第35話 ドレミファだいじょーぶ
さてさて、私こと涼君は今北区を目指しています。目指していますが、不安でしょうがないんだよ。足取りが重い。気分はすこぶる悪い。
なぜかって?そんなの聞かなくても分かるよね?
普通の『わらしべイベント』ってさ、普通はわらしべって言うぐらいだからさ、もっとなんかどうでもいいものから始まるもんじゃん?近所のおばちゃんにアメもらって、子供に上げたらガラクタもらうみたいなさ?
なのに、いきなりマフィアのボス?みたいな人に会いに、命の危機に陥る様な所に行かないといけないの?
俺はいつからこんな自分を追い込むのが好きになったんだろうか?危うく自分がドMだと錯覚してしまいそうだ。恐い恐い。
てかさ?このクエストってさ『わらしべイベント』っていうより『おつかいイベント』だよね?
「おや?そこで今にも周囲の人間を呪い殺しそうな負のオーラを吹きだして、尚且つ、死んだ魚よりも酷い目をしているのはご主人ではにゃいかにゃ?」
俺の口から呪詛が漏れそうになっていたところに、突然どこからか声がする。俺はその声の方に――路地に目をやる。そこには首輪をして尻尾が2本ある黒い猫がいた。先程の声の主はその黒い猫だった。
「あ、ああ、クロか。散歩か?」
「そうにゃ。それよりご主人はどうかしたのかにゃ?」
「まぁ……な」
俺はなんとか言葉を返す。このクロと言うしゃべる黒猫、正確には猫又である。こいつの事を簡単に一言で言うと『ファンタジー生物』かな。そして、俺の嫁でもある。意味が分からないかな?大丈夫、最初は皆同じ反応するから!
「それより、私の質問に答えてくれると嬉しいにゃ」
「ああ、そうだったな……時間はあるか?」
「大丈夫にゃ!」
「じゃあ、歩きながら説明をするから……こっちにおいで」
「にゃ!」
俺はそう言いクロを呼び抱き上げる。クロは喜んでゴロゴロ言いながら俺の腕の中でご機嫌なご様子だ。俺はそんなクロを見て、つい笑みがこぼれる。どんな笑みかなんて聞かなくても分かるだろう?
今の俺の顔はクロの顔と対照的にさぞかし悪い顔をしているだろう。こうして俺は北区へのお供を手に入れたのだ。
やったね!もちろん反論は聞かないよ。
「それでこれからどこに行くのかにゃ?」
「ああ、ちょっとした『おつかい』だよ?初めていく所だから一人だと心細かったからね」
うん、嘘ではない。本当ことを言っていないだけだ。
「にゃ〜んだ!てっきり、またマスターさんに無理にゃ事を言われたのかと思ったにゃあ」
「……あ、ああ。きっとそれはクロの勘違いなのかもしれなくもないな」
「にゃ?どういう意味にゃ?」
「ああ、クロは知らないか?昔の人は言ったんだ『なきにしもアラジン』って言ってな、ないこともないが、やはり全てはアラジンに通ずって意味なんだ」
「にゃ?にゃ?」
「つまり『世界はファンタスティック!』って事さ」
「にゃるほど〜!これでまた賢くにゃったにゃ!」
「ああ、そうだな!他にもな、神が創った領域と噂されている『絶対領域』って言う言葉があってだな――」
俺はクロに微笑んで全力でごまかし(?)に入った。なにがやはりだ?と自らの心の中でツッコミを入れる。俺も自分で何を言っているか分からない。てか、流石こいつは猫だけあって野生の感なのか鋭いな!だが、クロは俺の事を信じきっているので疑わない。心が痛むが今は背に腹は代えられない。
本当にすまんが、北区には一緒に来てもらおう。なんせ俺は寂しがり屋だからな。
俺とクロが他の人には意味の分からない話をしながら歩くと北区に辿り着く。きっと今の俺は猫と変な話をする変な人なのだろうが、その視線すら心地いいぜ!
北区。通称『娯楽街』といわれ、ギャンブル、風俗、娼館、闘技場、変な道具屋や、露店、怪しい店など、たくさんの娯楽施設や何やらいかがわしい&怪しい店がある。そこを歩く人や働く人も普通ではない。一見堅気ではない人や、もの凄くエロスを感じる服装をした客引きのお姉さんがいたり、なんかもうね、優しさと切なさと心強さが混ざり合った様なまさに『凄い』の一言だよ。
この北区は東西南北中央とある、5つの区の中で一番治安が悪いとされている。このような大きい都市では、どうしてもこのような場所が出来てしまうらしい。というか、俺にはよくわからないが、娯楽やこういった場所は都市を回すためには必ず必要であるらしい。まぁあれだけ治安が悪いと言ったが、それはこの都市の中であって他の国や街と比べるとマシな方らしい。
と、マスターさんに聞いた情報を思い出しながら用のあるカジノに到着する。今俺たちがいるのは、北区にある一番大きなカジノ『BOTTA COOL』だ。ボッタクールって読むのかしら?うん……名前からして入りたくないよね?まぁ、入るんだけどね。
中に入ると、そこは地球のカジノを彷彿とさせる空間だった。目につくだけでもスロットマシーン?みたいなので一喜一憂している人がいたり、テーブルではディーラーがルーレットを回している。他のテーブルではディーラーがカードらしきものを配っていたり、対面に座っている人はカードを片手に、チップを何枚も積み上げて美女をはべらしていたり、なんかもういかにもな場所だ。
ギャンブルは嫌いじゃないので、ちょっと興味はある。正直カジノで大当てして、ウッハウハしたい。そして、俺も美女をはべらせたい。それは関係ないかも知れんが、もしこんな形で来なければ少し遊びたかったぐらいだよ。
「さて、目的の場所には着いたのだが……どうするべきか」
「にゃ?簡単にゃ!『ファーザー』って人を呼び出して、その荷物を渡せばいいにゃ!」
「いや、まあうん……そうなんだけどさ。心配なのは呼び出して来てくれるか、もしくは、会えるかってところだな」
そうなんです。普通に考えるとその会社などの一番偉い人にアポなし会いに行き、更に呼び出すなんてとてもマズイ。てか、無理。
そして、今から会いに行く相手はこの治安のあまりよろしくない北区の頭なのだ。いくらマスターさんの知り合いだろうと、正直怖い。マフィアってアレですよね?日本で言うところの『や』のつく自由業の方たちですよね?
そんな人に会うのならば、その前に絶対怖いお兄ちゃんとか、堅気じゃないおっさんだったりがいるはずなのだ。俺はそんな人達に「お前らの親分に会わせろ」なんて言わなければならないのだ。なにこれ?やっぱ罰ゲームなのか?俺はそんな危ないデュエルをした覚えはないのだが。
それにマスターさんが今日思いついた感じだったから事前に連絡とか入れてないだろうしね。本当に嫌だ。あ〜なんかお腹痛くなってきたし……帰るか?
俺が今にもここから逃げ出そうとしていると、スーツを着た初老のおじさんが話しかけてきた。あらやだ、いい男!……じゃなった。返事しないと。
「そこの猫を連れたお兄さん。どうかしたのかな?」
「ああ、いえ。恥ずかしながら、このような所に初めて来たもので、よく分からずにどうしたものかと立ち尽くしてしまったんですよ」
ふう。いきなり話しかけられて驚いたせいで、とりあえず遊びに来た人を装ってしまった。すると、そのおじさんは納得したように頷いてにっこり笑った。
「そうか、そうか、この場所は初めてなのか。どおりで困っていたのだな?ふむ、では私がここの遊び方を教えてあげよう」
「いえいえ、会ったばかりで申し訳ないですよ」
「なに、私はこういったカジノが好きでね。多くの人に遊んでほしいのだよ。どうだい?私のわがままを聞いてくれないかな?」
「え、ええ。そこまで言って頂けるのでしたら、断るのも野暮と言うものですね。では、ご教授願います」
「はっはっはっ!うむ。ついてきなさい」
急展開ではあったが、俺はついこのおじさんの言葉に甘えてついて行ってしまう。俺の中で、おつかい<カジノとなってしまった。しかたない、しかたがないさ。ここはカジノで遊ばないのはここを作った人に失礼にあたるだろうしね!おつかいの前に、ちょっと遊ぶくらいの時間はあるよね。ちょっとだけだしね。ほら、子供も初めてのおつかいをする時に、つい誘惑に負けて寄り道することだってあるのだからさ。大人も例外じゃないはずさ。ひゃっほーーーーー!!!!
内心でテンションが上がっている俺は、キョロキョロと周りを見ながらおじさんについてカジノを歩く。そして、このおじさんはカジノの常連さんなのか、カジノの従業員はおじさんが通る度に頭を下げている。なんかVIPになった感じで、大変気分がいい。
俺がそんな小さい事を考えていると、おじさんは俺を見て頬笑み話しかけてくる。
「その様子だと本当にカジノが初めてなのだな。面白そうなものでも見つけたかい?
「ああ、はいっ。色々なゲームがあってワクワクしている自分がいますよ」
「はははっ。そうかそうか」
おじさんと会話しながら歩いていると、ここで俺はふとある大事な事を見逃していることに気が付いてしまった。
それは何か?そうそれは……バニーガールのお姉さんを見かけないことだ!
あれ?聞こえなかったかな?それはバニーガールのお姉さんを見かけないことだ!
大事な事だからね。二度でも三度でも何度でも言おう!
バニースーツ。それは神から遣わされた職人がウサギを模して造られた衣装と言われている……紳士の中では。それは、肩ひもがなく、ウサギの尻尾が付いており、がっつり胸元の空き、お色気ムンムンのレオタードと脚を美しく見せる網タイツにハイヒール、そして、その名を冠した、そう!ウサギの証であるピンっと伸びたウサ耳。そして、忘れてはいけないのが、付け襟とカフス。これが有ると無いでは、また違うものであるのは、常識であるので皆まで言う必要はないだろう。
おっと、少々熱く語ってしまったが、紳士淑女の諸君なら知っていて当たり前の事だったね。すまんすまん。
というか、これはゆゆしき事態ではないのかな?え?カジノにはバニーガールがいるという俺の知識が間違っているのか?それとも、異世界だからバニーガールの知識が不足しているのかしら?もし後者だとすれば、ここで遊んでいる場合ではないのかもしれない。
別に俺の胸の内にその『属性』を隠し持っているからではない。そんなこと今討論することではない。この『アヴァン』という世界には、ガチのウサ耳ウサ尻尾を持った種族がいるはずなのだ。それを有効に活用しない、これだけでこの世界の損失であることは言うまでもないだろう。これは今すぐにでも『ファーザー』に会って抗議しなければならない。
俺の中で結論が出たところで、おじさんが俺に話を振ってきた。
「何やら難しい顔をしているが……どうだい?見た中で、やったことあるゲームはあるかね?」
「ああ、いえ。そうですね……ポーカーやブラックジャックなどのカードゲームならやったことありますが、ここのルールと同じなのかは分かりませんね」
「ふむ、なるほど。では、折角来たのだからここでしか遊べない遊びをしようではないか」
「はあ、それは一体?」
「これだ!」
そう言い、初老のおじさんは俺たちをあるテーブルの所まで連れてきて、両手で被せられていた布をはぎ取る。
するとそこには――
「おお!」
「このゲームの名は『麻雀』といい異世界から伝えられたゲームだ!」
これは俺の大好きの遊戯じゃないですか!
「どうだい?楽しめそうかね?」
「ええ!ぜひやりましょう!」
そして、俺はおつかいそっちのけで、麻雀で遊ぶのだった。
それが闇のゲームと知らずに……いや、流石にこれは嘘だけどね。
バニースーツ
エロい服?何を馬鹿な事言っているんだい?
スーツだよ?スーツって言うぐらいだから正装に決まっているじゃないか!
まったく、ビックリするじゃないか。 by涼君




