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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
197/262

第百九十七話

11/3日に少し内容を書き直させていただきました。

 平原へ出た俺の目にまず映ったのは、回り込まれて足を止めた商隊と連なる四台の荷馬車を取り囲む盗賊らしき獣人達だった。目標まで距離がある所為か、それとも互いに目の前の獲物に集中しているからか、あちらは俺達の存在にまだ気が付いていない。

 しかしこれだけ近づけば、俺の目と耳には十分。己の高い身体能力に感謝しつつ、詳しい状況を把握するために俺は馬上から商隊と盗賊団へ目を走らせる。


「皆さんは中でじっとしていてください!」

「隊長! 俺達はこのまま馬車を守ります!」

 

 商隊に雇われた護衛四人の内、魔術師らしき女と弓使いの男が商人達を馬車に詰め込みながらそう叫べば、隊長と呼ばれた長剣を佩いている男と二本の曲刀を背負っていた青年がそれぞれの武器を抜いた。


「全員獣人ってことは、こいつらが最近噂の盗賊団か」

「だと思います。どうします?」

「噂が本当なら、積み荷は諦めた方がいいだろうな」

「やっぱり……。あー、もう! 折角今晩は美味いもんが食えると思ったのに!」

 

 依頼主が乗る馬車を守るように立つ隊長と青年の会話は、盗賊達と対峙しているにしてはのんきなものだった。しかし二人に隙はなく、不平不満を述べている青年は勿論、長剣の切っ先を地面へ向けて気怠そうに立っている隊長の目はしっかりと盗賊達の動きを追い、警戒している。


 ――二人とも手練れだな。


 これならば簡単に命奪われるということはないだろう、と安堵の息を吐きながら俺は荷馬車の最後尾へと向かう。

 一瞬だったが、見たところ四人とも護衛という職に慣れているようだった。俺達が森の中で察知してからここへ辿り着くまでの間に、商人や御者達を一か所に集めて守りやすくしていたし、共に馬車へ乗り込んだ弓使いと魔法使いは依頼人達の護衛のみに従事する気らしく、動く気配がまったくない。あれならば、隊長と青年は商人達を気にすることなく、盗賊の討伐に専念できるだろう。

 互いの役割分担がはっきりしているし、無人となった荷馬車に馬が付いたままになっているところから察するに、目標順位もはっきりと決められているのがわかる。良いチームだ。

 最悪の場合、荷馬車ごと与え人命を優先すると決めているが、易々と商品をくれてやる気もない。そんな護衛達の気概が感じられる光景に盗賊団の頭も俺と同じ結論に至ったらしく、部下達へ指示を飛ばす。


「時間を稼ぐ。三……いや、五人ついてこい。お前は俺と長剣の男、残り四人でもう一人だ。恐らく相手は本職の護衛、気を抜くと殺されるから全力でかかれ」

「「「「「了解!」」」」」

「あとは荷馬車を奪い、盗ったらそのまま離脱。先頭の馬車の中に弓使いと魔術師がいることを忘れるなよ」

「「「「はい!」」」」 


 犬か狼か定かではないが、黒い毛並みの獣耳をピンと立てた頭の命に従い、盗賊団が二手に分かれ行動を始めた。

 頭が率いる集団は隊長と青年へ向かい、荷馬車を奪いに行った四人の内一人は、馬車の中にいる護衛二人からの攻撃を警戒している。


 ――こちらもプロだな。


 素早く的確に戦力を分配した頭と、その指示を即座に行動へ移した盗賊団の面々にチッと舌打ちが零れた。

 正確に敵の力量が測れるということは、頭の実力が確かなのはもちろん、それだけ場数を踏んでいるという証。それに、彼らは上下関係がはっきりしている。指揮系統が明確な集団には多かれ少なかれ行動規範が存在するので、おそらく不測の事態が起きた場合の対応も決められているのだろう。


 頭は『時間を稼ぐ』と宣言していたからな……。


 不利と感じたらすぐに逃げるに違いない。となると、人命優先である以上、盗賊を捕らえるのは難しいだろう。

 俺が商人達の方に行くべきだったかと後悔しつつ、商隊の目的地であるフォルトレイスとは違う方向に走り始めた三台のうち、最後尾を走っていた荷馬車の横に並ぶ。


「――は?」


 そして、ネコ科の獣人が横に並んだ俺に気が付いて目を丸くしたのを視界の端で見ながら、荷馬車と盗賊が御している馬二匹を斬り離した。

 荷が斬り離されたことで身軽になった馬達が盗賊を乗せたまま速度を上げて走り、動力を失った荷馬車が平原の真ん中で動きを止める光景を横目に俺はブランを駆る。

 奪われた荷馬車は残り二台。追手に気が付いて左右に別れた荷馬車の行き先を見据え、比較的道が安定している方を先に片づけることにした俺は、その旨をブランに告げた。


「ブラン、左だ」

『お任せください!』


 加速していくのを肌で感じながら、近づく荷馬車を見据える。


 ――すべて返してもらうぞ。


 そう胸中で呟きつつブランを走らせていると、不意に殺気のようなものを感じて反射的に振り返る。すると、闘牛を思い起こさせる立派な角を生やした獣人が三叉槍を片手に迫ってきていた。

 積み荷の奪還に気を取られ過ぎて周囲の警戒がおろそかになっていたことに舌打ちを零す暇もなく距離は縮まっていき、みるみるうちに大きくなった牛の獣人の怒声が耳を打つ。


「邪魔はさせねぇ!」


 護衛からの追撃を警戒していた獣人だなと判断しつつ迎撃の姿勢に入り、三又の穂先を縫う様に長剣で受け止める。


 ――駆けているブランに余裕で並走するなんて反則だろ!


 瞬く間に追いついた牛の獣人の身体能力の高さに驚愕する胸中を隠しつつ、ザッと身体へ視線を走らせて他の武器を所持していないことを確認した俺は、穂先に絡めていた剣を引き抜く。


「【土壁】」


 槍を土に呑み込ませながら獣人との間に壁を作って道を隔てれば、止まりきれなかった獣人が壁にぶつかる鈍い音が響く。その音を背で聞きながら二台目の荷馬車へ並び馬を斬り離せば、茶色い翼を背に持つ獣人に悪態をつかれた。


「人間風情が調子に乗るなよ!」


 そうは吐き捨てたあと、大きな翼をはためかせた獣人は馬の背から飛び上がり、土壁の方へ向かう。


 ――己の矜持より、仲間を優先か。


 気絶しているのかピクリとも動かない牛の獣人を重そうに抱え、ヨロヨロと空へ上がる姿を横目に俺は、彼らが身内を大事にするタイプであることを記憶に刻む。次いで、牛の獣人以外が無抵抗であり、逃げることにためらいがなさ過ぎることに疑問を抱いた。

 身内を大事にしているからだと言ってしまえばそれまでだが、それにしても引き際がよすぎる。鳥の獣人など飛んで逃げられるのならば、小さめの積み荷を一つ二つ懐に入れてもよさそうなのに、動きを止めた荷馬車には目もくれなかった。盗賊ならば、もう少し獲物に対する執着があるものなのではないだろうか。 

 そんなことを考えながら、最後の荷馬車に向かってブランを走らせようとしたその時だった。ふと頭の言葉が脳裏を過り、俺は慌てて辺りを見渡す。

 後方で護衛やリヒターさん達と戦っている盗賊団六名。

 荷は諦めたのか馬に乗って前方を駆ける盗賊一人と空へ逃げる盗賊が二人。

 そして、いまだ荷馬車付きの馬を走らせ逃げている盗賊一人。


 ――足りない。


 目に映る光景と森の中で感じていた気配の数との矛盾に気が付き、俺は舌打ちする。

 【気配察知】を使っていた時、商隊を追かけている気配は確かに十一人分あった。見逃したもう一人はどこだ!? と焦りつつ、スキルを使い周囲を調べ直す。

 そして目に映らないもう一人の居場所を感じ取った瞬間、俺は慌ててブランの手綱を引いた。


「戻るぞ、ブラン!」

『へ? でも、もう一台は――』

「見逃していた一人が商人達の乗る馬車へ迫っている!」

『! 了解です!』


 俺の言葉に息を呑んだブランは次いで表情を引き締めると、軽やかな足捌きで真後ろへと方向転換し、走り出す。勢いよく地を蹴るブランが走りやすいよう【人馬一体】を使いつつ身を任せ、行く先の地面を平らに作り替えていると、眼を瞬かせながら空を飛ぶ鳥の獣人と目が合った。

 鳥の獣人の顔には気が付かれた驚愕や悔しさでなく、なにが起こったのかわからないといった心底不思議そうな表情が浮かんでいる。


 ――まさか、見逃していた気配は盗賊団と無関係なのか?


 慌てて引き返す俺と目を瞬かせてそれを見送る鳥の獣人との食い違いに、そんな疑問が脳裏を過る。

 鳥の獣人は下っ端で、もう一人の存在を知らされていなかった可能性も考えられる。しかし、本当に盗賊なのか疑念を抱くほど、獲物の確保よりも個々の命を優先させる作戦を立てている者達がそんな不誠実な、悪く言えば使い捨て候補と言わんばかりの扱いを仲間にするとは思えなかった。

 となると盗賊団は十人であり、己達とは別にもう一人、商隊を追っていた者がいることには気が付いていないという可能性も考えられる。商隊と盗賊団と俺達以外にもう一つ、別の目的を持っている者がこの場にいるのならば、とんでもないことだ。それすなわち、あの商隊にはそれだけのものが隠されている、ということになる。


『着きますよ、ドイル様!』


 ただの商隊ではなかったのかという困惑すると同時に、これならばもしや王城への伝手になるかもという期待感も増す。そんな中、耳を打ったブランの声でハッと我に返った俺は思考を中断して、現状へ意識を集中させた。


「三台ともやられたのか?」

「いや、まだ一台走ってる!」

「なら時間を稼げ」


 嘶きが響いてから一拍遅れて、戦っていた盗賊団の間に動揺が走り、護衛達やリヒターさん達の顔に驚きが浮かぶ。


「あの馬、滅茶苦茶速いっすね」

「なんかお仲間さんが血相変えて戻ってきてるが、大丈夫か?」

「――ドっ!?」

「どうしたんです、若君!」


 隊長の問いかけをきっかけにこちらを見たことで、驚いたユリアが俺の名を口にしかかったものの、リヒターさんがなんとか誤魔化した。

 そんな彼らの疑問に答えるべく、また俺は全員の反応を見るために大声で叫ぶ。


「十一人目の襲撃者がいる!」


 俺のその言葉に護衛達やリヒターさん達はおろか盗賊団の面々も目を見張り、動きを一瞬止めた。


 ――全員、無関係か。


 盗賊団と護衛達の態度からそう判断した俺は、彼らの頭上を飛び越すためにブランへ命じる。


「飛べ!」

『はい!』


 ブランの跳躍に合わせて風魔法の【浮遊】を使って手助けする。俺達がそうして商人達が乗り込んでいる荷馬車の側まで十数メートルはある距離を飛び越えている最中、ハッと我に返った盗賊団の頭と隊長と呼ばれていた護衛が声を上げた。


「撤退! 散れ!」

「アルク、シェニー! 商人達を守れ!」


 頭の声を合図に盗賊達は四方八方に走り去り、隊長の言葉を聞いた魔術師が馬車へ結界を張り、弓使いが矢をつがえ警戒する様を横目にブランを着地させた俺は、馬上から飛び降り走る。そして気配察知で見つけた気配へ【初撃の一閃】を発動させながら、剣を振り下ろした。


「っ!」


 何かを斬った感触が掌を伝い、声を押し殺した息遣いが耳を掠める。気配と息遣いを頼りにもう一度剣を振り抜けば、地を蹴る音と共に白金の髪が舞う姿がようやく目に映った。

 時同じくして、飛び退いた拍子に外套のフードが取れたのをきっかけに姿を現した犯人を見て、俺は魔道具の存在を確信する。

 盗賊団の襲撃に紛れて荷馬車に忍び寄ろうとしていた十一人目の追手は、二十代になっているかどうかといった年頃の少女だった。まっすぐ伸びた白金の髪は胸元辺りで切り揃えられており、深緑の瞳が森を連想させる。

 しかしその声は、若い見た目からは想像できないほど落ち着いたものだった。


「まさか、精霊様の加護を受けた外套を傷つける人間がいるとは思わなかったな」


 血の滲む腕が覗く袖を見て驚く彼女の顔を見るかぎり、あの外套には姿を隠す以外の効果もあるようだと考察する。


 しかも魔道具でなくて精霊の加護とは……。


 彼女への警戒を深めると同時に、厄介なことになったと胸中で唸る。

 たまたま精霊の加護を受けた外套を、彼女がどこかで入手したという可能性もある。しかし、精霊の加護を受ける人物がこの商隊を追っており、対峙している彼女がその協力者となれば、俺はこの一件で精霊の加護を受けし者と敵対することになるかもしれない。そうなると俺もただではすまず、利よりも不利益なことが多い。

 とはいっても、こうして首を突っ込んでしまった以上もう後戻りはできないのだが。


「――先ほどの盗賊達とは別口のようだが、何者だ? この商隊にどんな用がある?」


 この件は深入りして大丈夫なのかという不安が過る中、少しでも状況を把握したくて、複雑そうな目を俺へと向ける彼女へ問いかけた。

 しかし彼女は言葉を濁すと、再びフードを被ってしまう。


「精霊様の加護を傷つけし者は脅威であり、希望でもある。しかし、偶然通りがかっただけの人間に私の使命を語るわけにはいかない」


 フードが頭を覆うと同時に彼女の姿が消えるが、気配はある。ただちに動けば、俺は彼女を捕まえられるだろう。

 しかしフードを被る直前に垣間見た彼女の尖った耳に、俺は踏みだすのを止めた。


「【転移】」


 その言葉と共に彼女の気配も消える。しかし露わになった耳を見たことで察してしまった彼女の種族が、深く記憶に残った。


「アルク、シェニー。雇い主達は無事か?」

「ええ。無事ですよ」

「中は問題ありませんが、盗賊は?」

「全員逃げた。でも荷馬車は二台無事みたいっす」

「ほ、本当かい?」

「それは助かる! すぐに回収に――」


 背にした荷馬車の中で護衛達や商人達がそんな会話を交わす中、見知った気配が近づいてくるのを感じて顔を上げればリヒターさんと目が合う。


「――逃がしたようですが、どうなさいましたか?」


 故意に、という単語は音に出さず尋ねてきたリヒターさんに、音にせず「エルフだった」と告げる。そしてこれ以上はここでは話せないと首を振れば、その表情が僅かに強張った。  

 難しい表情のまま少し迷うそぶりを見せたリヒターさんは、逡巡ののち荷馬車へ背を向けて先程の俺と同じように声に出すことなく言葉を紡ぐ。


『彼らの剣筋には共通点がありました。恐らく、兵としてどこかの国で訓練を受けたことがある者達です』


 その言葉に苦々しい思いで頷けば、リヒターさんは護衛達や商人達に不審に思われないよう再び馬車へと体を向けて待機の姿勢を取った。そんな彼の隣に馬を連れたユリアが並ぶのを横目に眺めつつ、俺はまだ見ぬ商人達へと想いを馳せる。

 兵として訓練されたことのある盗賊団と精霊の加護を受けた外套を纏うエルフが襲おうとした商隊。この出会いが吉と出るか凶と出るか微妙ところだな、と心の中で唸りながら、俺は荷馬車から商人達が出てくる時を待ったのだった。


ここまでお読みくださり、ありがとうござました。

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