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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
209/262

第二百九話 ムスケ視点

 ――四十八年前のある日の晩。

 カサカサと春風にそよぐ草木の音に交じり、いくつもの嗚咽が夜の山の中に響いていた。


「公爵様!」

「お気をたしかにっ」


 旗やマントや上着などを寄せ集めて作られたベッドというにはお粗末なそれに横たわるアギニス公爵へ兵達は代わる代わる声をかける中、薬師の心得があるという者がかき集められた薬草や布を傷口へあてがう。しかし重傷を負ったアギニス公爵を癒すには足りず、傷を押さえる布がじりじりと赤色に染まるばかり。

 その光景を前に、ただ拳を握りしめるしかない俺はなんて無力なのか。他種族よりも優れた魔力量と魔法スキルをもつエルフであるが、俺もスコラも治癒魔法は使えない。この場でできたことといえば、兵達が携帯用に乾燥させていた薬草を新鮮な状態に戻してやるくらい。役立たず同然だった。


「――っ公爵様。アメリア様とウィンカル様が、首を長くしてお待ちです」

「そうですよ。早く邸へ帰りませんと」


 アギニス公爵を生かそうと必死に語りかける腹心達の顔は、上手く笑みを模ることができずに歪んでいる。

 初めから敗北が濃厚な一戦だった。しかしもう一隊、どこかの兵が殿として残っていてくれたなら、我々も追撃してきた敵兵をアギニス公爵の元まで侵入させることなく撤退できただろう。


 俺達はなんのために、ここにいたんだ……。


 勝利を捧げるため参戦したというのに敗北を喫し、合流した雇い主はすでに虫の息。傭兵の存在意義など何一つない。

 後悔などという言葉は生温いほどの激情に歯ぎしりしながら、目の前に広がる光景を記憶に焼き付ける。浅はかな己を、胸に広がるこの感情を生涯忘れぬように。


「ムスケ! スコラ!」

「公爵様がお前達を呼んでおられる!」


 腹心達のその言葉に、俺はスコラと共に慌ててアギニス公爵の元へ駆け寄る。

 跪いて覗き込んだ公爵の顔は白く、呼吸はか細い。だというのに、その目で俺とスコラを捉えた途端、公爵の口元が僅かに綻んだ。


「……無事か」


 安心したようにそう零す公爵の姿に出会いからこれまでの日々が脳裏を巡り、様々な感情が溢れる。死にかけてるくせに、なに言ってやがるんだこいつは。


「――っ、だからあの時、捨て置けといったんだ!」

「兄さん!」


 思わず声を荒げれば、すぐさまスコラに止められた。反射的に文句を言おうと口を開きかけていたが、顔を上げて見た彼女の顔は俺の胸中を映したかのように歪んでいて……。


「今はアギニス公爵のお言葉を聞かなくてはっ」


 続いたスコラの言葉にハッと気が付かされた俺は、込み上げる感情を呑み込んでアギニス公爵を見やる。辛いのは俺だけではないのだ。

 しかし当の公爵は、こんな時だというのに笑っていやがった。


「それだけ元気ならば、大丈夫だな」


 今まさに死にそうになっているというのに余裕を窺わせる、その表情。窮地に追いやられるはめになっても我々を責めなかった男は、死の淵にあっても公爵としての役目と誇りを捨てずに逝く気らしい。


「最後に一つ、頼みがある」


 毅然とした態度を取る公爵の意を汲んだのか、彼が発した『最後』という言葉に反応しつつも会話を遮るようなものは誰一人いなかった。ならば俺も、この男の頼みを静かに聞き遂げねばならぬ。


「……なんだ」

「皆を、アメリアの元へ届けてくれ。あの子には……迷惑をかける。せめて信頼できる部下や兵達を、彼女の元に」


 人の命の儚さに軋む心を押し殺しそう返せば、微かな喘ぎと共に公爵の最後の願いが静まり返った森に響く。


「わかった」

「他になにかありますか?」


 答えを聞いて微かに安堵の息を吐いたアギニス公爵へスコラがそう尋ねるが、彼はもう心残りはないとばかりに穏やかな表情を浮べた。


「ない」


 俺達を抱えたことで窮地に追い込まれても、一度も後悔を口にすることなく、また周りにも責めさせなかった男だ。このまま、俺達にこれ以上の働きを求めることなく死ぬのだろう。俺達は迷惑をかけただけで、お前に何一つ返せてないのに。


 お前がその気なら――。


 潔い返答に地を搔いて拳を握りしめた妹を横目に、俺はアギニス公爵に気が付かれぬように亜空間から紙とペンとインクを取り出し、魔力を込める。そして、控えていた腹心達を呼ぶ公爵の側で密やかに己の決意を紙へ書き殴り、己の腹に滲む血で判を押した。


「――アメリアと、ウィンのことを頼む。陛下には、すまないと、伝えてくれ」

「はいっ、公爵様っ……」


 嗚咽を堪えながら頷く部下達に笑いかけて目を閉じようとした公爵の、血に濡れた手を取り、今しがた書いた契約書を握らせる。そして、契約書にも刻んだ誓いを死にゆくアギニス公爵へ告げた。


「『この命ある限り、お前の子孫の力になる』だから、安心して眠ってくれ」


 その言葉が、アギニス公爵の耳に届いたかどうかはわからない。しかし道半ばの死にしては安らかなその顔に、少しだけ救われた気がした。


「……公爵様は?」


 兵の一人が発したその言葉に腹心の一人が公爵の首元に手を添え、しばらくして力なく首を横に振る。そんな腹心の姿にある者は涙を零さぬように星空を仰ぎ、ある者は俯き嗚咽を押し殺していた。

 そんな中、アギニス公爵の手から契約書を抜きとり、まだ温かな手をその胸にそっと乗せればもう片手を握っていた腹心が胸の辺りで両手を組ませる。次いで祈りを捧げると、腹心達は手早く、しかし丁寧に遺体を運ぶ準備を始めた。

 名残り惜しそうではあるが公爵の願いを叶えるべく動く彼らを横目に、俺も立ち上がる。もはや傭兵の意義をなしていない俺達であるが、公爵の最後の頼みだけはなにがあっても叶えなくてはならぬ。

 血に塗れた契約書へ目を落としながらそう決意を固めていると、己と似通った白い腕が視界を掠め、次いで手の中にあった紙が消えた。


「兄さんだけはずるいですよ」


 そう言いながら傷口を親指で拭ったスコラが空いている場所に血判を押せば、「そうだぞ」と言いながら他の仲間達も契約書に己の血で判を押していく。


「おいっ! それは一応、魔力の籠った契約書だぞ」

「わかってます。アギニス公爵の意識も定かでなかったですし、効力のある契約書に仕上がっているか怪しいところですが……確かお嬢様は今年で十三、ご子息は三歳。まぁ、詳しく調べたりはしないでしょう」

「だな。ないよりはましだ」


 俺の忠告など気に留めない妹と仲間達の会話に、もう一度声を上げようとした瞬間、仲間の一人が俺の肩を掴む。


「恩を仇で返したまんまじゃこの先、傭兵業をやっていけなくなっちまうからな」

「せめて公爵の大事な娘さんや息子さんは死守しねぇと」


 その言葉にアギニス公爵の遺体を丁寧に包んでいた腹心達や兵士達からも声が上がる。


「うむ。一刻も早く王都へ戻り、お二人をお守りせねば」

「ぬくぬくと王都に籠っている貴族達に、アギニス公爵家を潰されるなど言語道断!」

「急ぎ陛下に報告して、信頼できる当主代理を立てていただかねばなりません」

「支度が整い次第出発だ。皆、武器の確認を怠るなよ!」

「「「はい!」」」


 悲しみに浸ることなく前を見据える腹心や兵達の中にアギニス公爵の姿を感じ、目頭が熱くなる。そんな俺の元に仲間達の血判が押された契約書を持ったスコラが歩み寄り、しっかりとした声でその想いを紡ぐ。


「今度は貴族達へ顔や名が伝わらないように気を付けましょう。我々がアギニス公爵家に居ると露見しないように、新しい傭兵団を雇ったようにみせかけるなどの策を打って」

「ああ、それがいい」

「念のため、古くからある傭兵団のように装備とか揃えてな」


 どうやら誰も抜ける気はないらしい。


「……物好き共め」


 意見を出し合う仲間達に聞こえぬようそう呟くと同時に、アギニス公爵の言葉を思い出す。


『多くの傭兵達が君達を生かそうと戦っていた。それだけ、君達に惹かれるものがあるのだろう。そういう人材は貴重だ。だからきっと役に立つと思ったんだよ』


 『なぜ助けた。厄介なことになるから捨て置け』と言った俺にアギニス公爵はそう告げた。そして『行く当てがないのなら丁度いい。私に力を貸してくれないか』といって俺やスコラ、仲間達を雇い入れることで追って来た人間達から守ってくれた。


「今度は俺がお前の大切なものを守ってやる」


 帰路に向けて活気づくアギニス家の兵達を眺めながら、人知れず呟く。

 アギニス公爵には家族と仲間を助けてもらった。ならば彼が亡き今、生き残った腹心や兵達、それから王都に居るという娘と息子、アギニス公爵家が大事に抱えてきたすべてものを俺が守ろう。

 そう心に決めて、俺は皆に向けて口を開き――。




 遠い過去の中の己と同様に息を吸って大きく口を開いた俺は、視界に映る石造りの天井を見て溜め込んだ息をゆっくり吐きだした。


「………………夢か」


 フォルトレイス城内であてがわれた自室に響いた己の声に、もう一度ため息を吐いて寝ていた長椅子から身を起こす。

 ドイル・フォン・アギニスと共に皆へ事の次第を説明し、今後の大まかな予定を決め終った頃には日が落ち、すっかり暗くなっていた。その後、スコラとドイルへ渡す情報をまとめ、何処に誰を向かわせるか話し合っているうちに空は白み、仮眠を取ったのがつい先ほど。

 窓から差し込む日の光にそろそろ城の者達が朝議を始める頃だなと目を細めたあと、部屋の中へと目を向ける。すると向かい側の長椅子に腰掛けていたタボルと目が合った。


「嫌な夢でも見たか?」


 そう告げるタボルは、黒蛇の面々の中でもオピス時代から付き合いがある古株の竜人だ。

 意識が覚醒した時から存在に気が付いてはいたものの、寝姿を見られた不機嫌さと相まって無視していたのだが、どうやら此奴は俺に用があるらしい。朝っぱらから面倒くせぇなと舌打ちを打ちつつ、俺は長椅子の上に片膝を立てて座る。

 錆色の鱗を持つタボルが傭兵団に加わったのは、今から二十年前のことだった。【黒蛇】と名乗っていた時代から団員の数も増えて隊を分けるようになり、【古の蛇】と名を新たにした頃、タボルは小さなシオンを小脇に抱えてやってきた。どちらかといえば群れるのが嫌いなタボルが大所帯となった俺達の元へ来るなんて、とスコラ共々大層驚いたことは記憶に新しく、生かしてやりたい者ができたと真面目な顔で宣った奴に偽物かと疑ったことはいまだ本人には伝えていない。

 当時のことを思い出しながらチラリと目を向ければ、俺が質問に答えないことなどわかっているタボルは先の話題を追及することなく静かに座っていた。一体、何の要件で俺の元を訪ねてきたのだろうか。

 

 ……いや。此奴の用なんざシオンのことしかねぇな。


 養い子兼弟子であるシオンに関することでしか、タボルは積極的に動かない。恐らく、数日以内にドイルやリエスと共にハンデルへ立つことになった件について、聞きたいことか言いたいことがあるのだろう。

 そう思い直し、タボルの言葉を待つことしばし。


「…………」

「………………チッ」


 熱い視線を寄越しながらもいつまでたっても口を開かないタボルにしびれを切らし、こちらから問いかけようとしたその時、扉が開く音と共に懐かしい茶の香りが部屋の中に漂う。


「ようやく起きましたか兄さん」

「……お前も居たのか」

「折角寝起きのお茶を入れて来てさしあげたのに、ひどい言いぐさですねぇ」


 どこか癇に障る物言いに、いけ好かない魔術師を思い出す。夢見と面倒なタボルの来訪と相重なって気分は最悪だ。

 いい加減セルリーに似たその口調を直せと言ってやりたいが、奴への未練に無自覚な妹にそんなことを言った日には、文字通り矢の雨が降り注ぐので口にする勇気はない。長距離での戦闘ならば負ける気はしないが、近距離での戦いとなると分が悪いからな。

 セルリーの影響を盛大に受けて、口と性格が悪くなったスコラに苦々しいものを感じつつ、出されたお茶を大人しく飲む。口は禍の元だと、セルリーに学ばせられたからな。余計なことは口にすまい。

 アメリアやセルリーと過ごした日々を思い出しつつタボルに目を向ければ、オピスの解散後はどこぞの国仕えをしていたという奴は傭兵には似合わない優雅な動作でカップを置いた。そして微かに橙色の瞳を迷わせながら重たそうに口を開く。


「……シオンの出自についてなのだが」

「ゴフッ!?」


 タボルの唐突な語り出しはいつものことだが、内容が内容だけに茶を呑み込み損ねた。咳き込みつつもスコラへ目をやれば、同じことを思っていたのかパチと目が合う。こういう時双子は便利だ。


「おや。何度聞いても口を閉ざすばかりだったというのに、教えてくれるのですか?」

「必要ないと思っていたからな。しかし先の少年とお前達の話を聞いて、そう斬り捨てられる状況でないのではと思ったので相談にきた。私は運命、という言葉あまり好まないのだが……」


 スコラの言葉に頷いたものの、なかなか本題に入らないタボルの話し方に苛立つ。

 七百歳を超えてから数えていないというタボルの言葉は、普段他と交流しないこともあってどうも回りくどい。この調子で話を聞いていたら、すべて聞き終わる頃には昼までかかってしまうだろう。


「お前の感想はいいから端的に言え。昼にはまたあのクソガキと会わなきゃならん」

「わかった」


 指で机をトントン叩きながら話を促せば、タボルは特に気分を害すことなく頷いた。

 どうでもいいならなぜ語ろうとした。聞いてほしいから『運命』とか言い出したんじゃないのか。長い付き合いだが、未だに此奴の思考はわからん。


 ……まぁ、竜人どころかエルフ以外の考えなんざ、さっぱりわからんのだが。


 獣人だったオピスの頭やアギニス公爵やアメリアやゼノやセルリー、ドイル、タボルにシオンにスムバやこの国の王、これまで出会った面々はどいつもこいつも予想外な行動ばかりしやがる上に、誰一人俺の言うことを聞きやしねぇ。


「シオンの父親は、ファタリア王家の者を始祖に持つアミュール公爵家の者だ。時の王、ロウェル陛下の側近であったシルト・フォン・アミュールの弟で、彼は大戦の最中、俺がシルトに頼まれ国の外に逃がした。亡くなったと聞き墓を訪ねたら、晩年に子をもうけていたと近所に住んでいた者から聞いてな。探したら貧困街でシオンを見つけた。町の者に確認したし、アミュール公爵家特有の瞳の色からいって間違いないだろう」

「「は?」」


 驚き固まる俺達を他所に、そう言って音もなく茶器を持ち上げ喉を潤したタボルは、感情の窺えぬ顔でボソボソと呟くように語る。


「ロウェルもシルトもいい奴だった。しかしシルトはロウェルの変貌を嘆き、諫められなかった己の役目だと言って自身の手で決着をつけると決めた。俺は弟と共にファタリアをあとにしたからその後のことはわからんが、大戦の終わりを聞くかぎりシルトが義を貫いたのだと想像するのはたやすい」


 そう言ってホゥと息を吐いたタボルは、淡々ととんでもないことを語られ困惑する俺達を他所に己が疑問を吐露した。


「シオンに親のことを、己が出自を教えるべきだと思うか? 挑む敵が敵だ。もしかしたら戦いの最中に己の出自を知ることになるやもしれん。そう考えると心の準備があった方が良い気がするのだが、知らずに済むなら知らぬ方が生きやすいのではとも思う。シオンにとっての最善はどちらなのだろうか?」


 口元以外微動だにしない顔から聞えてくる声は真剣で、心からシオンのことを案じているのが伝わってくる。伝わってはくるのだが、起き抜けに押しかけてするような話ではない。


 ファタリアの生き残りがいたのか……。


 しかもシオンが。事実ならば夢の余韻も吹き飛ぶほどの、重大な問題だ。

 ファタリアへの恨みはそこかしこに未だ残っている。事実ならばなにがあっても、葬り去らなくてはならない情報だ。


 ――ドイルはこの事実を知っているのか?


 いや、知るはずはない。俺達でさえ、想像もしなかった事実だ。人間において青色の瞳は珍しくないし、ファタリアの一貴族の血筋にどんな身体的特徴が出るかなど、周辺各国諸共滅亡した今、調べる術はないし立証もできない。タボルの言葉がなければ、竜人である奴の言葉でなければそんな馬鹿なと笑い飛ばしているような話だ。


 ……そう考えると、あまり問題はないのか?


 当時のファタリアを知る者がいなければ、疑われることすらないだろう。シオンが拾われた経緯を知ればドイルは勘づくかもしれないが、まぁまぁ鋭い彼奴ならば事の重大に気が付き口を噤むだろう。

 そう目まぐるしく回る思考の中、スコラの声が響く。


「タボル。彼の血筋を知っている人間は亡命先にどれだけいますか?」

「…………いないはずだ。俺は戦火が及ばぬほど遠い地を選んだし、シルトの弟はしっかりしていたからな。シオンの母親にもどこから来たかは言わなかったし、手がかりとなるものは一切残さなかった。だから母親の死後、シオンは貧困街に居たようだ。ファタリアと交易していた国々は大戦で滅びているし、先も述べたが人間の中で青い目は珍しくない。物的証拠もないし、あいつがアミュール公爵家の血を引いていると証明できる者はいないだろう」

「ならば、私はシオンに選ばせることをお勧めします。吹聴するような話でないのは貴方も重々承知でしょうが、シオンには知る権利がある」


 俺と似たような結論を出したスコラの言葉を呑み込むようにしばし目を閉じたタボルは、瞼を持ち上げると「そうか」と呟き俺へと目を向ける。


「立証もできねぇし、到底信じられる話ではないからな。シオンに聞きたいか聞いてみろ。そんで彼奴が知らなくていいってんなら、これ以上誰にも言わず墓場まで持っていけ。俺とスコラもそうするからよ」

「わかった。そうしよう」


 無言の催促に促されるように応えれば満足いったのか、少し明るい声で応え頷いたタボルはおもむろに手元の茶器を空にすると、スッと立ち上がる。


「邪魔したな」


 そして眉一つ動かさずにそう告げて、足早に部屋を出て行きやがった。


「ッチ。タボルの野郎、言うだけ言って礼もなしか」

「……まぁ、タボルですからねぇ。私達よりもずっと年寄りですし仕方ありませんよ」


 ため息交じりにそう言ったスコラは己の分を飲み干して立ち上がると、ティーワゴンに茶器を片付けはじめる。仕切り直しも兼ねて淹れ直しにでも行くのだろう。妹の行動にそうあたりを付けて空にした茶器を渡せば、小さな笑みと共にお礼の言葉が返ってきた。


「ありがとうございます。では、昨日の続きを始める前に、気分転換ついでに新しいお茶を入れてきます。寝ずに待っていてくださいね。兄さん」

「ああ」


 小言を残して去って行ったスコラを見送り、一人になった部屋でため息を零す。


 ――まったく。どいつもこいつも好き勝手しがる。


 俺らの倍は生きているタボルはともかく、スコラにシオンやスムバ、アギニス公爵もアメリアもドイルも誰一人俺の言うことを聞きやしねぇ。様々な種族の中でも脆弱な部類に入る人間の割には強いが、エルフや竜人の頑丈さとは比べものにならない。なぜ、俺達が守ってやると言っているのに、短い命を安穏と生きようとしないのか。責任感と志が高いっていうのも場合によっては考えものである。


 だからこそ、目を離せないんだがな……。


 思い通りにならぬことに憤りを感じる反面、そんな奴らだからこそ愛しく眩しいのだと気が付いたのはいつだっただろうか。

 俺達が過ごす千年の歳月をたった百年に濃縮して生きる彼らは驚くほど脆弱なくせして、信じられないほど強い。森を出た百五十年前に出会った人間達はとっくにこの世にいないというのに、彼等との思い出は色褪せることなく俺の中にある。

 儚い存在であるはずなのに鮮烈に残る、人間とは不可思議で矛盾に満ちた生命体だ。

 

 だから飽きねぇし、ついつい力を貸しちまうんだよなぁ……。

 

 ゴロリと長椅子に寝ころび、天井を仰ぎ見る。

 十七歳などエルフでは赤子だ。しかし、任せろと告げる紫色の瞳の力強さに気圧された。たいして生きていないガキ相手に情けないと思う反面、面白いとも感じてもいる。


 ――まったく、不思議なことがあるもんだ。


 クソガキ共の言うとおりにしてやるのは癪だが、ドイルが祖母の代から続く因縁にどう決着つけるのか見届けるのは悪くない。多種多様な種族が住まうこの地の者としても、長い時を生きるエルフとしても、それからアメリアの友としても。


 そうこう考えているうちにいつしか眠り落ちていた俺が、スコラに問答無用でたたき起こされるのはそれから十数分後のことであった――。






ここまでお読みくださり、ありがとうざいました。

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