第20話 ROMANTICが止まらない
ROMANTIC
現実を離れ、情緒的で甘美なさま。また、そのような事柄を好むさま。空想的。
goo辞書より抜粋
俺とマスターさんは、あの後ダッシュで安らぎ亭へ戻り、何事もなかったように働きだした。むしろ、いつもより真面目に素早く作業をこなし、俺とマスターさんはあっという間に自分達の仕事を完遂した。
俺達の仕事が終わり、少ししてから冒険者ギルドからおやっさんが帰ってくる。そして、おやっさんは俺達を見つけ何か言おうとしたが、口を開く前に何食わぬ顔で俺たちは言った。
「おい、マオ!お前どこに行ってたんだ?涼君が困っているぞ」
「そうですよ!俺たちは仕込み作業も終わって、掃除も終わらせたのに、おやっさんがいないから、次はどうしたらいいか、分からかったんですよ!?」
「う、うむ……そうか?すまんな。なら、夜まで空き時間だ……好きに使うといい」
おやっさんは怒ろうとした出鼻を挫かれ、逆に責められ、困惑している。それはそうであろう。いつものマスターさんとおやっさんがの立場が逆になっているのだから。
本来なら、仕事開始時間になっても遊んでいた俺達が100%悪い。そして、それを探して叱りに来てくれた、おやっさんは優しく、正しいのだろう。
だが、今は俺達が自分の仕事を終わらせ、おやっさんがどこかに行っていた為、夜の営業の指示をすることができず、仕事ができなかったという状況になっているのだ。そして、俺達の全くもって白々しい態度。そう、白々しいのだが、崇高なミッションを邪魔された俺たちは、ご機嫌斜めで普段ならありえない強気だった。
「うっす、ありがとうございます。あと、すいません。生意気言って」
「あ、ああ、気にするな」
「じゃあ、俺も涼君の修業をつけてやることになっているんだが、いいか?」
「ああ、好きにするがいい」
未だに状況を掴み切れていないおやっさんが、この状況から立ち直る前に俺たちは全力で安らぎ亭から脱出する。自分達の住む宿から逃げるとはなんとも滑稽だが、命を大事にしていこう。
これは時間との勝負だ!早くここから遠くに逃げないといけない。なんせよく考えれば、俺達が悪いのだから。
俺とマスターさんは再び街を歩く。修業と言う名のサボりの真っ最中だ。
「でだ、なんとかマオから逃げてこれた訳だが、折角だから鍛えるか?」
「はい!俺には越えないといけない壁がありますから!」
無駄にキリッとした顔で答える。
「だなぁ。涼君の戦闘の技術だったり、魔法の使う精度や腕を上げた方がもっと楽しくなりそうだしな!」
「え?ええ、まぁ?」
なんか不穏な空気だが、気にしたら負けだ。まぁ、実際に修業をやれば嘘ではなくなるのだから。おしっ、修業編突入だ!
「じゃあ、まずはこの街の中じゃ危ないし場所を変えるか」
「うっす。師匠ユーリ!」
「ジェ○イか!懐かしいな……そういやぁ星戦争の話って、今の子は知ってんのか?」
「どうでしょう?TVの再放送で見てるんじゃないですか?」
「もしくは、ビデオやDVDを買うかだな?」
「いえ、今の時代ブルーレイディスクですよ?」
俺が指摘するとマスターさんは驚愕の表情をあらわにする。まぁ、マスターさんは「地球を離れて長い時間が経った」って言ってたもんな。
「う、嘘だろ?だって、当時DVD出た時は画期的だっただろ?も、もしかして、ビデオデッキを知らん子がいるのか?」
「ええ。昔の――いえ、この世界で言うなら、古代遺物の魔道具扱いですよ」
「……時代か。ビデオテープのつめを折ると『これで永久保存だ!』とかも知らんのか……」
「ええ。『セロハンテープを張れば、実はまた撮れる!』という盲点も知らないかもしれません……怖いものですね」
「じゃ、じゃあ、アレは?野球中継の延長で、予約していた2時間番組の最後の結末が見れなくなる悲劇は?」
「それはですね――」
俺とマスターさんはどうでもいい会話を続けながら西門を目指す。普段の俺達の会話なんてこんなものだよ。
西門に辿り着くと、いつものようにユリウスが門番の仕事をしていた。俺はユリウスを西門と休憩中の安らぎ亭以外で見たことない。ユリウスの門番に対する愛が怖い。なんか、アイツ「本当はこの西門の事が好きなのかな?」と不安になるぐらいだ。
そんな変態ユリウスは、部下に指示を出していた。まぁ、見かけて素通りするのもなんかアレなので、とりあえず挨拶だけはしておこう。
「ちーっす。ユリウス」
「おう、リョー……と、ユーリ様!」
マスターさんを見た瞬間、敬礼をするユリウス。俺との対応の差を感じる。いや、いいんだけどね。
「だから、お前は……」
「はっ、申し訳ありません。マスター殿」
「……はぁ、まぁいいか」
マスターさんは呆れながら言うが、ユリウスは敬礼をして良い姿勢のまま固定される。まぁこのやりとりも、いつものことで慣れてきた俺がいるよ。
だが、隊長であるユリウスがガチガチで変な対応していると、部下の方々も緊張するし、手持無沙汰になってしまうので、ユリウスに注意する。
「ユリウス、お前がそんなんじゃ、お前の部下の人達も困っている……ぞ?」
俺は驚きを隠せなかった。そこにいたのは先程俺達の野望を、エリーさんのスカートめくりを邪魔したあの女がいた。まさか、ユリウスの部下なのか?こいつは?
「リョーこそどうした?固まっちまって、なんだ?こいつに惚れたのか?」
「……あ、ああ。すまんな。ちょっと気になってな?」
「お前はこういうのがタイプだったのか?」
ユリウスは勘違いしてくれたので、このまま話を進める。そしてその間に『賢者タイム』で冷静になる。危なかったぜ。
通りであの女が付けている鎧が、どこか見たことがあると思った訳だ。まぁ、あの女が反応しないことから、やはりあの認識疎外のローブと仮面のおかげで正体はバレていないみたいだ。
「そういう話はやめて下さい。隊長、私は剣に生きる身です。女としての人生など捨てております」
「とまぁ、こんな感じの奴だぞ?」
俺は冷静になったはずなのに、仇を見つけて直ぐに怒りが湧いてきた。
ほう?この女、女扱いが嫌いなのか。ならば……
「これは、大変失礼しました。あまりにもお若く美しいお嬢さんなので、兵士の方ではなく、どこかのお姫様なのかと勘違いしました」
「なっ!私は姫なのではない!一人前の立派な騎士だ!」
女は顔を真っ赤にして反論する。良い反応をするじゃないか!
まだ足りんな。これはどうかな?
「重ねてお詫びします。背伸びしたいお年頃なのですね?これは申し訳ございません。ええ、大変反省しています。……糞ガキが(ボソッ)」
「なんだと!私はもう18で、立派な大人だ!」
お分かりの通り、謝る気なんて更々ない。未だムカつくのでつい挑発してしまった。あの女が、俺達にやった妨害の前では、大人の対応やプライドなどいらないね!ゴミ同然だ。
今はまさに煽っていくスタイルだ。
ちなみにこっちでは15、6歳で成人扱いらしい。昔の日本の元服を思い出すね。
「こらこら、リョー?普段のお前からは考えられない言動だぞ?」
今にも飛びかかろうとする女をユリウスが片手で抑えて言う。
仕方がないので、俺は手で顔を抑え、申し訳なさそうに語りだす。
「あ、ああ。すまん……自分でもビックリしているんだ。いつもならこんなこと口に出さないのに。なぜだろうか?そこのお嬢さんを見ていると、なぜか、この感情が抑えきれないんだ。この心の奥底から湧き出てくる憎悪と憤怒。これが世間で言う恋なのか?悔しいが……ロマンチックが止まらないんだよっ!」
「ちげぇよ!勘違い甚だしいな!お前!アレはもっと崇高なものだよ!」
ユリウスは良いツッコミをいれ、呆れてしまう。いや、俺も分かっているんだがな?
「流石、西門の隊長だ。キレがいいな!」
まぁ、感情が抑えきれないのは本当なんだけどな。俺の後ろで、腕を組んで笑いながら話を聞いていたマスターさんが、やっと仲裁に入ってくれた。
「いや、すまんな。うちの涼君が。今、こいつは遅れてきた反抗期なんだ。やんちゃしたいお年頃なんだ。だからな、嬢ちゃんも大人なら許してやってくれ」
マスターさんも何気に楽しんでいるな?なんだその言い訳?謝る気ないじゃん。誰がそんな理由で許すんだよ。
「ま、まぁ?私はそこの者と違い大人なので、そういうことなら、許そう」
「という訳だ。これでいいだろ?ユリウス?」
「はっ!問題ありません!」
赦しちゃった!あ、ヤバいぞ?この子めちゃくちゃ、ちょろいぞ?そして、ユリウスも。
まぁ、こういうとてもいい反応をする子はイジルに限る。俺はマスターさんとアイコンタクトをして頷く。流石だ。ここで遊ぶ気満々だな?
「ありがとうございます。では、大人で立派な騎士であらせられる、貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「ふふん!構わない。私の名はパラス。パラス=アルバリンだ!」
「……アルバリン!?」
マスターさんは呟き、凄まじい殺気が、その子に――パラスに向けられた。その瞬間、いつの間にかユリウスがパラスの前に出て、マスターさんの視界からパラスを隠した。パラスは殺気に当てられ「ひっ!」と短い悲鳴を上げ、腰が抜けたのかパラスはペタンと女の子座りをしてしまった。
「ユーリ様!この者には事情があり、既に彼の国と縁を切っております。今はこの国の国民です。そして、私の部下でもあります。どうか……どうか気をお静め下さい」
ユリウスがマスターさんを諌め、懇願する。
「あっ……すまん。つい……な」
「いえ、出過ぎた真似をしました。お許しください」
マスターさんはやってしまったって顔で謝る。
え?俺?何やってたか?棒立ちですよ。俺に活躍を求めてはダメだよ?こんな化け物たちの戯れについていける筈ないじゃないか。
ちょっと、場の空気が悪く……というか最悪になったので、俺たちはここを離れることにする。遊ぶのはまた今度だな。
「じゃあ、俺たちは山に修業に行ってくるわ!」
俺は明るい声でユリウスに告げる。こんな時は明るくだな、うん。
「ああ、行ってこい。それとリョー。この街に『凄腕の風の魔法を使う二人組の賊』が出たらしい。なんでも、今日の昼ぐらいにギルドの受付嬢を誘拐しようとしたらしい。マオ様が現われなかったら、このパラス共々やられていたってさ。逃げ足が速く、マオ様でも捕まえることができなかったらしい。もしかしたら、切り裂き魔かもしれんし、目的がまだ分からないから、お前も気をつけろよ?」
「「……」」
俺とマスターさんは互いに無言でユリウスの言葉に頷いた。
ダ、ダレノコトダロウネ?




