第26話 Dance,Dance
思い出して身悶える様な無かった事にしたい思い出はありますか?
私はあります。
人はそれを『黒歴史』というらしいです。
「はぁはぁ」
「涼君、続きいくぞ?」
俺の額からは大粒の汗が落ちる。全身の運動で疲労が溜まり、体が思うように動かなくなる。
「もう、無理っすよ。これ以上は……もう、俺壊れますよ」
「何を言ってんだ。まだまだ本番はこれからだぞ」
「はぁはぁ、は、はい……優しくして……下さいね?」
「ああ。ほらっ、ほらっ!」
「くっ、うっ、アッーーーーーーーーーーーーー!」
どうだ?卑猥なことだと思ったか?馬鹿め!いつから、これが卑猥なことだと錯覚していた?これは訓練中なのだよ!
「はっはっはっはー!実に、実に愉快だぁ!止まるな!踊れ!踊れ!」
「マジ無理っす!死ぬ!死にますよーーーーー!!!!」
「ははははー」
いや、訓練中……だよ?うん……
俺は今、マスターさんに訓練をつけてもらっている。場所はいつものあの山ですよ。
そうですね!俺が盗賊に捕まった山ですね!
この訓練は、マスターさんが魔力で作った『魔弾』と呼ばれる直径5センチ程の球を、魔装を維持しながら避ける回避訓練という名のシゴキだ。でもこれは、まだマシな修業だったりするんですよ?
今はあの復讐を誓った日から2カ月ぐらい経っている。やっと、前回の話のラストに追いついたかな?
ちなみに、俺が必死に修業するのは、アテナちゃんを手に入れるために魔王様を討伐する為ではないよ。やるなら、精鋭を集めなければならないし。
そして、この修行の最終目標は『マスターさんに傷を負わす』っていうことだ。
「もう無理っす」
「そうか……じゃあ、しょうがないな……」
そう言い俺は地面に座った。マスターさんは残念そうに言うが、魔弾は止めて下さい。今、俺の顔の横を凄い速さで通り過ぎたからさ!
「くそっ『我が前に立ち憚る魔を払え』消えろ≪反・魔法≫」
「残念!このタイミングなら≪魔盾≫の方が良かったな」
「ですよね〜……ゴフッ」
そう言い、マスターさんは良い笑顔で俺に魔弾をぶつけてくる。皆さんお気づきだろうか?そうです。私は今魔法を使っております。ついにちゃんとした魔法も使えるようになったんです。てか、使えないままだと、多分俺この修行で死んでたね。
長かった。つらかった。だが、少しは強くなりましたよ。
他の魔法を使うのは意外にもすんなりできた。なんかね、普通の魔法の使い方も変態魔法の使い方も一緒でしたよ。まぁそうだろうけどね。用途が違うだけで同じ魔法なのですから。
何がキツイかっていうと『呪文』というか『詠唱』を唱える度に、昔の中二病の古傷が抉られるようで、半端ないね。
でもね、初めて普通の魔法を使った時は本当に感動したんだよ。
「『我が傷を癒せ』≪治癒≫」
「もう≪治癒≫は完璧じゃないか」
「ええ、おかげさまで。ですが……」
ええ、本当に貴方にボコボコにされたおかげですよ。だが、このまま終わるのはなんか嫌だ。というか、やられたら……殺り返さねば!リベンジをしなければならんのだ!やったるぞ!下剋上!
「まだ来るか?」
「ええ、マスターさんに一矢報いてやりますよ。『疾きこと風の如く、静かなること水の如く、侵略すること火の如く、動かざること山の如く』まだですよ」
「これは……面白いな」
「『知りがたきこと陰の如く、動くこと光の如し』≪六属性・付与≫ここからですよ?」
「ほう?まだ何かあるのか?」
「ええ、一矢報いると言ったじゃないですか」
俺は腰を落とし、マスターさんと対峙する。
「『是、捉える事能ず、我が一撃は全てを貫く矢となろう』逝け≪光陰矢の如し≫」
そして、俺は『例のモノ』を振りかぶり、マスターさんに向かって全力で投げる。今の俺の限界まで体を強化し、投げられた『ソレ』は凄まじい速さで飛んでいく。
「はははっ!涼君もなかなかの鬼畜だな」
「うにゃぁぁぁぁぁああああああああああああああああ」
そう、俺が投げたのはクロだった。マスターさんは避けようとせず、正面に手を突き出し、白銀の籠手を出現させクロを受け止めようとする。
避けないのならば……こっちの勝ちだ!
俺の……俺たちの攻撃は終わっていないのだから。
「かかった!『我求めるは風、外界を断つ檻を』囲め≪風断≫」
俺は両手を突き出し、マスターさんとクロを丸ごと見えない風の檻に閉じ込める。
さぁ、ここからだ。やっておしまい!クロさん!
マスターさんに受け止められた瞬間、クロが呪文を唱える。
「にゃ!『妖魔法・火遁』≪魔多々火≫」
すると、マスターさんの手にいるクロの体中から炎が吹き出す。いや、クロ自身が炎になったのだ。そして、マスターさんは炎に包まれる。これぞ妖魔法。自身を氷や火に変化させたり、爪を伸ばしたりと、種類や用途は多種多様だ。
今のマスターさんは、俺が魔法により外界と遮断した密封空間にいる。その密閉された空気は、いや酸素はクロの炎によって一気に燃焼する。そして残るのは、二酸化炭素。必要以上摂取すると人間には猛毒の気体だ。
ここで、俺はマスターさんに向かって高らかに笑う。
「ふーっはっはっはー!これが化学の力だ!」
だが、俺はここで手を休めるほど温くはない。あの世界最強と楽しそうに会話しながら、バトっていたマスターさんが、この程度の攻撃に倒されるはずがない。
いくら二酸化炭素に毒性があるとしても、確実に仕留める為には数分の間吸わせる必要があるのだ。よくて、めまいや吐き気ぐらいかな?
そう、やるなら……殺るなら徹底的にだ!
「『咎人に罰を、神の怒りに触れる愚か者へ、裁きを下す雷よ。我が右手に宿れ』」
俺はマスターさんがワニオ君|(盗賊のワニ男)に使っていた魔法をアレンジして使う。魔力量の問題で直接相手に打ち込むと威力が弱いので、右手の義手のみに雷を宿す。
俺は炎に包まれたマスターさんに向かって走り出す。そして、マスターさんめがけて右手を振りおろす。もちろん手加減抜きでだ!
「くたばれ!≪雷神の鎚≫」
全身を強化し、右手に雷を纏った俺の攻撃は――
「実にいい攻撃だった。だが、甘いな」
「にゃー」
やはり、マスターさんに防がれた。そして、クロが残念そうな声を上げる。
「まぁ、まだまだ俺に勝てな――」
「――いいえ、俺たちの勝ちですよ。むしろ、既に勝っていたと言っていいですね」
たった今攻撃を止められた俺が、マスターさんの言葉を遮って言う。
「俺に傷などないぞ?」
「いいえ、ありますよ」
「俺は何一つ傷つけられていないが……」
「貴方の心です」
「「……」」
ドヤ顔で、どこかの警部さんみたいな事言ってみる。クロとマスターさんの反応が怖いので反論は聞きません。
「まぁ、これは本当に言いたくはなかったんですがね。今回の攻撃が失敗に終わったので言わせていただきます。マスターさんが2ヶ月前に言ったじゃないですか?『いついかなる時、どんな方法でもいいから俺に傷をつけてみろ』って」
「ああ、言ったが……」
「では2ヶ月前、幼女による説教を貴方達はされました。そしてその後、マスターさんが行った色街で、マスターさんは酒に酔っ――」
「――涼君!まいった!俺は今、古傷を抉られている。君の勝ちだ!」
いつも自身に溢れるマスターさんは、俺の話を遮り、胸を抑え、負けを宣言し膝をつける。『力』とは色々ある。腕力、財力、権力、知力、顔の良さ、などなど。そして、情報もまた『力』なのだ。
どんなに強い人だって、どうしても知られたくない秘密があるものだ。俺はマスターさんの盟友ことおやっさんを通して、極秘裏に入手した。この情報でマスターさんの『心の傷』を抉ったのだ。
甘かったな。情報規制がされていないこの異世界で、こんな面白いネタが放置されている訳がない。
「にゃ?にゃ?」
「クロ、俺たちは勝ったんだよ」
「にゃ?にゃ?にゃー!やったにゃー!」
理解していなかったクロを抱き上げて、撫でながら簡単に説明してやる。すると、もう立ち直ったのかマスターさんは俺の方を向き言った。
「ふふふふっ、涼君。せっかく合格したのだから、褒美に今日は全力で相手をしてやろう!」
「マジっすか……」
「確か人間は殴られ続けると……記憶が無くなるんだったよな?」
「……」
そうだな、今から俺はマスターさんにフルボっこにされて、俺の意識と記憶が無くなると思うから、皆にはこれから言うことを覚えていてほしい。
あの人があの日、色まt……
…………
……
俺はその日ベッドで起きると、何故かその日の記憶がなく、クロは震えながら俺のベッドにもぐりこんでいた。
前にも一度こんなことがあった様な……いや、考えるのは止そう。




