第21話 コネクト
契約書はしっかり読むべきなのです。
とてもマズイことになった。俺たちは山に到着し、修業をしようとしたのだが、どうしてもその前に話し合わなければならないことがある。そう、賊の話だ。
そして、俺たちは話し出そうとすると、声が聞こえた。
「では、これからの方針について――」
「そんにゃことより、パンツの話をしようぜ!」
そう、誰かが言った。一瞬「俺の心の声なのか?」と思ったがどうやら違った。
がさっと茂みが揺れ飛び出してきた黒い物体。
「にゃははは!驚いたかにゃ?おや、どうしたかにゃ?そんにゃアホ面して?」
その声の主は猫だった。黒い猫、尻尾が二つに分かれていた。これはまさか……
「にゃんだ?そんにゃに見てきて?」
「まさか、お主は、あやかしの類か!」
ついノリで言葉が出てしまう。全く困ったものだ。だが、こんな生き方が楽しくてしょうがないのだから、仕方がない。
「にゃはは!いかにも!吾輩はねk――ふぎゃっ」
会話を遮ったのはマスターさんだった。その猫は割とガチでマスターさんに踏みつぶされていた。
「おう、なに人様の会話に勝手に入って、尚且つ、話題をインターセプトしてくれてんだ糞猫?ああ?」
あれれぇ?マスターさんがヤンキーみたいに全力で絡んでる。さっきの出来事で機嫌悪かったから、やつ当たりなのだろうか?
いや、猫嫌いなのか?それとも、この短い会話であの猫、マスターさんの地雷を踏んだか?
「こらお前!痛いにゃ、謝れにゃー!足をどけるにゃー!」
猫はマスターさんの足をどけようと、ぺちぺちと足を叩いている。これが本当の猫パンチか!くそっ可愛いじゃないか!
「やかましいわ!にゃんだ?お前のその口調は!キャラ付けのつもりか?そんな、安直なキャラ付け俺が許さねぇぞ!」
え?キレた理由は、そんな事ですか?てか、マスターさん、あにゃたも『猫言葉』がうつってますよ。
「これは、違うにゃー!わ、私も今時これはにゃいって言ったんだけどにゃ、ボスが一人称は『吾輩』そして、『にゃ!』でいけって言うんだにゃー!」
いや、俺はありだと思うぞ。このしゃべる黒猫、仕草とか性格が、なんかどんどん可愛く思えてきたし。
「ボスか……で?ボスがいるってことは、お前は俺たちを襲うつもりで来たのか?それとも、偵察か?」
「え、え〜っと……」
猫は目を泳がせて、どう答えたら最善かを必死で考えている。こいつ猫の癖にマスターさんの顔色を窺ってるよ。猫ってもっと自由気ままな存在じゃなかったっけ?
「ち、違うにゃ!ボスはいるけど、そんにゃことしにゃいにゃ!今は散歩の途中、にゃ……です」
嗚呼、猫よ!とうとう自分の『猫言葉』を捨てやがった。心が折れかかってるよ。
「そうか……喜べ!」
マスターさんは二ヤッと笑う。そして、猫の顔がパァっと明るくなる。
猫よ『正直者が救われる』そう思ったんだろう?でもな、マスターさんのあの顔はな……
「涼君。今日の晩飯は猫鍋だ!」
「にゃーーーーーーーーー!なんでにゃーー!?正直に答えたにゃ?今すぐ離してほしいにゃ!!」
「残念だったな。世の中は厳しいんだよ」
猫は足の下で絶望に打ちひしがれる。俺はマスターさんと門の前のように目で会話して頷く。
さて、そろそろ助けてやろうかな?
「マスターさん?その猫食べるんなら、俺にくれませんか?」
「にゃ!?」
猫は俺の方に期待のこもった視線を送る。
「ほう?本当にこんなのでいいのか?」
「ええ、気に入りました。それがいいです。俺……そいつじゃなきゃダメなんです!」
オーバーなぐらい猫を求める俺。あれ?助けるつもりが、猫を愛する凄い変態に見えるぞ?まぁ、演技なんだからこれぐらいで問題ないだろう。
「そうか!そこまでか!とまぁ、涼君が言ってるが、お前は……鍋と涼君どっちがいい?」
「りょ、涼君にゃ!!」
間髪いれず返事をする猫。だが、本当はこの2択だけじゃないんだよ?切羽詰まっているから分からなくなっているだけで、普通この場合はめげずに『解放』を望むんだよ、猫よ。
「そうか!相思相愛か!では、この首輪を付けて涼君と契約するんだ」
「分かったにゃ!」
「おうさ!」
やべぇ!凄く柔順だ!この猫、凄く可愛いかもしれないぞ!
言葉も通じるし、ペットとしては、良い拾いモノだな!
「よし、ではやるか!じゃあ、お前さんらは指輪と首輪のそれぞれにお互いの魔力を込めて、俺の呪文を復唱しろよ?」
「はい」
「にゃ!」
俺は猫の首輪に手を当てて、猫は俺の指輪に前足を乗せて、マスターさんの詠唱に続く。
「まず、涼君からな。『彼の者、我が剣にして我が盾となる者』」
「『彼の者、我が剣にして我が盾となる者』」
「猫はこっちだ。『彼の者は我が主、我が全てを捧げる者』」
「にゃ!『彼の者は我が主、我が全てを捧げる者』」
一旦間を置き、続きの呪文を唱える。
「ここからは、二人共一緒だ。『我らに滅びが訪れるその時まで、共に歩むことをここに誓おう』繋げ≪接続≫」
「「『我に滅びが訪れるその時まで、共に歩むことをここに誓おう』繋げ≪接続≫」」
俺の魔力が猫の首輪に、猫の魔力が俺の指輪に流れ込んでくるのを感じる。そして、指輪と首輪が青白く輝き出す。
「そして、これで仕上げだ!」
マスターさんはそう言い、輝いている俺の指輪と猫の首輪を掴み呪文を唱える。
「『二人の新しい門出に。我はこの者達に祝福の言葉を贈ろう』おめでとう≪婚約≫」
祝福の言葉を贈るマスターさんは良い笑顔をしていた。マスターさんの魔法で、指輪と首輪は眩しいぐらいに輝きを増す。
というか待って!……俺の聞き間違いでなければ、何か不穏な言葉が聞こえた。
そう今にして思えば、俺は契約の内容を聞いていない事に、俺は気付くべきだったんだ。そして、この契約がどういうものかを質問し、契約する理由に疑問を持つべきだった。
飼い主とペット?主と使い魔?どうやら違うらしい。
「い、今エンゲージと言いませんでしたか?」
「ああ、言ったな?」
「それは……『雇う』とか『契約』って意味ですよね?」
「いや『婚約』だよ。涼君」
「ごふぁっ」
「むしろ、この場合『結婚』と言ってもいいかもしれないな!」
「どぅふぁあっ!」
「にゃ?にゃ?」
俺は口から何か赤い液体を吹きだし、その場に倒れた。どうやら、俺は深刻なダメージを受けているらしい。いくら改造人間になって頑丈になっても、心までは頑丈になっていない。
そして、当事者の猫は今の状況を理解していない。
「人の嫁もまだなのに……涼君は、本当に面白いな!」
「ははっはははははっ」
マスターさんのウキウキな言葉に、俺は乾いた笑いを返すので精一杯だった。
そうだ、俺はもっと注意するべきだったのだ。騙される方が悪いのか?いいや、騙すほうが悪いに決まっている。だが、契約の前の確認は念入りにすべきだったのだ。
俺はあのアニメで学んだはずだった。契約の際はもっと気をつけるべきだと。まったくQBさんもビックリな手際だぜ!
やってくれたな、マスターさんよぉお!これは効くな……猫と婚約という高い授業料を支払うことになるとはな。
しかし、まだだ!俺はここで諦める訳にはいかない!逆転の一手がまだ残っている。ここは異世界だ。あっちの世界とは――地球とは違うはずなんだ。
俺はなんとか立ち直り、マスターさんに質問する。
「ま、マスターさん!この世界では『重婚』は認められていますか?」
「ちっ、気づいたか。残念ながら……認められている。一夫多妻、一妻多夫とハーレムも、逆ハーレムもアリだ!アリアリだよっ!」
「そう……ですか……」
俺は嬉しさのあまり、天に向け拳をつき立てる。本当に良かった。これで、アテナちゃんとまだ結婚できる。一筋の希望の光が見えたのだ。
そして、俺はその希望を胸に抱いて、その場に崩れ落ちる。
こうして、俺に嫁ができた……猫の嫁が。




