第24話 星間飛行
夕方、修業を終えて宿に帰ると、宿の前に魔王様がまた出現していた。
おやっさんが宿の前に仁王立ちしていると、怖くて誰もその店に近寄れないのでご遠慮いただきたい。ほら、周りを見て御覧?誰もいないでしょ?そういうことですよ。
おっと、それよりも挨拶が先か。
「帰ったぞー」
「ただいまです!」
「帰ったか。いきなりだが、お前たちに聞きたいことがある」
「なんですか?」
さっそく本題らしい。聞きたいこと?何かしたっけ?今日は……いろいろしたな。はて、どれの事だろう?
「まず、その猫は何だ?今日の獲物か?」
「にゃ!?」
おやっさんは俺の腕の中でゴロゴロしていたクロを指さし言う。俺は声を大にして言うぞ!もう、これ以上この子をいじめないで!マスターさんにイジられ過ぎて、クロのライフはゼロなのよ!
「ああ、こいつか?聞いて驚け!涼君の嫁だ!」
「ええ……この子はクロって言います。俺の嫁になりました……マスターさんにやられましたよ」
マスターさんはドヤ顔で言う。あ、やべっ。今、少し『イラッ☆』っときたぞ。まぁ、貴方が勝手に嫁にさせたんですけどね。俺も聞かずに契約したから、俺も悪いんだけどさ……
「……そうか。いや、リョーよ。気を強く持てよ」
「はい……」
おやっさんが俺の肩に手を置き、同情の視線を送ってくれた。ああ、この人もマスターさんに振り回されてきたんだな。全てを語る必要はないのか。
「で、その猫の事は分かったが……お前ら、昼になんかしたか?」
「サァ、ナンノコトデスカ?」
俺はおやっさんに肩を掴まれているので逃げられない。というか、その肩に置かれた手に込められる力がだんだん強くなる。ヤバいって、もげるから!ダメだって!
すると、マスターさんは俺に良い笑顔を向けた後、追い討ちとばかりにおやっさんに言うのだ。
「よ〜し。俺は久しぶりに色々とはしゃいだから、ちょっと北区に行ってもうちょいはしゃいで来るわ!」
マスターさんは平常運転だ。マスターさん!貴方の目の前にいる魔王様がブチギレる前に仕事してください。てか、それわざとだろ!その笑顔は俺の事を生贄に捧げるつもりなんだろ!?
「ユーリ!!」
おやっさんが叫び、マスターさんを右手で殴るが『ガキィイン』と金属音がする。マスターさんは腕を顔の前でクロスさせ、おやっさんの攻撃を防いでいたのだ。そしていつの間にか、マスターさんの腕には銀色に輝く美しい籠手が現れていた。マスターさんがニヤッと笑い俺に言う。
「どうだ?涼君!これが、魔装の上級編だ。魔力を武具化し身に纏う、その名も『魔装武具』だ!はっはっはっ!凄いだr――ぶほっ」
俺に向けて説明している途中にマスターさんが俺の視界から消えた。そして、近くに積んであった木箱や樽などが突然爆発したように崩れた。きっと、おやっさんの蹴りが直撃したのだろう。俺には目で捉えることはできなかったが、今のおやっさんの恰好は後ろ回し蹴りの後の体勢だった。
「ちっとは目が覚めたか?ふざけ過ぎだ」
おやっさんが樽やら木箱に突っ込んだマスターさんに言う。しかし、マスターさんは全身を銀の鎧で纏った姿でその残骸から出てきた。そして、その手にはどこからか取り出したか分からないが、美しい剣が握られており、鞘からその剣を抜き切っ先をおやっさんに向ける。
「はっ!目が覚めるだと?お前こそふざけんな!今日はよくも邪魔してくれたな?アレは久々に楽しい遊びだったのによぉ!お前が出てくるなんて、難易度がハードモードを越えてんだよ!!」
マスターさんはそう言った瞬間消え、気が付くとおやっさんに斬りかかっていた。
「ふっ、ぬるいわ!どうしたユーリ?この距離で外すとは腕が鈍ったか?」
おやっさんはその斬撃を避けながら、殴り返し少し楽しそうに話している。刃物相手に素手ですか……
「はっ!お前こそ、攻撃が軽いぞ!それが世界最強か?聞いて呆れるわ!」
攻防を繰り返す二人に少しの間魅入っていた。レベルが、いや次元が違う戦いだった。ふと、俺は我に返りそんなじゃれている二人を置いて宿屋に入る。というか、あの二人なんだかんだで楽しんでんじゃん。
「さ〜て、今夜も仕事だ!作るぜ!超作るぜ!クロには特製の猫まんまを作ってやるからな!」
「さすがご主人にゃ!」
俺とクロは何事もなかったかのように話す。「今のこいつらに関わってはいけない」俺とクロの心は一つになった。
「今日は客がこの店に入って来れないだろうな……」
俺はボヤキながら自分の部屋で酒場の制服に着替える。
そして、きっと「誰か強い人が……ユリウス辺りが止めてくれるかもしれない」と希望的観測をしながら、俺はサロンを身に着け厨房に入っていくのだった。
「おお、来たか!」
「お待たせ致しました。こちらが、今日のおつまみ『アストルダム産ベーコンとほうれん草のポパイピザ』になります。熱いのでお気を付け下さい」
俺は一礼して皿を置きその席から去る。どうして、キッチン担当の俺が料理を配膳しているかというと……
「もう!おとうさんも、ユーリおじちゃんもケンカしちゃだめでしょ!」
我が女神ことアテナちゃんが世界最強(笑)ことおやっさん達を説教中だからである。アテナちゃんは腕を組み、胸を張って「私怒ってますよ!」ってポーズをするのだが……くっそ可愛いんだよ!これが!
普段ならそこで正座中のおっさん二人も、『可愛い!』って言って頭を撫でるんだろうが、今は怒られている立場なので、それができないのだろう。俺は遠目でそんな二人を見てニヤニヤしている。偶にはこんな状況があってもいいじゃないか。
なんでこうなったかというと、あれから少しすると、アテナちゃんがアルテミスちゃんと手を繋いで宿に来たのだ。その時に、宿屋の表で二人のおっさんがドンパチしていたのを発見し止めたのだ。
止め方?いたって簡単だ。アテナちゃんが大きな声で「めっ!」と言うと、おっさん二人はピタッと止まり、間の悪い所を見られた様な顔をして静かになったらしい。いやぁ、自分の娘に、しかも4歳ぐらいの子に怒られるのは心にくるものがあるだろうな。俺なら泣くね。ドンマイおやっさん!
それで、俺は女神二人を酒場に入れ、しょぼんとしたおっさん二人は反省するまでアテナちゃんのお説教となりました。
店を営業した理由はとても単純だ。あの二人が幼女に怒られている所を皆に見てほしいからだ。常連は正座する二人を見て驚き、事情を聴いて爆笑して、この光景を肴に一杯やっている。一種の羞恥プレイで、公開処刑である。アルテミスちゃんと二人で店を回すのはしんどいが、いつもからかわれている俺は結構楽しんでいる。
「この年になって、これは精神的にくるな……マオよ」
「ああ、とりあえず吾輩たちを笑った奴の顔は覚えたぞ」
「流石だ、マイフレンド!」
おっさん二人は正座しながらどこか危ない会話をしている。常連さん早く逃げて!
「もう!ふたりともはんせーしたの?」
「ああ、ケンカはしないから勘弁してくれ」
「なかなおりは?」
「する!するから、許してくれ!」
「アテナ!俺とマオは仲良しだ。もう、仲直りはしている。これを見ろ!」
プリプリ怒っているアテナちゃんの前で、マスターさんとおやっさんは肩を組み引きつった笑みを浮かべる。アテナちゃんは「う〜ん」と唸った後ニコッと笑い言う。
「わかったの!もうふたりとも、せーざやめてもいいよ」
「「ふぅー」」
解放されたおっさん二人は息を吐き、その場にうなだれる。すかさず俺は二人に話しかける。
「では、お二人が復活したので、後をお任せして、俺はアテナちゃんと勉強をしてきますね?」
「あ、ああ。涼君、後は任せろ」
「じゃあ、アテナちゃん。お勉強しようか」
「うん!」
マスターさんが許可をくれたので、俺はアテナちゃんと手を繋ぎ俺の部屋に行く。アテナちゃんが俺の部屋に……ぐへへ。
おっと、つい幸せな笑い声が漏れてしまった。
さ〜て、これからアテナちゃんと……楽しい楽しい夜のお勉強だ!!!!
ひゃっはーーーーー!!!!!!
次の回は紳士の皆なら分かってるだろ?全裸待機だぞ!BY涼君




