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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
240/262

第二百四十話

 現在エルフの青年達の断罪やアストラとの話し合いが行われた広場では多くのエルフが行き交い、そこかしこで魔法が行使されていた。

 ある者は大地から小石や雑草を取り除き、別の者達が綺麗になった地面を植物が育ちやすいように掘り起こし、そこに子供達が聖木を素材に作ったという贅沢な肥料を撒いて歩く。その片隅では長老達が、復活したばかりのシエロの花を囲んでいた。

 長老が鉢の中で青々と咲き誇る天の花に優しく触れながら【緑への回帰】を発動させれば、淡く光る魔力に包まれたシエロの花が早送りの画像のように変化していく。

 瑞々しかった花びらがしぼみ、子房部分が膨らむ。やがて花弁が枯れ落ち、膨らみきった子房部分が茶色く乾燥して割ければ、中から小さな種が複数個出てきた。その種を慎重に拾い一粒ずつ別の鉢に大切に植えると、側に控えていたエルフ達が一つずつ抱えてスキルを使いながら育てていく。

 ティエーラやアルヴィオーネ、ラファールの加護を受けて生き生きとした輝きを放つ大地に惹かれたのか、森の中や近隣から集まってきた精霊達が三人の呼び掛けに応えてさらに力が満ちる。その力を糧にエルフ達がスキルを使うことで天の花は少しずつその数を増やしており、族長が言うには数日中にこの広場を覆いつくだろうとのこと。


 問題はなさそうだな……。


 目に映る光景に小さく安堵の息を吐いた俺は、見送りのため集まった面々へと向き直った。


「それではシエロの花の育成は頼んだぞ。アルヴィオーネ、ティエーラ」

『任せなさいな』

『この地は綺麗だからすぐに育つわ。楽しみにしててね』

「ああ」


 自信満々に応えたアルヴィオーネとアメリアお婆様が残した花を増やすという使命感に燃えているのか、珍しく周りの目を気にすることなく堂々としているティエーラに頷いて今度は族長に声をかける。


「シエロの花をよろしくお願いします」

「ああ。リエスと共に彼らを連れ戻し、手遅れとなる前にハンデルの前王を見つけ出してくれたこと、それから里を守ってくれたこと。一族一同、心から感謝している。一両日中には必ず追加分を届けさせよう」


 悔恨滲ませる表情で項垂れる青年達へチラリと視線をやったあと、そう言って頭を下げた族長に倣い控えていたエルフ達も腰を折る。

 彼らからの礼を、俺は黙って受け取った。

 エルフを助けようと思ったわけでなく、すべては己が目的を果たそうと行動した結果起こった副産物に過ぎないが、たいしたことないと告げるのは彼らの矜持を傷つけることになるからな。

 そうしてエルフ達が頭を上げると時同じくして、俺の隣に立っていたアストラが動く。


「大切な森を破壊して悪かった。その上シエロの花の量産に協力してくれるとの約束、恩に着る。竜王が長子アストラの名に懸けて迷惑をかけた詫びと此度の礼は必ずや果たそう。故に今は、ドイル達と共に行くことを許してくれ」

「そのお言葉、エルフの族長としてお受けしよう。本来ならば森の破壊は見逃せんが、ドイル殿は我らの恩人でもある。どうか彼の願いを叶えるため尽力してくれ」

「必ず」


 力強く応えたアストラの腕には天の花の鉢植えが大切に抱えられており、花盛りのものや蕾を膨らませたものが数本、柔らかく揺れていた。竜の国の進軍を止めるためエルフ達が用意してくれたその花は色鮮やかで、きっと竜達の目も覚めることだろう。


「リエス。スコラ殿に言付けておくから、花は用意出来次第フォルトレイスの城に届けてくれ」

「わかった。ラファール様と共に私が持って行くから安心するといい――武運を祈る。ドイル」

「ありがとう。リエス」


 リエスと固い握手を交わし離れる。青年達の処遇やエルフの里の今後、天の花とお婆様達の関係など互いに積もる話はあるが、それはすべてが終ってからでいい。


「ラファール。花とリエスを頼む」

『任せて! すぐに届けてあげるわ!』


 元気よく応えたラファールはふわりと俺の目の前に降り立つと、母が子にするようにそっと額に唇で触れた。

 そして向けられる、慈愛に満ちた笑み。


『なにかあったら呼んでね、私達の愛しい子。力を貸してあげるわ』


 初めて会った時と同じく甘やかな優しい声で囁いたラファールと入れ替わるように、アルヴィオーネやティエーラが俺の傍らにやってきた。


『もちろん私もよ。ご主人様』

『私やフィアもね。黙ってるのはなしよ? ドイル』

「わかった」


 告げられた言葉に思わず苦笑すれば、それぞれに頬に口づけて離れていく。

 靡く青と黒の髪を目で追えば姉が出来の悪い弟に向けるような、親しい友を頑張れと勇気づけるような、優しい笑みが俺へと向けられていて。


『『『行ってらっしゃい』』』

「――行ってくる」


 過保護な精霊達に別れを告げてシオンやレオ先輩とリェチ先輩とサナ先輩、ヴェルコ殿やピネス殿が待つ場所へと歩み寄れば、アストラも着いてくる。


「待たせたな」


 出発の準備を済ませ待っていた面々に待たせたことをそう言って詫びれば、シオンが勢いよく立ち上がりハルバートを肩に担いでニッと口端を上げた。


「――んじゃ、急いで前王様達をハンデルに送り届けてやろうぜ。若様」

「ああ」


 プラタ王との約束の日まで、あと二日。

 俺達はアストラという新たな仲間と共に、ピネス殿とヴェルコ殿をハンデルへ送り届けるべくエルフの里を出発したのだった。


   ***


 獣道のような細く整備されていない道を進むこと一時間ほど。

 旅に出れる程度は修行してきたとはいえレオ先輩達の身体能力は俺やシオン、アストラには遠く、その上体力的には完全な一般人であるピネス殿やヴェルコ殿を連れていることもあり旅路は順調とは言い難かった。

 チラリと後ろの様子を窺えば、修行の成果かレオ先輩達は汗ばみつつもまだ余裕がありそうだがピネス殿やヴェルコ殿の顔にはすでに疲労の色が滲んでいる。


「ピネス殿もヴェルコ殿も大丈夫ですか?」

「……ああ」

「大丈夫です……」


 エルフの里を内包する苔むす森は自然をそのまま維持しているため美しいくも雄大であり、一般人が歩むには厳しい場所だが二人は気丈にもそう答えた。しかし二人の限界は見るからに近く、俺は一先ず無理しないよう告げて再び前を見据えるとそっと眉を寄せる。

 里を囲むように植えられた聖木を基点に張られた結界から出ることができれば、アストラの背に乗せてもらうことができるのだが、それまで二人は持つのか。俺やシオンが担いで行くという手もあるが、それでは襲撃を受けた場合の対処に困る。かといって、ここから竜の背に乗るとなると、聖木の減少やアストラの侵入によって綻びかけているエルフの里を守る結界を完全に壊してしまう可能性が高く、森への被害も大きい。

 竜の国を止めるためにも、花の繁殖に励んでいるエルフの里を危険に晒すのは避けたい。さりとてアストラの腕には大事な鉢植えが抱えられているし、いつマリス達が仕掛けてくるかわからない状況で俺やシオンの手がふさがるのも危険。


 もう少し、頑張ってもらうしかないか……。


 堂々巡りする思考の末に辿り着いた結論はこれまでと変わらず、ピネス殿達が倒れることのないよう気を配りつつ俺達は先を目指した。



 そしてさらに歩き続けること一時間。


「――ドイル。もう少しで結界を越えるぞ」


 後方から聞えてきたアストラの声に目を凝らせば木々の隙間のそのさらに奥に微かに白いものが見え、結界の基点の一つだろう聖木に辿り着いたことに安堵の息を吐く。

 しかし喜びもつかの間。

 ゾクリと走った悪寒にバッと振り返れば、いつの間にか皆の足元に転移を示す陣が浮かびでようとしていた。


「――っ走れ!」


 咄嗟にそう叫べば、アストラは空いてる手ですぐ前を歩いていたヴェルコ殿を捕まえ俺へ向かって投げたあと、ピネス殿を引っ掴み駆け出す。飛んできたヴェルコ殿を風魔法で受け止め抱えた俺が走り出す直前に見たのは、最後尾を歩いていたシオンがレオ先輩やリェチ先輩とサナ先輩の元に駆け寄り、魔力を帯びて光り出した転移陣に飲み込まれようとしている光景だった。

 駆け寄ってきた意図を察してはぐれないようリェチ先輩とサナ先輩を掴んだレオ先輩を左手で掴み、右手にハルバートを携えたシオンがこちらに向かって声を張る。


「そっちは任せたぜ! 若様!」

「ああ! ハンデルで!」


 そう応えた俺の声がシオン達に届いたのかはわからない。

 しかし振り返り確認する余裕などなく、俺はアストラと共にヴェルコ殿やピネス殿を抱えて走った。

 

 苔むす森の中を走り抜ければ、遠くに微かに見えていた白いものが徐々に大きくなりやがて白く美しい聖木が目に映る。

 そしてその根元に立つ、黒と見紛う赤い髪を揺らす男の姿も。


「――っエラトマ!」


 立ちはだかる人物に足を止めるや否やアストラの口から零れたのは、これまでに幾度となく耳にした名。


「これはこれは! アストラ様ではございませんか!」


 芝居がかった様子でそう告げたエラトマは歪んだ笑みを浮かべており、マリスやユリアと同じ色をしたその瞳には狂気と愉悦が浮かんでいた。

 そんなエラトマにアストラが吠える。


「貴様っ! よくも我の前に顔を――」

「よろしいのですか? ここで貴方が感情のまま力を振るったり、元の姿に戻ったりしてはエルフ達が後生大事にしている聖木はさらに数を減らし、里を守る結界も完全に壊れてしまいますよ?」


 被せるようにそう告げたエラトマの小馬鹿にしたような態度にアストラが一気に殺気立つが、小脇に抱えていたピネス殿が呻いたことで我に返ったらしく悔しそうに歯噛みしつつも騒めく魔力を抑え込む。

 その間に俺は目を回しているヴェルコ殿をそっと下ろし、背に庇うように前に出た。


「抱えているのはエルフではないようですがお目当てのものは……手に入ってしまったようですね。至極残念です」


 ピネス殿から鉢に植えられたシエロの花へ視線を移したエラトマは、嬉々とした表情を悲し気なものへと一変させたかと思えばゆっくりとこちらを見た。次いで俺を見据えて目を細めると、その顔を嫌悪に満ちたものへ変える。

 そして吐き捨てるように紡がれた言葉は、耳を疑うようなものだった。


「死してもなお私の邪魔をするとはあの女は本当に執念深い。それに貴方も余計なことばかり。会ったこともない祖母の思い出の品など仕舞い込んでおくか処分してしまえばいいものを、こんなところまで持ってくるなんて。アギニスの者は昔から本当に鬱陶しい」


 思い出すのはお婆様の日記。

 彼女は殺される前にドライアド魔王の末裔達について調べ直していた。そしてそのきっかけとなったのは、マジェスタの町中で出会った黒と見紛う赤。

 ハンデル国内でも名高い老舗商会の者ならば、マジェスタを訪れる機会もあったのではないか?

 過った考えにハッと目を見開けば、エラトマの顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。


「貴方のお婆様は、和平を祝うためにやってきたはずの使者から刃を向けられ刺されても悲鳴一つ上げないつまらない女でしたよ」


 嘲笑うように告げられたその言葉によってお婆様の死の真相に辿り着いた俺が聖刀をエラトマに向けるよりも早く反応を示したのは、ピネス殿であった。


「お前が手にかけたのか!?」

「まさか。私はその様な恐ろしいことはしませんよ、ピネス前王陛下。下手人もそれを命じた者もとっくの昔に土の下でございます」


 この状況で朗らかな笑みを浮かべて商品の口上のようにスルスルと述べる姿にゾッとする。マリスもなにを考えているのかわからない奴だが、エラトマは異常だ。


 ――エラトマ様にとって、己以外はすべて日々を愉しく過ごすための玩具。


 アストラはおろか、面識があっただろうピネス殿を前にしても微塵も揺らがないエラトマの態度にシャルツ商会で捕えた商人の言葉を思い出し、こういうことかと納得する。次いで脳裏に浮かんだのは、ユリアを背に庇いながら対峙したセルリー様の叫びと昔から幾度となく見かけたお爺様やセバスの寂しそうな瞳。

 その元凶がここに居る。


「――お前が唆したんだろう?」

「おやおや。そんな人聞きが悪い。私は戦が終ったことで儲けが減って困っているというお方により簡単に利益を増やすためのご提案をし、ちょこっとだけお手伝いしただけですよ。戦をせずに国を救いたいと仰ったアストラ様にエルフのスキルをお教えたようにね。やると決められたのも実行したのもすべて彼ら」

「お前達の持つスキル【心蝕】で正常な判断をできなくしてな」

「迷いや葛藤、罪悪感や後悔まですべて美味しくいただきましたよ。まぁ、アストラ様は途中で邪魔されてしまいましたけどね――そうそう! そう言えばあの女を失ったマジェスタの方々は大変美味でしたよ。職場の関係でハンデルに戻らねばならならず長居できなかったのが残念でなりません」


 恍惚としたものから悲痛なものへ。

 名役者さながらに表情を作り替えたエラトマは俺を見て嗤う。


「前王を想い怒り狂う人々や森を荒らされたエルフ、圧倒的強者に蹂躙される人々も、希望の光は幻想だったと知って絶望する竜達も美味しいでしょうが、実の兄と敵として対峙する兄妹もきっといい味がするのでしょうね」


 ゼノスの訪れを告げるエラトマの台詞に動揺しなかったと言えば嘘になる。

 しかし、分断された時点であちらに別の敵がいるだろうことは想像に容易く。


 ――先輩達は、それほど弱くない。


 離れていたのはたかが数ヶ月。

 されどその間メリルの教えを受けていた彼らは格段に成長している。


「お前達からすればそうだろうな」


 再会した彼らの顔を思い出しながらそう告げれば、エラトマは初めてその顏から表情を消した。それは僅かでも動揺が走った証拠にほかならず、俺はエラトマを見据えて聖刀を抜く。


「しかし、それをお前達が味わうことはない。あちらにはシオンもいるし先輩達も弱くはないからすぐに片が付くだろう。ピネス殿は無事に帰られればエルフとハンデルが争うこともなく、アストラの手にある花が竜の国を止めてくれる」


 我が身に滾る魔力に反応したのか刀身から漏れ出た冷気が地面をパキパキと凍らせ辺りの気温が急激に下がっていく中、俺はその切っ先をエラトマに向けた。


「ファタリアの王やお婆様が望み、繋いだ未来は必ず訪れる。邪魔立てするものは俺がすべて薙ぎ払うからな」


 居丈高にそう宣言すれば、役者のような偽りの顔でなくエラトマの心からの感情だろう表情が浮かぶ。


「――――本当に目障りな一族だ」


 忌まわしそうなその呟きを合図に、俺達を囲む数多の木々が一斉に牙を剥いたのだった。






ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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