表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
202/262

第二百二話

 突如声をかけてきたエルフの少女と見つめ合うこと数分。

 両手の掌を上に向けたままローブの奥からこちらを見ている彼女は、俺がなんらかの反応をみせるまで動く気はないらしく、ピクリとも動かない。

 それにここは多くの人が行き交う市場、目撃者は山ほどいる。そんな場所で声をかけてきたという点と目の前の彼女の態度、それらを踏まえるに危害を加える気はないという言葉は信じてもよさそうだ。


 ……それにラファールの知り合いのようだしな。


 もの言いたげな表情を浮べて心配そうに俺達を見ているラファールのこともあるし、女性にここまで低姿勢に頼まれて無下にするのも気が引ける。話を聞くくらい構わないだろうという結論に至った俺は、もう一度エルフの少女へと目を向ける。

 しかしそこで俺はなんと声をかけるべきか迷い固まった。

 彼女の『聞いてもらいたい話』というのは、パニーア商会を襲おうとした件についてだろう。ならば人の目に触れない場所であり、盗聴される心配のない場所がいい。あまり土地勘のないフォルトレイスでその条件を満たす場所といえば、宿屋の部屋の中である。あそこは泊まるにあたって、色々仕掛けてあるからな。

 しかし、果たして宿の部屋に誘っていいものだろうか。敵陣に一人で来いと言っているようなものだし、ラファール達もいるとはいえエルフの少女の気分を害してしまうのではなかろうか。折角向こうから話を聞かせてくれるチャンスをそんなことでふいにしてしまうのはもったいない。

 ここがマジェスタでない不便さを改めて噛みしめつつ、別の場所となるとどこに案内すべきか、いっそ城壁の外に……と悩んでいると、見かねたのかアルヴィオーネが口を開く。


「――とりあえず宿に戻らない? 目立ち始めてるわよ」

「それは、そうなんだが……」


 あっさり宿への帰還を提案したアルヴィオーネに若干のやるせなさを感じたが、他にいい案があるわけではないのでエルフの少女に是非を問う。


「それでいいだろうか?」

「かまわない。信用してくれたことを感謝する」


 迷うことなく頷いた彼女に、俺の葛藤はなんだったんだと少しだけ考えてしまう。しかし、争うことなく場が収まりパッと表情を明るくしたラファールを見て、まぁいいかと思うことにした。


「では、行こう。俺達の宿は、水の門と風の門の間を少し奥へ進んだ辺りにあるんだ」

「わかった」


 コクリと頷いた彼女が歩き出した俺達の後ろを着いてきているのを確認しながら、宿に向けてゆっくりと歩き出した。


   ***


 ――宿屋の部屋にて。


「そこの椅子を使ってくれ」

「わかった」


 エルフの少女へサイドテーブルの椅子を勧めて自身が使っているベッドの端に腰かければ、俺の斜め後ろにラファールとアルヴィオーネが陣取る。そうして俺の両サイドから顔を覗かせた二人に、ローブを取っていたエルフの少女は一瞬動きを止めたあと、しみじみと呟いた。


「共に菓子屋へ並んでいる姿を見つけた時にも思ったが……そなたは本当に精霊様方から愛されているな」


 独り言ともとれるその言葉になんと答えるべきか迷う。

 側を離れないラファールとアルヴィオーネの姿が、彼女の目には俺を守っているように見えるのだろう。事実、その通りなのだと思う。無自覚か確信しているかは別として、二人が俺の警戒を感じ取っているのは確かだ。知り合いのようなそぶりを見せていたラファールも、エルフの少女を気にしつつも寄って行かないからな。

 優先すべきは俺だと態度で示す二人の好意が、こそばゆくも嬉しい。しかしそれを説明するほどエルフの少女と親しいわけでもなく、また始終ラファール達に敬意を払っている彼女がどのように感じ何を思うのかわからない。

 なので俺は、エルフの少女に曖昧な笑みを返すことで応えた。


 ……それにしても、そんな早くから跡を着いてきていたのか。


 行動を起こすまでアルヴィオーネ達に感知されなかったことを驚くべきか、器に入っている彼女達を精霊だと容易く見抜いたエルフの能力の高さに感心するべきか。

 露わになった尖った耳を眺めながら考える俺と、興味深そうな視線をこちらに向けているエルフの少女の間に沈黙が落ちる。

 しかしそんな静寂を打ち破るかのように、ラファールとアルヴィオーネが口を開いた。


「――生まれた時からずっと見守ってきた、愛しい子なの」

「私の長年の夢を叶えてもらったからね。ご主人様には感謝してるわ」


 俺の肩に手を置いて牽制するかのようにそう告げる二人に、エルフの少女は瞠目したあと困ったように笑う。


「……承知いたしました。お二人が大切に見守る者を傷つけることはいたしません故、ご安心ください」


 はっきりとラファール達にそう宣言した彼女は、次いで俺へと目を移すと僅かに表情を緩めて口を開く。


「では、改めて自己紹介させてもらおう、精霊様方の寵愛を受けし者よ。私はエルフの里の長老であるラングのひ孫リエス。雪解けた頃、里の神域を守る聖木が切り倒される事件が起きたため、長老と族長の命を受けて持ち出された聖木と犯人の行方を追っている」


 聖木が切り倒されたと聞いたところでラファールが息を呑んだ気配を背に感じ、また言葉が進むにつれてリエスの顔に真剣さが増していく。そんな彼女達の反応と話の中に出てくる神域や聖木という単語の持つ意味が、俺に事の重大性をひしひしと感じさせていた。


「神域と聖木は我らエルフにとって、とても大事なものだ。故に、此度の事件への反応は激しい。今はまだ少数だが年若い者達の中には外の奴らの仕業だと思い込み戦を望む者達もいる。このまま犯行が続けば、それはやがて里全体の意思となろう。そうなる前に犯人を一刻も早く見つけて、罪を贖わせなければならない」


 リエスの口から語られる此度の経緯に、確信に近い予感が脳裏を過る。


 ――間違いない。マリスだ。


 ようやく見つけたという期待とまだ間に合うという希望、脳裏を過るリェチ先輩達やゼノス、ユリアの力になれない悔しさと僅かな罪悪感、これから起こるかもしれない事件への緊張、そして何故こんなことをというマリスへの怒りと疑問。

 様々な感情が胸中で入り乱れるが、今はまだ感情的になる時にではない。複雑な想いが表情に出ないよう沸き起こる感情を呑み込み、俺はリエスの話の続きを待つ。


「しかし、犯人を追うといっても我々は里の外に関して詳しくない。そして我々はエルフが珍しい種族であり、見目良く映ることを自覚している。だから身を守る術を心得ている私が選ばれたのだが、犯人を追う道中に里と外の間に禍根を残すようなことがあっては困る。故に長らく人の国々を渡り歩いている叔父と叔母の助力を乞うた方が良い、というのが長老達の判断でな。この地へやってきたというわけだ」


 そう締めくくった彼女は、話し疲れたのかふぅと息を吐く。

 立場や経緯は違えど、迂闊に動けないという点では俺とリエスの状況は似ていた。だからこそ俺は、包み隠さず語ってくれたリエスの真意を考える。

 これまでの態度を省みるに、ラファールが昔エルフ達をなんらかの形で助けたのではないかと推測される。それならばリエスがあのローブを持っていたのも、俺が容易く精霊の加護が付いた魔道具を切ることができたわけもわかる。あのローブに加護を与えたのがラファールであるならば、彼女と契約したことでその力の恩恵を現在最も受けているのは俺だからな。

 恐らく、リエスがこうして友好的な態度見せているのも同じ理由だ。彼女の使命を思えば、身内以外は信用に値しないはず。しかしエルフ達が敬意を払うラファールが見るからに大事にしていたからこそ、こうして俺へ手の内を明かしてくれたのだろう。


 そうなると、彼女の目的は俺と敵対しないための話し合いか、助力の要請といったところか……。


 宿までの道で見せた態度や今しがた聞かせてもらった話からそう判断した俺は、リエスと協力し合えるかどうかを確かめるべく口を開く。


「パニーア商会を襲ったのは何故か聞いても?」

「あの商会の者とハンデルですれ違った時、微かだが聖木の気配を感じたんだ。恐らくどこかで持ち出された聖木を触ったのだろう。だから話を聞こうとしたのだが、運悪く荷馬車に乗り移動を始めてしまってな。叔父達の元を訪ねる途中だったのでどうしようか迷ったが、彼らが目指す地も私と同じくフォルトレイスだと判明したので跡をつけながら様子を窺っていたんだ。しかし、あの傭兵達が鋭くて機会がなくて……そうこうしているうちに、そなたと出会った」


 道中の苦労を思い出したのか、彼女は疲れたようにため息を零す。


「この時世に精霊の加護を打ち砕く使い手など珍しい。しかもそれが聖木の手がかりとなりうる者達と縁を結んでしまった。これは大変だと慌てて王都に駆け込み、指示を仰ぐため城に居る叔母へ面会を申し込んだんだ。そして返事を待っている間に町中をふらついていたら、件の者が大恩あるラファール様や水の精霊様と仲睦まじげに菓子屋の列へ並んでいるではないか。思わず五回も見なおしてしまったよ」


 そう言って苦笑するリエスになんと答えていいかわからず、乾いた笑いを返す。俺がリエスの存在を警戒したように、彼女も焦り慌てたのだろう。状況が状況だけに、俺達を発見した時の彼女の心中を思うとなんだかいたたまれなかった。

 リエスから連絡をもらった叔母上もさぞかし驚かれたかもしれない。いや、久方ぶりの姪からの連絡がそんな物騒な内容ばかりだったら、絶対胸中穏やかではないだろう。そんな風にリエスの叔母上へ想いを馳せたその時、俺はふと引っ掛かりを感じた。


 ――ん? そういえば今、城に居る叔母に面会を申し込んだと言ってなかったか?


 感じた違和感にリエスの言葉を振り返った俺は、ハッと目を見開く。

 聖木の件に協力させてもらえればマリスの居場所が掴めるかもしれないし、城へ乗り込める可能性が高い。またゼノスはマリスと共に居ると思われるので、この情報を餌に黒蛇と交渉することも可能だ。

 俺ならばパニーア商会から聖木の件を探ることができるし、慣れない里の外で過ごすエリスの助けになれる。そこにラファールの口添えもあれば、助力を断られるということはないだろう。

 一気に開けた今後の展望に、顔が綻びそうになる。しかし喜ぶのはまだ早いと己に言い聞かせて気を引き締めたその時、リエスが再び口を開いた。


「こちらの事情は今話した通りだ。そしてなんとなく察しているだろうが、我々は精霊様方の寵愛を受ける者と敵対することは避けたい。エルフにとって精霊様方は崇めるべき存在であり、その中でもラファール様には大恩がある。ローブのように加護を頂戴している魔道具なども、数多くあるのでな。そなたの考えによっては里に戻り長老や族長と此度の件についてもう一度話し合う必要がある。差し障りがなければ、これからどうするつもりか聞かせてもらえないだろうか?」


 そう問いかけるどこまでもまっすぐな深緑の瞳に、俺も覚悟を決める。

 エルフの里の事情を背負うリエスと手を取り合うことに躊躇する理由はもはやない。そもそも彼女と俺の状況を考えれば、協力した方が互いのためだ。

 なによりラファールやアルヴィオーネの存在があったからとはいえ、ここまで誠実に掌をさらけ出してくれた彼女に誠意を示したいと思う。


「ラファールやアルヴィオーネに気が付いた貴方からしたら今さらかもしれないが、これが俺の本来の色だ」


 そう言いながら【偽装】を解いてあるべき姿に戻った俺は、改めてリエスと向き合う。


「エルフの里より訪れし方の誠意に敬意を込めて、本来の自己紹介をさせていただこう。俺の名はドイル・フォン・アギニス。マジェスタで古くから続くアギニス公爵家の当主である雷槍の勇者アランと聖女セレナの間に生れ、炎槍の勇者ゼノを祖父に持つ」


 マジェスタや公爵家はわからずとも、勇者と聖女の子というのは驚いたのかリエスは目を見張った。そして俺の背後にいるラファール達へ一度視線を向け、納得したように深く頷いた。


「この地へは我が祖国を脅かそうとした罪人を追う手段を求めて訪れた。そして恐らく、俺が追っている者とエルフの里が追っている罪人の裏に居る人物は同じだろう」


 そう告げればリエスは息を呑んだあと、震える声で信じられないと呟いた。


「まさか、そんな偶然……」

「奇跡的な確率だといえるが、彼の本性を知ればあながち偶然とは言いきれない」


 懐疑的な目で俺を見るリエスにそう言って一息吐く。

 俺とリエスが遭遇したことは運命的ではあるが、負の感情を喰らうために戦や大きな禍を振りまこうとするマリスを追って出会ったと考えれば、必然とも言える。そのことを説明するために、俺は困惑するリエスに問いかける。


「先に言っておくと、俺に貴方やエルフの里を害する気はない。むしろ協力し合えればと思っている。――遡れば二年近く前からの話になるのだが、今度は俺の話を聞いてもらえないか?」


 惑う深緑の瞳を見据えてそう告げれば、リエスは目を閉じてしばし思案する。俺がそうだったように、様々な可能性を浮べては消しながら葛藤しているのだろう。

 考えに耽る彼女を待つこと、数秒か数分か。

 静かに目を開けた彼女が口を開く。


「そなたの話を聞こう」


 そう言ったリエスの声は力強く、その顔には迷いない表情が浮かんでいた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ