第百三十四話
魔術師や薬師達の邂逅から早十日。
あの日、ネズミの侵入を感じたセルリー様は足早に去っていった。恐らくリブロ宰相のところに向かったのだと思う。
その場に残された俺とグレイ様はどうするか顔を見合わせたものの、どうやらその道中で魔術師長と薬師長に連絡を入れてくれたようで、それぞれの副官が慌てて彼らを迎えに来た。そのため、後のことは副官殿達に任せ、俺達も部屋に戻った。
あの日から今日に至るまで、残念なことに進展はない。
薬師が口にしたメイドに関しバラドにも調べさせたが、未だ情報はない。グレイ様の記憶にない時点で城の者ではないのはわかりきっていたが、不穏極まりない事態だ。
この時期の侵入者ということもあり、セルリー様も学園に戻らず城内にいるらしく、現在かなりの警戒態勢がひかれている。
そんな状況であっても、当然式典の日は近づいているわけで。
俺はこれから到着する賓客達に挨拶するため、準備中である。
「バラド殿は、良い感性をお持ちですね。流行も上手く取り入れていますし、これならドイル様によく似合うでしょう」
俺のために用意された衣装をしげしげと眺め、感想を述べるガルディに眉をしかめつつ、真新しい己の衣装へと視線を落とす。
式典まで十日を切った現在、近隣国家の使者達がマジェスタの城にやって来ている。しかも国同士の関わりが深い分、使者達の身分は王族や準王族と高い。
その分、迎える側も大変だ。正直もっとぎりぎりに来ればいいのに、と思わないでもないが、各国の上層部が集まる機会などそうそうない。この機会に普段交流のない国との縁繋ぎ等々、各国が考えるのは仕方のないことである。
内心はどうあれ、表向きは婚約を祝いにきた者達だ。彼らの滞在を、マジェスタが断ることはない。『来るのが早い』という理由で断るなど、みっともないからな。
当の式典は、前夜祭と婚約式当日と後夜祭にわけて行われる。
わざわざ三日もかけるのは、純粋なお祝いもさることながら、王家の威信を示すため。また、この婚約にはそれだけの価値がある、と国内外に知らしめるためである。
内にはアギニス家と王家の仲を、外にはお爺様やセルリー様は引退したが、王女を降嫁させても惜しくない後継ぎが育っている、迂闊に手を出すと痛い目見るぞというアピールだ。
……その一環として、俺も今こんな恰好を求められているわけだ。
溜息を零しつつ着ていた服を脱ぎ、用意されていた衣装を手に取る。
ちなみにバラドは服の準備をすませた後、部屋を訪れたメイドと二、三言葉を交わすと、『ドイル様。確認したいことができましたので、しばしお待ちいただけますか?』と言って装身具の入った箱を手に部屋を出ていった。
メイドにお礼を告げていたので、用意した宝飾品の色と訪れた賓客の相性が悪いなど何か問題があったのだろう。俺にはそのようなこだわりはないが、服装に気を使う者の中には、身につけている物が他人と被ったりすると機嫌を悪くする者もいる。
騎士になってしまえば、騎士服だけですべてが済むんだがな……。
冠婚葬祭すべてをまかなえる制服の素晴らしさに想いを馳せつつ、余計な皺をつけないよう気を付けながら衣装に袖を通す。肌に感じる滑らかな布の感触に、用意された衣装が上質なものだと理解する。同時に、これから出迎える賓客の身分の高さを感じ、眉を顰めた。
そんな俺を見ていたガルディが、なにを思ったのか口を開く。
「お手伝いしましょうか?」
「いい。それよりも、持ってきた情報を聞かせてくれ」
ガルディの申し出を断り、俺は情報を求める。
なぜ、ガルディがここにいるかといえば、話は簡単。挨拶に向かう俺とクレアの護衛役を此奴がもぎとってきたからだ。
俺がいるので護衛など必要ないのだが、そこは賓客の手前というやつである。俺はともかく、王女に騎士の一人もつかないのは非常識だ。
クレア付きの騎士がいただろうに、どうやってこのお役目をとってきたのか。疑問は抱くが方法は聞くまい。なんとなく想像もつくしな。
心の平穏を保つために疑問を呑み込んだ俺は、ガルディに話を促す。
「それで?」
「ゼノ様が露呈させた武器の行き先は、商業都市ハンデルでした。そこからさらにフォルトレイスに安価で転売されていたようです。私腹を肥やしていた伯爵は、すでに家財を差し押さえられておりますので、捕まるのは時間の問題かと」
着込んだ衣服を整えながら、ガルディが持ってきた情報に耳を傾ける。
なんだかんだいいつつも、こうしてガルディの方から来てくれたのは好都合だった。情報がほしくても、俺が呼びだすとどうしても人目につく。
その辺りも考慮し、俺がほしかった情報を持ってくるのだから、抜け目ない男である。
そんなことを考えながら、俺はガルディに尋ねる。
「セルリー様が見つけた魔道具はどうだった?」
「そちらも大半は持ち主と用途が判明し、現在追及中だそうです。何人かはもう地下牢に居ました。こちらも、私怨や着服目的の情報収集が主だったので、ドイル様がお求めの女性やあの男に繋がることはないかと。ただ、魔道具の中に一つ珍しいものが紛れ込んでいたそうで、こちらは中々怪しそうなので調べる価値があると思います」
与えられた情報に、俺は手を止める。
振り返れば、どこか誇らしげな雰囲気でガルディは語りだした。
「この辺りではまず見ない仕組みの魔道具だったそうです。なんとか修復し動力となる魔石を嵌めたところ、持っていた魔術師が暴れ出したと聞きました。すぐに周囲の者達が取り押さえたため問題になっていませんが、危険な魔道具だったみたいですよ? 手に持った人間が次々暴れ出すため、調査は難航しているそうです。なにかの事件に繋がる可能性があるため壊すわけにもいかず、動力切れを待とうにも補填したばかりで何年かかるかわからず。魔石を外して止めようにも、手が触れれば我を忘れ暴れ出すという悪循環。道具越しに触っても駄目だったようで、現在は誰も触れないよう幾重にも結界をかけて観察しているそうです」
「――よくもまぁ、そんな情報を仕入れてこられたな」
告げられた内容に、思わずそう零す。
ガルディが、貴族や城内に情報網を持っているのは知っていたが、よくぞここまでといった感じだ。武器の輸出ルートなどの情報は近衛騎士団所属なので手に入れ易いだろうが、魔術師団の情報まで入手可能とは。
感心しながらガルディを眺めれば、彼は俺の反応に苦笑いを浮かべ告げる。
「私ですからと言いたいところですが、残念ながらドイル様のご威光故の情報ですね」
「俺の?」
「正しくは、ドイル様にお願いを聞いてほしい魔術師からのご機嫌窺いといったところですね。『精霊様に関するお話を伺いたい』とお願いしてくれないかと頼まれました」
「……ああ」
その言葉に、俺は悲壮な顔で連れられて行った魔術師達を思い出す。項垂れ、副官殿に連れられて行く最中、それでも彼らは名残惜しそうにラファールを見ていた。
「……根性あるな」
「彼らは新人時代からセルリー様に鍛えられていますから、立ち直りも早いんです。精霊殿にご執心のようでしたから、上手く使えばよろしいかと」
俺の心からの呟きに、ガルディはにっこり笑って答えた。
……使える奴らなのか。
腹黒さを隠さない清々しい笑みを浮かべたガルディに、接触を求めている魔術師達が有能な人間であると、なんとなく感じとる。
優秀な人材との繋がりはいくらあっても困らない。魔術師の知り合いは少ないので、伝手を作るには丁度いいかもしれないなと、俺はガルディの話を記憶に刻んだ。
「検討しておこう」
「ぜひ」
近いうちに会いに行こうと考えながら答えれば、俺が乗り気なのを感じとったガルディが笑みを深めた。そして、ガルディは静かに佇む。
そんな彼をしばらく観察していたが、口を開く気配がなかったので持ってきた情報は以上のようだ。
話が一段落したところで、俺は再び衣装に取りかかる。
短めのスカーフを首に巻き、上着を着込む。袖や襟など、可笑しなところがないか確認し、上着の前を留める。
次いで姿鏡に己の姿を映し、全体に不備がないか確かめながら、俺は小さな声で尋ねた。
「――ゼノスはどうしている?」
俺のそんな質問にガルディは笑みを消し、答える。
「相変わらず、ですね」
「……そうか」
告げられた言葉に、狂ったように呟くゼノスを思い出す。
同時に、変わり果てた兄を見たリェチ先輩の姿も。
「ドイル様」
「なんだ?」
壁一枚を挟み対面した二人を思い出していると、ガルディが俺を呼ぶ。
聞こえた声に視線を向ければ、ガルディは真面目な表情を浮かべ告げた。
「ゼノスはどうにもなりません」
「ガルディ」
「二人のこれからを想ってだと承知しておりますが、和解は無理です。あれは狂っている。ドイル様や彼らがいくら言葉を尽くしたところで、奴の気持ちは変わらないでしょう」
目を逸らすことなく告げられたガルディの言葉に、俺はレオ先輩達がいる隣室へと目を向ける。
リェチ先輩は法を犯した兄ではなく、己とサナ先輩の将来を選んだ。だから俺も、ゼノスと二人の関係が露呈しないよう細工することを選んだ。
二人とゼノスの関係が明るみに出ないように、もし発覚したとしても二人はまったく関係なかったのだと証明するための証拠集めと根回しをしている。
流石に奴を救いたいと言うつもりはない。ゼノスの現状は当然だと思っている。
そう思う一方で、『ゼノスの気持ちがもう少し落ち着いて、会話できたなら』と考えたのも事実。
ゼノスは運よく処刑を免れたとしても、今後牢から出ることはないだろう。しかしリェチ先輩とサナ先輩は違う。二人は、これからも外で生きていくのだ。
特にリェチ先輩は、このままでは一人でゼノスとの過去を背負って生きていくことになる。なにも知らずに生きるサナ先輩の側で。
……それはきっと、苦しい人生になるだろう。
だから、優しい言葉でなくてもいい、なにかリェチ先輩がゼノスと決別できるだけの言葉を引き出せたなら、と思っただけ。二人を激しく恨んでいる様子のゼノスに、それを望むのは難しいことくらいわかっている。
「わかっている」
己に言い聞かせるように、呟く。
そんな俺をじっと観察していたガルディは、やがて腰を折った。
「それならば、いいのです。出過ぎたことを申しました」
「いや……」
その会話を最後に、俺とガルディの間に沈黙が落ちる。
と丁度その時、計ったようにコンコンコンとノックの音が聞こえた。
「お待たせいたしましたドイル様。入室してもよろしいでしょうか?」
「ああ。大丈夫だ」
俺は、聞こえてきたバラドの声に了承の言葉を返す。
先のガルディの忠告は、俺を心配してのものだとわかっている。しかし返す言葉が見つからず、その所為で若干気まずい空気が流れていたので助かった。
ガルディも似たような心境だったらしく、ガチャリと開いた扉に詰めていた息を吐く。
「失礼いたします」
入室の言葉と共に、バラドが入ってくる。
次いで、出ていった時とは違う装身具入れを持ったバラドは、俺の姿を見るなり目を輝かせ、肩を落とすという器用な行動を見せた。
「……お似合いです、ドイル様」
「ありがとう」
「間に合いませんでしたか……」
告げられた褒め言葉に礼を言えば、バラドは小さい声で呟く。
どうやら着替えを手伝いたかったらしい。
少しの間、残念そうな目で俺を見つめていたバラドだったが、すぐに気を取り直し告げる。
「ドイル様。本日は是非こちらの装身具をお召しください!」
「わ、わかった」
顔を上げた瞬間見えた、バラドの期待に満ちた目に嫌な予感を抱きつつ、俺は差し出された箱を受け取った。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。




