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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
171/262

第百七十一話

 ルツェ達から七不思議について教えられた、翌日の放課後。

 俺は約束通りグレイ様と共にセルリー様の研究室を訪れていた。もちろん、バラドやジンも一緒だ。

 現在部屋の中にいるのは俺達四人とセルリー様、それから器に入っているフィアとユリアの七名。給仕係を強く希望したユリア以外は席についており、それぞれの前には香り立つ紅茶と茶菓子が置かれている。

 様子を見に来たといった俺達に対し、緊張しているのかそれとも警戒しているのか、ユリアは壁に張り付いて身を固くしていた。

 そんな彼女の態度を横目に観察しながら、グレイ様がおもむろに口を開く。


「それで、七不思議とやらは、実際のところどうだったんだ?」

「魔法科の『消える扉』、展示室の『動く人形』、ため池の『踊る水』に関しては、昼休みに検証しに行ったのですが、思った通りでしたよ」

 

 予想と違わぬ結果を思い出しながら答えれば、苦笑しているバラドと目が合う。

 午前と午後の授業の合間にある昼休み。手早く昼食を済ませた俺やバラドはルツェ達と一緒に、まず『消える扉』を確かめた。これに関しては、実際に仕掛けを作動させ扉を出現させただけである。

 とはいえ、魔法科に所属しているルツェやソルシエには衝撃だったらしく、「これほど大掛かりな魔法扉の存在に、誰も気が付かなかったなんて……」とセルリー様の技量に改めて驚愕している姿が印象的だった。

 次いで向かったのは、展示室。魔法科から移動する途中でたまたま出会ったラファールに『動く人形』の真偽を尋ねたところ、彼女は素直に認めた。

 今後は人目に気を付けるよう注意したものの、折角七不思議を調べているというのにそれで終わってしまうのは寂しい。ということで『動く人形』を実演してくれないか頼んでみたところ、彼女は快諾。そうして見せてもらった人形劇は、大変素晴らしいものであった。

 ラファールの魔法によって、命を宿したかのように飛び跳ねる兎や走る熊のぬいぐるみに、たなびく髪の動きまで再現された人形達が踊る姿は、舞踏会さながらの迫力。

 風魔法を突き詰めるとここまでのことができるのかと、感動させてもらった次第である。

 そして精霊が扱う魔法の感動冷めやらぬまま、俺達はアルヴィオーネの元へ足を進めたわけだが……彼女はなんというか確信犯だった。

 ため池のほとりで寛ぐ彼女にラファール同様、真相を問えば「ため池にごみを捨てようとした不届き者を、脅かしてやっただけよ」との返答。当然、自身が噂になっていることも承知しており、そんな彼女に俺は「……ほどほどにな」としか言えなかった。

 とはいえ、ルツェ達のために水魔法を見せてくれたりと、優しい部分もある。

 素直だが人の常識に疎いラファールと違い彼女は気まぐれだが、己の行動が人目にどう映るのか熟知しているので、大事には至らないだろう。


 本当、精霊は個性的だよな……。


 学園でも自由気ままに過ごしているラファールやアルヴィオーネの姿を思い浮べつつ、セルリー様の膝の上でお茶菓子をほおばるフィアへと目を向ける。彼女は、頭をなでるセルリー様の手に猫のように目を細めていた。

 その様は祖父と戯れる孫のようで微笑ましい。

 しかし、かたや四英傑と称えられたマジェスタ一の魔術師、かたや火の精霊。

 和んだ次の瞬間には祖父と孫役の中身を思い出し、微妙な気分になった。それはどうやらグレイ様も同じだったようで、わざとらしい咳払いで話を再開する。


「……それで、ほかの四つも確かめたのか?」

「『菓子泥棒』に関しては、フィアの話を聞いてからと思っていたので、まだ検証していません。『すすり泣く木』と『青い人魂』は夜に目撃されているようなので、見回りがダス先生かサウラ先生の時に確かめに行く予定です」

「そうだな。あのお二人なら、見咎められてもなんとかなるだろう。それで『もう一人の図書館司書』については調べないのか? なにが原因であれ、強固に守られた学園内、それも先生方や精霊達がいる以上、放っておいても問題はないだろうが……」

「一番情報が少ないので保留中です。『もう一人の図書館司書』は噂が錯綜していて、どういった条件で現れるかも不明なんですよ。なので、本を返すついでに司書殿から話を聞こうと思っています」


 俺の答えにそうかと頷いたグレイ様は、不意にユリアへと目を向ける。その視線に気が付いた彼女は一瞬表情を強張らせると、次いでぎこちない笑顔を浮かべた。

 明らかに警戒している彼女の態度に、グレイ様は次いで俺へと目配せをする。


 今は、まだ無理か……。


 現状の信頼関係では、ユリアが秘匿している情報を聞き出すのは無理だ、というグレイ様に内心でため息を吐く。

 現状、彼女の一族について調べてはいるものの、芳しくはない。ユリア本人から聞ければ一番いいのだが、俺よりもこういった駆け引きに長けた王太子殿下の判断は、時期尚早である。

 様子見ついでに情報を得られればと思ったが、そう上手くは行かないようだ。

 幼い容姿が警戒心を薄れさせるのか、フィアには若干心を開いているようだが、セルリー様や俺、ラファールやアルヴィオーネに対して、ユリアの反応は固い。

 今日だって、お茶の席に誘っても頑なに拒まれてしまった。情報を聞き出す以前に、世間話することさえ難しい。


 ――俺達はまず、ユリアについて知らなくてはならない。


 彼女がなにを好み、嫌い、どんな想いを抱え生きてきたのか。なぜ口を噤むのかを問うのは、それからだ。

 彼女が同族と呼ぶ者達に迷惑が及ぶことを危惧していることは、城での尋問の時点でわかっている。ゼノスを連れ去ったマリスという男や、己の生い立ちや自身がマジェスタ城で取った行動については饒舌だったのに、一族に関してや村の場所については言葉を選んでいるようだった。

 ユリアが逃げたとなれば、マジェスタは総力を上げて追うだろう。そうなっては、もしかしたら彼女よりも先に、同族達が見つかるかもしれない。

 それを、彼女は危惧している。

 

 裏を返せば、集落が人間に見つかるとまずい理由がある、ともとれるが……。


 ユリアは魔王の末裔とは名ばかりで肉体は人と変わらず、一族の者達は穏やかに暮らしていること、自分とマリスの行動は皆とまったく関係ないのだと、ことさら強調していた。

 その姿に悪意や謀の気配はなく、純粋に一族の今後を案じているようだった。だからこそ、彼女は牢に繋がれることなく、ここでこうしている。

 ユリアが少しでも抵抗や策謀の香りをさせていたのならば、父上達は強硬手段を用いてとっくに連れ戻しているし、セルリー様やお爺様とて俺に協力などしなかっただろう。

 こんな学園からは逃げだしたいくせに、その素振りさえ見せないのは、彼女にとって守りたいものがあるからだ。

 そう気が付いてしまえば、力づくで聞き出すのは憚られた。


 真実に辿りつくのが先か、彼女の信頼を得るのが先か、それとも時間切れが先か……。

 

 待ち切れなくなった城から迎えが来る前に、隠された秘密を知りたい。

 彼女の口から直接聞くのが最善だが、マリスがゼノスを連れて逃げて早一か月。悠長なことは言っていられない。ユリアの信頼を得られないことも考え、魔王について文献を漁るのは当然だが、ヘンドラ商会やシオン達から有力な情報が得られることを祈るばかりだ。

 そんなことを考えながら、俺はユリアへと目を向ける。

 途端、彼女の目に緊張が走った。グレイ様と俺が続けて視線を寄こしたことで、なにを聞かれるのかとドキドキしているらしい。

 こちらを警戒している彼女に微笑んで、俺はフィアへ向き直る。


「なぁ、フィア。この間、捕まえていた毛玉いただろう?」

 

 何も聞かず話題を移した俺に驚きつつも、ユリアは小さく安堵の息を吐く。肩の力を抜いた彼女を眺めたあとグレイ様を見れば、それでいいといった様子で頷いていた。

 

 ――焦りは禁物だ。


 そう己に言い聞かせて、菓子を頬張るのをやめこちらを見ているフィアへ問いかける。


「あれは山の妖精だろう、といっている者がいるんだが、一体何処で見つけて追ってきたんだ?」


 そう尋ねれば、フィアは菓子の詰まった口を開こうしてセルリー様にとめられる。 


「ん!」

「きちんと飲み込んでから話しなさい」


 口元を押さえられたフィアは頬張った菓子を呑み込むために、むぐむぐと咀嚼に励む。そうしてしばらく奮闘した少女は「飲み込んだ」と言うように、己の口を塞ぐセルリー様の手をポンポンと叩いた。

 次いで自由になった口で大きく息を吸うと、キラキラした目で語りだす。


「あのね、散歩してたら木からニョキって生えてきたの!」


   ***


 ユリアの様子に変わりがないことを確認した俺達は、フィアの話を最後にセルリー様の研究室をあとにした。そして、忙しい合間をぬって足を運んでくれたグレイ様やジンと別れた俺とバラドは、現在図書館へときている。

 最初に向かったのはカウンター。昨日借りた本のうち、読み終わったものを返却中だ。


「――すべて返却でよろしいですか?」

「はい」

「それでは確認しますので、少々お待ちくださいね」


 そういって、カウンターの中に運んだ本を一冊一冊丁寧に確認しているのは、エピス学園の図書館司書リーブル・フィラカス殿。清潔感ある白いシャツとベージュのベストに赤いネクタイを締め、栗色の長髪を一つにまとめ片側に流す彼は、柿茶色の目で真剣に貸出票と本の題名を見比べている。歳はたしか四十後半、学園に勤めて二十年近いはずだ。

 紙とインクの香りが混ざり合った図書館独特の香りを感じながら、俺はリーブル殿の作業が終わるのを待つ。その間、先ほどフィアから聞いた毛玉との出会いを思い出していた。

 フィアの話をまとめるこうだ。

 毛玉と出会ったあの日、彼女はグラウンドで自主練に励む生徒達を眺めていたのだが、しばらくすると厭きてしまい、散歩にでた。

 模擬戦や実習などで使われるグラウンドの端々には、思い出したように木が植えられている。まばらに植えられているため少しものたりないが、赤や黄に色づいた木々は彼女の目を楽しませたらしい。

 ハラハラ舞い落ちる葉を楽しみながら、フィアは木々の間をぬうように歩く。

 とその時である。ふと顔を上げれば、焦げ茶色の樹皮にクリーム色の何かが張り付いているではないか。

 異様な光景に足を止めた彼女は、クリーム色のそれをじっと眺める。徐々に大きくなっていくクリーム色、しかもよく見るとなんだかモフモフしている。

 なんだあれは、と期待を胸に待つこと十数秒。丸々とした毛玉になったクリーム色のそれは、ふるりと一度身震いしたのち、ポロリと地面に落ちた。

 そしてフィアが駆け寄るよりも早く、動き出したそうだ。

 滑るように進む毛玉の足は中々速く、彼女は夢中で追いかけた。そうして図書館内に入り、何かを探すようにウロウロし始めた毛玉を捕獲したらしい。

 バラドが調べた情報によると、山の妖精は木々に住みつくため、ドワーフ達はその山で一番立派な木の前に甘味を置くための祭壇を作るそうだ。

 バラドとフィアの話を合わせた結果、グラウンドの木々の間に甘味を置いて観察してみる予定である。


 すぐに出てきてくれればいいんだが……。


 などと考えているうちに返却作業が終わったらしく、リーブル殿が顔を上げる。


「――はい、確かに。本の戻しはこちらでしておきますから、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 礼をいいつつ、どう話を切り出すか思案する。本に関する質問ならばまだしも、ここで最近騒がれている学園七不思議について尋ねるのは唐突過ぎるだろう。

 さてどうするかと考えたところで、幸運なことにリーブル殿の方から話しかけてくれた。


「それにしても早い返却でしたが、これらの本ではご期待添えませんでしたか? お求めのものがあれば探しておきますが」

「お忙しいでしょうに、よろしいんですか?」

「テスト前ならばまだしも、今は常連の生徒さんくらいしか来ないので暇なんですよ。たまに新しい生徒さんがきたかと思えば、『もう一人の図書館司書さんにはどうやったら会えますか?』と聞かれるばかりで」


 リーブル殿は声をかけてくれたばかりか、聞きたかった話題を自ら提供してくれた。そのことに喜ぶ己をひた隠しつつ、俺は会話を続ける。


「最近騒がれている学園七不思議ですね」

「ええ。とはいえ私自身、影はおろか気配も感じたことがないので、知りませんとしか答えられないのです。噂を聞いて図書館内をくまなく調べてみましたが、不審な点はありませんでしたし……」


 あくまでも世間話を装って話を促してみれば、残念な答えが返ってきた。


 ――まぁ、そうだよなぁ。


 もしリーブル殿が噂の『もう一人の図書館司書』を見かけていたら、こんな悠長に貸出業務などしていない。彼は話し方や雰囲気から優しいと思われがちだが、頻繁に図書館を利用する生徒達から『本の番人』と陰で噂されるぐらいには、本を愛している人種である。 

 返却本のチェック時の目つきなど真剣そのもので、汚れや破損があればすぐにお叱りが飛んできたはず。彼のお説教は淡々と諭すように行われるので、精神的にくるともっぱらの噂だ。

 そんな彼が、図書館に出るという不審者を見逃すなどありえない。ゆえに、本当に『もう一人の図書館司書』について心当たりがないのだろう。

 残念だが仕方ない。ただリーブル殿のお蔭で、俺達以外にも七不思議について調べている生徒達がいることはわかった。『もう一人の図書館司書』に関する情報は、そちらから集めることにしよう。

 そう結論付けた俺は、憂いを帯びた表情を浮かべるリーブル殿へ声をかける。


「これからしばらくの間、頻繁に図書館を利用させていただくことになると思いますので、私も気を配っておきますね」

「アギニス君が気にかけてくれるならば、心強い。よろしくお願いします」

「お役に立てるかはわかりませんが」


 俺の返答に、リーブル殿は小さく笑う。


「ご謙遜を――さて、それでは話を戻しますが、アギニス君がお探しの本はどういったものでしょう?」

「魔王の歴史や生態、過去に確認された個体の討伐記録などを調べているんです。特に未討伐の魔王について書かれたものがあれば助かります。公式な資料以外にも、逸話や民話、小説などで魔王が登場する書物があればお願いします」


 俺が求めた本に、リーブル殿は一瞬物言いたげな表情を見せたが、追求してくることはなかった。


「……わかりました。探しておきますので、次に図書館に足を運ばれた時にでも声をかけてください」


 学業に関係ないことを熱心に調べようとしているだけでも不審だろうに、内容は魔王関連。気になっただろうに追及せず、本を探しておいてくれるという彼に心の中で感謝しながら、俺はリーブル殿と言葉を交わす。


「何日ぐらいかかりますか?」

「三日もあれば十分です」

「それでは、三日後に伺いますね」

「お待ちしております」


 三日後の約束を取り付け、俺達はカウンターをあとにした。そうして、リーブル殿には声が届かない距離まで離れたところでバラドに命じる。


「バラド。本の貸し出しや返却以外の目的で、図書館を訪れている者達から話を聞いてきてもらえるか」

「承知致しました。ドイル様はどちらに?」

「二階で魔王関連の書物を漁っている」

「畏まりました」


 深々と頭を下げたバラドに「頼んだ」と告げる。次いで、二階に上がろうと階段へ目を向けたその時だった。階段横に置かれた棚の側に、やけに見覚えのある後ろ姿が見えた。


「まて、バラド。あれを見ろ」

「はい? っ!」


 素直に足を止めたバラドは、俺が示した方角を見やる。次いで、息を呑んだ。

 俺達の目線の先にいる人物は、清潔感ある白いシャツとベージュのベスト、それからベストと同色のズボンをはいており、栗色の長髪を一つにまとめ片側に流していた。

 少し遠いが、カウンターに同じ格好をしたリーブル殿が座っているのが見える。となれば、今階段横にいるのは噂の人物なのだろう。


 ――リーブル殿とまったく同じ姿をしているから、『もう一人の図書館司書』なんて噂が立ったのか。


 考えたのは、ほんの僅かな時間だった。しかしそれが命取りとなる。


「ドイル様っ」


 バラドからそんな悲鳴じみた声が上がる、ほんの一秒前。

 こちらに背を向けていたため顔を拝むことができなかったその人は、例の毛玉と同様に床へ吸い込まれるように消えていった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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