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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
外伝
261/262

第5話

 変わらぬものと、変わったもの。

 

 大切な人々が側にいてくれる喜びを噛み締め、得たものと失くしたものを思い浮かべて流れた時の長さを実感する。エピス学園を卒業してから五年間はあっという間だったような気がするが、俺達を取り巻く環境と世界は着々と進み、変わり始めていた。

 しかし、その変化は決して厭うようなものではなく。


「「ドイル様!」」


 明るい声で俺を呼ぶリェチ先輩とサナ先輩の声につられて笑みを浮かべれば、「じゃーん!」と言いたげな顔で料理を並べる二人の姿。運ばれてきた料理は焚火で炙られていた肉の串と色とりどりの刻み野菜が浮かんだスープで、空っぽのお腹が騒ぎ出す。

 どちらもすでに湯気は消えてしまっているけれども、毒見役の方々を思えば文句などあるわけがない。冷めたところで、美味しそうな料理であることに変わりはないしな。


「お待たせしました! 今日の夕飯はペリュトンの香草焼きと野菜スープです!」

「この辺りにいるペリュトンは、森に居るのよりもお肉の味が濃くて美味しいんですって! 早く食べましょう?」


 傭兵達から仕入れてきた情報をウキウキと語る二人に、自ずと肩の力が抜けていく。二十四歳となった今も快活な性格はそのままに成長された彼らは、いつだって場を明るくしてくれる。


 ……まぁ、結構頻繁に盛り上げ過ぎてレオ先輩に叱られているけどな。


 アギニス家に響き渡る怒声を思い出して、フッと笑みを零す。

 悪戯好きな性質は直らなかったが、先輩達の成長は著しく。同じ格好をするのをやめた二人は一歩一歩確実に大人へと近づいて行っている。

 モノクルを使い始めたリェチ先輩は理知的で素敵だとお嬢様方に人気だし、願掛けだと言って髪を伸ばしているサナ先輩は知的美人だと兵士の間で話題だ。レオ先輩など、彼らの内面を良く知る人々の間では「外見詐欺」なんて言われているけどな。

 勿論、外見だけなく中身も大きく成長している。

 礼儀作法に関してはセバスやメリルにかなり念入りに教育されたようで俺が近衛騎士師団に入団してからは呼称も普通になったし、公の場や貴族のパーティーに同行させても「流石、公爵家の家人」と感心されるほどのマナーや立ち振る舞いを修得していた。

 薬師としての腕前は言わずもがなだ。

 メリルから知識と技術を受け継いだ彼らの実力は、もうすぐ国一番と言われるようになるだろう域に達しており、国立の研究所や宮廷薬師への勧誘が激しいほどだ。


 ――二人とも、アギニス家から離れる気は欠けらもないらしいけどな!

 

 少し誇らしい気分であっさり振られてしまったと嘆いていた宮廷薬師達の姿を思い出しながら、俺から席に着く許可が出るのを待っている二人を見上げる。先ほど横目で確認したところグレイ様やジンの元にも従者達が料理を運び終えていたので、先輩達に座ってもらっても問題ないだろう。


「三人ともどうぞ席についてください。我々も夕食にしましょう」

「「はい!」」


 わーい、と聞えそうな様子で俺達の隣に用意されたテーブルへ向かい、いそいそと椅子の背を引く二人に後ろにいたレオ先輩がピクリと眉を動かす。しかしこの場で叱るほどではないと判断したのか「……お前らなぁ」とため息混じり零しただけで彼もまた、自身のために用意された席の背に手をかける。


「失礼致します」

「ええ」


 深みのある中低音で紡がれた言葉に頷けば、完璧な角度で会釈したレオ先輩が席に着く。

 それと同時に、グレイ様が音頭を取り待ちに待った夕食が開始した。

 ちなみに、席順はグレイ様を中心に右手に俺、左手にジンが座っており、俺達三人が座っている机の右隣りにレオ先輩達の机が用意されている。


「サナ、サナ! このお肉、肉汁がすごい!」

「ね! それにグレイ様が連れて来た料理人さんだけあって、よく見ると串に刺さっているお肉についている香草全部違うやつだよ」

「本当だ! これ絶対美味しいヤツ!」

「だよね!」

「……お前達、もう少し静かにしろ」

「「はーい!」」


 ようやくありつけた夕食にはしゃぐリェチ先輩とサナ先輩に対し、レオ先輩が「返事は伸ばすな」と注意するも、二人はお肉を頬張ってコクコクと首を縦に振る。そんな、聞いているのか聞いていないのかわからない反応にレオ先輩はこめかみに青筋を浮かべるが、しばらくして諦めたのか「っとに、此奴らは……」とため息を吐きながら、カトラリーを手に取った。

 そんな一連のやり取りを横目で見ていた俺は、疲れを滲ませた表情で静かに肉を切り分けるレオ先輩に心の中で「お疲れ様です」と呟く。レオ先輩はまだ二十四歳になったばかりだと言うのに、疲労を湛えたその顔は酸いも甘いも噛分けた男のような渋みがあった。


 …………それにしても、この人が一番成長したよな。


 身も心も。

 感心半分、申し訳なさ半分にそんなことを考えながら、ピシっと背を伸ばして座るレオ先輩の横顔を眺める。

 歳を重ね重みを増したバリトンボイスは威厳を感じさせるし、セバスやメリルだけでなく父上やお爺様に指導されながら鍛えられた厚みのある筋肉は騎士師団の人間と並んでも引けを取らない。出会った当初からどこぞのヤンキーかと思える尖った風貌であったが、この五年間で大変漢らしく成長されたレオ先輩は年齢以上の落ち着きと相まって、今では歴戦の戦士のような風格を纏っている。

 実際、本人は白衣を羽織り、俺が「専属の薬師兼治療師です」と紹介しているのに「えっ! 手練れの護衛じゃないの!?」と驚愕を露わにした人間は数えきれないほどおり、役職を聞き返す者が後を絶たない。

 学園に居た頃から技術も知識も頭一つ分以上飛び抜けていた人だったが、卒業後アギニス家の財力とメリルの知識と母上の伝手を使い学び続け、その上俺が任務に就く度に専属の治療師として同行させたことで技術も知識も経験も抜群だ。そして、奔放なリェチ先輩達と我が家の面々に揉まれたことで精神的にもすっかり老成してしまった。


 初対面の人間にレオ先輩は俺と一歳しか違わず、リェチ先輩達と同い年だと言ってもまず信じてもらえないからな……。


 立派な姿を誇らしく思う反面、こうなるほどに苦労を掛けたことが主人として情けない。我が家はアギニス家の面々だけでなく執事やメイド、取引先も含めて個性的な人が多いので、常識人なレオ先輩は俺の知らないところでも心労を重ねられたのだろう。申し訳ない限りである。

 ただ、不幸中の幸いというべきか、本人からしてみると苦労の末に劇的な成長をした自覚はなく、今の環境に不満はないとのこと。それどころか『ドイル様達といるにはまだまだ修行が足りねぇ』とぼやいては自ら望んで勉強しに出かけており、今回も獣人や亜人の国々で使われている治療法を学ぶいい機会だと喜んでついてきてくれた。


 ――部下が勤勉すぎて困る、とはな。


 部下の教育に頭を悩ませている魔術師団団長や騎士団団長に知られたら、なんて贅沢な悩みだと怒られるに違いない。

 そんな風につらつらと考えていると、前を向いていたレオ先輩の顔が俺へと向けられる。


「そんなにジッと見られると流石に気になるんだが。なにか聞きたいことでもあるのか? 毒見役の三人なら脈拍、瞳孔、体温、呼吸音共に異常はなく、魔力の循環も問診も問題なし。長いこと野宿しているとは思えないほど健康体だったから心配しなくて大丈夫だぞ」


 どうやら、考え込むあまりレオ先輩を凝視してしまっていたようだ。

 流石にここで、貴方が生真面目過ぎて困っていますと馬鹿正直に言うわけには行かないので、俺は適当に誤魔化すべく口を開く。


「それはよかった」

「……その感じだと違ったか?」

「いえ、聞きたかったことは合っています。それよりも、また体の厚み増していませんか? 横から見た感じが以前よりも頼もしくなっている気がするのですが」

「そうか?」


 なにかを察したのか訝し気な表情を浮かべたレオ先輩の気を逸らすべくさらに言葉を紡げば、思いもよらない内容だったのかレオ先輩が目を瞬かせて首を傾げた。そんなレオ先輩に、ゴクリと口の中のものを飲み込んだリェチ先輩とサナ先輩が声を上げる。


「獣人の国々で買い付けた薬草で手持ちの薬を増やしてたから、その所為じゃないですか?」

「そうそう。兄貴の薬箱すごい重さになってますし。あれを背負って山を登ってれば筋肉も増えますよ」


 二人の言葉に、そう言えば何度か席を外して獣人達に薬の作り方を習いに行っていたな、と思い出しているとレオ先輩がふんっと鼻を鳴らす。


「傭兵の中には色んな種族が居るんだから、すぐ取り出せるところにあった方がいいだろ? 亜空間を開けている数秒が生死を分けることもある」

「それはそうですけど、限度がありますって」

「私やリェチじゃ兄貴の薬箱を持てないから、通りがかった騎士様に移動を頼んだらすごく驚いてましたよ?」

「『これがレオパルド殿の筋肉の秘訣か』とか呟いて、大変感心した様子でしたけどね」

「あんまり鍛えると、また騎士団の皆様に決闘を挑まれちゃいますよ」

「……別に鍛えたくて鍛えるわけじゃねぇよ」


 リェチ先輩とサナ先輩の反論に、レオ先輩が不機嫌そうに呟く。次いで、三人は薬の名前を挙げては、「あれは止血する時に絶対必要だ」や「簡単な止血と腫れを取るくらいならあの薬で可能ではないか」など薬箱の中身について論議し始めたので、俺は静かに食事に戻った。

 作る薬の種類や開発する側と実際に使って治療する側など微妙な違いはあれど、三人とも優秀な薬師であり、また、好奇心旺盛な研究者である。彼らが一度討論し始めたら、門外漢な俺にはさっぱり理解できない。意見を求められても困るので、ああなった先輩達はそっとしておくに限る。

 そんなことを考えながら香草焼きを口に運べば、すぐ横からフッと息が漏れたような音が聞えた。隣を見やれば、口元を緩めたグレイ様と目が合う。


「勤勉な部下でなによりだ」

「ええ。自慢の部下です」


 即答した俺に「知っている」と答えたグレイ様の声は優しく。レオ先輩達を褒められ気を良くした俺は、少し大きめに切った香草焼きを下品に見えない程度に頬張る。ペリュトンの肉は噛んだ途端肉汁が零れて野性味溢れるジビエの味が口いっぱいに広がった。されど絶妙な配分でまぶされた香草によって臭みはなく、また脂がいい感じに消えて行くのですごく美味しい。


 ちなみに、あの合宿と違いこの場にバラドはいない。

 彼は今、アギニス公爵家執事見習いとしてセバスやメリルと共に我が家を守り、俺の代わりにクレアとお腹の中の子供の側についてくれている。

 彼の分厚い忠誠心は今も変わらず、『なにに代えても、奥様とドイル様の御子様をお守りいたします』と曇りなき眼で言っていたので些か心配ではあるが、家にはラファールやアルヴィオーネやティエーラ、アインス達もいるし、母上やお爺様も最近はずっと屋敷にいらっしゃるのでたぶん大丈夫だろう。……たぶん。


 一抹の不安が胸を過ぎるが、遠い地に居る俺にはどうしようもない。グレイ様のお供として竜の国へ向かう使節団に参加できたことは光栄だが、こういう時少しだけもどかしさを感じる。

 まぁ、俺の第一子が生まれるということで家族や家人が勢ぞろいしている現在の我が家に押し入ろうものなら、まず間違いなく侵入者の命はないだろうが。父上もできる限り帰宅するようにしてくれているし、セルリー様も結構な頻度で遊びに来ているからな。もしもの場合は、過剰防衛で陛下からお叱りを受けるレベルの反撃が予想される。

 過剰戦力になることを止めなかったどころか、皆に「よろしく頼む」と言付けて来た俺もたいがい妻に甘く、相当な親馬鹿なのだろうが。今はどうあがいても側にいられないのだから、どうか大目にほしい。




『――なんだその締まりのない顔は。情けない』


 遠きマジェスタに居る妻子に想いを馳せつつ野営食と言うには手の込んだ料理に舌鼓を打っている最中、聞こえてきたその声に指先がピクリと反応する。反射的に勢いよく顔を上げそうになったが、その衝動をグッと抑え込み、俺は周囲に動揺を悟られないよう口の中のものを丁寧に咀嚼する。そして膝の上にあったナプキンで優雅に口元を拭ってから自然な動作で、正面に浮かぶ男へ目を向けた。

 月灯りを受けて輝く純白の髪を夜風で揺らしながら、まるで玉座に座しているかのように足と腕を組んだマリスは俺の視線に気が付くと小馬鹿にしたように鼻で笑う。


 ――こ、此奴。わかっていてやっているな!?


 俺がこの場ではなにもできないと知っての狼藉に、ピクッと眉が跳ねる。

 器に入っていない状態で、木の精霊であるマリスの姿を目で捉えることが出来る者はこの場には俺一人だけだ。故に、今この場で声を上げてマリスを非難したところで、皆の目には俺がひとりでに怒り出したようにしか見えず大恥をかくだけである。


 そもそも、今回の旅にマリスを同行させていることを俺は誰にも伝えていない。

 決闘の末に一度命を落とし、聖刀の力によって浄化され無害な木の精霊として生まれ直したとはいえ、向かう先はマリスの被害を受けた竜の国であり、同行者はあの戦に参加していた傭兵達。一応シオンやアストラには復活したマリスのことは伝えてあるので存在は知れ渡っているだろうが、堂々と連れ歩くのは流石に気が咎める。

 しかし、マリスの持つ本体の一部に分体を宿し、どこからも視界を共有できる特性はかなり有用だ。

 故に本体の樹木はアギニス家に、それ以外にも城にいるガルディやルツェ、セルリー様など色々な人に預けてあり、俺もこうして一枝懐に忍ばせて来た。こうしておけばいざという時に、マリスの視界を通して向こう側の状況を実際に見ることが出来るからな。


 勿論、安易に姿を現さないよう伝えてあるし、その場合にどのような危険性があるのかは本人も重々理解しているはずだ。ここいるのは分体であれど、倒されれば本体に多大なダメージを受けることになる。分体とは、言うなれば魂の欠けらだからな。回復するには長い年月が必要になる。

 最近ようやく力が完全に戻り、若返っていた状態から元の年齢まで成長できたというのに、逆戻りはマリスとて不本意なはず。なにしろ、旅立つから一枝分けてくれと頼んだら「火急の要件以外では絶対呼ぶな」と念を押されたからな。


 ――にもかかわらず、何故、今ここで姿を現したのか。


 悠然とした態度からして、本体や他の分体の元でなにか起こったとは考えにくい。俺はその意図を問うべく、小さく唇を動かした。


「(なんの用だ、マリス)」

『――なんの用だ、とは随分な言葉だな。第一子に浮かれ切って腑抜けているお前に忠告してやるために、わざわざ危険を冒して姿を現してやったと言うのに』


 エメラルドグリーンの瞳を細め、不遜な態度で言葉を紡ぐ姿に苛立ちを覚えるがそれ以上に聞き捨てならない内容が気にかかる。忠告だなんて、不穏極まりない。

 どういう意味だと視線で問えば、マリスはこれ見よがしに『仕方ないな』とため息混じりに零し、口を開く。


『傭兵達に気をつけるんだな。なにやら、お前達の目から隠れるようにコソコソ裏で連絡を取り合っていた。詳しい内容までは聞き取れなかったが、なにがなんでもお前の耳に入れたくないことがあるようだ』

「!」


 マリスから告げられた情報に驚き、息を呑む。

 シオン達が俺達から隠すように誰かと連絡を取っているだなんて、信じられない。

 しかし、マリスが身を危険に晒して俺に嘘を吐きに来る必要性もどこにもない。


 ――どういうことだ?


 一体何が起こっているのか。

 突然もたらされた疑惑に、不安が込み上げてくる。

 シオン達の裏切りを示唆するような情報に愕然とするが、なんとか動揺を呑み込んで表情を取り繕う。そんな俺にマリスは小さく鼻を鳴らすと、もう用はないといった様子で立ち上がる。そして。


『害意は感じられなかったが、これより先は人ならざる者達の領域だ。なにがきっかけで命を落とすかわからん。足元を掬われないよう、警戒しておけ』


 そう言い残すと、月明かりの中に溶けるように消えたのだった。


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