第25話 彼の者の名は・・・
「リョーお兄ちゃん……はやく、もっと……」
「くっ、ちょっと待って。アテナちゃん、俺、もう……」
「もういっかいだけ……ね?しようよぉ」
「お兄ちゃん、もう疲れちゃったよ」
「ええ〜」
「じゃあ、後一回だけだよ?」
「やったの〜」
俺とアテナちゃんは俺の部屋で二人っきりだ。部屋で二人っきりですることなんて決まっている。
「ほら、アテナちゃん……ここだろ?」
「あっ、なんで……」
「アテナちゃんはここが弱点なんだね?」
「あっ、あっ、んっ、だめ〜。そこはダメなの〜」
「そら、これで終わりだ!」
「ふにゃ〜」
二人っきりでやる事。そう、それは……
「もう!リョーお兄ちゃんばっかりズルイの!」
「これでお兄ちゃんの勝ちだね」
それは、オセロだ。リバーシとも言うのかな?アテナちゃんは今これに夢中なのだ。そして、俺は大人げなく全力でアテナちゃんを倒した。なぜかって?アテナちゃんの困る顔が見たいからに決まっている!
ああ、それと紳士の諸君は残念だったな?全裸待機してたかい?俺も非常に残念なんだ。だが、分かってほしい。一階には魔王様がいるんだ。すまんが俺はまだ死にたくないんだよ。
「じゃあ、約束通りお勉強しようか?」
「う〜」
「そう言わずに、お兄ちゃんにこの絵本を読んでくれないかな?お兄ちゃんまだ文字読めないんだ」
「う〜」
「ほら、絵本を読めるってお姉さんみたいだしね〜」
「う〜、う?……わかったの!アテナ、お姉さんだからよんであげるの!」
「ありがとう」
駄々をこねかけたアテナちゃんは『お姉さん』と言われると、つい言うことを聞いてしまうらしい。俺はもちろん悪用はしないよ!だって、紳士ですから!
アテナちゃんは背伸びしたい年頃なのだろう。まぁそこが可愛いんだけどね!
「じゃあ、今日はこの『閃光の勇者(1)』にしようか?」
「いいよ〜よむよ?」
「うん、お願い」
『閃光の勇者(1)』
むか〜し、むかし。今より数百年も昔の事です。
ある王国に強欲な王様がいました。
強欲な王様は、全てが自分の物にならないと気に入らない性格でした。
全てが欲しいと考えた王様は、屈強な兵士や騎士に戦争をさせて、人族や妖精族や他の種族の領地を力で手に入れ、人々を奴隷にました。
するとその王様は、次に魔王と呼ばれる者が治める魔族の領地が欲しくなりました。
いつものように、兵士や騎士を送り戦争させようとしますが、その魔王率いる魔王軍はとても強く敵いませんでした。
王様は怒ります。なぜなら自分の思い通りにいかないのですから。
しかし、魔王が強過ぎるのです。
臣下だけではどうしようもありませんでした。
そこで、古から伝わる『勇者召喚』を行い、勇者に魔王を倒してもらう事にしました。
『勇者召喚』は無事に成功し、異国から何人もの勇者が王国に召喚されました。
しかし、王様は勇者が何人もいた為、弱い勇者は必要としませんでした。
そして、なんとその弱い勇者を騙し、奴隷にしてしまったのです。
その弱い勇者こそ、後に『閃光の勇者』と呼ばれる者とは知らずに……
「じゃあ、今日はおしまいなの!」
え?マジでか?何だこの話……続きが地味に気なるぞ?
「ま、待って!アテナちゃん!俺、続きが気になります!」
「ええ〜でも、つかれちゃったの」
「そ、そっか。うん、そうだよね。今日はありがとね」
「うん!リョーお兄ちゃん、おやすみ〜」
「おやすみ」
そう言い、アテナちゃんは部屋から出て行ってしまった。俺は一人もやもやとした気持ちになってしまった。マジか……こうなったら……
俺はすぐに一階に駆け下り、暇な転移者が作ったという翻訳辞書をマスターさんから借りてくる。
こうして、俺は日本語とこの世界の言語――アヴァン語の翻訳を始めたのだ。
この作業が夜を徹することになるとは知らずに……
『閃光の勇者(2)』
異国から召喚され、右も左も分からず奴隷となった勇者は、その王国の『闘技場』と呼ばれる場所に売れてしまいました。
闘技場では毎日のように、奴隷同士で戦ったり、捕まえてきた魔物と奴隷が戦います。
そして、その闘技場ではその戦う姿を見る為に、たくさんの人が訪れます。
勇者は売られたその日に剣だけ持たされ、闘技場に出されました。
勇者の対戦相手は人間ではなく、なんと魔物のブラックウルフでした。
黒い毛に尖った牙、鋭い爪を持つオオカミ型のとても強い魔物です。
勇者は何か叫びますが、彼が話すのは異国の言葉で、観客や彼を買った人には伝わりません。
勇者は諦めたように、剣を抜き構えますが、一目で素人と分かる構えでした。
勇者は慣れない剣を振り回しますが、ブラックウルフには当たりません。
一方、勇者の体にはブラックウルフによる傷が増えていきます。
そして、とうとう命綱ともいえる剣を落としてしまいます。
そこで、ブラックウルフはチャンスとばかりに、勇者に咬みつこうと飛びあがったのです。
――絶体絶命――
その時、誰かの声がしました。
「『灯せ』≪特・灯≫」
すると、勇者とブラックウルフの間で凄まじい光が辺り一帯を照らしました。
「ここで3巻かよ!」
この著者やるな!この戦闘シーンなんて、なんか絵本じゃなくて漫画を読んでる感じだよ。そして、話の引き方が判ってんな!ベタだけど、続きの本が出せるからできる方法だな。てか、続きが気になるじゃんか。続きものだから勝つとしても、どう勝ったが気になるんだよ!
そんで、この勇者……不運過ぎるな!召喚されといて、弱いからって奴隷落ちってエグイな。というか、ブラックウルフルズじゃなくて、ブラックウルフいるんだな!
良かったよ!この世界の魔物とか、なんかふざけた名前しかいないのかと思って不安になってたから。
「ええい!3巻はどこだ!俺が翻訳してやんよ!」
『閃光の勇者(3)』
光が辺り一帯を支配します。
勇者もブラックウルフも観客も、眩しくて目を閉じます。
しかし、ブラックウルフの動きは止まることはありませんでした。
なぜなら、匂いで勇者の場所が分かったのです。
そして、ブラックウルフは勇者の元へ駆け寄り勇者の左腕に咬みつきました。
左手からは『バキッ』と鈍い音が鳴り、勇者は激痛に顔を歪ませます。
それでも、勇者は目を開けブラックウルフを見据えて言うのです。
「左手の一本ぐらい……欲しけりゃくれてやる。だが、代わりにお前の命をいただくぜ?」
先程落としたはずの、剣が勇者の右手に握られています。
そして、勇者は全力でブラックウルフの頭部に突き立てました。
先程の光は今の勇者が唯一使える魔法でした。
勇者は、ブラックウルフの視覚を奪う事と剣を拾う為に使ったのです。
剣を深く突き刺されたブラックウルフは断末魔を上げます。
闘技場に残ったのは、左手に咬みついたまま息絶えるブラックウルフと、血に染まった剣を持ち、威風堂々と立つ勇者だけでした。
勇者は剣を持った手を天に掲げ叫びます。
その叫びに釣られる様に、観客からは地響きにも似た歓声があげられます。
そして、勇者は歓声を浴びながら、力尽きその場に倒れます。
こうして、闘技場に新たな戦士が誕生したのです。
かつて、『最弱』と呼ばれた勇者。
彼の者の名は、ユーリ。ユーリ=アストルダム。
今は昔、これは伝説の『閃光の勇者』と呼ばれる英雄の人生を綴った物語。
――閃光の勇者・序――
――完――
著:ジュリー
「ふぅ……」
俺は3巻を、この物語の序章的部分を読み終わり一息つく。
「うん……ユーリって……もしかして、マスターさんか?」
俺はそう呟くが、もちろん部屋には一人なので返事をする者はいない。
まぁ、この話が実話とは限らないし。それより、この物語は数百年も昔の出来事なので、本人なら死んでますよね。それに、名字違うしね。
いやでも、あの人ならあり得るのか?
「まっ、そんな訳ないわな……てか、無理だ、疲れた。もう寝る」
俺は深夜を過ぎ、回らなくなった頭で考えるのを止め、そのままベッドにダイブして睡眠を貪るのだった。
ふーっはぅはっはっ!涼君の思い通りになると思うなよ!BY作者




