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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
117/262

第百十七話

 日が沈み、人々が家にこもり始める時刻。

 仕事を終えた人々がすでに帰宅したからか、昼間あれほど活気づいていた大通りはすっかり静まり返っていた。

 通りから見える家々の中には明かりがついているので、これから家族団欒のひと時を過ごすのだろう。人気のなくなった町は、住民が巻き込まれる可能性が減ってなによりである。


 この時間帯なら、場所を選べば多少暴れても問題ないな。


 そんなことを考えながら、俺はアルヴィオーネ達を追いかける。

 精霊二人は淡い月明かりが照らす王都の夜道を、迷いなく進んでいた。


『今は南西に進んでいるわ。見つけた?』

「もうちょっと。建物とか何か目印はないの?」

『目印ねぇ?』


 宙を飛びながら会話する二人の間に緊張感はない。

 時折ここではないどこかを見て、視線を彷徨わせているくらいだ。

 俺達が逃げ出した犯人を探しだし、捕まえるのは大変な作業だが、ラファールとアルヴィオーネにかかればじゃれ合いの片手間で可能なことらしい。

 人知を超えた力というのは、想像以上に恐ろしいものである。


 ……精霊を敵に回すってこういうことなのか。


 いとも簡単にゼノスを見つけだし、追跡している彼女達にそら恐ろしいものを感じながら、しみじみ思う。

 個体差はあるが、力の及ぶ範囲かつ己が司る属性のものがあれば、精霊達は色々できるのだ。

 ちなみに、アルヴィオーネは水に触れれば、操ったり水面に映る景色を見られるそうだ。操れる水量は体調によるが、水路のように繋がっている水に触れれば、どれ程現在位置と離れていようとも繋がっている先の景色まで見える。

 幸か不幸かマジェスタの王都内は、王城から中心部周辺にかけて水路が張り巡らされている。流石に王都の隅々までとはいかないが、水路が続いている範囲は広い。


 『水に姿が映っていれば追えるけど、やってみる?』とアルヴィオーネに尋ねられたのは、俺達が走りだしてすぐのことだった。

 ならば試しにとアルヴィオーネに頼んで見れば、ゼノスの姿はすぐに見つかった。

 己は強いと自己申告したアルヴィオーネからすれば、広い王都内から一人の人間を探しだし追跡することなど容易いらしい。

 ただ、水路が途切れてしまえばそれ以上アルヴィオーネは追跡することができない。

 そこでラファールの出番である。


 風の属性を持つラファールの追跡範囲は広い。

 風が吹く野外であれば、彼女の魔力量が及ぶ限り追跡可能。

 彼女が言うには王都からエピス学園までくらいの距離なら追えるらしい。反則である。

 ならば最初からラファールに探してもらい、追った方が早かったのではと思うところだが、それがそうはいかないらしい。

 ラファールからすると、力の及ぶ範囲内から一人の人間を探すというのは、砂場からたった一粒をつまみ上げる行為に等しいそうだ。

 つまり見える範囲が広すぎて、全部見るのに時間がかかるという訳である。その上、建物などに入られると風を遮られて駄目らしい。


 ただ、今回追跡する相手はアルヴィオーネがすでに見つけているし、王都からでる気なのか野外を移動中である。その為、現在アルヴィオーネの指示のもと、ラファールはゼノスを捜索中というわけだ。

 といってもほぼゼノスの位置はわかっているので、ゼノスの現在位置とラファールの中の地図を照らし合わせるだけという簡単な作業だそうだ。

 人海戦術でどうにかしようと思い人手を集めたが、まるで必要なかった。

 彼女達が力を振いやすい場が整っていたということもあるが、力の強い精霊は敵に回すものではないとしみじみ思った次第である。


『今は高級宿屋と安い宿屋の境目辺りよ。そろそろ水路が途切れるから見失っちゃうわ』

「まって、今ちらっと…………見つけた! こっちよ、愛しい子」

「ありがとう、二人とも」

『これぐらい大したことじゃないわ』

「そうよ。気にしないで?」


 アルヴィオーネの誘導があったとはいえ、いとも簡単にゼノスを捕捉したらしいラファールは、軽い口調で道案内を開始した。

 あまりに早く一方的な捕捉劇に微妙な気分になりつつ、俺は彼女達にお礼の言葉を告げる。同時に、これからどうするかを逡巡した。


 ゼノスは王都を取り囲む城壁に向かっているそうなので、近いうちにアルヴィオーネの追跡は途切れる。また、ラファールの追跡も建物に入られたり、地下に潜られてしまうと途切れてしまう。

 ゼノス自身騎士に目をつけられたことは理解している。今後の活動はもっと慎重かつ密やかに行われることだろう。

 そうなっては困るのはこちらだ。

 再度計画を練り直す機会など与えてはいけない。ゼノスは今回確実に捕獲して帰らなくてはならないのだ。

 ラファール達に魔力を与え、制限なく力をふるってもらう手もあるが、それはいささかリスクが高い。

 ただでさえ精霊達の力は規格外なのだ。そこに人より多い俺の魔力を与えてはどれ程のことが可能になるのか想像できない。


 一か八かの賭けをするのはまだ早い。


 逃がすくらいなら、とは思うがゼノスの現在位置を聞く限りまだ間に合う。

 それに俺には彼女達とは別に、攻撃できる人外の部下がいる。彼等に足止めを命じれば、ほどなくしてゼノスと対面できるだろう。

 もしかしたら王都の一部を壊滅させてしまうかもしれないリスクを考えれば、今はまだ彼女達に頼む時ではない。まぁ、いざという時は彼女達に魔力を与える手も考えるけどな。

 しかしそれも、ゼノスを人気のない地に追い込んでからである。

 そんなことを考えつつ、俺はラファールに問いかける。


「わかった。俺達とは別口でアインス達を誘導できるか?」

「勿論!」


 俺の言葉にラファールが元気よく頷いたのを合図に、上空を飛んでいるアインス達を呼ぶ。

 指先に魔力を集めて合図を送れば、すぐに気が付いた彼等は、二、三鳴いて意思疎通をはかる。

 そして短い会話の結果、ツヴァイが代表して俺のもとへ降りてきた。


『お呼びですか? ドイル様』

「ああ。ラファール」

「はい。これが案内してくれるからついてくといいわ」


 俺と並走するように飛ぶツヴァイにラファールを呼べば、心得たとばかりに彼女はツヴァイの前に緑色の光を差し出す。

 ラファールが差し出した緑色の光は、瞬く間にその姿を蝶型に変えるとツヴァイの周りを旋回し上空へと舞い上がった。

 その速度は本物の蝶と違い随分早い。


「あの光を追ってくれ。光の先に黒髪を小さく括った男がいるはずだから、そいつを王都から出さないよう行く手を阻んでほしい。時間稼ぎでいいから危険は冒すなよ?」

『了解です!』


 元気に鳴いたツヴァイは音もなく浮上すると、アインス達と合流した。その後俺の指示をアインス達に伝えているのか、微かに彼等の鳴き声が聞こえたがそれだけだった。

 結構な速さで飛んでいく緑の蝶を追いかける彼らに、辛そうな様子はない。普段の言動が食べ物優先なので忘れがちだが、彼らはフェニーチェ。神獣と称されることもある優美な青い魔鳥だ。

 色々頼んだというのに、気負う様子のない彼らの姿は頼もしく。淡い月明かりを受け夜空を飛ぶ姿は、幼さ故に優美とまではいかないが美しい。


「傭兵のところに乗り込んだ時も思ったが、綺麗な鳥だよな。どこで捕まえたんだ?」

「ワルド」

「あの鳥もっとでかくなるんだろう? 賢そうだし俺も一羽ほしい」


 ラファール達との会話が一段落し、アインス達への指示も出し終えた頃。

 手が空いたのを見計らってかけられた声に振り向けば、ワルドの姿があった。

 息を乱すことなく俺の横に並んだワルドは、飛び去るアインス達に見惚れているのか眩しそうに目を細めている。

 ワルドのその言葉にちらりと周囲に視線を走らせれば、アインス達の正体を知らない者達がワルド同様、期待のこもった目で俺を見ていた。

 そんな中、彼らの正体を知っているナディとレオーネは苦笑いを浮かべ、彼らの生態を理解しているバラドは呆れた表情を浮かべている。


 まぁ、正体を知っていれば、気軽に飼いたいとはいえないからな。


 内心を隠さず、「絶対無理でしょうね」とでも言いたげな視線をワルドに送るバラドに小さく苦笑し、アインス達の正体を教えてやるべく口を開く。


「まぁ、フェニーチェの幼鳥だからな。まだまだ大きくなるし、賢いのは確かだ。恐ろしいほど魔力を喰うけどな」

「まてアギニス。俺の記憶が確かならフェニーチェって……」


 俺が告げたアインス達の正体に驚いたのか、ワルドの声が若干裏返る。

 俺を見るワルドの視線には驚きと心配が含まれており、事情を知らないリタ達は驚きの声を上げ、アインス達が飛び去った空と俺を見比べている。

 ワルド達が一体何に驚いたのか、そして何を心配してくれているのか重々承知している俺は、ふっと微笑みワルド達に告げた。


「セルリー様が興味本位で孵化させたのを渡されたんだ」

「「「……ああ」」」


 魔獣を飼うなど学園に怒られないのか心配してくれていたワルド達は、俺の口からセルリー様の名前を聞いた途端その瞳から心配の色を消した。

 次いで浮かべられたのは憐れみである。

 その鮮やかな表情の変化はいっそ潔く。わかりやすい反応をどうもありがとう、と言いたい気分にさせられる。

 セルリー様が一般生徒にどう思われているのか、よくわかった瞬間であった。


「掌サイズの時からたった五羽で俺の魔力を喰いつくすような奴らだからな。あまり飼育はお勧めしない。まぁ、どうしても欲しいのなら卵を孵化させて譲ってやるが?」

「アギニスの魔力を喰いつくすような生き物、俺が飼えるわけねぇだろ?」

「三か月耐えれば、その辺から勝手に食べるようになるぞ?」

「……遠慮しとく。俺は魔力が少ないからな」

「そうか」


 ワルドの返答に頷いた後、周囲を見渡せばリタとプラハも激しく首を横に振っている。後方にいるナディやレオーネ、ガルディもいらないらしくゆるく首を振られた。シオンに至っては若干顔をひきつらせている。


「そんな教師が許されるなんて、恐ろしい学園だな」

「学園長はセルリー様が現役だった頃の部下だそうだ」

「その上、王太子殿下と若様がいるのか……学園長は胃薬が手放せないだろうな」

「失礼な。俺も殿下も――」


 ――大人しくて真面目だ。

 そう続けようとした言葉をのみこむ。

 シオンが吐いた失礼な台詞に反論したい気持ちはあったのだが、前方を飛んでいたラファールとアルヴィオーネがじゃれ合うのを止めたのだ。

 足を止めることなく周囲を観察すれば、いつの間にか明りの灯った家はなくなり、人が住まくなった廃墟が軒を連ねた光景が目に映る。


 ……初めて来たな。


 軽口を叩きながら走り、辿り着いたこの場所は、俗に言う貧困街である。

 一般人の居住区のもっとも外側であり、検問所から少し離れた、しかし宿屋が立ち並ぶ区域からも距離がある場所。

 人の行き来がなくなった道は傷み、木の根がはっているのか凹凸が目立つ。ちょろちょろと細く流れる水の音が響き、人の姿など何処にもないのに息を潜めた気配がそこかしこにある。

 華やかな大通りとはかけ離れた、王都の影と呼ばれる場所。

 少し顔を上げれば、王都を取り囲む城壁が見える。

 恐らくゼノスはあの城壁を越えて逃亡するつもりなのだろう。

 城壁の上部と上空には、乗り越えられないよう様々な対策が施されている。しかし下の部分はただの城壁。取り調べ室の壁を溶かした薬があれば、大した苦労もなく分厚い城壁に穴を開けることができるだろう。

 

『そろそろ戯れの時間は終わり、って言おうと思ったけど大丈夫そうね。もう着くわよ』

「わかってる」


 辿り着いた場所に、ゼノスが予定していただろう逃走経路を思い浮べる。時同じくしてアルヴィオーネが側にきて、予想通りの言葉を告げた。

 ゼノスはすぐそこにいるようだ。


「そろそろなのか? アギニス」

「ああ。準備はいいか?」


 軽口を止めた俺に、空気の変化を嗅ぎとったワルドが問いかける。

 答えながら他の面々に目を向ければ、皆も気が付いているらしく、己の武器を握りしめ真剣な表情を浮かべていた。

 そんな彼らに目を向けながら、俺は指示を出していく。


「ナディとレオーネは待機。二人を頼んだぞバラド」

「畏まりました」

「「了解です」」

「リタとプラハ後方から頼む。ガルディ二人を頼んだぞ」

「わかったわ」

「任せてください!」

「承知しました」

「ワルドはシオンが余計なことをしないか見張りつつ、手が空いたら手伝ってくれ。シオンはどうせ来るんだろう? 邪魔はするなよ」

「任せろ!」

「相変わらず俺にはつめてぇな」

「ラファールとアルヴィオーネはゼノスの逃走防止と、周囲に被害がでないよう頼む」

「まかせて!」

『この辺りは井戸も水路も枯れてて今一だけど、出来る限りのことはしてあげるわ』


 徐々に速度を落としながら、それぞれに指示を出した終えた俺は、足を止め振り返る。

 そして最後の注意を口にすべく、口を開いた。


「目標は貧困街の住人に被害を出さず、ゼノスを生け捕りにすること。怪我を負わないよう気を付けて、全力を尽くしてくれ――――行くぞ」


 俺のその言葉を最後に、皆それぞれの役割を果たすべく散っていく。

 俺の側に残ったのはワルドとシオンの二人だけ。


「なんだこの鳥!?」

 

 瓦礫の向こうでは、ゼノスが括った黒髪をふり乱し叫んでいる。

 ゼノスと遊ぶ五羽の青い鳥を視界におさめ、俺は静かにエスパーダを抜いた。ここからは俺の出番だ。


 獲物は目前。

 準備は万端。

 後は捕えるだけである。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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