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第31話 今宵の月のように



 バリーは急に俺から溢れる魔力に驚き、後ろに跳び距離を置く。


「『我が魔力よ。我が身に纏いて、その力を示せ』集え≪魔装(マギドレス)≫」


 俺は全身をもう一度、新たな魔力で魔装する。俺の体から溢れるこの膨大な魔力を纏う為には、今の俺では詠唱が必要だ。

 そして、俺はバリーに向かい刀を持って突っ込む。あんなに動かないと思っていた体が軽い。

 これなら、いける。まだ戦える。


「はぁああああ!!」

「くっ、やっぱぁ仮面の兄ちゃんは奥の手を残してたのかよ!」


 バリーは、俺の上段からの一撃をかわしながら悪態をつく。

 俺は刀を振り下ろした体勢から、腰を更に落とし左から右へと振りぬく。


「しっ!」

「くそがぁ!やるじゃねぇか!」


 バリーは後ろに跳び避けるが胸のあたりが一の文字のように斬りさかれる。そして、俺の手に何かを切り裂いた感触が残る。人を初めて斬る感覚だが、割と頭は冷静だ。これが俗に言う『無我の境地』なのだろうか?違うか?違うな。

 てか、冷静になって考えると、俺は既にオペレーション『逢魔時(トワイライト)』をミッションコンプリートしている。そして、パラスを無事ここから逃がした今、俺の勝利条件は『ユリウスが来るまで時間を稼ぐor逃げきる』なので……今思ったら戦闘しなくていいじゃん!おしっ、ここからお箸君と交渉だ。


「貴様もその傷だ。引いてはくれんか?」

「はっ!今さらできる訳がねぇ!お前もこっち側の人間なら分かるだろ?任務が失敗に終わったらどうなるかなんてよぉ!」

「……ああ」


 やべぇ!雰囲気に流されてそれっぽく返事したけど、全然分かんないよ!


「俺としては、その隊長が来る前に決着をつけたいが……どうだぁ仮面の兄ちゃん?」

「我もその方が良いな。だが、あまり派手にやり過ぎると他の憲兵に気付かれよう?」


 ここは話を合わせておく。てか、大技とかさっきの≪火球(ファイアボール)≫を撃たれたら俺が死ぬからな。まぁ、俺は時間稼ぎする気満々だ。早く他の憲兵さんでもいいから来いよ!俺じゃもう無理だよ!逃げさせて!


「そうだな。じゃあ、次の一撃で決着をつけるってのはどうだぁ?」

「ふむ……よかろう」


 俺はいかにも考えてますよ、って風な体勢をとってから頷く。正直全然良くない。よろしくないよ!

 マジで早く来てユリウス!ユリウスなら事情を話せば、俺たちがやってた事も無罪で許してくれるだろう……多分……いや、きっと。あれ?やばいな、不安になってきたぞ。アイツ真面目だからなぁ……

 そうだ!こいつをおびき出す作戦だったって事にすれば、ユリウスも……

 いやもう最悪、マスターさんを生贄に捧げよう。うん。


「では行くぞ」


 早えよ!もうちょい、話し合おうぜ!と思う俺の気持ちを無視して、状況は進む。

 俺は焦る気持ちを抑え、右手に持つ刀を鞘に収め腰を落とす。そして、気持ちとは逆の言葉を口に出す。


「いつでも来い」


 ええい!男は度胸だ。マスターさん!技パクリますよ!


「『我、捉える事能わず、我がひと振りは全てを切り裂く光となる』」

「『我は強き者。我が剣は疾風の如し。我が剣は首を狩る為にある。首級をあげろ』」


 同時に呪文を唱え、バリーは左斜め後ろに剣を構え突っ込んでくる。俺は、右手で刀を握り迎撃の態勢をとる。俺が狙うのは「先の先」だ。


「鳴れ≪紫電一閃≫」

「刈れ≪疾風勁草≫」


 俺の刀が光り、バリーの剣が斜め下から迫ってくる。

 刀と剣が交差する。「キィイン」と金属同士がぶつかり、互いに互いの勢いによって弾かれる。


 そして――


「なっ!?」


 バリーの剣は遠くに吹っ飛び、真っ二つに割れていた。


「我の勝ちだな」


 俺はバリーを見つめ、ドヤッ!と言わんばかりに、刀の切っ先をバリーの顔に向け言い放つ。「男は度胸だ」とか言ったが、俺に人を殺す度胸などないので、武器を狙ってみた。

 達人になればなるほど、肩の力を抜き剣に余計な力を入れない。剣に力を入れるのは当たる直前といわれている。左手は添えるだけだ。(←ごめんこれは嘘)

 そこで、俺は光の速さで振り抜けるこの技で、バリーの技が発動する出鼻をくじいてみたのだ。

 正直成功した自分が一番驚いている。仮面の下ではめちゃくちゃアホらしい顔をしているだろう。本当に仮面があって良かった。


「ああ、そのようだ。こうなってはお前には勝てねぇ……殺せ」

「……」


 ヤバいよ!どうしよう?殺せないから武器を狙ったのに、それでも殺せってか?無理無理!


「俺には妹がいてな、人質に取られたんだ。あの嬢ちゃんを殺せって命令で……すまん。こんな時にする話じゃなかったな」

「……」


 止めてよ!全くもってその通りだよ!聞いてもいないのに身の上話とか!てか、内容が重いよ!俺には絶対無理だよ!殺せないよ!誰か助けてー!


「どうした?さっさとやれ。お前も早く逃げないと危ないのだろう?」


 俺はバリーに向けていた刀を鞘に戻しバリーに背を向ける。


「もう、あの娘を狙うなよ」

「お、俺を見逃すと言うのか!?」

「貴様にも……守るべき者がいるのだろう?」

「うっ……すまねぇ、恩に着る」


 バリーはその場にうずくまり、必死に嗚咽を抑えながら泣き感謝の言葉を口にする。俺は振り返らない。この涙を見てはいけない。大の大人が泣くのには理由がある。そして、この涙は妹の事を思い、命を賭して行った結果流した涙だ。俺みたいな半端な覚悟しかない者が見ていいものではないだろう。


「我は行くぞ」

「ま、待ってくれ」


 バリーはその場を去ろうとする俺を引きとめる。まだ何かあるのか?と俺は振り返ると――


「これは……礼だ」

「なっ!?」


 バリーは隠していた短剣を取り出し俺に突き立てたのだ。俺の腹に短剣は刺さり傷口から血が溢れてくる。


「はははっ!どこに殺す対象に止めもささずに背を向ける馬鹿がいるんだぁ?」

「えっ……ごほっ……」


 俺は、急に足に力が入らなくなりその場に崩れ落ちる。バリーの顔には涙の跡などなく、奴の顔は嫌らしい笑みを浮かべ俺を見ていた。

 あーくそっ、やられた。嘘だったか……こっちは誰かの為とか弱いんだよ、特に妹とか!


 まぁ、そりゃそうか。どこに殺し合っていた奴に情けをかける奴がいる。ここは漫画やアニメの世界じゃないんだよな。戦って勝ったら友情が生まれ仲間になるなんてありえないよな。

 俺の傷口から更に血が流れる。俺は急激に眠くなり、必死に堪えようとするが目の焦点が上手く合わない。意識が……朦朧となる。ここまでか……情けない。


 すると、風が吹き俺の前に影が二つ現れる。そして、誰かの声がする。


「お、おま……はなんだ!?」

「やれやれ。……にはまだ荷が重か……か?」

「いや、つい……を握ったにしては、なかなかの……で……」

「まぁ、俺が……だからな!」

「……だが……良い経験になっ……あろう」

「そうだな。……をかけたのも含めてな」

「誰だと聞いて……んだ!」


 バリーは誰と会話しているんだ?上手く聞き取れない。


「少し黙れ。吾輩は我……に刃を向ける者に黙っておけん!」

「お前が……のか?」

「当然だ!この者……それ相応の……を受けて……」


 ダメだ。これ以上は……


「今は……眠れ」


 俺はどこか聞き覚えがあるこの声を聞き、意識を手放した。






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