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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
118/262

第百十八話

 ワルドとシオンと共に瓦礫の影に身を潜め、ゼノス達の様子を窺う。

 俺達が身を隠す瓦礫から、少し離れた位置にある城壁の前。

 そこで、取調室の壁を溶かした薬と同じものだと思われる、紫の液体を持ったゼノスが、アインス達に弄ばれていた。


「なんだお前ら!? 邪魔をするな」

『ドイル様はまだかしら?』

『いや、多分もうくるよっ!』

『この! この!』

『このホルダーいい皮使ってるわね。堅い、けど私の敵じゃないわ!』

『むしゃむしゃむしゃ』

「くそっ! 鳥ごときが俺の邪魔をするんじゃない!」


 呑気な会話をしながら、羽で顔を叩き視界を防ぐアインスと、頭をつつきながら髪の毛を毟り取っているツヴァイ。

 薬を手放させようと瓶を握る手を執拗につつくドライと、ゼノスの腰につけられた他の薬瓶を奪おうと、革製のベルト型ホルダーをつつくフィーア。

 積極的にゼノスの足止めを行う他の兄妹を他所に、ゼノスが握る薬瓶をつつき魔法薬の魔力を食べているらしいフュンフ。

 そんな彼等を追い払おうと、ゼノスが手や足を振り回している。

 しかしアインス達はそんなゼノスの抵抗など意に介さず、ひらりひらりと腕や足をよけながらゼノスの妨害を続けていた。

 ゼノス達越しにみえる城壁の一部分は大分溶かされており、すでに貫通している拳大の穴からは月明かりに照らされた街道が見える。


 ――アインス達を先に向かわせたのは正解だったな。


 いいタイミングで妨害を開始してくれたらしいアインス達を、心の中で褒める。

 王都から出さないようにと告げた俺の言葉を実行しているのか、さりげなく城壁からゼノスを遠ざけている辺り、優秀な奴らである。


 現在ゼノスの手の中にある薬は、あと三分の一ほど残っている。

 あれをかけ終えれば、あの拳大の穴は人が通れる大きさになるのだろう。間に合ったようで一安心だ。

 ストレスでも溜まっているのか、ぶちぶちと音が聞こえそうな勢いで髪を毟っているツヴァイや、こんな時でも食べることを優先するぶれないフュンフなど突っ込みたいところはいくつかある。

 特に、フュンフがつつくにつれ怪しく輝いていた紫の魔法薬が輝きを失っている点とか、魔力が漏れないよう特殊加工されているはずの薬瓶越しにどうやって魔力を喰っているのかとか、まぁ色々突っ込みたい。

 しかしそれは後でいい。

 今すべきことは、ゼノスが逃亡できないよう穴を塞ぎ、城壁を強化することと、彼奴が所持している他の薬を取り上げること、生きたまま捕えることの三点である。

 穴を防ぐのは一瞬でできるが、薬を取り上げるのは中々難しい。ゼノスが逃亡の際に持ち歩く薬など、碌なものではない。

 しかも魔法薬の効能は、見ただけではわからない。実際に喰らってみればわかるだろうが、それでは手遅れ。迂闊に近寄っては危険だ。

 腰に巻いている薬以外にもゼノスが隠し持っている可能性は高いが、一先ずフィーアが腰に巻いたホルダーを取り上げるまで待ち、事を起こす方が確実だろう。


「……頭つついてる鳥、容赦ないな」

「ああ」


 フィーアがホルダーを回収したら間合いを詰め、氷魔法で城壁の穴を塞ごう、と思考をまとめたところで、極々小さな声でワルドが呟く。

 思わず、といった感じで呟かれたワルドの言葉に同意するシオンの声がやけに重かった。

 ツヴァイがゼノスから離れる度に嘴からハラリハラリと舞い落ちる髪の毛は、確かに結構な量である。


『この! この! この!』

『ちょっと、アインスとツヴァイもドライを見習って真面目にやんなさいよ!』

『やってるわよ?』

『そうそう――って何でもかんでも食べるなフュンフ! 僕らまでドイル様に味覚を疑われるだろう!?』

『不味いー』

『当たり前だ! アインスもドライもフィーアも見てないで、フュンフを止めてくれ!』

『フュンフの世話はツヴァイの仕事!』

『えー? それはツヴァイの仕事でしょ?』

『フィーアの言う通りよ。第一ドイル様に頼まれたのは貴方でしょ?』

『むぐむぐむぐ』

『ドイル様に頼まれたって、偵察の時の話だろ!? そうやってなんでもかんでも僕に押し付けて!』


 フュンフに対して投げやりな態度をとる兄妹達に、苛立ちのこもった声をあげつつ、フュンフの回収に向かったツヴァイに、心の中でそっと涙を拭う。

 賢いが、できる限り手を抜き、ばれないように仕事を押し付けつける要領のいいアインス。

 深く物事を考えるのは苦手だが、真面目で兄妹の中で最も大きな体を持つドライ。

 頭の回転が速く、目端も利くが我儘なお嬢様気質のフィーア。

 基本食べることしか頭にない自由なフュンフ。

 個性的な兄妹が揃う中、ツヴァイは常識を持ち、賢く真面目だ。

 知識欲が旺盛な一面はあるが、人の常識にもあかるい。その為、何かとツヴァイに頼むことが多い。フュンフの監視であったり、兄妹達との連絡係だったりな。

 それは一番信頼しているが故の選択だった訳だが、ツヴァイにとってはストレスだったのかもしれない。いや、ストレスだったのだろう。

 今の会話を聞く限り、ツヴァイは兄妹の中で相当貧乏くじを引かされているようだし、この件が片付いたら一度ツヴァイの愚痴を聞いてやった方がよさそうだ。


 ……とりあえず、ツヴァイには後でたっぷり俺の魔力をやろう。


 強制的に、しかし決して傷つけないようフュンフを回収し、再びゼノスの足止めに戻ったツヴァイを眺め、帰ったら絶対労ってやろうと、密かに決意する。

 此処は一つ、ツヴァイの為にも早く終わらせてやった方がよさそうだ。


「ゼノスの腰回りをつついている奴が、ホルダーごと薬を回収したら行くぞ」

「おう」

「わかった。ところで、あの髪の毛毟ってる鳥大丈夫か? ストレス溜まってんじゃねぇか?」

「わかっている。彼奴は後でちゃんと労う予定だから大丈夫だ」

「ならいいけどな。ペットは大事にしろよ? 若様」

「ああ」


 ゼノスには抵抗する暇など与えず、一瞬で終わらせてみせると決意を改め、二人に声をかける。シオンの言葉にツヴァイへの罪悪感が増したが、その感情には蓋をしてゼノスを見据えた。

 フィーアが嘴や足でしつこく攻撃を続けていたお蔭で、ゼノスの腰に巻かれたホルダーのベルト部分が千切れかけている。あと数分もしない内に、あのホルダーはフィーアの物になるだろう。


 その瞬間を逃さぬようエスパーダを構え、ゼノスを観察する。

 ワルドとシオンに視線を送れば、二人とも抜身の剣を構えている。機を窺う二人に隙はなく、俺が動けば勝手に動いてくれるだろう。

 俺達の後ろには弓に矢をつがえたリタと杖を構え準備するプラハ、その側で俺達同様抜身の剣を構えたガルディがいる。その後ろにはバラド達が控えており、ラファールとアルヴィオーネもいる。この状況で万が一などありえない。


 それにアインス達を払うゼノスの動きを見る限り、肉弾戦や武器を手に戦うのは苦手そうだ。ガルディ達の件があるので、薬師は戦闘に不得意だからといって油断をするつもりはないが、あの様子なら薬を使われないように気を付ければ問題ない。

 そうやって俺が状況を分析していると、ゼノスとアインス達の状況が動いた。


「チッ! 俺の薬は鳥ごときに使うような代物ではないというのに!」

『っと! そうはいかないわよっ、とね!』


 追い払えないアインス達に焦れたゼノスが腰に巻いた薬瓶に手を伸ばすのと、フィーアがベルトを食いちぎりホルダーを引き抜いたのはほぼ同時だった。


「な!?」


 フィーアがホルダーを咥え飛び上がると、それを助けるようにアインスが反対側を足で掴み空高く舞い上がる。そんな二羽を追いかけるようにドライが飛んでいくと、ツヴァイもフュンフをせっつきながらゼノスの手が及ばない上空へと飛び立つ。

 薬瓶をとろうと伸ばした手が空を切ったことで驚愕の声をあげたゼノスが、飛び立つアインス達を追って顔を上げる。

 その瞬間、俺もゼノスに向け踏み出した。

 俺に一歩遅れてワルドとシオンが左右に散る。

 二人がゼノスを囲むように動く気配を背に、俺は一直線にゼノスとの距離を詰める。

 同時に【氷壁】のスキルを使い、城壁にそって氷の壁を張った。


「っ!?」


 接近する俺達に気が付いたゼノスが目を見張るのを見ながら、風魔法を使い無理矢理走る速度を上げる。

 風魔法で己の背を押すのと時同じくして、脳裏に「――スキル【疾風】を取得しました」の文字が浮かぶのを感じたが、無視してゼノスとの間合いを詰める。

 その時、急速に無くなる間合いに驚いたゼノスが、握っていた薬瓶を俺に向かって投げた。

 取得したスキルの影響か、いやにゆっくり飛んでくる薬瓶をエスパーダの峰で払い氷漬けにする。次いで、右手を振りぬいた勢いを乗せた左足でゼノスを蹴り飛ばした。

 息を詰め吹っ飛んだゼノスを追いかけ、その首筋にエスパーダを突きつきけるのと、凍りついた薬瓶がゴトッと重い音を立て地に落ちるのはほぼ同時だった。


「――大人しくしろゼノス・ヴェルヒ。お前に逃げ道はない」


 痛みに悶える姿を見下ろしそう宣告すれば、ゼノスは腹を抱えたまま顔を上げ、ギッと俺を睨みつける。


「なぜ、貴様が、ここにっ!」

「勿論、お前が逃げたからだ」


 憎々しげに告げられた言葉にそう返せば、ゼノスはさらに険しい目で俺を睨む。

 俺を睨む眼光こそ鋭いが、腹を抱えたまま立ち上がらないゼノスの眉間には深いしわが刻まれていた。

 蹴り飛ばした時の手応えを思い出すに、ゼノスの体は戦う者の肉体ではなかった。大して筋肉のない体は軽く、薬を扱わせれば危険な人物だが戦士としての脅威はない。

 実際、手加減したにも関わらずゼノスは未だに苦悶の表情を浮かべている。だからといって、同情する気は毛頭ないので、見下ろしたままゼノスが怪しい動きをしないか見張る。

 そんな俺達のもとに、上空に避難していたアインス達が降りてきた。


『ご主人様! みてみて、私が取り上げたの! 凄いでしょ? 頑張ったでしょ?』

「ああ。よくやったフィーア。偉いぞ」

『でしょでしょ! もっと褒め称えてくれてもいいのよ?』

「ん、いい子だ」

『ご主人様、俺も!』

『私も頑張ったのよ?』

「ああ。ありがとうな」

『聞いてくださいドイル様! フュンフの奴がまた変なもの食べて! 僕が止めてるのにまったく言うこと聞かないんです!』

「……悪い。フュンフには俺から言い聞かせよう」

『食べていいー?』

「駄目だ」

『あっ』


 誇らしげなフィーアを褒めつつ、ホルダーを受け取る。

 褒められてご満悦なフィーアに、ドライとアインスが降りてきたのでこちらも褒めてやれば、息巻いたツヴァイが俺の頭にとまる。

 一緒に飛んできたフュンフがホルダーの上に降り立ち、薬瓶の魔力を食べようとしたので、傾けて地面に落とした。


「その鳥どもも、お前のか!?」

「頭のいい子達だっただろう?」

「俺の邪魔をするなど、忌々しいっ!」

「お前が犯罪者でなければ、此奴らだって危害は加えない」


 たかだか蹴り一発で動けない癖に、威勢だけはいいゼノスを冷ややかな目で見下ろし、そう告げる。

 

「アギニス。かわるから捕縛するといい」

「ワルド」


 ゼノスの首に剣を突きつけそういったワルドに、俺はゆっくりとエスパーダを鞘に戻す。

 無論、ゼノスから視線は外さない。この近距離で隠し持っていた薬を使われてはたまらないからな。


「ドイル様、俺がやりますよ。騎士団で使用している拘束具を所持しておりますので」

「頼んだ」

「お任せください」


 そうこうしているうちに側にやってきたガルディが、とりだした拘束具でゼノスを捕縛する。

 暴れようとしたゼノスは、喉元に剣先を食込ませたワルドと手を踏みつけたシオンによって抵抗を封じられていた。


「……ゼノス、お前ただの薬師じゃなかったのか? お前は一体?」


 完全に体の自由を奪われたゼノスは、シオンのその問いかけに答えることなく黙り込むと、ギリッと歯を噛みしめ俺を睨みつける。

 ゼノスの瞳はワルドやガルディはおろかシオンさえ映しておらず、ただ真っ直ぐに俺を見ていた。


「一度ならず二度までも俺の邪魔を……お前さえ、お前さえいなければあの時にっ!」


 俺を睨み、そう吐き捨てたゼノスの瞳は憎悪に燃えていた。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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