第五十三話
「【烈火】!」
ジンの声に呼応するように槍が燃えあがったかと思えば、一振りごとにホーンモモンガやワーラビット、アイアンスネークなど小ぶりな魔獣を焼き尽くしながら道が切り開かれていく。
草木の生い茂る森の中を南東に向って一直線に突き進むジンの後ろを、取りこぼした魔獣を始末しながらグレイ様が進む。その後ろについたバラドや双子の先輩方やレオ先輩の様子に注意しながら、俺は炎で舗装された道を氷で覆いながら追いかける。
テントを捨てて先生を探し始めて早数時間。既に太陽は真上まで来ており、先輩方非戦闘員は勿論、徐々に皆に疲れが見え始めていた。
風の精霊達に荒っぽい警告をいただいた後、俺達は先生と合流する為に森の中へと入った。その道中がどうであったかは、本来ならば一時間弱で着くはずの先生の元へ、昼近くになっても到着出来ていない現状が物語っている。
「ジン! 左から三匹来るぞ!」
「はい!」
疲れの見え始めたバラドに変わって周囲を探っていた俺は【気配察知】に引っかかった気配にそう叫ぶ。
俺の声に返事したジンは、先ほどよりも大きな炎を槍に灯し迎撃態勢に入った。同時に一歩下がったグレイ様がバラド達を守るように立ったのを見て、俺は最後尾から先頭へと距離を詰める。
ガサガサガサガサガサ!
「ッ【乱突き】!」
ガサッと木を掻き分け飛び出してきた魔獣に、ジンは【乱突き】を繰り出す。先頭の一匹が【乱突き】によって蜂の巣になり燃えあがった後、次いで飛び出てきた一匹も槍が掠めたのか、勢いを削がれて地面に落ちる。しかし傷つきながらも戦闘意欲を失わない魔獣は、そのままジンに飛びかかっていった。
「はっ!」
「ギャンッ」
しかし、ジンは飛びかかってきた魔獣を冷静に槍で突き刺す。
一方の俺は、短い悲鳴と共に一瞬で消し炭になった魔獣を横目に、短時間で絶命した前二匹を見て引き返そうとしているもう一匹の魔獣を【初撃の一閃】と【凍てつく刃】を使って確実に仕留める。
ザシュッという音と共に、魔獣の喉を切り裂く。パキパキパキパキパキッと音を立てながら鳴き声をあげる間もなく凍りついた魔獣を眺めながら、俺はエスパーダを鞘に収めた。
「ドイル様! 今の魔獣達は!?」
「………………スコルだ」
駆け寄ってきたジンに氷漬けの魔獣が見えるように一歩ずれる。1メートルはゆうにある金色の目を持つスコルが凍りついた姿に、駆け寄ってきたジンは息をのんだ。
それもそのはず。先ほどジンが焼き殺した魔獣は二匹とも銀色の瞳をしていた。既に消し炭になってしまったが、今の戦闘でハティを仕留めたジンは、今俺達はマーナガルムがいる群れに追いかけられていることを理解しただろう。
「黙ってろよ」
スコルを見て息をのんだジンに、そう念を押す。俺の言葉の意味を察したのか、神妙な顔で頷いたジンにもう一度念押すように「先輩方に余計なことはいうなよ」と囁く。
俺の言葉にジンは何時になく真剣な表情で「承知しました」と答えた。同時にジンの空気が研ぎ澄まされたものに変わったのを感じ、俺はこっそりと笑みを浮かべる。
強力な魔獣の存在に怖じけづくどころか、さらに気合が入ったらしい戦闘馬鹿はこういった場合、とても心強い。
「――――追いつかれたのか」
「いえ。これは偵察の奴らでしょう。仕留めた三匹以外魔獣の気配はありませんから」
俺達の邪魔にならないようバラド達と共に下がっていたグレイ様は、氷漬けのスコルを見てそう呟いた。険しい顔でスコルを見つめるグレイ様に、一応俺の意見を伝えておく。
とは言っても、俺のスキルでは半径500メートル以内しか探れないので、詳しいことはバラドに聞かなければならない。この追いかけっこで疲弊しているだろうバラドにスキルを使わせるのは好ましくないが、頑張ってもらうしかないのが心苦しいところである。
「――――ドイル様の仰る通りです。本隊は北に2キロ弱は離れたところに居ります」
「…………あまり無理はするなよ? 余力は残しておけ」
「ありがとうございます。ドイル様にそのようにお気遣いいただき、バラドは感無量でございます。しかし今は私の事よりも早く合流しませんと。ここから1キロ圏内に同様の偵察部隊が4、5個おりますゆえ」
辺りの探索を頼もうと視線をやれば、目が合ったバラドは僅かに乱れた呼吸を整えながらそう答えた。俺が尋ねるよりも早く答えたバラドの体調を気遣えば、若干疲労を感じさせながらもバラドはしっかりとした口調で答えた。
そんなバラドの態度と言葉に俺も気を引き締める。
先輩方に協力して貰い、テントに大量の腐肉を作成してきた。さらにその上に先輩方が持ってきた毒を撒いてきたお蔭か、スコル達との距離はさほど縮まっていない。
しかし偵察部隊と出会い、倒してしまった以上ここからが本番だ。直に偵察部隊の一つが何者かによって倒されたと、マーナガルムが率いる本隊に伝わるだろう。
いざという時には、バラドにグレイ様達を連れて逃げて貰うつもりだ。その為バラドにはなるべく余力を残させたいのだが、今の状況がそれを許さない。今、この場で誰よりも正確に情報を手に入れられるのはバラドだけだ。
「絶対無事に帰してやるからな」と心の中で告げ、無理を承知で俺は詳しい情報をバラドに尋ねた。
「こっちに向かってきているのはいるか?」
「いえ、今のところこちらに向かっているものはおりません」
「一番近い先生は何処だ?」
「北東に1.5キロです」
「…………スコルの本隊と近いな」
「はい。ですがそこにはお二人いらっしゃるようなので、恐らく結界の起点の一部を担っている先生がいらっしゃるかと」
「道中は一か八かだが、辿り着ければ安全か」
「仰る通りでございます」
バラドの言葉に逡巡する。
生徒達が最深部に入らないよう結界を張っている先生方は、学園でも特に結界の扱いが上手い方達で、その側には結界を張る先生を守る為に戦士科か魔法科の先生がつくことになっている。そこまで辿りつければ、グレイ様達の身の安全は保障されるし、戦力も手に入る。
しかしマーナガルムがいる本体をかすめるのは、かなり危険な行為だ。
どうするべきか頭を悩ませながら、先ほど凍らせたスコルを見る。
リェチ先輩とサナ先輩は氷漬けになったスコルの両側にしゃがみ込み、興味深そうに観察していた。時折、氷をつつきながら呑気にスコルを検分しているように見えるリェチ先輩とサナ先輩だが、その顔色は悪い。そしてそんな二人を窘めるレオ先輩の額にも汗が流れている。本来戦い向きでは無い先輩方には、この追いかけっこは辛いはずだ。
――――先輩方の限界が近い。
口には出さないが、疲れを滲ませた先輩達の表情を見て、そう判断する。
日の出と共に開始された追いかけっこは既に七時間近くに及んでいる。俺やジンはまだまだ余裕だし、グレイ様も後数時間は大丈夫だろうが、バラドと先輩方の体力はそろそろ限界だ。
…………行くしかないよな。
あまり悠長にしていては他の偵察部隊が俺達に気が付いてしまうので、早く結論を出さなければならない。
全員無事に帰る為にはどうするべきかを考えるば、スコル達の本隊をかすめる可能性はあるが、一刻も早く先生方に合流するのが最善だろう。
そうすれば思う存分、戦えるしな。
正直、先輩達やグレイ様がいる場で本気を出して戦うことは不可能だ。どうしたってグレイ様達の存在が気になるし、巻き込む可能性がある以上大技は使えない。
どちらにしろ戦わねばならぬなら、気兼ねなく戦える環境がいい。本気で戦えさえすればチートな俺が負けることはそうそうないし、時間稼ぎは確実にできる。
「――――――グレイ様」
「行くのか?」
「ええ。いつまでも逃げ回っているだけでは解決しませんから」
「………………大丈夫か?」
名を呼んだだけで俺の意図を察したグレイ様は、そう尋ねてきた。俺を見る瞳には僅かに不安の色が滲んでいる。
グレイ様だけでは無い。バラドやジン、先輩方も俺達の会話を聞きながら不安そうに俺達を見ていた。
そんな周囲の視線を肌で感じながら、俺は全員の耳に届くように声をあげる。
「大丈夫。俺が必ず守ります」
絶対に命に換えても守ると覚悟を決めて、そう宣言した。
このまま逃げ回っていても、自滅するのは時間の問題である。ならば、上手くいくことを信じて進むべきだ。もしもの時は俺がこの身を挺して守ればいい。俺の手が掴めるものはとても少ないが、せめて今、目の前にあるものくらいは守って見せる。
いざという時は俺が責任持って逃がそう、と最悪の事態を想定して覚悟を固めていると徐にグレイ様が口を開く。
「――――――その言葉は、お前を含めてのことだろうな?」
「グレイ様?」
「俺は言ったぞ、ドイル。お前はもっと周りの気持ちを考えろと。お前を犠牲にして助かったところで誰も喜ばん。その事を重々理解しての言葉だろうな?」
つい先ほどまで確かに不安を滲ませていたグレイ様に、挑むような視線と口調で問いかけられ息をのむ。俺の心を読んだかのようなグレイ様のタイミングと言葉に、本当に嫌になるにくらい聡い人だなと心の中で愚痴を零す。
実際のところ、かなりの確率で大丈夫だと思うのだが、本当に大丈夫かどうかは行ってみなければわからない。その辺の中級魔獣だろうがスコルだろうが上級の魔獣だろうが、そうそう負けない自信はある。しかし、魔王と対峙するのは今回が初めてだし、何より、命に換えても守らねばならぬ人達がいる。彼らの無事を最優先した場合、俺自身はどうなるかなど分かるわけがない。
どのような場合であっても不確定要素はある。それでも、俺はここで言い切らなければならないのだろう。出来ると言い切って、バラド達に安心を与えなければならない。ここで足を止めてしまったら、自滅するのも時間の問題なのだから。
それくらいグレイ様も分っているはずだ。
いや、違う。
その事を重々承知した上で、この人は俺自身も含めて誰も犠牲にするなと、俺に釘を刺しているのだ。
………………随分とまぁ、無茶なことを言ってくれる。
幼馴染みの視線の意味を理解した俺は、生死のかかったこの状況で随分な無茶ぶりをしてくるグレイ様に文句の一つでも言ってやりたくなった。
しかし同時に、「お前にそれが出来るのか?」と問いかけるグレイ様の挑発的な視線に、己の口元が自然とあがってきているのを感じ、俺は全ての文句を飲みこむ。
その、からかうような色を含んだ瞳に幼い頃のグレイ様の姿が重なる。この煽るような言い方は、負けず嫌いな俺に発破をかける為にグレイ様が幼い頃よくしていた言い方だった。
「もし、誰かを犠牲にしなければ無理だというのならば、俺はこの班の代表として、この国の王太子として反対せねばならん。俺には、お前達全員を無事に連れて帰る責任と義務がある」
「大丈夫です」
「本当か? 合宿から全員無事に連れ帰れぬ王太子など、貴族達や他国の王族に馬鹿にされるのが関の山だからな。無理なら無理だと言ってくれ。もっと安全な策を考えなければならん」
「大丈夫です」
「その自信は何処からくる? 大丈夫だという根拠は? 最近のお前は信用ならん」
「――――で、殿下、そんな言い方は……。ドイル様は私達を想って、」
「お前は黙っていろジン。――――過信は周囲を危険にさらす。中途半端な自信で大丈夫などと、希望をちらつかせるな」
「なっ!? いくらグレイ殿下であられても、ドイル様にそのような言い方は――「大丈夫だと言っているだろう? グレイ。俺を誰だと思ってる?」」
「お前にできるのか?」と言外に匂わせながら、わざとらしく俺を煽るグレイ様に見かねたジンが口を挟む。が、それを無視してさらに俺を非難するグレイ様にバラドか噛みつこうとしたので、その言葉を遮って俺はグレイ様に問いかけた。
これまで使っていた敬語を全て取り払い、先ほどのグレイ様同様、挑むような口調で告げた言葉に俺の性格をよく知る幼馴染はニヤリと笑う。
「……王太子たる俺に随分なもの言いだな、ドイル?」
「お前がさっきから皆を不安にさせるような事ばっか言っているからだろう? お前の不安をバラド達に押し付けるなよ」
「別に不安だから言っているのではない。客観的な意見を言っているだけだ」
「お前が怖いだけだろう?」
「馬鹿にするな。お前があまりにも自信過剰だから失敗する前に止めてやっているだけだ」
「どうだか」
次々と繰り出される俺とグレイ様の言い合いに、黙って見ていたレオ先輩達は勿論、バラドやジンも口を挟むことができず、ポカーンといった様子で見ている。
そんな彼らを置き去りにし、俺とグレイ様はポンポンと言葉を交わしながら、互いの言葉に徐々に笑みを深めていく。
直ぐそこまで魔王が迫ってきているというのに自然と出る言葉と深まっていく笑みに、昔を思い出す。そう。そういえば俺とグレイ様は昔からこんな感じだった。
物心ついた頃から一緒に過ごした幼馴染は、兄弟のような悪友で親友だった。
「――――――そこまで言うのなら、よほど自信があるんだな? ドイル」
「勿論」
「ここまでいい切っておいて、無理でしたでは相当恥ずかしいぞ?」
「くどい!」
本心からでは無いグレイ様の言葉に、俺も本心とは別の言葉を返す。絶対の自信なんて無い。そんな事、俺は勿論グレイ様だって分っている。不安なのは皆一緒だ。
それでも、自信がないからといって引く訳にはいかないこの状況で「引くな。胸を張って言い切れ!」と背を押してくれる人がいる。俺を、信じると言ってくれる人がいる。
互いの性格をよく知っているからこそ続く言葉の応酬に、心地よかった幼い頃を思いだし、スコル達との追いかけっこで強ばっていた心がほどけていくのを感じる。
同時に、一人で無理はするなよと釘を刺しつつ、俺を信じて任せるからなと言ってくれるグレイ様に絶対に守り切る、そして皆で生きて帰るのだと強く決意した。
改めて皆を守ると決意した俺は、グレイ様と視線を交わす。
そして全く展開についてこれずに目を点にしているバラド達を他所に、俺の視線を真っ直ぐに受け止めたグレイ様と顔を見合わせて笑い合った。
「――――大丈夫なんだな?」
「無論」
昔から何度となく繰り返されたやり取りを終えたグレイ様は、改めて俺にそう問いかける。そしてそう問いかけたグレイ様に、俺は当然のように答えた。
グレイ様の言葉は言うなれば皆の感じている不安そのものだ。それらを敢えてグレイ様が口にし、俺に否定させることで渦巻く不安を断ち切ろうとしているのだろう。
だから俺は、自信がなくとも言い切らねばならない。
俺の根拠のない「大丈夫」をグレイ様が信じるというのならば、信じたグレイ様に責任を負わせない為にも「大丈夫」を現実にするのが俺の役目だ。
だから、俺は胸を張ってグレイ様の前に立つ。
そして久方ぶりに【上流貴族の気品】を使いながら御爺様のように威風堂々と、父上のように毅然とした態度で俺は宣言する。
「俺を誰だと思っている。【炎槍の勇者】の孫で、【雷槍の勇者】の息子だぞ? あの二人に鍛えられてきた俺が、マーナガルムだろうがなんだろうが、たかだか魔獣ごときに後れを取るわけがない!」
グレイ様が言外にそうしろと告げた通りに、この場に漂う不安や疑心を断ち切るように「俺に任せておけ」と言い切る。御爺様や父上が【槍の勇者】として兵士達を率いる時のように、力強くはっきりと。
そして「これでどうだ!」というようにグレイ様を見れば、我が意を得たりといった表情でニィと口元で弧を描いた。
「――――――その通りだ。では、任せたぞ? ドイル」
「任せろ!」
言い切った俺にそれでいいと頷いたグレイ様は、置き去りにされていたバラド達に向き直る。
俺達のやり取りに呆気にとられていたバラド達は、キッと音がしそうな強さでグレイ様に見据えられ、思わずビクッと肩を跳ねさせると一様に姿勢を正した。
そんなバラド達にグレイ様は厳しい視線を向けたまま、毅然とした態度で命じる。
「隊列を組み直せ! 北東に1.5キロ! 一刻も早く先生方と合流する!」
「「「「「ッは!」」」」」
グレイ様の空気に呑まれたのか、バラド達は有無を言わせずに下された命令に即座に従い、行動を開始した。
そしてあっという間に隊列を組み直し、進むべき方角を確認した俺達は北東に向けて歩みを開始したのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




