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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
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第百四十五話

 周囲を見渡せば薬師や魔術師や騎士達、従者やメイド、マジェスタの貴族や様々な国からやって来た使者方。薬師達はこれからある一仕事に緊張しているのか少しピリピリしているようだが、観客達の顔は期待や興奮、好奇心などで彩られており、この状況が一種の見世物と認識されていることがわかった。

 そんな己の考えを裏付けるように人垣の中に見える母上やグレイ様、バラド達といった見知った人達の表情はそう暗いものではなく。心配の色はあるが、深刻そうな表情を浮かべている者はいない。恐らくだが、皆知っていたのだろう。


 ……通達されてなかったのは俺だけ、ってことか。


 母上のお出迎えに行っただけのはずが、恐るべき連携で放り込まれたこの状況。

 突然の展開に目を白黒させていたが、幾分落ち着いてきた俺は周囲を観察しながら今朝の記憶を振り返った。




「東国の使者達と共に、セレナ殿達を出迎えに行ってくれ」


 そうリブロ宰相に言われたのは、朝食を終えてすぐのことだった。

 場所は執務室。

 オブザさんとの修行を終えた俺は、部屋に戻り朝食をとっていた。そんな俺の元に『朝食が終わり次第執務室に顔を出すように』とリブロ宰相からお達しがあったため、途中だった朝食を手早く片付け執務室に向かった。

 訪ねた部屋の中でリブロ宰相とルタス補佐官はすでに仕事を始めており、俺は頭の下がる思いでお二方に声をかけた。

 そこで俺は母上達の迎えを命じられたのだ。


「母上のお出迎えですか?」

「ああ。色々話しておきたいことがある。彼女達がついたら、真っ直ぐここに連れてきてくれ。まぁ、お前のためでもある」

「王妃様との共謀は露呈しましたと知らせを出して、当日まで自宅待機していただく案もありましたが、女性陣を自由にしておくとなにを思いつくかわかりませんからね。王妃様方が諦めていない可能性もあるので、セレナ殿には私達の目の届くところにいてもらおうということになりました」

「それでお前の件は解決だが、彼女が登城することで起こる問題もある。国内外問わず【聖女】や【アギニス公爵夫人】と近づきたい奴は多いからな。暇だからと城内を自由に歩かれては困る」

「数日ですが、これから窮屈を強いることになります。その前に飴をということになりまして、貴方がお出迎えということです。お願いできますか?」


 リブロ宰相とルタス補佐官が交互に告げる。お二方から畳み掛けるように言われた俺は、僅かな疑問を抱きつつ頷いた。


「承知致しました。ご用件は以上でしょうか?」

「ああ。任せたぞ」

「お呼びたてしてすみません。お願いしますね」


 他の用件を尋ねたがお二方にはそれ以上話は無いようだったので、俺は退室の礼をとり退出した。


「お任せ下さい。それでは失礼致します」




 ……あの時、おかしいとは思ったんだよな。


 秘密裏に事を運びたかった王妃様方と違い、リブロ宰相方が母上の来訪を隠す必要などない。それなのになぜ、『母上のお出迎え』を頼むのに二人はわざわざ俺を呼び出したのか不思議だった。『執務室にこい』と伝える代わりに、『迎えに行って執務室に連れてこい』と言えば済んだのではとチラと考えた。

 しかしお二方のこれまでの実績を思い浮かべ、伝言で済ませるわけにはいかない理由があるのだろうと思ったのだ。


 お二人のお蔭で、大きな問題にならなかった事は数えきれないほどある。俺の所為で起こったアギニス家の後継者問題しかり、お爺様とセルリー様が引退前に城内で起こした騒ぎしかり。

 過去縁組したことのある家々がアギニス公爵の跡目として名乗りを上げ、血で血を洗う争いをしていてもおかしくなかった。

 また、お爺様達が露見させた不正や不穏な品々。あれらが陛下の住まいである城内から出たことは不祥事でしかなく、下手したら治世能力が問われる案件である。

 しかし実際、そうはならず。

 アギニス家の跡目問題は暗黙の了解として静観され、俺には長い時間が与えられていた。だから、やり直すことができた。

 皆お爺様とセルリー様の暴挙に苦笑するばかりで、王の管理責任を問う者はいなかった。むしろ二人の豪快なやり方と突然の引退に、陛下には同情的な視線が集まっていた気がする。


 俺の時もお爺様達の引退の時も、巧みな情報操作があったのだ。

 薄氷の上に立つ俺達が踏み抜いて落ちてしまわないように、支えてくれていた。無事渡りきれるように崩れそうな道を人知れず補強し、なるべく安全な方向に誘導してくれていたのだろう。

 だってそうでなければ、どちらも上手くいき過ぎている。

 目に見えず、気付かぬ者は一生気付かぬようなリブロ宰相方の暗躍は、表立って感謝されることは少ないだろう。しかし一度気が付けば、振り返る過去全てに二人の影を感じる。

 決して語られぬ、数々の功績。 

 リブロ宰相もルタス補佐官も、陰日向となりマジェスタを支え続けてきた方々だ。決して無駄なことをする方々ではない。

 あの方々が動く時は、そこになにがしかの理由がある。

 それはきっとお爺様とセルリー様も同じだ。


 ――この戦いには、どんな意味があるのだろうか。


 槍を持つお爺様と、結界の頂上に立つセルリー様にそんなことを考える。

 母上を出迎えに行かせた理由は、俺に気取らせることなくこの状況に追い込むためだったに違いない。そして、わざわざ俺を執務室に呼び出した理由は、俺以外の人間の説得と口裏合わせする時間をつくるため。

 バラドは昨日の朝、俺が尋ねるまで母上の来訪を知らなかった。グレイ様やジンも同様、リブロ宰相方も知らなかったはずだ。彼らのあの態度が、演技だったとは思わない。となれば、この計画を立てたのは昨日の朝以降だ。


 そこまで考え、俺は張り巡らされた結界を見上げる。

 現在のマジェスタが張れる最高峰の結界が、幾重にも重なり合う光景が視界一杯に広がった。結界の層一枚一枚に目を凝らせば、衝撃拡散や魔力吸収、耐熱耐寒等々の効果を持っていることが読み取れる。様々な属性と効果を示す魔法陣が重なり合った結界は、こうして見上げると幾何学模様のように見え、万華鏡を覗きこんでいるように美しい。

 

 いくらセルリー様といえ、これほどの結界を張るのは難しいはず。実際フィアに助力してもらっているだろう結界もみられ、時折その表面を火がなめる様が目に入る。

 結界の手の込みようから見て、随分前からこの戦いをセルリー様とお爺様が計画していたことが推測できる。恐らく、言いだしたのはお爺様だ。


 整理してみると、まずお爺様がなんらかの意図をもってこの戦いを望んだ。そして賛同したセルリー様が手伝った、と考えるのが妥当だろう。

 今この場所だったのは、母上とエルヴァ様が居るからという可能性が高い。聖女と薬師長率いる宮廷薬師達がいれば、即死でなければ助かる。お爺様がご存知かは知らんが、メリルもいるしな。

 今日、明日、明後日、大よそ二日ちょっと。それだけの時間とこれだけの面子がいれば、戦うまではいかなくても式典を完遂するぐらいまでは回復できるはず。


 ……だから、リブロ宰相とルタス補佐官が協力したのか?


 ふと、そんなことを思う。

 リブロ宰相がお爺様の計画を事前に知っていたと仮定すると、大変困っただろう。勝手にやられて、式典に俺やお爺様が出席できなくなったら大問題だからな。しかしセルリー様が協力の姿勢を見せている以上、中止させるのは難しい。

 その上、王妃様方と結託した母上の登城話。

 そこで発想の転換があり、大怪我しても大丈夫な状況を用意して行わせることを思いついたとしたら?

 客室棟への立ち入り許可書をもらいに行った時、俺は『ほどほどにしておけ』とのお言葉をリブロ宰相からいただいている。ゼノスの件とどこまで把握されているか不確かだがリェチ先輩達の件、先日の薬師と魔術師達との騒ぎ、そしてジョイエ殿と追っている侵入者の件、全てをリブロ宰相がご存知ならば、『ほどほど』の範囲はとっくに越えているだろう。


 確実な治療を可能にする面子が揃い、回復にあてる時間もある。戦いが実現すればお爺様とセルリー様は満足だし、多少なりとも俺達に怪我があれば母上は付きっきりで治療し看病してくださるだろう。俺も大事をとって大人しくする、というよりもバラド達によって大人しくさせられる。

 そして病み上がりな俺に、王妃様方は難題を突きつけるわけにはいかない、とくれば完璧なのではなかろうか。

 この試合を無事に行えれば、お爺様とセルリー様、王妃様方と母上を大人しくさせることができる。そして『式典が終わるまではおとなしていろ』という警告を兼ねた、俺の足止めとなる。


 周囲を見渡せば目に入る薬師達が、救急要員なのは間違いない。となれば、人垣に混じる魔術師や騎士達にも役割があってもおかしくない。

 よく見れば皆、武器や杖を携帯している。これはもしかして、万が一の時は俺とお爺様の戦いを止める要員なのではなかろうか。いや、使者達の護衛という可能性もある。

 俺の考えが合っているなら、セルリー様とフィアが結界の頂上から中を覗いているのは、いざという時は力ずくで止める気だから。結界の一部を解いて入ってくる気ならば、真上に穴を開けるのが一番周囲に被害を出さないので、セルリー様達がストッパー。騎士達は使者達の護衛兼、逃がす時の誘導係が正解か。

 なら、護衛を用意してまで使者達に観戦させる意味は? セルリー様は、なんのためにこれほど厳重に結界を張った? お爺様が、今ここで俺に戦いを持ちかける意味は?


 ――俺のため、なのか?


 訳もわからぬまま連れてこられ、陥ったこの状況。

 周囲に戦いの余波を一滴たりとも逃さないよう張られた結界の中で、各国の要人である使者達に見られながらお爺様、いや【炎槍の勇者】と戦う意味。

 思考が答えに辿り着こうとした、その時。

 

「ドイル!」


 俺を呼ぶ力強い声に、はっと顔を上げる。


「その刀をもって、この者達に証明してみせるがいい! もはや、マジェスタに老兵は要らんとな!」


 槍を片手に仁王立ち、告げるお爺様の眼差しは優しくて。

 向けられた言葉が胸に響く。


「その名を轟かせるまたとない機会と心得よ――――お前が儂を倒せるならば、の話じゃがな!」


 ニィと口端を上げ告げる、お爺様の不敵なこと。


 ……どこが老兵なんだか。


 炎をまき散らしながら槍を構えるお爺様に、苦笑しながら俺はエスパーダに手をかけた。次いで、反対側にオレオルがささっていることを確認する。

 刀の確認が済んだ俺は、ラファールとアルヴィオーネを探す。彼女達はバラド達の側からフィアの元へと移動している途中だった。フィアの側で観戦するつもりなのだろう。呼べばあの結界も通り抜けてきてくれると思われるので、結界の頂上にいてくれれば問題ない。

 武器と精霊達の所在を確かめた俺は、エスパーダに魔力を送りながら、腰を落とし居合斬りの体勢に入る。

 エスパーダを強化しながら、呼吸を整える。

 浮かぶはお爺様やセルリー様、リブロ宰相方やエルヴァ様と過ごした日々の情景。

 キンッという音と共に広がる冷気にゆっくり目を開け、お爺様に問いかける。


「全力、でいいんですね? お爺様」


 戦う姿勢を見せ告げた俺に、お爺様も槍を構え直し叫ぶ。


「遠慮は要らん! かかってこい!」


 不敵な笑みを浮かべ告げるお爺様は、炎槍の勇者の名に相応しくとても雄々しかった。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。




ここからは私事となりますが、しばらくの間週二回の更新は難しくなりそうなので、週一回金曜日の十二時更新のみとさせていただきます。

ご寛容くださいますよう、お願い申し上げます。


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