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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
229/262

第二百二十九話

8/9に一部書き換えさせていただきました。

 神々の祝福を受けし刀、『聖刀』を手に入れてから数時間後。

 俺は約束通り大神殿の転移陣を使わせてもらい、先輩達やリエス、ラファールやアルヴィオーネと共にハンデルへと戻って来ていた。

 そうしてブリオ殿下と出会った空き地に向かえばユリアやリヒターさん、シオンやペイル殿達炎蛇の面々にスムバ殿と全員が揃っており、俺達は再会を喜ぶ間もなく別れてからの成果を共有するため順々に口を開いていく。

 シャルツ商会を見張っていたユリアやリヒターさんからの「目立った変化はなく、会長はいまだ不在のようです」という報告から始まり、ハンデル周辺や町中を傭兵達ともう一度探っていたシオンは成果なし。とりあえずハンデルに変化がなかったことを喜び、大神殿で得た情報を告げる。次いでレオ先輩達の紹介をしつつ彼らと獣人達の盗賊団との経緯やフォルトレイスの状況を伝えれば皆の顔に険しい表情が浮かんだが、聖刀の件を報告すれば目を見張りながらも祝いの言葉をかけられた。

 そうしてあらかたの状況を皆が確認し理解した頃、スムバ殿がピネス前王とヴェルコ殿救出の刻限を皆に告げる。


「――あと四日、ですか」

 

 残り時間を口の中で転がしながら思い浮かべたのは、プラタ王とスムバ殿の会談。ハンデルを取り巻く状況を考えれば、五日間もの時間を確保するには相応のものをスムバ殿が賭けたことは想像に難くない。


「ああ」


 しかし相槌を打つスムバ殿の顔に焦りや不安はなく、深い信頼を湛えた金茶の瞳が俺へと向けられていて、小さく笑う。

 期待には応えねばなるまい。

 その裏にスムバ殿の深い覚悟があるのだから、なおさら。


「承知しました」


 口にしたのはただ一言。けれども俺の想いは十分伝わったようで、スムバ殿の笑みは深まり、そこかしこから称賛するような口笛ややる気の籠った同意の声が響く。

 皆の士気は高く、俺は言わずもがな。

 腰に佩いた聖刀は重く、その存在を感じる度に心が震えて熱い感情が込み上げる。触れれば冷たい金属からなる柄頭がどこか熱を帯びており、早く行こうと言われている気がした。


「リヒターさん」

「どうぞ」


 名を呼べば、すべてを言葉にする前にリヒターさんが手にしていたシャルツ商会の簡易見取り図を差しだしてくれたのでお礼を言って広げる。その間に自ずと集まった皆の姿を確認し、俺はこれからの行動を説明すべく口を開いた。


「――まずレオ先輩達についてですが、地上はどうなるかわからないのでラファール達と一緒に商会の屋根で待機。怪我人の知らせを受けたら連れて行ってもらってください」

 

 そう告げれば、安全な場所で待機というのが気にかかるのか眉間を寄せたレオ先輩と目が合う。しかしエルフが潜んでいる可能性が高い以上彼らを連れて歩く方が危険だし、守る手間がかかる。

 メリルから護身術を習ったとは言っていたが、エルフ相手にその程度の戦闘力では話にならない。下手したら俺の身動きが取れなくなるような事態に陥るだろう。

 

 ――なんと言われても連れて行くことはできない。

 

 そんな想いを込めて見据えれば、先輩達はあっさり頷いた。


「わかった」

「「りょーかいです」」


 反論される可能性も視野に入れていたので先輩達のその反応は拍子抜けであり、思わず目を瞬かせればレオ先輩が悔しそうな表情を浮べながら口を開く。


「ドイル様について行くには力不足だって自覚してっから大人しくしてる。だからこっちは気にしなくていい」


 レオ先輩の言葉に頷くリェチ先輩とサナ先輩を見て、彼らが辿ってきた道を想う。おおまかにしか聞いていないが、過酷な体験をしたのだろう。己の無力さを噛み締めるほどに。


 どんな体験したんだかな……。


 離れている間になにがあったのか思案しつつも俺は、レオ先輩達の判断に甘えて頷く。現実を思い知った風の先輩達も気になるが、優先すべきものは他にある。


「……ありがとうございます。ラファール、アルヴィオーネ。先輩達を頼むぞ?」

『任せて!』

『はいはい。私達がついてれば大丈夫だから、安心して暴れてらっしゃい』


 心良く了承してくれた先輩達のことを頼めば、ラファールは力強く拳を握り、アルヴィオーネは不敵な笑みを浮かべてそう応えくれる。なんとも心強い返事だ。

 二人に任せておけば先輩達を人質に取られる心配もないので、商会の攻略に集中できる。

 不満を呑み込ませることになった先輩達の胸中も気になるが、此度の件はもはや俺だけの問題ではない。そのため快諾してくれたラファールとアルヴィオーネにお礼を言って、俺はシオン達へと向き直る。


「それでは商会内部の話に移りますが、こちらは綿密な作戦を立てる時間はないので敷地を三分割しましょう。中央は俺とリエス、リヒターさん、ユリアの四人で。右側はシオンに、スムバ殿とペイル殿には左側をお任せします」


 かなり大雑把な作戦だが、ここに集まっている面子ならば個々の技量が高いので問題ない。というかシャルツ商会の内情が未知数なのでなにが起こるかわからないため、付け焼刃の連携で挑むよりも担当範囲を個々の裁量で制圧する方がいいだろう。

 そんなことを考えながら此度の指揮官となる者達を仰ぎ見れば、各々の顔に不敵な笑みが浮かぶ。


「そりゃ、わかりやすくていいな」

「ああ。この面子ならば下手に連携取ろうとするよりも自己判断で動いた方がいいだろう」

「そうね。シオンや昔なじみのスムバはともかく、若様達の手の内は予想できないから最初から分けてくれた方がうちの子達が邪魔する心配もなくて動きやすいわ」


 担当箇所に潜んでいる敵の数も能力もわからず、なにが起ころうとも各自の力量頼みとなる作戦だがお気に召したようだ。サッと周囲に視線を走らせれば傭兵達もどこか嬉しそうな表情を浮べており、俺は心の中で笑う。

 指揮を任せた面々はもちろん、ここにいる古の蛇の傭兵達は皆、己の腕に自信があり、名高い傭兵団の一員である自負と矜持がある。俺よりも経験豊富な方々も沢山おられるので、あれやこれやと指図するよりもお任せした方が張り切って働いてくれることだろう。

 そんなことを考えながらこっそり手を叩いていたリヒターさんと視線を交わせば、その瞳に口元を上げた俺が映っており、表情を引き締める。


「では、そのように。獣人達の証言からシャルツ商会のエラトマ会長が竜の国からの突然の宣戦布告に関係しているのはほぼ間違いなく、従業員の中にも加担している者達がいるかもしれません。また、エルフの協力者が潜んでいる可能性が高いのでご注意を。基本は捕縛、抵抗するようならば各自で対処してください。精霊達には取り逃がしの防止と先輩達をすぐに派遣できるように上空で待機していてもらうので、重傷者が出たりなにか不測の事態が起った場合は空に向かって知らせてください。俺からは以上ですが、ご質問やご意見は?」


 念のためそう問いかければ、見取り図を頭に入れていた面々が顔を上げる。


「ねぇ」

「ない」

「問題ないわ」


 端的な返事だが、その頼もしさたるや。

 そんな彼らに俺も今度は隠すことなく笑みを浮かべてリエスを見れば、闘志溢れる深緑の瞳が今か今かと俺達を待っていた。


  ***


 ――準備が整ったのならば早く行こう。


 深緑の瞳にただならぬ気迫を湛えたリエスに促されてから四半刻ほど。

 俺とリエスはシャルツ商会の正面門の前に立っていた。

 始業間近ということもあってか、門の奥に見える大きな建物の窓の向こうでは多くの従業員達が行き行き交い、活気ある声がいくつも耳に届く。忙しなく動く人々を観察すれば同じ顔が通ることはほとんどなく、敷地の規模と合わせ考えれば百を超える人間がここで働いているのだろう。数日前に訪れ門前払いされた時と変わりないその賑わいは華やかで、ハンデル有数の老舗商会に相応しい光景だった。

 しかし目を閉じて気配を探れば状況は一転、名高いシャルツ商会それも始業間近という時刻であるにも関わらず広い敷地内には十数人ほどの気配しかなく、敵を迎え撃つかのように等間隔に配備された彼らはジッとその場で佇んでいる。

 

 迎え撃つ気満々だな……。


 そんなことを考えながら、俺は静かに瞼を持ちあげた。

 幻覚だとわかっていても生き生きと働く人々の姿や声はリアルで、たった今気配の数を再確認したというのに騙されそうだった。わざわざ気配を探らねば偽物と断定できないし、俺の視覚や聴覚をここまで欺けるとはかなりの代物である。


「……魔道具にしろ、誰かのスキルにしろ、商会の敷地全体にこの幻覚をかけているとしたらすごいな」

「そうだな。しかし、甘い」


 敵の気迫を感じる場景に思わず称賛の言葉を零せば、門の奥を探っていたリエスの口から厳しい評価が飛ぶ。局面や心理状態によっては騙されてしまいそうなほどの幻覚に見えるが、魔法に秀でたエルフの目にはまだまだらしい。


 あの時リエスから逃げなくて正解だったな……。


 目の前の幻覚をバッサリ切り捨てたリエスに、声をかけてきた彼女の手を振り払わなくてよかったとしみじみ思う。

 リエスやムスケ殿やスコラ殿の実力から考えるに、エルフの里と全面対決なんてことになったらハンデルが荒れ果てるだろうことは想像に易い。マリス達に扇動されたのが一部の者だけで本当によかった。

 そう胸を撫で下ろすも、少人数であってもエルフが加担しているというだけで脅威であることにはかわりはない。これから戦うことになるだろうエルフ達を想像して気を引き締め直した俺は、増していく緊張を感じながら手の中にある通信用の魔道具を見詰めてリヒターさんからの連絡を待つ。

 担当箇所である中央部分を進むには今俺とリエスがいる正面口と裏口からの侵入となるため、現在リヒターさんとユリアにはそちらに向かってもらっている。二人から連絡が来次第突入する予定であり、俺達が始めれば右側を任せたシオン達も左側で待機しているスムバ殿やペイル殿達も順にシャルツ商会に乗り込む手筈である。

 天を仰げばラファールとアルヴィオーネが手を振っており、隣には大量の矢が詰まった矢筒を背負い、エルフのものだろう文様が刻まれた弓を握っているリエス。

 開戦の合図代わりにこの幻覚を解く役に自ら手を挙げ、先ほどからジッと門の奥を探っている彼女の眼差しは鋭く、纏う緊張感が肌をピリピリと刺激してくるがきっと俺も似たような状態なのでお互い様だ。

 

 恐らく、マリスもゼノスもエラトマもここには居ない。

 しかしここを越えた先で彼らは待っている。

 

 聖刀を得たことで直感が研ぎ澄まされたのか、それとも神々との邂逅による余韻かはわからないがそうはっきりと感じていた。


 ――今度は追いついてみせる。


 確かに気配は感じるのにその姿を捉えることができなかったこれまでを思い出し拳を握れば、通信用の魔道具が待ちに待った緑の光を灯す。

 リヒターさんとユリアが無事に裏側へと辿り着いたらしい。


「ドイル」

「ああ。――リ」

『俺もユリアも配置につきました。いつでも大丈夫です』


 即座に反応したリエスに応え通信を繋ぐべく魔力を流せば、俺が呼びかける間もなくリヒターさんの声が耳を打つ。時間を無駄にしないよう端的に告げられた準備完了の知らせから察するに、どうやら俺の胸中は彼に筒抜けだったようだ。 


「……了解。すぐに始めます」


 逸る心を完全に見透かされていたことを恥じつつそう告げれば、『ご武運を』という言葉と共に通信が切れる。

 通信を終わらせたのはリヒターさんの方だった。人によっては無礼と思うだろう用件だけのやり取りは、今の俺には喜ばしく。父上やお爺様で慣れているのだろうが、リヒターさんは俺の扱いをよくわかっているなと思わず感心してしまう。


「では、始めるぞ。ドイル」

「ああ」


 父上が信頼していただけあると感服しつつ光を失くした魔道具を仕舞えば、リエスはそう言って背負っていた矢筒に手を伸ばす。そして複数本の矢を取り出すと、片手で器用にそれらすべてを保持したまま弓にそのうちの一本をつがえて鏃を天へ向ける。


「【連射】【強打】」


 そうしてスキル名を唱えたかと思えばその手の中にあった矢はすべて消費されており、一拍後、降り落ちる矢が視界を掠めたかと思えば方々から響く破壊音と共に人々の騒めきも姿も溶けるように消えた。


「……すごいな」


 一瞬で幻覚の基点となっている箇所を射貫き破壊したリエスの腕前にゾクリした感覚が肌を伝い、彼女の能力の高さに舌を巻く。リエスと対峙したのは一度きり、それも斬り結んだわけではないので垣間見たムスケ殿やスコラ殿の能力やお婆様の日記に書かれた二人の功績、それから彼女自身から感じる魔力量などで見当を付けていたのだが想像以上の実力である。

 しかしそんな俺の驚きを他所に、当の本人はさも当然といった表情を浮べていた。


「このくらいできなければ里の外を一人で旅することなどできないからな。だからこそ私が使者として送り出されたのだ」

「なるほど」


 肩を竦めながら告げられた言葉に心の底から納得した。たしかに武力に秀でてなければ、人間の国の中でエルフだと露見した時に逃げきれないだろう。

 思いがけず良い情報を知った。彼女は新しくラファールに加護をかけ直してもらった外套を装備しているし、これならば気を遣わずに戦えそうだ。


「身を守ることはできる。だから気にせず聖刀を使うといい」

「そうさせてもらう」


 そんな俺の考えが伝わったのか遠慮はいらないと言ったリエスに頷けば、彼女は門の奥へと視線を向けながら薄く笑う。


「――私も愚か者どもを見つけたら思う存分やらせてもらうからな」


 ゾッとするほど美しい声色でそう呟いた彼女に言葉にならない相槌を打ち、魅入られそうなその表情から目を逸らす。そして幻覚が解けたことで不気味なほど静まり返ったシャルツ商会へと視線を移せば、誰が触れるでもなくキィ、と甲高い音を立てて門が開いたのだった。





ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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