢持ってこいやぁぁああああ!!!ゴォオラーーーーーー!!!!
おしっ!新しいの出た!
どうするよ?俺!
逃げる
→にげる
ニゲル
NI・GE・RU!
俺は逃げるぜ!選択肢は『にげる』一択だ。
しかし、恐怖で動けない。忘れてた!『魔王からは逃げられない』という全世界共通の理があったのだった。(※実際は恐怖で動けないだけ)
俺は打つ手無しとパニックを起こしていると、魔王様の丸太の様な手が伸びて俺を掴み肩に担いだのだ。
すると、魔王様はなにか思い出したように二ヤッとして俺の方を見た。
「ワガハイ、オマエ、マルカジリ」
「いやぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!無理無理無理だから!!助けて!マジで!だれかーたーすーけーてーーーーー!!!!」
心からの叫びだった。
「ワガハイ、オマエ、クウ」
「美味しくないっす!自分まだ食い時じゃないっす!マジ勘弁して下さい!」
俺の訴えを無視して魔王様は酒場の奥に入っていく、終わった……
異世界トリップしていきなり俺の人生終わりか……と諦めかけた瞬間声が聞こえた。
「おっ、涼君、もう起きても大丈夫なのか?」
助かった!やはり貴方が俺の、いや、私のマスターだよ!マスターさんっ!!
神は俺を見捨てなかった!てか、俺の中ではもう神なんかより、マスターさんの方が神だね!
「ぷっはははっ!食われると思ったか!」
「いや、マジでアレはシャレになりませんよ!なんですか?なんなんですか?なんで、魔王様が酒場に出現してるんですか?無理ゲーですよ!これゲームだったら、糞ゲーですよ?神という名の運営、出て来いやぁぁぁああああああ!!!!」
俺の魂から叫びが酒場に木霊する。
そんな今、俺は酒場のカウンター席に座り、マスターさんとカウンター越しに会話している。あの後、俺は泣きながらマスターさんに助けを求め、魔王様から解放していただき説明を求めた。
そしたらね、なんか魔王様の悪ふざけだったらしいんスよ。こちとら、死を覚悟しましたよ。いや、ほんとトラウマですよっ!
「ぷっ、いやー面白かった。あーそうだ。とりあえず、これやるからつけてみな」
「……はい」
そう言いマスターさんは指輪を取り出し渡してきた。俺はちょっと不貞腐れながらも言われた通りに指輪を右手の中指にはめる。もう、マスターさんの言うことは絶対だ。
そういえば、はめるという言葉にエロスをって……え?その流れはいいって?せめて最後まで言わせてほしいものだ。
俺が指輪をはめたのを確認してから、マスターさんは酒場の奥の厨房の方を向いて声をかけた。
「マオー!もういいぞー!」
すると奥から巨体が現れ、そう魔王様が再び降臨されたのだ。
「マルカジリ、リターンズ」
「いやだぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「ははははははははははっ」
そうしてまた、俺の悲鳴が酒場に木霊した。
「ぐすん」
「いやぁ悪かったな坊主!ユーリがなぁ、昔これを言ったらウケるって言ってたから、ついつい試してみたんだ」
「ぐすん、いえ、ずずっ、大丈夫です。ぐすん、ウケマシタヨ、ずびぃい」
俺は今、魔王様を交えて会話中だ。そう、言葉が通じなかった筈のこの人と。てか、この悪戯はマスターさんの入知恵かよ!
ちなみに皆なら分かってくれるだろうが、俺はマジ泣きなんてしないし、ベソなんてかいていない。これは心の洗浄をして出てきた老廃物だ。決して涙でも鼻水でもない、なんかもう別の体液だ。
それに男がマジで泣いていいのは、秘蔵コレクションが親バレした時だけなのだから。
「あー、マオ。ちょっとやり過ぎたかもな?」
「おい!ユーリが言ったのではないか!」
「ぐすん……いえ、俺が悪いんです。大丈夫ですから、うっ、話を続けましょう」
「「お、おう……」」
汁を垂れ流しているお兄さん(おっさん予備軍)と罪をなすりつけ合うおっさんは、いい絵とは言いづらく、俺はせめて話を戻す努力をする。
「俺は昨日自己紹介したからまぁいいとして、こっちのが……」
「吾輩はマオ=S=サトゥーン。この宿の料理担当だ。ユーリが『マスター』なら、吾輩は『おやっさん』だな。坊主いい加減に泣きやまんか」
「ぐすっ、はい。私は田中涼です。マスターさんに拾われました、よろしくお願いします」
俺はなんとか魔王様――改めおやっさんに返事をした。
「うむ。よろしく頼む。ではユーリよ、吾輩は厨房に戻るぞ」
「おう。頼むわ」
そう言いおやっさんは厨房に帰っていく。
「でだ。もう分かったと思うがその指輪は『翻訳の指輪』という『魔道具』の一種で、言語変換機能が付いている。まぁ、詫びも兼ねてタダでやるよ」
「いいんですか?」
「ああ、この世界で生活するなら要るだろ?言葉通じないのは死ぬほど苦労するからな。あと『魔道具』っていうのは、ファンタジーらしい魔法が付与されてる道具のことだからな」
「すごいですね、これ」
俺は着けている指輪を指さしながら言う。
「そうだな。この世界で暮らしていると『魔道具』普通なんだがな……っと、じゃあ、ついでにこの世界について、もう少し説明しておくか?」
「はい。生活する上で、是非この世界の常識や知識は知っておきたいです」
「そうか」
マスターさんは顎に手を当てて「ふむ」と考えてから、左手を胸に当て右手を前に出し芝居がかった口調で言った。
「嗚呼、異国からの旅の者よ!よくぞ来た!アヴァンの世界へ!この世界はどうだろうか?驚きや戸惑うこともあるだろう!だが、悲観することはない!あるがままを受け入れよ!新らたな事を恐れるな!この世界は君の知らない美しいモノで満ちているのだから!これから旅立つ君に、私はこの言葉を贈ろう」
ニヤリとしてマスターさんは両手を広げ高らかに告げる。
「ようこそ、アヴァンへ!この世界に迷い込んだ者に祝福を!」
「それでは、チュートリアルを始めようか?」
これが、アニメやゲームならきっとここでOPですね。
セーブは小マメにね!