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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
41/262

第四十一話

 ズバッ。

 ボテボテ。


 ビュンビュン飛び回るバスケットボール大の、角の生えたモモンガを、タイミングを合わせて両断する。固さのある魔獣では無いので、綺麗に両断されたホーンモモンガの体はボテボテと音をたてて地面に落ちた。ホーンモモンガは角くらいしか使えるところが無いので、仕留め方に気を使わずに倒せる気楽な獲物である。

 現に手加減する必要無く槍を振るえるジンは、とても晴れやかな顔で飛び回るホーンモモンガを仕留めている。


「ドイル様! 一匹そちらに!」


 嬉々としてホーンモモンガの群れに突っ込んでいったジンの叫び声に振り返れば、確かに一匹こちらに飛んでくるのが見えたので刀で斬りつける。大した手ごたえもなく両断されたホーンモモンガを横目で見ながらジンに視線を戻せば、丁度向こうも全てのホーンモモンガを片づけ終えたところだったらしく、槍から火の粉をまき散らしながらこちらに駆け寄ってきた。

 その姿に慌ててジンを止めようとしたのだが、俺が口を出すよりも早く、側でホーンモモンガを仕留めていた殿下が声を上げた。


「ジン! さっさと炎を解け! 山火事にでもなったらどうする気だ!」

「へっ!? す、すみません!」


 殿下の怒声にハッとした表情を浮かべたジンは、慌てて炎を解いた。そして己が走ってきた道を振り返り火の気がないことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろしている。

 笑顔から驚愕、安堵とコロコロ表情を変えて忙しい奴だ。


「…………ジンは、もう少し落ち着きがあればいいんだがな」

「それと顔に感情が出易いところも、ですね」

「ああ」


 ぽつりと聞こえた殿下の呟きにジンのもう一つの欠点を挙げれば、神妙な顔つきで深く頷いた殿下は、ジンをじっと見つめながら真剣に考え込んでしまった。手を顎にあて思案する殿下を横目に、俺は普通に会話が成立したことに胸を撫で下ろす。

 そして殿下との会話で、完全にとは言わないが胸のつかえが取れるのを感じた俺は、精神的に余裕が出来たので殿下同様ジンの性格について考えを巡らせる。


 分かり易いっていうのは、長所にも短所にもなる。


 仲間として共に過ごす分には分かり易い方が楽なのだが、敵と対峙した時を思えば不安が残る。相手も同種の人間ならばよいが、腹黒い参謀タイプの人間にはジンはいい鴨だろう。将来そういった敵と対峙した時、いいように掌で転がされてしまわないか心配になるくらい、ジンは素直だ。

 

「「兄貴、大漁です!」」

「おー。こりゃまた随分仕留めたな」

「「モモンガ絨毯!」」

「作りたいなら皮も集めて下さっても結構ですよ? ルツェに頼めば縫い合わせてくださる職人さんも見つかりますし」

「「…………遠慮しまーす」」

「どうぞ遠慮なさらず。一流の職人をご用意いたしますよ?」

「「いやいやいや勘弁して下さい! ドイルお兄様!」」


 魔獣はともかく、人間や亜人などの人型を相手にするとなるとちょっと心配だな、とジンの性格について考えていると、ガサガサと草を掻き分けながら、隠れていたリェチ先輩とサナ先輩が元気よく飛び出てきた。その後を追うように出てきたレオ先輩も、一面に広がるホーンモモンガを感心したように眺めている。

 そして地面に散らばった無数のホーンモモンガを見て、リェチ先輩達が元気にふざけていたので俺も便乗してみたが、本気で嫌がられた。


 実際問題として角を取るだけならまだしも、この数のホーンモモンガを毛皮にするなど絶対やりたく無いので、それ以上薦めるのは止めておく。

 今日一日で数十匹の魔獣を捌かせているというのに、この数のホーンモモンガを毛皮にさせるなど鬼畜上司のレッテルを貼られる事だろう。


「おらっ! いつまでもドイル様と遊んでねぇで、さっさと作業に移れ。急がねぇと野営場所見つける前に日が暮れちまうぞ」

「「あ、兄貴!」」


 そうやって、俺がリェチ先輩達と遊んでいると先輩方にレオ先輩から指導が入る。何時もならばおふざけ中にレオ先輩の指導が入ると不服そうな表情を見せる二人だが、今回はこれ幸いといった様子でレオ先輩の言葉に従うと、俺から逃げるように作業に取り掛かり始める。

 一方のレオ先輩は、二人の機敏な動きに大きなため息を吐くと「都合のいい時だけ素直に言うこと聞きやがって」とブツブツ呟きながらリェチ先輩達の後を追っていく。


 殿下といい、レオ先輩といい部下に苦労してるな。


 先ほどの殿下の様子と、双子に頭を悩ますレオ先輩の姿を見てそう思う。

 彼らに比べたらバラドの奇行やルツェの商魂やジェフの天然などは、さほど問題にならない気がする。ソルシエに至っては、何も思いつかないくらい普通だしな。


「ドイル様!」


 主従というより兄弟のようだなと二組の部下と上司を見て思っていると、バラドが目を輝かせて俺の元に駆け寄ってくる。そして俺の元にたどり着くと、既にスイッチが入っているバラドの恒例の時間がやってきた。


「流石、ドイル様! まるで果物を切るかのように魔獣を倒される姿はとても猛々しく! きっとこのお姿を見れば、アラン様とセレナ様も大変喜ばれるでしょう! 自由自在に飛び回るホーンモモンガを追いかけ回す訳でもなく、まるで何処にくるか分かっていらっしゃるかのように僅かな動きで、両断されるお姿はとても感動的でございました!」

「……………………ありがとな」

「いいえ! むしろ私がお礼を申し上げたいくらいです!」

「そうか」

「はい!」


 合宿中の森の中ということもあり、いつもより短く終わったバラドの称賛に胸を撫で下ろす。今日は短かったなと思っていると、ふと横から視線を感じたので振り返る。


「何かご用ですか? 殿下」

「…………気にするな」


 視線を感じた方向を振り返れば、ジンの今後について深く考え込んでいたはずの殿下が物言いたげな様子で俺を見ていたので用件を問えば、一度バラドに視線をやった後何でもないと返される。

 不自然な殿下の態度に納得がいかなかったが、それ以上何も言う気がなさそうな殿下に俺は首をかしげながらも追及は諦めた。


「ドイル様。宜しければ殿下とご一緒にこちらに」

「助かる。――――殿下、バラドが休憩する場所を作ってくれたので一緒にいかがですか?」

「お邪魔しよう。――――――ジン! お前も来い!」

「はい!」


 俺が何かする度に行われる恒例行事を済ませたバラドは、いつの間にか休憩場所を準備してくれていた。地面に布が敷かれた簡易なものだったが、今が合宿中と思えば十分である。

 先輩方を待っている間、腰を下ろして体力を温存したくとも、辺りに散らばるホーンモモンガの所為で場所がなかったのだ。かといって、採取中の非戦闘員である先輩達から離れる訳にもいかず、このまま立って待っているのかと思っていたところだ。


 相変わらず気が利く上に、準備のいい側仕えである。そんなバラドを見て元気よく殿下に返事をしていたジンが少ししょげていたが、ジンとバラドでは同じ側仕えという立場であっても求められている能力が違うのだから気にする必要は無いと思う。


 まぁ、それをわざわざジンに教えてやる気はないけどな。


 この戦馬鹿もたまには悩めばいいと、いささか性格の悪いことを考えながらバラドが用意した布に向かう。

 殿下を中心に左にジン、右に俺とその隣にバラドが腰かけた。そしてバラドが用意してくれた水で喉を潤しつつ、刀を簡単に手入れしていく。


 とは言ってもこんな森のど真ん中で本格的な手入れをする訳にはいかないので、水で湿らせたタオルで血や汚れを拭い、水分が無くなるまで拭い紙で刀身を拭う。

 本来ならばこの後、打ち粉と呼ばれる磨き粉を叩いて拭い紙で拭い、錆を防止する為に油塗紙に油を垂らして薄く塗り広げる必要があるのだが、この刀なら数日程度は簡易な手入れだけでも大丈夫だろう。

 簡易な手入れにもかかわらず、青白く輝く刀身にこの刀が名刀と呼ばれる一品であることが窺える。流石、元アギニス家の家宝である。


「ドイル様」

「なんだ?」

「ドイル様はその名刀を一体何処で手に入れられたのですか? あまり剣の類いを持たない私でも一目で名刀だと分るほどの刀です。さぞや名のある刀だと思うのですが」


 簡単な手入れで輝きを取り戻した愛刀を眺めていると、ジンが俺の刀の出所について尋ねてきた。王城の鍛錬場に入り浸っていただけあって、ジンは己が使う槍以外の武器もある程度は目利きできるのだろう。

 そんな俺とジンの会話に、ぼんやりと先輩方を見つめていた殿下や周囲の気配を探っていたバラドも興味深そうに聞き耳を立てている。


「この刀はアギニス家の家宝の一つだったらしい」

「らしい?」

「【ジーヴル・エスパーダ】という銘で、水や氷の魔法と相性がいい刀だ。随分と前の当主の持ち物で、元々はアギニス家の家宝として受け継がれていたものらしい。御婆様の弟、俺の大叔父様にあたるグラディウス様が他国に婿入りする際に譲り受けたものを、お会いした時に譲っていただいたんだ」


 ずっと昔。

 連れて来た冒険者に剣を教わった俺に「よかったらこれを使ってくれないかい? 元々この刀はアギニス公爵家の家宝として受け継がれてきた物だからね。僕のような文官の元で燻るよりも、君に使われる方がこの刀も本望だろう」と言って渡してくれたこの刀を握った瞬間を、今でも鮮明に思い出せる。


 物心ついた時から握っていたのは槍だというのに、初めて持つはずのこの刀は恐ろしいほど手に馴染んだのだ。今まで握ってきたのはこの武器だったのではと錯覚するくらい、しっくりと、違和感なく。

 驚くほど手に馴染んだこの刀に、恐怖したことを俺は今でもはっきりと覚えている。


 御婆様の弟だという彼の手前、投げ捨てたりはしなかったが、俺はこの刀を手放したくて仕方が無かった。

 あの時は何故、そんなに手に馴染む刀が恐ろしいのか分からなかったが、今なら解る。俺は刀があれほどまで手に馴染んだ理由を本能的に悟り、その事が示す可能性に恐怖していたのだろう。


 あの時俺は、槍の適性が無いことを無意識に悟っていた。


 初めてこの刀を握った時と同じように、何十年も握っていたかのように手に馴染む刀の感触を確かめながら、そっと目を閉じる。

 グラディウス様からこの刀を受け取り、護衛として雇われていた冒険者に告げられた適性に、俺は絶望し、その事実に蓋をした。冒険者に口止めし、何も無かったように刀を亜空間にしまったのだ。


 そして高等部の入学式の直前、おおよそ十年ぶりに握ったこの刀はあの時と同じように手に馴染み、十年振りに使ったスキル達は当然のように使えた。

 むしろ幼い頃は木の中ほどまで届く程度だったスキルで、記憶の中の木と同じくらいの木を軽々両断出来てしまった時は笑ってしまった。

 そして同時に、己が【槍の勇者】になることは一生無いのだなと、深く実感したのだ。


 入学式前の出来事を思い出し、少し感傷的な気分になりながら目を開ければ、全員が俺を見ていた。

 いつの間にか集まっていた視線に驚き目を見開けば、俺と目が合ったレオ先輩が慌ててリェチ先輩とサナ先輩を連れて、ホーンモモンガの角の採取に戻っていった。


 そしてバラドは悲痛な面持ちで俺を見ており、ジンにいたっては「やってしまった!」といった表情で固まっている。そんな中、殿下は何か言いたそうに数度口を開いては閉じを繰り返していたが、言葉が見つからなかったのか歯がゆそうな表情を浮かべたものの、結局何も言わずに押し黙った。


 全員が口を閉じた所為で、俺達の間に沈黙が走る。

 刀の説明の後に黙りこんだのが不味かったのか、微妙な空気になってしまった場に居づらくなった俺は、逃げるように立ち上がった。

 その際、俺が動いたことで両隣の殿下とバラドが肩を跳ねさせたが、気が付かなった振りをしてレオ先輩達の元へ向かう。途中ちらと見たジンは未だに固まっていたが、あれは殿下がどうにかするだろう。


 固まったジンの対処を殿下に丸投げし、レオ先輩達の元へ向かう。俺に気が付いたリェチ先輩とサナ先輩があたふたしていたが、レオ先輩に何事か言われると珍しく口を噤んだ。

 こちらに背を向けている為、レオ先輩がどのような顔をしているのかは分からないが、俺に気を使ってリェチ先輩達を宥めてくれたレオ先輩に思わず笑みが浮かぶ。

 まだまだ至らない所の多い俺だが、間違いなく周囲の人間には恵まれている。


「レオ先輩」

「…………なんだよ」

「ホーンモモンガは角を取るだけですよね? 手伝います」

「お前らは戦ってたんだから、休んでていいぜ?」

「でも、早くしないと野営場所を見つける前に日が暮れてしまいます」

「…………あー、そんならなるべく根元から角折って、本体はこっちに積んでくれ。後でシュピーツにまとめて燃やして貰うからよ」

「分りました」


 休んでいていいというレオ先輩に、暗に向こうは気まずいのだという気持ちを込めて適当な理由を告げる。チラリと後ろに視線をやってレオ先輩に戻せばそれだけで悟ったのか、角採取の許可を出してくれた。

 レオ先輩がくれた許可に、これ幸いとまだついているホーンモモンガの角をベキンとへし折る。

 そして黙々と角を折りながら、微妙な空気になってしまった後方を盗み見て、ため息を吐く。


 殿下達には悪いが俺は心配されるのは苦手なのだ。こう、居た堪れなくなるというか、こそばゆいというか。絶妙な温かさにムズムズしてしまう。


 こういう雰囲気は苦手だ……。


 まだまだ微妙なお年頃故に、心配されていると分かっていても素直にその心配を受け取れない俺は、眉間に皺を寄せている察しのいい部下に心の中で感謝しながら、黙々とホーンモモンガの角を折って歩いた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


現在、2日に1回のペースで更新させていただいていますが、どうしても誤字脱字が減らないようなので、3日に1回の更新にかえさせていただきます。


誤字脱字の多い文章で、申し訳ございません。

もう少し投稿の日にちをあけてみて、頑張って誤字脱字を減らしていきたいと思います。

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