第百九十六話
11/3日に少し内容を書き直させていただきました。
買い取り所の責任者であるレヴィから警告を受け取った翌日。俺とリヒターさんとユリアは、フォルトレイスの城壁の外に広がる平原からさらに遠くへと来ていた。
「ドイル様」
森と呼ぶには密度が足りない木々の群生地の中を進む中、リヒターさんが指さした方角を見れば小型のフープスネークを追いかけながらゴールデンフォックスがこちらへ向かってきていた。
尾を咥え車輪のような姿で体当たりしてくるフープスネークや、金色の毛皮が美しいゴールデンフォックスはどちらも皮に高値が付く。そのため、いかに傷つけずに仕留めることができるか狩る側の技量が問われるので、目立ちたい俺とはしてはありがたい獲物だ。
無言で剣を抜けば、ユリアがうんざりしたような声でぼやく。
「狩るんですか?」
「勿論。フープスネークは任せた」
嫌そうなユリアに答えながら、俺というよりもブランに体当たりしようしていたフープスネークを【土壁】で阻みつつ、馬上から飛び降りる。そうして、獲物を奪われたお返しとばかりに俺へ飛びかかってきたゴールデンフォックスの首元を両手剣で突き刺し、一撃で仕留めた。
ゴールデンフォックスを持って二人の元へ戻れば、リヒターさんがフープスネークを仕留め終えていたので、俺は剣を仕舞い素材の回収へ移る。とはいえ、ゴールデンフォックスは毛皮も肉も売れるので、血抜きして丸ごと亜空間に入れたら終わりだ。
「【陥穽】」
かつてシオンが使っていたスキルで地に穴を開けて土の中へ魔獣の血を落としていると、その側でリヒターさんがフープスネークの皮を剥ぎはじめる。
亜空間に仕舞えば時間が経たず素材が痛まないのでここで処理する必要はないのだが、毎日大量の素材が持ち込まれる買い取り所では売れる部位だけ持ち込むのが暗黙の了解となっている。結局、帰ったら処理することになるので狩る時に持ち帰る部分だけを剥ぎってしまった方が不要部分を埋めていける分、効率がいい。
そんなこんなで【気配察知】を使って周囲を警戒しつつ、リヒターさんと共に魔獣の処理をすること数分。手持無沙汰なユリアが不意に口を開いた。
「……国の上層部に目をつけられるようなことをして、本当に大丈夫ですか?」
「恐らくな」
聞こえてきた声にそう応えつつ顔を上げれば、不安を滲ませた彼女と目が合う。
「『恐らく』って何を根拠に? ご存知でしょうが、一歩間違えば大変なことになりますよ」
「仕方ないだろう? まさか黒蛇がフォルトレイス王家ご用達の傭兵団になっているとは、思いもよらなかったのだから」
「仕方ないって……」
そう言って心配と僅かな憤りを見せるユリアを安心させるべく、己の考えを口にする。
「綱渡りなのはたしかだが、分の悪い賭けではない。昨日レヴィから忠告を受けた時、銀髪と紫眼は目立つと言われたと伝えただろう?」
俺の言葉にそれがどうしたと言いたげな表情を浮かべたユリアに、顔を上げたリヒターさんが悪戯な笑みを見せる。
「珍しい銀髪と紫の瞳の組み合わせを持つ者といえば、【雷槍の勇者】と結婚してマジェスタへ移り住んだ【聖女】セレナが有名ですよね」
俺の言葉を受け継ぐ形で会話に加わったリヒターさんに頷き、説明を続けた。
「雷槍の勇者が魔王を討ったのは隣のアグリクルトだが、仲間の中にはフォルトレイスの傭兵もいたそうだ。故に、この地でも父上と母上は有名だ。【偽装】を使って聖女と同じ色を纏う者が居たら高確率で噂となり、王族へも話が届くだろう。そして、現在フォルトレイスの王族に名を連ねるのは国王夫婦と三人の王女に王太子殿下、それから王弟のスムバ殿だ」
「国王の姉妹はすでに嫁がれていますし、現王室は長年男児に恵まれず、待望の王太子殿下が生まれたのは七年前です。となると、まず報告がいくのはスムバ様でしょう」
「ああ。頼りになる王弟がいるのに王女様方や幼い王太子殿下に話がいく可能性は低い。噂程度は耳に入っているだろうが、新顔が荒稼ぎしているというだけで国王が動くわけがない。王族の誰かが動くとしたら、スムバ様だろう。そして彼とは昨年の夏に対面している。俺の正体に気が付くはずだ」
「ドイル様が使っている偽名も『ルイド』とあからさまですしね」
そう言って笑い合う俺とリヒターさんとは異なり、浮かない顔をしたユリアは眉を寄せながら呟く。
「でも、気が付いた上で放置、または問題を起こすのを待つという可能性もあります。そもそも、王族の耳に入れないという選択だってあるのですから」
「その点は確かに問題視すべきだが、レヴィは『迅速な解決を求め王家が動く場合も少なくありません』と言って脅してきたから、恐らく後者の賭けには勝っている。前者に関しては、スムバ様の人柄や国の意向次第になるが……おそらく問題ないだろう。彼らはマジェスタとの争いを望んではいないからな」
ユリアにそう告げながら思い出すのは、婚約式を終えたあとのこと。
あの時、クレアと共に見送りに立ち会った俺へ、スムバ殿は含みある笑みと共に『マジェスタには優秀な兵が揃っているようで羨ましいかぎりだ』と告げた。しかしそれ以上の追及はなく、その後も情報が漏れた気配はなかった。感づいていながら暴こうとしなかったのは、フォルトレイスがマジェスタとの争いを望んでいない証だ。
それにスムバ殿は無益な争いを好むような人には見えなかった。彼は戦士としても王侯貴族としても経験豊かな方だから、注意すべき存在ではある。しかし、フォルトレイスが穏便にという意向を持っているのならば、そういう意味での警戒は必要ないだろう。
となれば、スムバ殿が取るだろう行動は、俺がここに何をしに来たかという情報収集だ。その際に彼と穏便な形で接触できれば、黒蛇との面通しを交渉する機会も生まれるだろう。
スムバ殿と対面する前に、なにか交渉材料を手に入れておきたいところだが……。
そう都合よくフォルトレイスの弱みになるものが見つかるわけがない。開発中の遠距離通信が可能な魔道具などを提示することも、検討しなければならないだろう。
……本当に嫌な手を打ってくれる。
俺がせっせと魔獣を狩らねばならなくなった元凶へ胸中で悪態をつきつつ、血抜きの終わったゴールデンフォックスを亜空間に仕舞う。丁度その時、リヒターさんもフープスネークの解体が終ったらしく皮と牙を渡されたので、こちらも亜空間に入れておく。そしてゴールデンフォックスの血とフープスネークの素材にならない部分が入った穴を土魔法で埋めたら、お終いだ。
「とりあえず、黒蛇が俺に反目しているのか、他の理由で非協力的なのかは確かめなければならない。古の蛇の協力を諦めるにしたって、彼らは一度ゼノスに利用されているからな。その落とし前をつけずに放置するとは考えにくい」
ユリアにそう告げれば、真剣な表情を浮かべたリヒターさんが俺の意見に同意する。
「邪魔してくる可能性があるのなら、それも視野に入れて行動しなければいけませんからね」
硬い声色で告げたリヒターさんの言葉に頷きながらブランに跨った俺は、重くなった場の空気を払拭するべくわざとらしいほど明るい声で告げた。
「できれば今日、明日で王族を引っ張り出したいからな。もっと大物を狩りに行かないと」
二人に笑みを向けながらそう口にすれば、ユリアはしぶしぶ、リヒターさんは軽快な動作で己の馬に騎乗して体勢を整える。そうして自身や馬に不備がないことを確認した二人は、それぞれ声を上げた。
「……準備できました」
「こちらも問題ありません」
そんな二人に頷きながらブランへ声をかけて手綱を持ち直せば、元気のいい嘶きが木々の中で木霊する。
『お任せくださいませドイル様! この程度の道など障害のない平野と同じ。このブランが、目的地までいち早く――!』
「ああ。任せるよ」
やる気に満ちたブランを宥めつつ顔を上げれば、楽し気な笑みを浮べたリヒターさんと目が合う。
ユリアと違い、リヒターさんは魔獣狩りで生活費を得ながら旅をするという冒険者のようなこの生活が嫌いではないらしい。なんでも、仲間達と共に深淵の森の浅瀬や周辺を駆けずり回った新人時代を思い出して懐かしいのだそうだ。
達観や驚きが入り混じったなんともいえない表情を浮べ、『満身創痍の中、大量の魔獣を前に『折角騎士になれたのになぜこんなことを』と同期の者達と愚痴を言いながら素材の剥ぎ取りをしていましたが……いつどんな知識がどのような形で役立つかわからないものですね』と告げられた時はどう反応すべきか迷ったのだが、率先して魔獣の目撃情報を集めたり、剥ぎ取りを手伝ってくれるので大変助かっている。
「ドイル様。噂通りなら、もう少し奥に行くとペリュトンの群れがいるはずですよ」
どこか期待の滲む目を向けてくるリヒターさんに、旅の道中での一幕を思い出していると、聞き捨てならない情報が告げられる。
ペリュトンとは鳥の胴体と翼、牡鹿の頭と足を持った魔獣だ。肉はあっさりとした赤身で美味しく、羽は羽ペンや装飾品、皮は外套などに使われ、立派な角は槍や矢尻の素材として人気がある。しかし、草食ながら人間を見ると群れで襲ってくる性質をもっており、討伐時の危険性が高い。そのため需要に供給が追いつかず、どの部位も高級品だ。
「探しましょう」
「はい」
「ペリュトンの群れって簡単に狩れるものでは……いえ、なんでもないです。探すんですね。ええ、もちろん。ドイル様がそうおっしゃるのなら、一生懸命探しますとも!」
俺の言葉に軽快な返事をしたリヒターさんと異なり、ユリアはやけくそ気味に叫ぶ。一般的な人間よりは高い戦闘能力を持っていても、彼女は戦いを好まないらしい。戦士科に所属している女性達は魔獣を見ればとりあえず狩るくらいには活発だったので、新鮮な反応だ。
「今のところ、これしか方法はないからな。さぁ、出発だ」
盗み見たユリアのしかめっ面に小さな笑みを零しつつ、俺は再び木々の中を歩き始めた。
***
――数時間後。
無事ペリュトンの群れを発見し狩りつくした俺達は、丁寧に血抜きして亜空間に仕舞い、現在は帰路についている最中だった。
「大量でしたね。ドイル様」
「ええ」
人目を集めるには十分な収穫量に笑みを浮かべつつ、木々の間を進む。ユリアはそんな俺達に信じられないものを見る目で見ていた。
「二人とも容赦なさすぎるわ……」
格好の獲物となってしまったペリュトンへ同情したのか、呆れたように呟いた彼女に俺とリヒターさんが顔を見合わせて苦笑した、まさにその時だった。
――! ――――!
木々が連なる外から、誰かの怒声らしき音が俺達の耳を打つ。
「な、なに?」
突如聞こえてきた喧騒に馬上でだれていたユリアが音のする方向へ目を向けるのを横目に耳を澄ませば、物騒な言葉と共に戦闘音が聞こえた。
――盗賊――――逃げろ――! 王都に――!
切れ切れな叫びの中で確かに聞こえた「盗賊」という単語にスッと目を細めた俺は、耳をピクピクと震わせ音を拾っているブランへ問う。
「追えるか?」
『お任せを!』
「頼むぞ、ブラン。走れ!」
頼もしい返事に手綱を握り直せば、ブランは勇ましく嘶き駆け出す。
そんなブランに身を任せながら俺は振り向き、二人へ外の状況を告げた。
「盗賊に襲われている者がいるから助けに行く! はぐれず着いてこい!」
「はっ!」
「盗賊!?」
異変を感じた時点で準備をしていたリヒターさんは俺のすぐ後ろを、それから少し遅れてユリアが付いてくるのを確認した俺は、ブランが走りやすいように体勢を整える。
木々の間をすり抜け疾走するブランに道案内を任せ、【気配察知】で周辺に潜んでいる者がいないか警戒しながら進むこと数分。あっという間に木の群生地の終わりが目視できるところまで来たかと思えば、それから数秒後には、商隊らしき集団とそれを追う十一名の気配が、俺の気配察知に引っかかる。
商隊を囲い込みながら並走する十一名の気配はすべて単騎。それはつまり、彼らは馬に乗らずに商隊を襲っているということである。
――馬なしでこの速度だと獣人か。
気配の動向からそう判断した俺は、厄介な状況に舌打ちしつつ叫ぶ。
「商隊らしき集団を囲みながら並走している者が十一名! 恐らく全員、獣人だ!」
言い終えると時同じくして、商隊が完全に盗賊たち囲まれ、足を止める。
しかし、こちらも木々の終わりは目前だった。
「商隊が捉まった! このままいけば集団の真横に出る。リヒターさんとユリアは商隊の保護を優先!」
「承知しました!」「了解よ!」
二人の声を聞きながら剣を抜き、来る衝撃に備え手綱を握る手へ力を籠める。
「――行くぞ!」
そして俺達は、商隊と盗賊がいる平原へと飛び出した。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。




