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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
201/262

第二百一話

 パニーア商会の面々や傭兵四人組に盗賊団、エルフの少女と出会った翌日。

 少し遅めの朝食を食べ終えた俺は、昨晩の話し合い通りラファールとアルヴィオーネを連れてパニーア商会の店舗へと向かっていた。


「ポリオの説明によると火の門から入って中ほど、右側にあるらしいが……」


 昨日教えてもらった場所を目指して人ごみを縫うように進んで行く。

 中央を通る石畳の床に沿って両脇に食べ物や服に宝飾品、武器や鎧、馬具といった雑多な店が並んでいる市場は、王都の中央にある王城付近から城壁の四隅に向かう形でX状に伸びている。ちなみに東方の角へ続く市場の入り口は風の門、南方への門は火の門、西方へ門は土の門、北への門は水の門と呼ばれており、件のパニーア商会は火の門から続く市場の中間付近にあるそうだ。

 遠くを見通そうと顔を上げても出口の見えない長い市場はどこも多くの人で溢れかえっており、本来ならば甲高く響くだろう己の靴音は人々の騒めきでかき消されてしまう。そんな場所であっても聴力の良い俺の耳はラファールとアルヴィオーネの会話をしっかり拾っていた。


「ね、あそこ見て。あの薄紅色の羽根の鳥人のお店!」

「あら美味しそうね」


 ラファールが示したお菓子屋さんを見てアルヴィオーネも笑みを浮べる。二人が見つけた店ではポップコーンのような菓子とドライフルーツや木の実を混ぜたものを量り売りしているようで、若者達や子供達がどれにしようかと話し合いながら並んでいた。


「並ぶか?」

「え?」

「いいの?」

「まだ時間が早いからな。飲食や武器関連はともかく、土木関係を扱っているパニーア商会は開店してないだろう」


 パッと顔を明るくした二人にそう告げれば、彼女達は嬉しそうに列の最後尾に向かっていく。店の前に置かれたメニューが書かれた看板や並べられた商品を見比べながら和気藹々と選ぶその姿は、同じように並んでいる者達と変わらず、器を得た彼女達が人々との暮らしに馴染みはじめていることを実感させた。


 ――二人とも好奇心旺盛だからな。


 興味深そうに作業場となっている店内を眺めている二人の姿に旅の途中を思い出す。

 エピス学園内では俺の部屋やセルリー様の研究室など限られた場所でしか器に入ることができなかったが、旅に出たことで周囲の目の気にしなくてよくなった二人は積極的に人間として過ごしている。その成果か、フォルトレイスに到着する頃にはおかしな言動で注目されることはほとんどなくなっていた。

 

 まぁ、行く先々で人目は集めるという点は結局変わらないんだけどな……。

 

 器に収まってなお健在なその美貌に女性からは羨望や嫉妬を、年頃の異性から熱視線を受けている彼女達に苦笑しつつ、二人の元へ足を進める。すると声をかける前に気がいた二人が、俺へ嬉しそうな顔を向けた。


「あら、やっと来たのね」

「愛しい、じゃなかった。えっとルイドはどれにする?」


 当然のように二人の間に俺が入るスペースを空けたアルヴィオーネと、偽名を使うことを忘れかけていたのをはにかんで誤魔化しながらぎこちなく俺を呼んだラファール。そんな彼女らの態度にギリッという歯ぎしりと面白がるような少女達の会話がそこかしこから聞こえ、同時に痛いくらいの視線が俺へと突き刺さる。

 どれを頼むのかすでに決めているらしいアルヴィオーネは、周囲の反応を楽しそうに観察している。そんな彼女に呆れた視線を送りつつラファールを見れば、俺の返答を待ちつつもチラチラと二つの商品へ視線を送っていた。

 どうやら彼女は赤い乾燥果実か緑の木の実が混ざっているものにしようか迷っているようだ。


「そうだな。俺はあの緑の木の実にするか」

「本当? なら私はあの赤い乾燥果実が入っているものにするわ!」


 迷っていたの、と言いながら顔を綻ばせたラファールに周辺の者達から感嘆の息が零れると共に、感心する声や殺気交じりの視線が突き刺さる。どうやら人々の関心が集まったことで通りすがりの人間の興味も引いたようで、俺達が並んでいる列も近くの店を冷やかす者達も格段に増えていた。


「ご主人様はどこでも人気者ね」

「好意よりも悪意の方が多そうだけどな」


 クスクス愉快そうに笑うアルヴィオーネにそう答えながら肩を竦めれば、ニィと口端を上げた彼女の顔がこれ見よがしに耳元へ寄せられ、直後に黄色い声が辺りから上がる。


「――宿から着いてきている人達も息を殺して見ているわよ?」


 甲高い声に紛れて囁かれた言葉にそっと辺りを見回すが、これだけの人に囲まれてしまっては宿の外で張っていた追跡者がどこにいるのかわからない。しかし、精霊にしかわからない印をつけたらしく、これだけ多くの気配に囲まれていてもアルヴィオーネとラファールにはわかるらしい。頼もしいかぎりである。


「そうか」

「ええ。追い払ってあげましょうか?」


 アルヴィオーネの申し出に小さく首を振る。これだけ人目があるところで事を起こすのはよくないし、偵察者達には主人に俺とパニーア商会の関係を報告してもらいたい。その際、ラファール達に偵察者達を追ってもらうことで、誰が俺に興味を示しているか知ることもできるしな。


「いや。居てもどうにかなるだろう?」

「まぁね」

「任せて!」


 否定することなく頷いたアルヴィオーネと握り拳を作って応えたラファールに笑みを浮べたその時、店員から声がかかる。


「お次の方どうぞー」

「あ、呼ばれたみたい」

「そうね。早く行きましょう」


 声に反応してパッと顔を上げた二人はそのまま、商品の前で待つ店員の元に行ってしまう。そんな彼女達に苦笑を浮べつつ、俺は数多の視線を背に受けながら歩き出した。


   ***


 ラファールやアルヴィオーネと共に小腹を満たしたあと、半刻ほど歩いたところでパニーア商会に到着した。そして、たまたま店先にいたキオノスの案内によって中に通されポリオと対面、彼らが行なっている商いについて説明を一時間ほど受けて今に至る。


「本日は突然お邪魔してしまい、すみませんでした」


 帰宅を告げた俺達を見送りに来ていたポリオに約束もなく訪問したことを詫びれば、彼は恰幅のいい体を揺らしながら首を横に振った。


「いえいえ! 我々の商売にご興味を持っていただけて光栄です。我が商会で主に取り扱っているのは建築資材になりますが、個人的な用件でしたらいくらでもお聞きしますし、我々で事足りない場合は信頼できる商会を紹介いたしますので、なにかご用命の際はお申し付けください」

「ありがとうございます。なにかあった時は頼りにさせていただきますね」

「ぜひ」

「それでは、俺達はこれで」

「ええ。またいらしてください」


 人懐こい笑みを浮べて自身を売り込むポリオに別れの言葉を告げて、店を出る。そうして、特に会話することもなく歩くこと十数分。すっかりパニーア商会が見えなくなったところで二人に目を向ければ心得たとばかりに頷き、ラファールは盗聴対策を、アルヴィオーネは周囲を探る。


「もう大丈夫よ」

「こっちも問題ないわ」

「ありがとう。で、どうだった?」


 準備完了を告げる二人にお礼を言いつつ、俺達の電撃訪問に対するパニーア商会の動向がどうだったか尋ねる。


「緊張している人は何人かいたけど急いで物を隠したり、慌てて出て行った人はいなかったわ」

「そうか」


 ラファールには店全体の動きを探っていてもらったのだが、特に異常はなかったらしい。俺の目にも怪しい動きをしている者は映らなかった。それどころか、商いの説明にサンプル品を運んできた従業員達は商品について説明する時、皆仕事が好きなのか誇らしげで活き活きしていたように見えた。

 そんなことを考えながらアルヴィオーネに目を向ければ、彼女は首を横に振る。


「私から見ても特に怪しいところはなかったわよ。あと入る前に会ったキオノスっていう子とポリオが着けていた首飾りと腕輪と足環、あと指輪二つは魔道具よ。あとメランとかいう男が身に着けてる魔道具に刻まれている陣を見てくればいいんでしょ?」


 アルヴィオーネには今後の予定を踏まえて経営者達の観察を頼んでいたのだが、俺が思っていたとおり彼らが身に着けていたのは魔道具だったようだ。


「ああ。席を設けるとしたら招待するのはその三人だからな」

「あとでラファールと見に行ってくるわ」

「頼む」


 アルヴィオーネの申し出に頷きながら、俺はパニーア商会について考える。

 突然訪問されても隠す物はなく、従業員達の表情はやりがいに満ちていていい雰囲気の店だった。魔道具を五つ着けられるというのは財力、すなわち経営が上手くいっている証拠だろう。普通ならば過剰防衛だが、戦う術を持たない人間が商売のためにアグリクルトを抜けることを考えれば、必要な装備である。

 また、失礼と思いつつも昨日の荷馬車の中身を尋ねてみたが、快く教えてくれた上に普通の木材と魔獣の素材だった。

 ちなみに、昨日遭遇した盗賊団は最近この界隈によく出現するらしく、姿を見せるのが逃げ場の少ない平原であり、中身を確かめず荷馬車をまるまる奪っていくため有名らしい。それ以上詳しい話は聞けなかったが、守られる側の人間からすればそんなものだろう。盗賊団の詳細に関しては、リヒターさんとユリアに期待するしかない。まぁ、特定の商隊を襲っているわけでないとわかっただけ朗報だった。

 

 あとはユリアの言葉とエルフの少女が気にかかるが……。

 

 盗み聞いた従業員達の会話によると、ポリオの次に誰が会長の席に座るか揉めているようなのでユリアの言葉はその件である可能性が高い。彼らの魔道具の効果が問題なさそうならば、味見させてみることも考えてみようと思う。


 ――となると、一度宿に戻ってからアルヴィオーネ達の返事待ちだな。


 そう、これからの予定に考えを巡らせていたその時だった。

 正面から歩いてきたローブを深く被った人物にすれ違いざまに腕を取られ、思わず足を止める。

 敵意がなかったから反応が遅れてしまったことを悔やみつつ、ローブを被った人物に目を向ける。腕を握っている手や指の細さからいって女性だろう。ローブによって全身が隠されていたこともあり、手を伸ばされたことにまったく気が付かなかった。


「どうしたの? ご主人様」


 足を止めた俺を不思議そうな表情で振り返ったアルヴィオーネは白く細い手に掴まれた腕を見て愉しそうに目を輝かせる。一方のラファールは首を傾げながらローブの女性をじっと見つめているかと思いきや、ハッと目を見開いた。


「貴方、もしかして……?」

「なに? 知り合いなの?」


 ラファールの反応にアルヴィオーネが目を瞬かせる。そんな彼女達に小さくも丁寧な動きで頭を下げたローブの女性は、次いで俺にだけ見えるように空いている手で頭のローブを持ち上げた。

 そうして見えたのは、覚えある白金の髪と深緑の瞳。


「!」

「騒がないで。敵意はない」


 幼さが残る顔立ちでありながら言葉を紡ぐ声は落ち着いる。間違いない。昨日出会った、エルフの少女だ。


 ――何故彼女が俺に?


 てっきり【転移】で逃げたあと身を隠したと思っていたのに、まさかこうも堂々と声をかけてくるとは。あの時に跡をつけられていたのか、パニーア商会を監視していたのか、それともなにか目的があるのか、様々な考えが浮かんでは消えていく。

 そんな俺の困惑に気が付いたのか、彼女は困ったように笑いながらそっと腕を離した。


「そんなに警戒しないでくれ、精霊様方の寵愛を受けし者よ。少し、聞いてもらいたい話があるだけなのだ。そなたを害することはない」


 手を伸ばせば届く距離に留まりそう告げた彼女は姿勢を正すと、害意のないことを証明するかのように両方の掌を差し出して静かに俺の返事を待った。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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