第百三十六話
確かあれは俺が六歳、クレアが五歳の時だ。
場所はこの大庭園。名目は忘れてしまったが、そこかしこにテーブルや椅子が置かれ多くの人間が場の空気を楽しんでいた。その場には陛下や王妃様、グレイ様は勿論宰相様やお爺様、父上と母上もおり、とても華やかな場だった記憶があるので、なにかの祝いだったのだと思う。
様々な場所から人々の楽しげな声が聞こえる中、俺は父に連れられクレアと出会った。
天使の輪ができた緩いウェーブのかかった黒髪に、澄んだ碧の瞳の小さな女の子。精巧な人形のような、完成された可愛さを持つ女の子に俺が抱いた感想は『グレイ様と違って大人しそう。お姫様って感じだな』だった。
『ドイル、この方が将来お前の婚約者となるクレア王女様だよ。ご挨拶を』
『アギニス家当主アランとその妻セレナの息子、ドイルと申します。お目にかかれて光栄ですクレア王女様』
父に促された俺は素っ気ない口調で告げ、習ったばかりの拙い拝礼をとった。
あの頃の俺は槍に夢中で、グレイ様の相手さえもおざなりだった。そんな時期に将来の婚約者と顔合わせなどさせられても、正直興味などなかったのだ。いくら相手が可愛かろうとも女の子と話すよりは、槍の鍛錬をしていたかった。
クレアと初めて顔を合わせた時も、お茶やお菓子は美味しいが大人の話に付き合うのはつまらない、早くこの場を抜け出して槍の練習をしたいとつらつら考えていた覚えがある。
『ドイルちゃん! 女の子には優しくしなきゃ駄目よ?』
『クレア王女は可愛いから、照れちゃったのかな?』
俺のそんな心境が滲み出た挨拶に両親は焦り、周囲の大人達は困惑した顔を浮かべていた気がする。今思えば大変失礼な行為だったと思うのだが、あの時の俺は普段ならば槍を振っている時間に窮屈な服を着せられ、散々大人達の話に付き合わされ厭いていたのだ。
しかしあの頃からクレアはクレアだった。
『私の運命の方の名は、ドイル様と仰るのですね。素敵なお名前ですわ!』
不機嫌な俺に大人達が困り心配する中、彼女は満面の笑みを浮かべ言った。
『う、運命?』
『先ほどお姿をお見かけした時にドイル様に見とれていたら、愛の女神様がそう仰いましたの!』
『さっき? というか、愛の女神って……』
『あ! 申し遅れました、私マジェスタ王の三番目の娘、クレアと申します。ドイル様、どうかクレアとお呼びくださいませ!』
頬を紅潮させ俺を見つめるクレアの目は、きらきらと輝いていて。失礼な態度をとった自覚のあった俺は、そんな彼女の態度に面食らったのを覚えている。
『ドイル様はどのような食べ物がお好きですか?』
『に、肉類?』
『ではお好きな飲み物は?』
『甘くなければ、なんでもいい』
『ご趣味はなんでしょう?』
『槍』
『ドイル様はもう武術を嗜まれていらっしゃるのですね。素敵ですわ! 鍛錬はやはりご自宅で、でしょうか?』
『いや、城の鍛錬場とか色々』
『城の鍛錬場……では、今度練習中にお伺いしてもよろしいでしょうか? 私、是非ドイル様が槍を扱っているお姿を拝見したく思いますわ!』
『きょ、許可がでれば……』
初対面だというのに運命だの愛の女神だの言い出され引き気味になっていた俺に、彼女は矢継ぎ早に質問を重ねた。身を乗り出し答えを求める彼女の並々ならぬ熱意に圧倒された俺は、抱いていた不満などすっかり忘れ次々問われる質問にひたすら答えた。
そんな俺達を大人達がどんな目で見ていたかは覚えていない。
戸惑いと狼狽。
それがクレアと初めて会った時の記憶である。
……今思えば、あの時からクレアは凄かったな。
幼い頃の記憶を思い返しながら、あの時と同じ大庭園にいる彼女を思い出す。
サロン内でも目につきにくい奥まった席に移動したため庭園は見えなくなってしまったが、鮮やかな黄色のドレスを纏い凛とした立ち姿で花を愛でる彼女の姿を思い浮かべる。
見た目で抱いた『大人しそうなお姫様』という印象を大きく裏切る彼女の熱意と行動力は、感情の起伏が激しいグレイ様とそっくりで。
ずっと俺を追ってくる彼女は少々強引なところもあったが、不思議と不快には感じなかった。それどころかグレイ様と過ごす日々が当然だったように、いつの間にか彼女が側に居るのが俺の中で当たり前になっていた。
それは今も変わることなく、一度手放したもののやっぱりグレイ様とクレアの側は心地よくしっくりくる。今の俺には、彼らと道を別つ未来はもう想像さえできないほどだ。
だから俺は守らねばならない。
この国を、あの二人を、俺の居場所を。
……そのためにも、まずは此奴をどうにかしなくてはな。
俺向かい合う形で席についたブリオ殿下へと視線を移しそんなことを思う。俺の隣にスムバ殿、その向かいにはピネス殿が座っており、この机へと移動したことで周りにいた人々は空気を読んで散っていた。
現在お茶を注いでいるメイドが去れば、自然に話が始まるだろう。
ピネス殿とスムバ殿の同席を求めたのは、今後の保険である。ハンデルとフォルトレイスの使者二人の前で話がつけば、流石にもうクレアに手出しはできまい。
ブリオ殿下に人目を気にさせるために不特定多数の前で話をつけることも考えたが、話の流れによっては俺も少々恥を晒すことになるかもしれない。国に極力迷惑をかけないようにするには、エーデルの弱みを握りたいピネス殿と父上と親しいらしいスムバ殿の二人に限定するのが上策だろう。ハンデルとフォルトレイスならばエーデルの押さえには十分だし、両国ともマジェスタと敵対する気はなさそうだからな。
メイドが仕事を終え去るのを待ちながら、話が始まる前にもう一度クレアを思い浮べる。
あの日と同じように天使の輪が浮かぶ艶やかな黒髪は昔よりずっと長くなったし、可愛らしいといわれていた容貌は美しいと称されるようになってきた。
王女という立場を差し引いても、クレアは魅力的な女の子に成長したと思う。
王が婚約を認め、対になる配色の衣装でわかりやすく俺のものだと主張してみせても、諦めきれない男が出るほどに。
「それでは御前失礼致します。あちらに控えておりますので、なにかあればお呼びください」
「ああ。ありがとう」
お茶を注ぎ終えたメイドはそう告げると、無言で頭を下げ立ち去る。
気を使い通常よりも距離をとって控えたメイドを確認しお茶に手をつければ、他の三人も俺に倣うようにカップに口をつける。
皆静かにお茶を口にすると、順々にカップを戻す。そんな中、ブリオ殿下は最後にカップを置くと俺を呼んだ。
「アギニス公爵殿」
「はい」
「まずは先ほどの非礼を詫びよう。虫のいい話をしていると承知しているので無理にとはいわないが、先の呼びかけは俺個人の意志でありエーデルシュタインの意志ではないと思っていただければ嬉しい」
卓上であれど頭を下げ告げたブリオ殿下に、俺はほんの少しだけ評価を上げる。
ただ気に食わないという理由で爵位を抜いて呼びかけていたのならば、無責任な馬鹿と評価したところだが、己の行動が他人の目にどう映るか全てを承知の上で俺の人柄を測ったというのならその心意気を買おう。
結構な人数が聞いていたから、口止めは不可能だろうが……。
それでもまぁ、俺が進言するのと周囲が進言するのでは大分違う。あれを機に周りがいくらエーデルを批判しようとしても、俺が否定すれば大手を振って動くことはできないだろうからな。
女のために国の立場を悪くすることも厭わないのは為政者としてどうかと思うが、一人の男としてクレアを想うが故の行動と言うのであれば俺は口を噤む。とはいえ、あの場には大勢の人間がいたしメイド達もいたので、俺が黙ったところでその内グレイ様の耳に入るだろうが。
「承知いたしました。そう仰るのならば、私からは報告しないでおきましょう。他の者がどうするかまでは保証しかねますが」
「――十分だ。恩に着る」
ブリオ殿下は俺の言葉にほっとした表情を見せた。
私情に国を巻きこむことに罪悪感があったのだろう。
ブリオ殿下は色々暴走しがちで愚かな行動が目立つが、性根は腐ってないのかもしれない。面白そうに傍観しているスムバ殿はとにかく、俺がブリオ殿下をあっさり許した瞬間あからさまにがっかりした顔をみせたピネス殿よりはよほどましな気がする。
どろどろの修羅場になることを期待しているらしいピネス殿に、『人選を間違えたか?』と思い始めた頃、ブリオ殿下が再び口を開いた。
「今さら取り繕ったところで、貴殿の中でエーデルシュタインや俺への評価は変わらないだろうから単刀直入にお聞きする」
「ええ」
「アギニス公爵殿は、クレア姫をどのように思われておられる?」
前置きどおり、告げられた言葉は直球であった。
俺を見据え、ブリオ殿下はさらに言い募る。
「二年前私が求婚した時、姫は貴殿が己の運命の方だと仰った。昨年には姫の運命はマジェスタにあるとも――ここ一年くらいだろうか、アギニス公爵殿が彼女を大切にしているという噂を何度か聞いた。本日こうしてお二人の姿を見て、仲睦まじいのもわかった。だからこそ、俺は貴殿の口から直接聞きたい。姫は貴殿こそ至上の人であり、己の運命だと仰った。ならば、アギニス公爵殿にとってクレア姫はどのような存在だろうか?」
そう俺に問いかけるブリオ殿下の視線は、痛いほど真剣だった。
――難しい質問をする。
真っ直ぐな眼差しで俺を見るブリオ殿下に、感心とも敬服ともとれる感情を抱きながら言葉を探す。俺にとってクレアがどのような存在かという問いは、愛しているのか幸せにできるのかと聞かれるよりもずっと難しい。
正解のない問いかけとは、本能か計算かわからないが中々意地が悪い。俺がどう答えたところでブリオ殿下が納得するかどうかは、その心一つで決まるのだから。
しかしその分、彼がクレアに本気だったのだと感じさせる。
俺を見据えるブリオ殿下の瞳には、諦観と苦悩と僅かな期待が浮かんでいた。
諦めなければ。
でも諦められない。
だから諦めさせてほしい。
といったところだろうか。恐らくこの質問はクレアのためではなく、ブリオ殿下が彼女への想いを断ち切るための質問なのだろう。
――もしかしたら彼は、俺がどう答えてもその言葉をきっかけに己の心に決着をつける気なのかもしれない。
だから正しい答えのない質問なのかもしれないと、俺を見つめる眼差しにふと思う。今までの彼の行動からは到底考えられない潔さなのだが、目の前の男を見るとそんな気がしたのだ。
これまでの印象と実際目の前にした印象の違いに驚きはあるが、この場で俺がすることは変わらない。俺がやるべきことは一つ、心の奥にある彼女への感情を言葉することである。ここぞという時必要なのは、いつだって素直な気持ちだ。
想い続けてくれたクレアやこれからの未来のために、そして真摯に恋の終わりを願うブリオ殿下のために、嘘偽りなど許されない。
そう思った俺は、心からの言葉を述べるべくゆっくり口を開く。
「どのような存在かというのは、難しい問いかけですね」
「そうだろうか?」
「ええ。私にとって彼女は守るべき存在であり、愛しい存在であり、大切な存在です。言い換えれば最愛の人、かけがえのない人、運命の人とも言える。どれも嘘偽りなく、素直な気持ちです。しかし、ブリオ殿下の求める答えは、そんなありふれた答えでないように思います」
そこで一旦言葉を区切れば、ブリオ殿下は俺の言葉をゆっくり呑みこんでいく。
「……そうだな」
静かに言葉を噛みしめ逡巡したブリオ殿下は力なく呟くと、苦笑いを浮かべる。
その反応にやっぱりなと思いながら、再度口を開く。
俺の告げる言葉でブリオ殿下が心から納得できるかどうかなどわからない。もとより、明確な正解がない問いかけだ。
それでもここで彼に諦めてもらうために、俺は言葉を紡ぐ。
「どのような存在かという問いの答えになるかわかりませんが……素直な気持ちを述べるなら、私はクレアを大事だと思うと同時に当然側に在るものだと思っています。それこそ、彼女が共にいないこれからなど想像できないほどに。だから、彼女は誰にも譲れません」
きっぱりそう言った後、俺はブリオ殿下の目を見ながら声に出すことなく「諦めてください」と告げる。
真剣に聞き入っていたブリオ殿下は当然、そんな俺の動きに気が付いた。そして声にしなかった言葉を脳裏に描き、決まりが悪そうな顔を浮かべる。それでも視線を逸らさず見つめ続ければ、ため息を吐いた後ブリオ殿下は小さく頷いた。
仕方ないといった表情を浮かべ己に言い聞かせているブリオ殿下に、追い打ちをかけようか迷っていたその時、机の上に影が落ちる。
机に落ちた影に、すぐ側まで人が寄ってきていたことに気が付いた俺は顔を上げた。
途端、鮮やかな黄色が視界を占める。
「皆様お話し中、失礼いたします。ご歓談中失礼かと存じますが、少しだけドイル様をお借りしてもよろしいでしょうか? 庭園にいらっしゃる方々がドイル様を所望しておりますの」
ドレスの裾を摘まみ挨拶したクレアは、にっこり笑ってそう告げる。
なぜ彼女がここに?
そんな疑問を持つと同時に控えていたはずのメイドを見れば、申し訳なさそうな表情で頭を深々と下げられる。どうやら彼女が制止する間もなくクレアは俺達の元にきたようだ。
クレアの登場に、スムバ殿とピネス殿は面白そうな視線を俺とブリオ殿下に向ける。
「クレア姫か」
「よいところにいらっしゃいましたな」
「はい?」
突然現れたクレアにブリオ殿下が言葉を失う中、俺は驚きや羞恥に目を白黒させながら彼女に問いかける。先ほどの会話が聞かれていたら一大事である。
「く、クレア。一体いつからそこに?」
「? 今しがたですわ。会話が途切れていたようなのでお声をかけたのですが、もしかしてお邪魔してしまいましたか?」
動揺露わに噛んだ俺に首を傾げた後、クレアは不安そうな表情を浮かべた。一瞬不味いといった顔を見せ申し訳なさそうな目を俺に向けるクレアに、聞いていなかったのかと安堵しつつ口を開く。
「いや、大丈夫だ。よくここにいるとわかったなと驚いただけで。ここはサロンの奥だし、庭園からは見えないから探しただろう?」
そう告げた後、何を言っているんだと己に突っ込む。いくら人目を避けた場所にいるとはいえ、クレアは主役の一人。その彼女が主役の片割れである俺を探しているとなれば、空気を察して散った人々もすぐに答えるだろう。
こんなことを聞いたら怪しまれるかもと内心慌てつつ彼女を見上げれば、予想の斜め上の反応が返ってきた。
「いいえ、すぐに見つけられましたわ。ドイル様のいらっしゃる場所は愛の女神様が教えてくださいますから!」
俺の質問を不審に思うことなく、彼女は胸を張ってそう答える。
満面の笑みを浮かべ告げたクレアに、俺だけでなくスムバ殿やピネス殿、ブリオ殿下がぽかんとする中、彼女はさらに続けた。
「私がドイル様の居場所を見誤ることなどありえません。ドイル様がいずこに姿を消されようとも、こうして見つけてみせますわ!」
どどん! という効果音でも聞こえそうな様子でクレアは告げる。
得意げな表情を浮かべる彼女を前に、俺達の間に一瞬静寂が訪れる。しかし次の瞬間、スムバ殿とピネス殿が笑い声をあげ、彼女を褒め称えた。
「――ッハハ! 愛の女神の加護は伊達ではないな」
「しかり。素晴らしい加護だ。これは到底浮気などできませぬなぁ」
「するつもりは毛頭ございませんが」
ピネス殿の言葉にはっと我に返った俺は即座に否定する。
浮気など冗談じゃない。する気などさらさらないので心配ないが、もし、万が一が起こって浮気なんぞしてみろ。確実に俺の命はない。グレイ様はクレアに関しては有言実行の人である。
「そうですわ、ピネス様。ドイル様ほど誠実な方はいらっしゃりませんわ」
「それは失礼した。いやはや、お二方にはあてられてしまいますな」
ピネス殿が返した言葉にクレアは嬉しそうに頬を染める。クレアの登場から予想外の返答、浮気疑惑と色々動揺していた俺は、彼女達の会話に入る気力が湧かず聞き入っていた。
そんな中、ブリオ殿下の口からとても冷静な言葉が出る。
「クレア姫。歓談中申し訳ないが、アギニス公爵殿を呼びにきたのでは?」
その言葉にブリオ殿下へと視線が集まる。
面白そうな顔をするスムバ殿と意外そうな顔を浮かべたピネス殿、目を見張る俺。
そんな俺達の反応に、ブリオ殿下は少し困った表情で笑った。次いで、声をかけられ固まるクレアに寂しそうな目を向けた。
その表情に俺はこのままではいけないと慌てて立ち上がり、場をまとめに入る。
「そうでした。ご指摘いただき、ありがとうございますブリオ殿下。それでは皆様、これで失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」
ブリオ殿下に礼を告げ、そのままこの場を離れていいか尋ねる。その際、小さい声でクレアを呼ぶ。俺の呼びかけにはっとした表情を浮かべたクレアは、笑みを作りブリオ殿下に礼を告げた。
「クレア」
「――ありがとうございます、ブリオ殿下。庭園でお待ちの方々に怒られてしまうところでしたわ」
よく見なければわからないほど些細な変化であったが、若干ぎこちない笑みを浮かべ頭を下げたクレアにブリオ殿下の目に悲しみが浮かぶ。
顔を上げたクレアはそんな彼の変化に気が付くことなく、俺へと目を向ける。ブリオ殿下とは色々あったので、気まずいのだろう。不安そうな目を向ける彼女の手を取りエスコートする体勢に入れば、クレアの表情が僅かに緩む。
和らいだ表情で俺と腕を組む彼女を見て傷ついた顔をするブリオ殿下は、自業自得というものだろう。
「それでは皆様、失礼致します」
ブリオ殿下の表情になんとも言えない後味悪い感情を抱きながら、俺は再度退出を求める。
「ああ、こちらは気にせず行くといい」
「主役を儂らが独占する訳にはいかぬからな」
「「ありがとうございます」」
快く見送る言葉をくれた二人にクレアと共に礼を述べ、ブリオ殿下へと目を向ける。彼の顔に先ほど見た哀愁はなく、完璧とは言い難いがそれでも悲しみを気取らせない笑みで彼はクレアに尋ねた。
「クレア姫、貴方は今、幸せですか?」
「――はい」
尋ねたブリオ殿下にクレアはゆっくり、しかし力強く頷く。その際、俺の腕に乗せている手に力が入った。
そんなクレアの様子を見ていたブリオ殿下は一度目を閉じると、完璧な笑みを浮かべ告げる。
「アギニス公爵殿、クレア王女様。遅ればせながら、ご婚約おめでとうございます。此度のご良縁、エーデルシュタイン一同誠喜ばしく感じております。どうかお幸せに」
「「ありがとうございます」」
クレアの呼び名を改め祝辞を述べたブリオ殿下に、クレアと共に腰を折る。ゆっくり三つ数えてから見た彼の顔は、どこかすっきりしていた気がした。
三人の視線を感じながら、俺はクレアに告げる。
「行こうか、クレア」
「はい!」
最後に一礼し、クレアと一緒に歩き出す。
組んだ腕に感じる彼女の体温は温かく。
重なる体温を感じながら、俺はブリオ殿下達を振り返ることなくその場から去った。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。




