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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
外伝
260/262

第4話

 ――山脈の頂上から下ること、数時間。

 無事に今晩の野営場所に到着した俺達は、周囲の安全確認を済ませてしばし小休憩を挟むと、野宿を快適なものにすべく行動を開始した。


 手始めに行ったのは、野営地の拡張と整備。

 シオンの言葉通り野営用に地面が均してあったものの、その広さは体育館ほどで傭兵達とマジェスタの使節団が寝泊まりするにはギリギリな広さだったし、そこかしこから大きな岩が飛び出したままだったからな。これでは岩が邪魔で大きなテントが張り難いし、なにより死角が多く、人が潜んでいる危険性も考慮しなければならない。

 人の往来が少ない今は元の形でもよかっただろうがこれから先、俺達のような使節団に頻繁に行き交ってもらうためには不十分である。

 俺としてもグレイ様がいらっしゃるので野営地の安全性は高めておきたいし、山脈の両側の交流を活性化させるためにもこの場所が中継地点として栄えてくれれば大変嬉しいのでティエーラを呼び寄せて拡張工事に励み、校庭くらいまで野営地を広げておいた。

 勿論、シオン達にやっても大丈夫か聞いてからな。


 そうしたら、拡張したあとに何故かシオンや傭兵達から口々にお礼を言われた。

 どうやらこの野営地は、人間にとっても亜人にとっても山脈の向こう側に降り立つ前に環境に体を慣らしておくのに最適な場所なので、竜の国や古の蛇やフォルトレイスの間でももっと整備しておこうと前々から議論されていたそうだ。それで、土の精霊の加護を持つ俺が来るならついでにお願いしておこうという話になっていたらしい。


 まぁ、頼まれる前にこちらから提案してやってしまったのだが、どうもそれがシオン達にとっては大助かりだったようで。

 なんでも、シオンやその師であるタボルさんなど土魔法の適性が高い者は沢山居るし、それこそ竜の能力を以てすれば簡単に拡張工事はできたが野営地の安全性を高め、この地の繁栄を願うならば、やはり精霊の加護に勝るものはない。

 そこで俺にお願いしようと思ったが、書面に記してしまうと依頼した事実が残る。

 依頼を受けて行動したとなれば、報酬が必要だ。

 俺やグレイ様にお礼を受け取る気がなくても、代替わりした時や子孫の時代になってから報酬を請求する者が出てきたり、中継地点が栄えたあとに利権関係などで揉めるかもしれない。

 それは異種族交流を進めていく上でマイナスにしかならず、せっかく繋がり始めた縁さえも断ち切る事件へと発展する可能性も孕んでおり危険。下手したら、俺達が目指す未来と真逆の方向へ進んでしまうかもしれない。

 故に、書面で事前に依頼したりはせず、現地でこっそりお願いする予定だったそうだ。それになのに俺が自ら提案し、サクサク拡張工事を行ってしまったものだから、彼らは呆気にとられて説明する間もなかったとのこと。

 余談だが、話を聞き終えたあとシオンからは「頼む前にやっちまうからどうしようかと思ったぜ。でも、助かった。言わなくてもこの場所を開拓する意味を理解して精霊様を呼んでくれたし。ありがとな」と肩を叩かれ、傭兵達からは「事情を説明しようにも、手早過ぎて止める隙がありませんでしたよ」、「さっすが、若様」、「できる男は違うぜ」といった言葉を呆れと感心が混じった笑みと共にもらう羽目になり、少し微妙な気分になった。


 俺としてはグレイ様や兵達を安全かつ、少しでも快適な場所で休ませてやろうと考え、ついでに、ある程度整備しておけばここに補給地点などが出来て行き来がしやすくなるのではないかと思っただけなので、そんなに褒められてもなんだかなといった気分である。

 さりとてなにか悪いことをしたわけではなく、シオンや傭兵達からは大変喜ばれたので問題はない。

 しいて言うなら、グレイ様や使節団の面々の『うちの【氷刀の勇者】はすごいだろう』と言わんばかりの誇らしげな表情が照れ臭く、そんな俺達を見て生ぬるい視線を向けてくるシオン達に少しばかりイラっとしたくらいである。


 そんなこんなで。

 十分な広さの野営地を手に入れた俺達は、次いでテントの設営と食料の確保を開始した。


 といっても、寝床と食料の確保に関して特筆することはない。

 山脈間を行き来しているシオン達は手慣れたものだし、使節団の面々は改めて野宿前提のサバイバル訓練をしてきた者ばかりだからな。

 そもそも、マジェスタの兵士は深淵の森に泊りがけで魔獣討伐に行くのでほぼ全員が野営の心得を持っているし、俺やジンが入隊する前からいらっしゃる先輩方は御爺様やセルリー様に鍛えられたことがあるので身も心も大変逞しい。その上、今回はグレイ様が長と言うこともあり、近衛騎士団、騎士団、魔術師団の中からあらゆる不測の事態に対処できるよう選りすぐった人員を連れて来ているのだ。

 竜の気配に竦んでもすぐに立ち直るし、山頂付近で酸素が薄いからといってへたばるような軟弱者はいない。役目を割り振ってしまえば細かい指示など必要なく、快適な空間を作るため結界で野営地を囲み、テントを張り、竈を組み、火を熾し、魔獣を狩り、捌き、調理して、と皆キビキビ動いてくれる。

 山頂だろうと変わらぬ手際の良さは傭兵達が舌を巻くほどで、「若様もだけど、あんたら城仕えのお偉い騎士様だよな? 貴族の子弟とか沢山いるはずなのに、なんでそんなに野宿に慣れてるんだ? 山頂付近での野宿なんて普通なら出来ないもんだろ?」とシオンが困惑するほどであった。


 勿論、傭兵達にはマジェスタが特殊なのであって、他の国の使節団ではこれほど円滑には進まないだろうと伝えてある。古の蛇の面々の中には主に獣人の国々で活動している者達もおり、皆が皆人間の国について熟知しているわけではない。

 そのため、万が一、石で竈を組み上げたり、魔獣の解体法を熟知しているのが人間の国の騎士や魔術師の標準装備だと勘違いしてしまうと、一般的な軍人を従えた方々が訪れた時に大変だからな。のちに大事故を起こさせないためにも、間違いは正しておかねばならないからな。

 まぁ、人間の国々の一般的な軍事情を伝えたことで、「ではなぜマジェスタの騎士団や魔術師団の面々は習得しているんだ?」と余計な混乱を生んでしまったのだが……。マジェスタの兵が逞しいのは今に始まったことではなく、我々からしてみれば当たり前のことなので「おかしくないか」と尋ねられても答えに困る。気が付いたら身に付いていた、としか言えないからな。


 なので、シオンや傭兵達の困惑はさておき。

 手慣れた騎士や魔術師の働きによって流れるように野営の支度は進められ、夕日が地平線に完全に沈む頃には全員が結界に戻ってきて夕食に舌鼓を打つ運びとなったのだった。

 

 ***


 満天の星の下。

 焚火がパチパチと軽快な音を鳴らして爆ぜる。

 燃え盛る炎の周りでは串に刺さった肉塊がジュワジュワと油を滴らせ、横一列に並べらえた竈の上では刻まれた乾燥野菜がたっぷり入ったスープがクツクツと煮込まれおり、皆美味しそうに頬張っていた。 

 その美味しそうな光景に思い出すのは、在学中に深淵の森で開催された合宿。


 ――あの時もこうやって、焚火で肉を焼いたんだよな。


 肉が焼ける匂いを嗅ぎながら、当時のことを思い出す。

 リュートとの乗馬対決の直後であり、グレイ様との間に気まずさを残したまま始まった所為であまり楽しめなかったが、あの合宿は俺の人生において大きな転換点であった。グレイ様と本当の意味で和解できたし、マーナガルムを倒したことで俺は勇名を上げることが出来たのだから。


 それに、あの魔王討伐があったお蔭で俺はセルリー様と知り合うことが出来た。

 エピス学園高等部に骨を埋めると決めたあの方は今もすこぶる元気に教鞭をとられており、日夜生徒達に世間の厳しさと言うものを刻みつけていらっしゃるようで。その証拠に、学園長から結構な頻度で「セルリー様をどうにかしてもらえないだろうか」と嘆願書染みた手紙が俺の下へ届けられている。しかし連絡をもらう時には大抵すでに事が起こったあとなので、お力添えできたことは十回に一回程度しかない。

 俺もなるべくフィアーマを通じて動向を探っているのだが、なにしろ相手がセルリー様だからな……。

 日々、セルリー様の所業に心労を重ねられている学園長には弟子の一人として大変申し訳なく思ってはいるが、ジョイエ殿とお詫びの手紙を送るしかないのが現状である。


 とはいえ、いまだ聞こえてくる武勇伝や被害者はともかく彼の人の魔術師としての知識と指導力は確かなものだ。あの方と出会い鍛えてもらったからこそ、今の俺があると言っても過言ではない。

 それにセルリー様からいただいた杖のお蔭で、頑なに俺の参加を渋るムスケ殿を説得できたしな。

 そして一連の騒動の中で聖刀を手に入れ、【氷刀の勇者】の名を得た。


 ――そう考えると、あの合宿は俺の人生に大きな影響を与えてくれた。


 それも、いい方向に。

 懐かしい思い出の数々を噛み締めながら、あの頃から変わらず今も一緒にいる人々へと目を向ける。

 合宿の時とは違い、現在はグレイ様も俺もジンも部下達が用意してくれた机に座っており、毒見を終えた料理が運ばれてくる時を今かと今かと待っていた。

 鼻先を掠めるおいしそうな香りに、胃袋をおおいに刺激されながら。


「……皆、生き生きとしているな」

「……まぁ、食事は旅先で一番の楽しみですからね」

「……(コクコク)」


 王子様然とした姿勢と表情を崩さず口を開いたグレイ様に、俺も優雅に頷く。ジンは気を抜いてお腹を鳴らしてしまわないよう固く口を閉ざしているので、キリっとした表情で俺達の話に同意しているように見えていることだろう。恐らく、はたから見たら高貴な人間が談笑しているように見えるに違いない。

 会話の内容は「皆、生き生きとして(食べて)いるな。(うらやましい。俺も早く食べたい)」、「まぁ、食事は旅先で一番の楽しみですからね。(俺達にも早く食べさせてほしいよな)」、「……(お腹を鳴らさないよう集中せねばなりませんね)」といった感じだけどな。


 つらつらと懐かしい記憶や師への感謝を考えて、漂ってくる美味しい香りから気を逸らしてみたが、無駄なあがきだったようだ。正直、素知らぬ顔で外面を取り繕うのはそろそろ限界である。一日中山登りしてきて空腹なのに、目の前で串に刺した肉塊を焼くとかどんな拷問だ。


 …………お腹が、減った。


 飢えた胃袋を宥めるように、ゴクリと唾を飲み込む。

 しかし本音がいかなるものであろうとも、身体が限界を訴えていようともこれだけの数の兵士の前で、それも訓練や演習でなく使節団という立場で来ている以上、グレイ様や部下を持つ身となった俺やジンが毒見もされていない料理を口にすることなど許されない。俺達の身分は、王太子殿下と次期公爵(【氷刀の勇者】)と次期伯爵(【槍の勇者の後継者】)なのだから。率いる部下がいる身ともなれば、守られるくらいならば己が最前線で戦いたいというわがままを貫くわけにはいかない。

 あの御爺様だって、あれほど自由に動き回るようになったのは父上にアギニス公爵の位を譲ってからだったとセバス達が言っていた。

 もどかしくとも、身分が上がれば上がるほど、場合によっては大人しく守られるという選択をしなければならない。グレイ様は勿論、まだ【槍の勇者】としての地位を確立してないジンは特にな。


 でなければ、周りにいる誰かがその責を負うことになる。


 学園を卒業して、こうして公の役職や貴族として行動するようになったことで我が身を縛る柵や立場故に耐え忍び、我慢しなくてはならないことが増えた。

 それは時にとても窮屈で、息苦しい。

 しかし同時に上位貴族の身分、近衛騎士団における役職、勇者として立場を得たことで独断専行できる範囲や選択の幅が広がり、周囲に与える影響力が増した。だからこそ、俺達はマジェスタの代表となり、竜の国への訪問を実現できたのである。


 自由を捨て、責任を背負う代わりに得た、友と描いた未来を現実のものにする力。


 【槍の勇者】になることを諦め、己が足でグレイ様の隣に並び立って見せると決めた時から積み重ねてきた日々の先で手に入れたものだ。これがあれば、迷惑をかけてしまった人々へ恩返しができるし、いざという時にマジェスタや大切な人々や家族を守る強力な武器になる。


 故に、多少の不便や胸の痛みは呑み干してしまわねばならない。


 万が一に備えて毒見役の側にいたレオ先輩達が俺達のために毒見された皿を運んでくる姿を視界に捉え胸の内に滲んだ感情を押し込めて、戻って来た彼らを迎えるべく笑む。

 毒見役などいらぬと突っぱねることも可能だが、これは受け入れねばならぬ変化だ。それに、グレイ様やクレアは物心つく前からずっとこのような葛藤に苦しみ、自分なりに折り合いをつけてきたのだから。俺も頑張って耐えなければ。

 そう思って顔を上げれば、キラキラ輝く二対の浅緑の瞳と目が合った。


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