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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
132/262

第百三十二話

 太陽も傾き、そろそろ夕焼け空に変わろうかという時刻。

 池のすぐ側にある青々と茂った芝生の上で、俺はアインス達と向かい合っていた。

 アインス、ツヴァイ、ドライ、フィーアは、しゃがみ込んだ俺の前にフュンフを突出すと、口々に事の次第を説明し始める。


『追いかけっこして遊んだ後、皆でお昼寝していたの。それで、起きたらフュンフがいなくて!』

『アインスに起こされて慌てて皆で探したら、この馬鹿、人間が持ってきた餌に釣られて罠にかかっていたんですよ!』

『フュンフ、ずっと食べてただけ! 凄く重かった!』

『そうなの! アルヴィオーネさんに助けてもらった後、果物の重みで池に落ちそうになってるのに頑なに放さなくって、仕方ないから皆で運んであげたの!』

 

 アインス達はばっさばっさと翼をはためかせ、フュンフがとった行動を報告していく。


『みんなで果物ごと持ち上げて、なんとか木の上に避難したのよ』

『僕らが逃げたことで、魔術師と薬師達が喧嘩し始めて……そうしたらアルヴィオーネさんが、『うるさい』って言って人間達を』

『池の中に、水の手でズルッと』

『最初、ラファールさんが来て止めようとしてたの。でも、私達に危害を加えようとしたって聞いたら、『手伝うわ!』って……』


 怒られると思っているのか、アインス達はちらちらと俺の顔色を窺いながら言葉を続けた。そしてフィーアの言葉を最後に、全員が黙り込む。

 次いで、視線で互いを牽制し始めたかと思えば、小さな声が聞こえてきた。


『貴方が言いなさいよ』

『いや、僕ドイル様呼びに行っていたからいなかったし』

『俺、嫌』

『私も嫌よ』


 残りの報告を擦り付け合うアインス達に、俺はここについた時の光景を思い出した。






 セルリー様の言葉に戦慄した俺は、ウィン大叔父様やオブザさんに大急ぎで別れを告げた。次いで鍛錬場を飛び出し、走った。何か言っていたセルリー様は無視し、感じていた疲労感も忘れ、それはもう全力で走った。


 ――間に合いますように!


 その一心で先を急ぐ。

 お爺様や父上、セルリー様ではないのだ。ラファールとアルヴィオーネのタッグに勝てる者達が、魔術師や薬師達の中にいるとは思えない。彼女達を怒らせたら最後、彼らの行く末は決まっており、きっと抗う暇さえ与えてもらえないだろう。

 俺は刀の鍛錬に集中してしまうので、退屈させるだろうからと自由にさせた結果がこれである。こんなことなら、全員一緒に連れて行けばよかった。

 激しく後悔するも、過ぎた時間は戻らない。


 ――頼むから、なにもしないでくれよ。


 ラファール達の側にいる魔術師と薬師達に念を送りながら、ひたすら走る。

 そうして、庭園の端に作られた池に必死に向かっていると、前方から見慣れた青い鳥が一羽飛んできた。

 その青い鳥、ツヴァイは俺の存在に気が付くとより一層両翼を羽ばたかせ、速度を上げる。大変焦っているらしいその様子に、俺は間に合わなかったことを悟った。


 ……手遅れ、か。


 そんな考えが、ふっと脳裏に浮かぶ。

 現実とは無常だ。

 これでも結構急いだんだけどな、と俺が厳しい現実を嘆いている間に、ツヴァイは凄い速さで横を通り過ぎ、背中をぐるっと回る。

 そして俺の顔の横に並ぶと、飛びながら捲し立てた。


『ドイル様! 大変なんです、アルヴィオーネさんが人間を池に引きずり込んで、止めてくれるのかと思ったらラファールさんまで参戦しちゃって、どんどん大惨事に!』


 告げられた内容に俺は【疾風】のスキルを発動させ、風のように走った。

 その後、辿り着いた先で何を見たかというと。

 青々と茂る芝生すれすれと真っ青な空の間を垂直に、猛スピードで行き来している魔術師達と、風のボールに閉じ込められ、洗濯機もかくやといった速さで回されている薬師達の姿である。

 遊園地などで見かける、垂直落下マシンのような仕打ちを受けている魔術師達の叫びは悲痛で、遠のいていく悲鳴が異様に長かった。

 頂点を目視することができなかったため真相は不明だが、かなりの高さまで打ちあげられていたと推測される。

 一方、池にいる薬師達から聞こえる悲鳴は力なく、短かった。いや、あれは悲鳴というよりうめき声というのが正しかった気がする。

 どのような仕組だったのかアルヴィオーネが黙秘したためわからないが、ただ回されるだけでなく、複雑な動きをしながら浮き沈みしていたようだった。時折顔を覗かせる風のボールに閉じ込められた人間達が、青い顔でぐったりしていたのが印象的だった、とだけ言っておこう。


 その光景は阿鼻叫喚というに相応しく。

 空にも池にも、思っていた以上の人間がおり、中々壮観な光景であった。

 魔術師も薬師も十から十五人ずつくらいはおり、予想を上回る人の多さに『騒ぎが人を呼ぶにしてもほどがあるだろう、暇人どもめ』とつい毒づいてしまったのは内緒である。想像以上の事態に俺も動揺していたのだ、許してほしい。

 渦巻く水の中からチラチラ見える白衣に、たまたまローブ姿の人間が混ざっているのを見つけ『……あ、魔術師も混じってる。レアだな』と現実逃避しかけるくらいには、衝撃的な光景だった。


 その後、心配そうに俺の名を呼んだツヴァイのお蔭で我に返り、急いでラファールとアルヴィオーネを呼んだ。

 そうして、魔術師と薬師達を解放するよう二人を説得すること十数分。

 なんとか二人を説き伏せることに成功し、魔術師や薬師達を救出した。

 そして丁度やって来たグレイ様達と合流し、今に至る。


 でもまぁ、反省はしているんだよな……。


 そんなことを考えながら、アインス達へと視線を落とす。

 アインス達は不味い事態を引き起こしたと自覚しているのか、気まずそうに視線をウロウロさせていた。しかし俺の側を離れる気はないらしく、皆羽をたたんで大人しく俺の言葉を待っている。

 アインス達もフュンフが人に捕まり、自分達も初めて人に狙われ不安だったのだろう。

 今は落ち着いているが、アインスとドライとフィーアは俺の姿を見ると飛んできて、けたたましく鳴いていた。

 口数の少ないドライまでいつになく鳴いていたのは、正直驚いた。ラファール達の暴走を目の当たりにし、怖かったというのもあるだろうが、アインス達があれほど動揺を見せたのは初めてだった。

 

 それに今回の件に関しては、俺の読みが甘かったというのもある。

 ラファール達を追いかける魔術師はいるとは思ったが、彼女達は精霊の中でも強い方だし、そもそも精霊を見られる人間は少ない。

 そのため、ラファールには人が煩わしくなったら排除するのでなく、姿を消すように命じていた。アルヴィオーネも、長年池に住んでいただけあり、人への対応を心得ていた。フュンフさえ捕まらなければ問題は起きなかったはずなのだ。

 いい訳でしかないが、アルヴィオーネが住処にしていた池は庭園の端にあり、城の上層階からならともかく、下層階からでは見えない位置に存在する。また庭園は広いので、城からはある程度歩かないと池には辿り着かない。

 だから、普段研究室に籠りっぱなしの薬師達がアインス達を見つけ、なおかつ捕まえようとするとは想像もしなかったのだ。

 故に大丈夫だろうと、高を括っていた。


 さぼりにきて、たまたま見つけたんだろうな……。


 人がこないということは、裏を返せばさぼるのにうってつけの場所だと、なぜ思いつかなかったのか。城には多くの人間が働いているのだ。中には仕事をさぼる奴もいるだろう。

 話を聞く限りアインス達に過失はない。俺の言いつけを守り、きちんとアルヴィオーネの保護下にいたのだから。


 ……というか、元を正せば悪いのはフュンフなんだよな。


 俺の読みの甘さも原因だが、そもそもフュンフが餌に釣られなければ何事も起らなかったのだ。

 いくら薬師達が集まろうとも、所詮非戦闘員である。アインス達の方から近づかないかぎり、空を優雅に飛び回るフェニーチェを捕獲する術などない。

 餌は十分与えているはずなのに、なぜフュンフはこうも食い意地が張っているのか。

 しかも、自分の仕出かしたことに自覚がないときた。 

 他の兄妹は俺の言いつけを守れなかったと落ち込んでいるのに、当のフュンフは腹が満たされたことで眠たくなってきたのか、うつらうつらしている。

 背後を兄妹達に囲まれ、最たる原因として俺の前へ突きだされているというのに、いい度胸である。

 別れ際だって、アインス達の二倍は時間をかけて言い聞かせたというのに、己から捕まりに行くとは、もはや怒りを通り越して悲しくなってくる。

 三歩で忘れる鳥頭、という言葉が脳裏を過る中、俺は一先ずフュンフから視線を外し、アインス達を呼ぶ。


「アインス、ツヴァイ、ドライ、フィーア」

『『『『はい』』』』


 俺の声に反応し、四羽は急いで顔を上げる。

 緊張した面持ちで言葉の続きを待つアインス達に、俺はゆっくり告げた。


「今回は、深く反省しているようだから何も言わない。そもそもフュンフが悪いのであって、お前達に過失はないからな。ただし、お前達は人間にとって貴重な素材であり、有益な材料であることを忘れるな。お前達は本来、人と共にない生き物だ。バラド達はお前達が俺の物だと知っているから害を加えないが、多くの人間は違う。薬師達のように手の届く距離にいれば捕獲しようとするし、場合によっては仕留めようとするだろう。中には魔法を使う者もいるし、飛び道具を使う者もいる。少しくらい大丈夫といった過信もするな。人を見たらまず警戒し、距離をとれ。いいな?」

『『『『はい!』』』』


 俺の言葉に元気よく返事をしたアインス達を、一羽一羽撫でてやる。

 叱られると思っていたアインス達は、俺が手を伸ばした瞬間びくりと体を震わせていたが無視して撫でれば、ぽかんとした表情で俺を見る。

 次いで、「あれ? もういいの?」と困惑した表情を浮かべた。

 そんなアインス達に軽くでこぴんを贈る。種族の差もあるし、鳩程度の大きさしかないアインス達を俺が殴ったりしたら大怪我を負わせてしまうからな。


「これで終わりだ――頼むから、あまり心配かけてくれるなよ?」


 そうアインス達に告げた後、俺はフュンフへと手を伸ばし、ゆらゆら揺れている頭を掴む。


「フュンフ」

『む!?』


 ガシッと小さな頭を掴み、こちらに向ける。ようやく目を開けたフュンフと視線を合わせながら、掴んだ手に少し力を込め告げる。

 

「お前はとりあえず、一週間俺の魔力は無しだ」

『え』 

「餌は別のものやるから、安心しろ」


 そう宣告すれば、フュンフは目を見開き驚きの声を上げる。


『何故!?』

「何でもかんでも口にするな、俺が与える餌以外は食べるなと、何度も言っただろう。お前も最後は『わかった』と答えた。破ったら、罰を与えるとも言った。だからだ」

『そんな!?』

『『『『当然だ!』』』』


 俺の言葉に心底ショックを受けているフュンフに、アインス達が一斉に告げる。


『あんたはちょっと反省しなさいよ!』

『お前の所為でどれだけ大変なことになったと!』

『ご主人様、迷惑!』

『あんたアルヴィオーネさんや私達がいなかったら、今頃鳥鍋にされてるところよ!』

『鳥鍋!?』


 兄妹達の言葉に不満そうな表情を浮かべていたフュンフだったが、フィーアの言葉に衝撃を受けていた。流石に鳥鍋は嫌らしい。

 フィーアの脅し文句に反応したフュンフに、俺はなるほどと感心する。こう言えば此奴の心に響くのかと学んだ俺は、学んだことを生かしさっそくフュンフに言い聞かせる。


「知らない人間について行くと、美味しく食べられてしまうぞ」

『それは、嫌!』

「じゃぁ、餌を見せられても知らない人について行かないことだな」

『むむむ』


 本気で悩むフュンフに、「こう言えばよかったのか!」と光明を感じる一方で、「知らない人に食べ物をもらってはいけませんって三歳児に言う言葉だよな……」と、少し悲しくなる。


 ……フュンフの教育は先が長そうだ。


 これからの長い道のりに想いを馳せながら、俺はフュンフを捕まえる。これ以上、此奴は自由にさせない。


『むぎゅ』


 捕獲したフュンフを逃がさないよう抱え、立ち上がる。

 次いで、アインス達に声をかけた。


「グレイ様達のところに行くぞ」

『了解!』

『了解です、ドイル様』

『わかった!』

『はーい。早く行きましょ、ご主人様』


 俺の言葉に応えつつ、腕やら頭やら各々好きなところに陣取ったアインス達に苦笑いを浮かべる。アインス達を乗せて行くのはどうかと思ったが、「まぁ、今日くらいはいいか」と思い直し俺は歩き出した。

 フュンフをきっかけに、アルヴィオーネとラファールが仕出かしたことの後始末をするために。






「だって精霊様が目に見えて、会話できるんですよ?」

「俺程度の魔術師じゃ二度目があるかどうか……これはもう行くしかないと!」

「セルリー様ならわかってくださるでしょう!?」


 ぼさぼさに乱れた髪をそのままに、セルリー様に言い募る魔術師達。

 彼らの主張に耳を傾け思案するグレイ様を気にしながら、切々と訴える魔術師達は必死だった。できるだけ処分を軽くしたいらしい。

 そんな彼らを見下ろし、セルリー様はゆっくり口を開く。


「私は、私用で来たにも関わらず、リブロに頼まれた仕事を真面目にこなしていたんです。そんな私を差し置いて、仕事をさぼる方の気持ちなんてわかるはずないでしょう? 引退した年寄りを働かせて若者は楽をする。嘆かわしい世の中ですねぇ」


 嫌味たっぷりに告げたセルリー様に、魔術師達は頬を引きつらせる。

 助けを求めグレイ様を見るも、返ってくるのは無反応。

 落胆しつつ辺りを見渡した彼らは、向かってくる俺を見つけ瞳を輝かせた。


「アギニス様!」


 魔術師達は嬉しそうに俺を呼ぶ。

 そんな彼らを少し離れたところから確認した俺は、行きたくないなと素直に思った。


ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

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