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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
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第百四十一話 リブロ宰相

「お前達も早く切り上げて休めよ」

「リブロ宰相、ルタス補佐官。我々もお先に失礼します」

「「はい」」


 本日の執務を終え退出する陛下とグレイ殿下に、席から立ちあがり拝礼する。

 頭を上げれば、護衛であるアランとジンと共に国王親子が部屋を出るところだった。四人の姿が扉の向こう側に消えるまで見送り、己の執務机へと戻る。

 部屋に残されたのは、俺と右腕であるルタスの二人。たった今退出した陛下達の執務机と違い、俺達の机の上には僅かに書類が残っていた。


 俺もルタスも言葉を交わすことなく、仕事を再開する。

 ぱらり、ぱらりと紙を捲る音にカリカリと文字を書く音。聞き慣れたそれらを背景音に、書類を片付けていく。同時に久方ぶりにあったドイルの姿を思い浮かべた。

 宰相という職に就いて四十年以上経つ。思考の片手間に仕事をこなすなど朝飯前だった。


『失礼致しました。本日はこちらに署名をいただきたく、参上しました』


 そんな言葉と共に差し出された、客室棟への立ち入り許可書。最高責任者としてグレイ殿下でなく俺を選んだ点やすでに客室棟の責任者達の署名があった点、とってつけたような立ち入り理由など色々驚いたが、最も目を見張ったのは客室棟に立ち入るのは『魔術師団』という点だ。

 ドイル自身でも騎士団でもなく、なぜか魔術師団。

 真っ先に思い浮かんだのは、セルリーだ。

 先日ドイルが連れている精霊を巡って一悶着あったようだが、あの件以前も以後も彼奴が魔術師達と親しくしていた形跡はない。祖父と父親は騎士団所属なので、ドイルが魔術師達と親しくなるとしたらセルリーの口添えと考えるのが妥当だ。

 ゼノと結託してさっさと引退しやがったあの馬鹿は、いたくドイルを気に入ったらしく学園まで追いかけていったぐらいだ。相当目をかけ、セルリーなりに可愛がっているとも聞いた。

 そんなドイルを、同じく目をかけていたジョイエの後ろ盾に推したと推測するのは容易い。というより、いつかそうすると俺とルタスは思っていた。


 ドイルは近い将来アランの跡を継ぎ、近衛騎士団長になるだろう。となれば騎士団を継ぐのはジンだ。ドイルが東国の使者達にジンを将来の『槍の勇者』として紹介したと聞いた時は正直驚いたが、グレイ殿下の側に居る者同士良好な関係を築いているのは喜ばしい。

 ドイルは元々騎士団と縁深く、将来の騎士団長との関係は良好。ならば魔術師団だけ乗り遅れるわけにはいかない。ジョイエとドイル双方の将来を考え、セルリーが動くのはわかっていた。

 しかし、接触するには時期尚早。

 周囲とドイルの間にあった蟠りは徐々に解れはじめ、周囲に受け入れられ始めている。今回の式典を無事に終えれば確固とした立場も手に入る。ジンは元々問題ない。ドイルとジンの将来はほぼ確定しており、その実力も折り紙つきだ。

 そんな二人と並べるには、今のジョイエでは地位も身分も弱い。しかし幸いドイルもジンも学生なため、グレイ殿下を頂とした体制を彼らが築くまで時間がある。セルリーならば、二人が学生のうちにジョイエの魔術師長としての立場を確立し、なるべく対等な関係でドイル達と接触させるはずだった。

 しかし俺とルタスの読みは外れ、すでにドイルはジョイエの後ろ盾として動いていた。今の状況で魔術師団とドイルが自然に出会うことはほぼない。となれば、セルリーが急ぎ二人を引き合わせたということ。


 ドイル……はないな。となると魔術師団内でなにかあったか。


 長い年月をかけ、張り巡らせてきた己の情報網から上がってくる報告の数々を思い返す。ドイルに目立った問題は起こってない。急遽ジョイエに守り手を付けなければならない事態が起こったと考えるのが妥当だ。

 引退したばかりのセルリーが表立って動けないのは仕方ない。セルリーとゼノの存在は大きく、魔術師団も騎士団も最近ようやく落ち着いてきたところだ。彼奴らの復帰を望む声が小さくなりはじめた今、セルリーが動いては面倒なことになる。

 なにがあったのかは知らんが、客室棟に用がある時点でドイルに任せるのが最良だったのはわかる。実際、彼奴はセルリーの期待に応えて見せた。許可状に書かれた貴族達の名が、いかにドイルが上手く立ち回ったかを証明している。

 ここで力ないジョイエを手助けしてやるのは、ドイルの将来的に美味しいのも理解できる。

 しかし、俺はあえて言いたい。「ようやく戻って来たかと思えば、やる気があるにもほどがある。ちっとくらい大人しくできんのか!」と。


 折角の晴れ舞台、万全の態勢で臨めるよう随分前から俺達が準備しているというのに、なぜドイルは与えられる好意を甘受し大人しくできないのか。

 王都騎士団に来たついでに情報収集はいい。今から練習して情報網を作りはじめれば、将来役に立つ。陛下やアランの目を掻い潜るために薬師達に目をつけたのも評価に値するし、ガルディを取り込んだのも流石といえよう。

 しかし、そのついでに引っ張ってきたあの男はなんだ。薬師長たるエルヴァが見たことない禁薬を所持していたという時点で危険極まりないのに、深淵の森での魔王の誕生にも関わっているだと? 

 しかも男の監視にガルディを送り込んで情報を手に入れるだけでなく、あの男の関係者らしきものまで秘密裏に連れ込んでドイルはどうする気だ。どこまで首を突っ込む気だ。背後にどれだけの組織が関わっているのかわからんのに、危ないだろうが。

 ガルディは貴族達にも顔が利く。此度の式典で多くの貴族達と対面するドイルには必要な人材だろうと陛下やアラン、ゼノ達の行動を容認したが完全に失敗だった。

 ガルディはドイルにとって使い勝手がよすぎる。


 それにクレア王女誘拐に関わったとされている男、確かシオンといったか。監視がてら手元に置くのはいいが、シオンにバラド達を守らせることでドイルの行動範囲が広がったのは困ったものだ。バラド達が心配故に躊躇うことも多く、ドイルの枷に丁度よかったのに。

 また、シオンのついでに奴が所属する傭兵団の一部隊丸ごと抱えたのも痛い。ヘンドラ商会に協力させて傭兵達を散らしてくれているのは正直助かったが、いざという時の戦力をドイルが確保したのは頭痛の種だ。彼奴一人ではできることが限られるが、使える人手があるとなれば選択できる行動が増える。色紙の所為でドイルはそれなりの資金を持っているし、身一つで飛び出し傭兵達と合流して行動されては追いきれないだろう。

 アランも若い頃身一つで飛び出し魔王討伐に向かった過去があるが、そんなところまで真似なくていい。頼むから目の届くところにいてくれ。


 最近のドイルの行動を思い浮べれば、ズキズキと頭が痛みだす。彼奴はやり過ぎなんだ。適当なところで身を引いて、あとはこちらに任せてほしい。まだ、学園も卒業していない半人前なのだから。


 ……そもそもドイルの周りにいる大人達が、極端すぎるのが問題だ。


 すでに巣立ちかけている子を鳥かごに押し込めようとする陛下やアランと、独り立ちしても困らないように千尋の谷に突き落とし死にかけるまで静観する気でいるセルリー、放置していても正しく育つと思っていたゼノ。

 足を引っ張る陛下達やまったく手助けせず見限ったゼノは論外だが、セルリーの方法も賛同できん。

 現に今回魔術師団で問題が起こっても立場上満足な手助けができず、ドイルにジョイエを託している。十分な準備もさせず谷に突き落としては、死なせるだけ。いざ助けようとしても手遅れ、己ではどうしようもない、なんて状況に陥ったらどうする気なんだあの馬鹿。 

 どいつもこいつも好き放題しやがって。尻拭いする俺達の身になってみろ、と奴らに言いたい。


 子供らがどんな道を選び行動しても手助けできるよう万全の準備をしつつ、ぎりぎりまで見守るということがなぜセルリー達はできんのだ。

 挫折しても一人で立ち上がれるだけ成長しているか確認しながら、無理そうなら気付かれないよう少しだけ手助けしてやる。

 ドイルのように子供は時として驚くべき成長をみせる。見守る側の見極めと忍耐力が試されるが、それが『人を育てる』ということだろうに。


 ドイルもドイルだ。

 そこまで頑張らなくとも、周りは十分認めている。後数年もすれば、嫌というほど頼られ働かされることになるのだから、生き急がずもう少しゆっくり成長してほしいものだ。

 今はまだ俺が四十年以上かけて得た経験と張った情報網の方が優秀で、ドイルの行動を追えるからいい。対策も立てられる。問題は彼奴が俺以上の力をつけ、欺き出した時だ。

 ドイルは今急速に地位や身分、能力、人脈を手に入れ力をつけている。本人がそう望んだからであり、大人達の様々な思惑に上手く乗り、時に利用して己のものにしてきたからだ。

 その成長は喜ばしくもあり、頭痛の種。ドイルにこれ以上力をつけ行動されては、俺とルタスの支援が間に合わない。


 ドイルがグレイ殿下やクレア王女のいるマジェスタに、弓を引くことはないだろう。今も昔も彼奴は幼馴染達が大好きで、ゼノや両親を尊敬しこの国を想っている。

 ドイルやグレイ殿下が生まれた時から、ずっと見守ってきた。

 将来の希望を胸に槍やメイスを手に取った時も、穏やかな日常の中で友好を深めていた時も、現実を知り挫折した時も、捨てきれぬ絆に苦しんできた時も、乗り越え立ち上がった時も、俺は黙って見ていた。

 彼奴らが乗り越えてきたものを思えば、その覚悟と想いを疑う気はない。

 だから、邪魔はしない。

 ドイルが己の意思でその道を選び行動するかぎり、俺達は時に背を押しながら見守るだけだ。いついかなる状況でも手助けできるよう、準備はしっかりしてな。


 そんなわけで俺は許可書に署名してやり、ルタスは客室棟の名簿を与えたわけだが……。


 とりあえず早急に、魔術師団でなにが起こったのか突き止める必要がある。このままではドイルがどこまでジョイエ達に付き合うつもりなのか、判断できないからな。

 同時にグレイ殿下達の動きにも気を付けておいた方がいいだろう。いつもどおりを装っていたが、ドイルが俺を選んだことで動揺していた。ドイルが話すか話さないかで、グレイ殿下の行動が変わるので要注意。


 そこまで考えたところで、はたと未処理だった書類が無くなっていることに気が付く。伸ばした手に感じる感触が乾燥した紙のそれでなく、固く滑らかで少し冷たかった。

 横に視線をやれば、処理済みの書類の山が少し高くなっている。いつの間にか終わっていた仕事に、ため息を零しながら俺は羽ペンを卓上に置く。と同時に隣のルタスもペンを置いた。


「お疲れ様です。大分思い悩んでいたようですが大丈夫ですか?」

「子供らが元気すぎて敵わん」

「ああ」


 気遣う言葉にそう返せば、俺の言わんとしていることがわかったらしくルタスは苦笑した。ドイル達を見守ると決めた俺に、長い間付き合ってくれた彼にさらに本音が零れる。


「彼奴らは俺を過労死させる気ではと、最近とみに思う」

「それが大人の務めというものでしょう?」


 ルタスはそう言うと、陛下の執務机の背後に作られた大きな窓へと視線をやる。

 窓の外では、夕焼けが青々とした芝を紅く染め上げていた。僅かに開けられた窓からは心地よい温度となった風が吹き込み、ベージュのカーテンを揺らす。


 ――まて、ドイル!

 ――メイスを降ろしてから言ってください!


 聞こえぬはずの、幼いドイルとグレイ殿下の声が聞こえた気がした。思い浮かぶは、真新しい槍とメイスを手に青い芝の上を駆け回っていた幼かった子供らの姿。


「……もうすぐその務めも終わるな」

「そうですねぇ」


 久方ぶりに見たドイルの姿を思い出し呟けば、ルタスが頷く。その言葉は短いが感慨深い響きを持ち、俺の中にゆっくり染み渡る。


 ――長かった。

 

 青年と呼べるほどに成長したドイルとグレイ殿下を思い浮べ、そう思った。


「見守っていただけだというのに、馬鹿共の所為で随分苦労した気がする」


 色々あったが、ようやくここまで来た。

 ドイルはグレイ殿下達の元に戻り、城内も世代交代しつつある。あと二、三年もすれば俺達の時代が完全に終わり、マジェスタに新しい風が吹く。

 文官一筋だった俺は、ゼノやセルリーのように戦い物理的に守ってやることなどできないし、エルヴァのように傷や病を癒してやることなどできない。

 だから、次世代達をただ見守った。

 黙って見ているのは案外辛く、ついつい手を出しそうになる己を戒めるのは大変だった。そうして己を律する俺とルタスを他所に好き勝手するゼノ達に、殺意を抱いたのは一度や二度ではない。

 それももう少しで報われる。

 あと少しで、寂しくも喜ばしい日を迎えることができる。

 その時までは、俺もルタスも全力で見守る所存だ。


「まだ過去形にするのは早いですよ、リブロ。当然、呼び出しているのでしょう?」

「ああ」


 感慨に耽る俺を現実に戻すルタスの言葉に、苦々しく頷く。次世代達を無事に巣立たせるため、セルリーには色々聞かせてもらう必要がある。


 ――はぁ。


 嬉しい時も悔しい時も、どんな時だって喰えない態度を崩さないセルリー。

 四英傑の中でも群を抜いて読みにくい奴と、これから対峙しなければならないことを思い出し、俺は大きな溜息を吐いた。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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