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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
128/262

第百二十八話

 太陽が燦々と降り注ぐ昼下がり。

 太い丸太が円を描くように、何本も地面に突き立てられている。その中心に俺はいた。

 ここは昨日オブザさんと会った鍛錬場とは別の、野外に作られた鍛錬場で父上やお爺様、セルリー様達がよく使用する場所である。

 直しても直しても壊れる建物に嫌気がさし作られたここは、どれだけ暴れてもいいように周りを囲む塀しか設置されていない。しかも唯一ある塀は、セルリー様の手によって城壁並みに強化されている。


 あの人達が本気だしたら、建物なんて吹っ飛ぶからな……。


 この鍛錬場の設置までの流れが目に見えるようで、小さく笑う。ここなら俺が全力で刀を振るっても壊れないだろう。

 そんなことを考えながら、俺は腰に差した二本の刀を見る。今日はオレオルの使い勝手を確かめる予定なので、左にオレオル、右にエスパーダが差してある。

 二本ともしっかり固定されていることを確認し、辺りを見回す。

 俺の居る場所から離れた、塀ぎりぎりの場所に沢山の姿が見える。バラドやレオ先輩達は勿論、ウィン大叔父様とオブザさんご一行、そして何故かグレイ様とジンが俺を見守っていた。

 衣装合わせや儀礼の手順確認くらいしか仕事のない俺とは違い、グレイ様には公務などやることが沢山ある。なのに、このようなところで油を売っていていいのだろうか。そんな疑問がふっと脳裏を過ったが、まぁこの場所を貸し切ってくれたのはグレイ様なので何も言うまい。


 楽しそうな学生組と興味深そうに観察しているオブザさん以外の護衛達、ちょっと心配そうにこちらを見ているウィン大叔父様。そして真剣な眼差しで俺を見るオブザさん。

 彼らの視線を受けながら、俺はオレオルに手を伸ばす。

 柄を握り、身を低くして構える。次いで呼吸を整えた。

 そして、一歩を踏み出す。

 同時に【居合斬り】を発動させてザンッと一本目の杭を斬る。

 太陽を浴びて光り輝くオレオルの存在感は抜群だった。


 同じ刀なのにエスパーダとは随分印象が違うな……。


 太陽が似合うオレオルにそんな感想を抱きながら、右に飛んで【回転斬り】を発動させる。斬り落とされた杭には目もくれず、俺を囲っていた丸太を時計回りに斬り進む。【斬り上げ】、宙に浮いた杭を【空中斬り】で二分する。

 続いて見えた杭に向かって【飛刀】を使う。軽く使ったつもりだったというのに、飛んでいった斬撃は縦に並んでいた二本をいとも簡単に切断した。

 その威力に驚きつつ、【水刀】を発動させる。飛刀の威力を考え少なめの魔力をせた所為か、エスパーダより刀身の伸びが悪い。魔力追加し、一メートルくらいまで刃を伸ばす。

 飛刀を思うにオレオルはエスパーダよりも魔力の伝達がいいらしい。しかし、水属性との相性はエスパーダほどではない。

 そんなことを考察しながら、三本ほどまとめて斬る。手応えはほとんどない。

 エスパーダに勝るとも劣らない切れ味に、一体どれほど貴重な魔獣の素材が使われているのやらと考える。

 鎧も簡単に斬れそうだなと思いながら、残っている杭へと駆け寄る。

 【水刀】のスキルを解いた後、辿り着いた最後一本に【乱刺し】を発動させる。

 パンッと刀ではありえない破裂音がした次の瞬間、俺の胴体ほどあった丸太の半分が消し飛んでいた。


 あっという間に使い物にならなくなった丸太に物足りなさを感じつつ、俺は刀身を鞘に戻す。

 その際、暴れ足りないとでも言うかのように、引き抜く時には感じなかった僅かな抵抗感があった。次いで不満を告げるようにチン! と大きな音をたてて鞘に収まる。

 手応えのなさにつまらないと思った俺の感情がそう感じさせたのか、オレオルに意志でもあるのか。まぁ、前者だろうなと思いながら、辺りを見回す。

 見渡した先には、短く斬り揃えられた杭の残りと綺麗な断面を見せ地面に転がる丸太。

 奥にはいつもどおりの反応を見せるバラド達と、目を見張る東国の護衛達。優しい眼差しで俺を見るウィン大叔父様とオブザさん。

 そんな彼らに小さく口端を上げる。しかしすぐに真剣な表情に戻し、口を開いた。


「このような感じでいかがでしょうか? 師匠」

「うん。上出来だ」


 畏まった態度で尋ねれば、オブザさんは厳かに頷いた。


「――なんてね。どれもたいしたスキルでもないのに素晴らしい威力だよ、ドイル君。驚いた」

「ありがとうございます」


 わざとらしい師弟のやりとりに顔を見合わせ笑った後、オブザさんは改めて今後の予定を説明する。


「さて、今後の予定なんだけど……刀を贈っておいていまさらだけど現実問題、両手で刀を振り回すのはお勧めしないよ。余程の筋力でもないかぎり、両手剣の勢いを片手で殺すのは大変だからね。刀は刀身も細いし。でも、要所要所で両手を使えるのは有効だと思う。馬上で右手左手どちらでも使えれば戦い易いだろ? それに刀は槍と違って射程距離が劣る。相手の懐に入る時なんか片手で相手の攻撃を捌いて、もう片手で決められれば楽だしね」

「そうですね」


 オブザさんのもっともな意見に頷く。

 刀は意外に重さがある。元から短期決戦とわかっていて二刀使うならばまだしも、先の見えない戦いで初っ端から両手を振り回しては、早々にスタミナ切れをおこして負けるだろう。

 一方で、二刀同時に使用することで攻守を同時におこなえるのはいい。それも右手左手で攻守をわけるのでなく、どちらの手でも同様に戦えれば理想的だ。右と左どちらから攻撃がくるか判断しにくくなるし、フェイントもいれやすいだろう。


「それから、それは水や氷の属性と相性がいいわけではないから実戦では右手にエスパーダ、左手にオレオルの方が戦い易いと思うよ。刀身を伸ばすために二回魔力を送っていたし、ドイル君も感じただろう?」


 オブザさんの提案に思案していると、当然のように告げられた言葉に目を見張る。


 ……気が付いていたのか。


 見てわかるほどのタイムラグも動揺したつもりもなかったが、お見通しだったようだ。

 俺達のやりとりを見守っていたグレイ様の口から感心したような声が漏れるのを聞きつつ、オブザさんの言葉を素直に肯定する。


「はい。飛刀は思った以上の威力でしたが、水刀の伸びは今一つでした。それでも普通の武器とは比べものにならないほど扱い易かったです」

「相性のいい属性はないけど、素材には魔鉱石や龍なんかも使っているから魔力の伝達はいいはずだよ。魔法耐性も高いから、上手く扱ってやれば魔法も斬れるって、製作者が熱弁していたし」

「「龍!?」」


 オブザさんの言葉に、リェチ先輩とサナ先輩が思わずといった様子で声を上げる。声を上げた途端集まった視線に口を押え、慌ててレオ先輩の後ろに隠れた二人を見送る。

 二人のお蔭でなんとか言葉を呑みこんだが、俺も叫びたい気持ちで一杯だ。

 魔鉱石や龍を素材にしていれば、そりゃこれだけの刀に仕上がるだろう。というか、オブザさんは龍などどこで手に入れたのか。買ったのだとしたらとんでもない金額になる。

 そんな俺の思いが顔に出ていたのだろう。オブザさんは困ったような顔で笑い、話を進めていく。


「龍の元手はタダだから気にしなくていいよ。話を戻すけど、まずは利き手じゃない方で今のスキルを使ってみようか。それを何度か繰り返して左手でも綺麗に丸太を斬れるようになったら、俺のスキルをいくつか見せるよ。そしたらまずは利き手で動きを真似てスキルを習得。次いで左手だ。今日はオレオルの慣らしも兼ねているから、エスパーダは使わないように。さぁ、時間も勿体ないしさっさと始めよう!」

「――はい、師匠」


 早口かつ元気に話を流したオブザさんの気持ちを酌んで頷く。

 色々言いたいことはあるのだが、折角の好意である。ご本人がオレオルの価値については触れてほしくなさそうなので、これ以上気にするのはむしろ失礼になるだろう。

 この優しさは黙って受けとり、弟子として期待に応えるのが一番の恩返しだ。


「すぐ、準備します」

「うん」


 ほっとした顔を見せたオブザさんに告げ、俺は丸太の準備を開始した。






 右手と変わらない威力になるまで、スキルを使うこと数回。そう時間をかけず、普段使っているスキルが左手でも扱えるようになった俺は、現在オブザさんに新しいスキルを教えてもらっていた。


「ドイル君、次は【いかずち】だよ!」


 剣を振り上げたオブザさんに顔を上げる。

 頭上に煌めいた銀にぞわっとした悪寒が走り、全力でその場から飛退く。直後、俺がいた軌道を刃がとおり、ひゅっと風を切った。一拍遅れて、ドンッと重い衝撃が響く。

 雷が落ちたかのような音と共に、斬撃は地を割っていた。


「さぁ、やってごらん。コツはいかずちのように速く、一点に斬撃を落とすってところかな?」

「はい!」


 アドバイスに答え、後方に下がったオブザさんを追いかける。その際、今しがた見せてもらったスキルの効果で割れた地面の上を通過し、目に焼き付ける。

 余程の衝撃だったのか斬撃が落ちた場所は凹み、そこを中心に外に向けて無数の割れ目が走っていた。

 そうこうしているうちに、互いの距離は縮まりオレオルの射程距離に入る。

 脳裏に焼き付けた光景と記憶にある雷が落ちる光景。二つを合わせ、待ち構えているその人に向かって上から真下に斬撃を一つ、光の速さをイメージして刃を振り下ろす。

 先ほど同様ドンッと体の芯の響く音が聞こえた後、『スキル【いかずち】を取得しました』という文字が脳裏に踊った。

 習得できたスキルに足を止める。攻撃を避け、少し離れたところで剣を鞘に戻していたオブザさんを見やれば、朗らかな笑みを浮かべてこちらへとやってくる。


「どうだった?」

「お蔭様ですべて習得できました」

「それはよかった」


 愉しそうに聞かれたので素直に答えれば、どこかで息を呑む音が聞こえた。

 オレオルを鞘に戻し、ウィン大叔父様達がいる方に目を向ける。

 グレイ様達の反応は相変わらず。ウィン大叔父様はどこか誇らしそうな表情を浮かべており、護衛の人達は唖然とした表情でこちらを見ている。

 恐らく先ほどの音は護衛の誰かだろう。


「ははっ! あいつら相当驚いてるね」

「そのようですね」


 俺の視線の先に気が付いたオブザさんが吹き出す。

 愉快そうな表情で告げられた言葉になんて答えればいいのかわからず曖昧に返せば、さらに笑みを深めオブザさんは言った。


「胸を張るといい。君みたいな子はそうそういないからね」

「……ありがとうございます」


 褒め言葉と共にくしゃっと頭を一撫でされ、少し照れる。


「行こう。一旦休憩だ」

「はい」


 促され一緒に歩き出す。そんな俺達をみて、バラドが休憩の準備を始めていた。




 地面すれすれを斬る【影刈り】から始まり、宙から地にいる敵にむけて飛刀と乱刺しを同時に使う【流星】。敵に四方から囲まれた時に役立つ【円歩】という足運び。それから二本の刀で円歩を使うと習得できる【風巻】などなど。いかづち以外にも、今日だけで沢山のスキルを得ることができた。

 これもオブザさんの指導のお蔭である。

 わかりやすいアドバイスと、ただ真似るだけでなく実戦さながらの緊張感の中で行う練習。動きを繰り返す鍛錬でなく、戦いの中の方がスキルを得る確率は高い。

 お茶の準備をしているバラドを眺めながら、今日の成果を振り返る。


「一休みしたら、左手でさっき得たスキルを使ってみようか」


 そんな俺に、オブザさんが告げる。

 その言葉に答えようと俺も口を開く。


「――お待ちください!」


 しかし、答えようした俺が声を発するより早く、声を上げた奴がいた。

 聞こえた声にオブザさんと共に顔を見合わせる。次いで声の主をみれば、今までにないくらい熱い目で俺を見つめるジンがいた。


「お邪魔をして申し訳ございません、ドイル様! しかしこのジン、ご迷惑を承知でお手合わせ願いたく!」


 そう言って俺を見据える眼差しは、焼け付くようで。

 スキル習得の為に実践さながらの動きをしていたので、触発されたのだろう。槍を握る手にはかなりの力が入っており、指先が薄ら白くなっていた。

 いてもたってもいられない、とジンの顔に書いてある。


「実力不足は承知しております。しかしどうか今一度、その刀を受けさせていただきませんか」


 槍を持ち俺に懇願する姿は恐ろしく真剣だった。

 そんなジンを前に、俺はオブザさんを仰ぎ見る。


「ご自由に」


 そう告げるとオブザさんは俺から離れる。

 自由にといわれたのでもう一度ジンに視線を戻せば、焦がれるような切望するような瞳とかち合った。


「お願いします、ドイル様!」


 熱の籠った声で告げるジンからは、己の力を試してみたい、今度こそ越えてみたい、そんな感情がひしひしと伝わってくる。

 俺がお爺様や父上に向けるものと同種の、尊敬と野望の籠った視線。

 燃え盛る闘志を宿した瞳に、ぞくりと背筋が震える。

 ジンやワルドを散々脳筋、戦馬鹿と言ってきたが、どうやら俺も似たようなところがあったらしい。


「バラド」

「畏まりました」


 真っ直ぐ俺を射抜く赤茶の瞳から視線を逸らすことなく、休憩の準備をしていたバラドを制止する。

 そして、熱い視線に刺激され湧き上がる感情に身を任せ、口を開いた。


「――いいぞ。こい、ジン」

「はい!」


 気合を感じる返事を聞き、再び鍛練場の中央へと歩き出す。

 そんな俺の隣を歩くジン。『負けません!』と如実に語るその顔に、自ずと口端があがった。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。



本日、活動報告で書籍について書かせていただきました。

よろしければ、覗いていただけると幸いです。

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