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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
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第百十四話

 ツヴァイ達が見つけるずっと前から、この薬漬けの虫は王都内に捨てられていた。爪の先ほどしかない羽虫から始まり何度も何度も。そして魔力を帯びた虫の死骸遺棄は、アルヴィオーネが不快に思うほど繰り返され、挙句彼女の住処を穢した。

 それを仕出かした犯人は現在この王都騎士団内にいる。しかも取り調べを受けており、騎士に剣を突きつけられていたらしい。

 一体どういった経緯で騎士が剣を抜いたのか定かではないが、あまりいい状況でなかったことは確かである。

 大変由々しき事態だ。


「――おーい、若様。大丈夫か? 俺の出番か?」


 目の前で手を振り呼びかけるシオンに、はっと我に返る。自問自答の旅からいつの間にか帰還していたらしいシオンは、俺が意識を戻したのを確認すると何処か楽しそうに「捕りものか?」と聞いてくる。

 あんな特異な薬を作り実験を繰り返す者が、自衛手段をまったく持たないとは考えられない。どんな理由で此処に居るのかは知らないが、身の危険を感じれば騎士を倒して脱走も考えられる。

 考えに耽っている場合ではなく、一刻も早い犯人確保が必要だった。


「アルヴィオーネ! 男を何処で見た!?」

『えぇ? あっちの建物でだけど……』

「本部だな? 剣を突きつけていた騎士の特徴は!?」

『き、急にどうしたの?』

「いいから、早く!」

『……騎士がこんな顔で、男がこんな感じよ』


 目をパチパチさせ、俺の急変に困惑気味のアルヴィオーネをせっつけば、何処かから現れた大量の水が彼女の手の動きに合わせて激しくうねる。

 水の塊はザザーと大きな音をたてながら二つに分かれると、みるみるうちに形を変え二人の男へと変化した。


「これは……」

「おい、何で急にゼノスの水人形なんか……?」

 

 そうして出来上がったのは、精巧な作りで再現された剣を持ったガルディと昨日から拘束しているゼノスの姿であった。


「髪を括っているのが、死骸を捨てていた犯人でいいんだな?」

『そうよ。さっきここに来る前にあっちの建物を探検していたの。そしたら、こっちの騎士に剣を突きつけられていたわ』

「おい、ゼノスが一体何の犯人だって? それにその気持ち悪い気配のする包みは何だ。もう一人の精霊様はなんていってるんだ!?」

「残念ながら、その質問に詳しく答えている暇はない。バラド!」


 間違えようがないが念の為アルヴィオーネに尋ねれば、彼女は「そうよ」といって頷く。

 その間、俺の声しか聞こえていないシオンは、断片的な情報と部屋の中に突如現れた水人形達を見て俺の肩を掴んできたが、事態は一刻を争う。

 危険度が低そうだったので、ガルディにゼノスを任せた訳だが、その所為でガルディの身に何かあれば俺の責任だ。手遅れになる前に、ガルディの元に向かわなければならない。

 現状の危険度を理解した俺は、詳細を求めるシオンを無視してバラドへ呼びかけた。


「昼過ぎから第八取調べ室を使うと伺っております」

「俺はラファール達を連れてそちらに向かう。お前はルツェ達と、いればワルド達も呼んで来い。急ぐから、すぐに見つからなければ呼ばなくていい」

「畏まりました」

「おい!」


 すでに逃走している可能性を考えバラドに応援を呼んでくるよう頼む。快諾したバラドに頷き、俺も準備を整える。

 するとそんな俺の態度に焦れたのか、一人だけ状況を把握できていないシオンが苛立ちを露わにした声をあげた。


「煩いぞシオン! 気になるなら着いてくればいいだろう!?」

「……当然そうさせてもらう。ゼノスとは知らぬ仲じゃねぇからな」

「先にいっておくが、ゼノスはたった今傭兵の件とは別件で、重罪を犯している可能性が浮上した。『お前の仲間には手をださない』という言葉には反しないし、相手は犯罪者である可能性が高い。よって、あちらの出方によっては武力行使も厭わない。お前も邪魔するなら斬るぞ」

「…………わかった」

「ラファール、アルヴィオーネ。悪いが付き合ってくれ」

「勿論!」

『いいわよ』


 俺の宣言にシオンが頷いたのを確認し、部屋を出た。勢いよく開けた所為か、廊下に大きな音が響き渡る。

 音に気が付き何人かがドアから顔を出していたが、それらを無視して俺は本部に向け走った。





 ラファールの助けを借り、本部の二階を風のように走る。

 第一、第二、第三と書かれた部屋の前を通り過ぎ、角を曲がって第四、第五、第六と書かれた部屋も通り過ぎる。そして第七と書かれた部屋の前も通過し、辿り着いた第八と書かれた扉を叩いた。


「ガルディ! 無事か!?」


 ガンガンガン! と扉を叩き叫ぶも、返事はない。扉に耳をあててみるが、中からは何も聞こえなかった。


『中に騎士服着た人間が二人居たけど、寝ているみたい。壁が溶かされていて、あの男はいないわ』

「わかった」


 俺が扉を叩き、声をかけるという原始的な方法をとっている間に、アルヴィオーネが中を見てきてくれたらしい。

 基本、取り調べは容疑者と騎士二人で行う。容疑者の逃亡防止であり、騎士の行き過ぎた取り調べや調書の改竄を防ぐ為である。

 つまり、今室内にいるのはガルディとその補佐についた騎士の二人。ゼノスには逃げられた後のようだ。


「下がってろ」


 間に合わなかったことにチッと舌打ち、エスパーダを抜く。

 そして俺は迷わず目の前の扉を斬った。


「……扉どころか、壁も半分ほど斬り崩されているが大丈夫なのか若様」

「…………緊急事態だからな――ガルディ!」


 チンとエスパーダを鞘に収めた途端、ガラガラと崩れ落ちた扉と壁半分にシオンが呟く。

 どうやら焦るあまり、力を入れ過ぎてしまったらしい。扉だけを斬るつもりが、壁も半分ほど斬ってしまった。お蔭で部屋の中が廊下から丸見えである。

 大丈夫かと問われれば微妙な結果になってしまったが、一刻を争う事態であったこともあり、呆れが含まれたシオンの声に軽く肩を竦めることで俺は返事を濁した。

 そして微妙な空気が漂う場を無理矢理誤魔化した俺は、机に腰かけたままピクリとも動かないガルディに駆け寄る。


「ガルディ!」


 駆け寄り、ガルディの脈と呼吸を確認する。首筋に触れればトクトクと流れる脈が感じられ、聞こえてくる呼吸音は正常。魔力もガルディのものしか感じられないので、魔法による干渉もなさそうだ。

 室内を見渡せばアルヴィオーネの言葉どおり、外に面している壁が溶かされ人一人通れそうな大穴があいていた。穴のお蔭か室内は風が通り、怪しい薬品の臭いは無い。

 俺達までやられる可能性がない点を喜ぶべきか、証拠が一切残っていない点を嘆くべきか迷うが、今はガルディと騎士を起こすのが先決だ。とりあえずガルディの状態と室内の様子からみてただ寝ているだけの様なので、俺はガルディを容赦なく叩き起こす。


「起きろガルディ! 一体何があった!?」

「ん……うん……」

「ガルディ!」

「う、ん? …………ドイル……様?」

「しっかりしろガルディ! 此処で何があった? ゼノスはどうした?」

「ゼノス……? そうだ、彼奴っ! って、何ですかこれ!?」


 鈍いながら反応を見せたガルディに呼びかけること数回。ようやく覚醒したガルディは俺が発した「ゼノス」の名に反応し辺りを見回すと、ガタンと動揺露わに立ち上がった。

 その際、ガルディが立ち上がったことで響いた大きな音に、奥で寝ていたもう一人の騎士も目を覚ます。そして、ガルディと同様部屋惨状に驚くと、目を見開いて固まった。


「な、な、な」

「っ! ――――――ドイル様この現状は? 彼奴は一体何者なのですか?」


 言葉にならない声を上げる同僚と違い、ガルディは驚愕するも一呼吸置くと、冷静に現状を問うてきた。そこに動揺の色は無く、僅か一呼吸で驚愕や動揺をおさめてみせたその冷静さは見事の一言である。


 こんな時になんだが、対応で優秀さがわかるな……いや、こんな時だからか。


 はっきり分かれた二人の騎士の態度に、「役に立てる」と自分で言うだけあるなとガルディを見直す。そして俺は簡潔に、己が持っている情報をガルディに提示した。


「ゼノスが何処の何者かは不明。ただし、彼は人体をも溶かす危険な薬を研究していた疑いがある。現在発見されているのは幼虫を溶かす程度の威力だが、その薬が何処まで完成しているかは不明。ちなみに、薬の完成形も不明だ。ただ、トレボル家のナディにきつい忠告を貰ったので、薬の危険度は相当だと思ってくれていい」

「――ドイル様は薬を作った危険人物だと知っていて、ゼノスを俺に任せたんですか?」


 情報を聞き終えたガルディが、俺に静かに問いかける。

 声色こそ変わらないが、険を含んだガルディの眼差しが「俺を嵌めたのか」と言外に俺を責めたてていた。


 ……そう思われて、当然だな。


 返答によっては考えがあると言わんばかりの、僅かな怒気を乗せたガルディの視線を受け止めそう思う。

 むしろこの状況で疑うなという方が無理だろう。

 部下になりたいと宣言した相手から任された人物。

 ガルディは俺に能力を示す絶好の機会と思い、何らかの情報を得る為に頑張ってゼノスを追い詰めたことだろう。それこそ剣抜いて脅し、笑顔で宥め、餌をぶら下げ懐柔を試みたはずだ。

 そして、あの手この手を使って情報を引き出そうとしたのは、ゼノスをただの薬師と思い込んでいたからである。

 レオ先輩やテラペイア先輩達、ナディやレオーネがそうであるように、一般的な薬師は戦いが不得手だ。

 俺がゼノスを「シオンへの手掛かりを持っているただの薬師」と思っていたように、ガルディもゼノスを「非力な薬師」として見ていたはずだ。


 あの時点でゼノスは「傭兵達に顔が利く、最近頭角を現し始めた若手の薬師」でしかなかった。俺もシオンと再会してから、完全にシオンに意識がいっていた。そんな俺の意識の先をガルディが読み取れなかったとは思わない。

 正しく俺の欲しい情報は何かを読み取ったガルディは、ゼノスからシオンに関する情報を得ようと奮闘したはずだ。

 その当の薬師が、騎士二人を簡単に手玉に取るような超危険人物だと知っていたら、騎士の数を通常より増やすなり、ゼノスの拘束を重くするなりしていただろう。

 少なくとも、俺が虫の一件とその犯人を追っていることをガルディに告げていれば起こらなかった不祥事である。

 今、ガルディの胸中には「部下になることを拒むに値する不祥事を起こさせる為、わざと重要な情報を伏せていたのでは?」といった疑念が渦巻いていることだろう。


 ……まぁ、それがわかったところで、現状どうしようもないんだがな。


 そんなつもりはなかったというのは簡単だが、その言葉をガルディが信じるかどうかといえば否だろう。例えそれが事実であっても、一度疑いを抱いた相手の言葉を素直に信用するのは難しい。

 だから、これは賭けである。

 ガルディが冷静になってシオンと再会した時のことを思い出してくれれば、俺がゼノスを連れ来るのに乗り気でなかったこと、そこまで奴を重要視していなかったことがわかるだろう。それさえ思い出してくれれば、俺への疑いは晴れるはず。なんせ、あの時「疑わしきは罰せず」といった俺に「甘い」と苦言を呈したのは、ガルディ本人である。

 しかし現在のガルディは、本人が自覚している以上に混乱しているのは確かだろう。笑顔を忘れ、俺に此処まで感情を露わにしている時点で、どれ程ガルディが混乱しているか知れるというものである。

 そんな状態で俺の言葉を素直に信じてくれるか否かは、ガルディ本人がどれほど冷静に私情を挟まず情報を分析できるか、もしくはガルディが俺の人間性をどれだけ信じてくれているかにかかっている。


「――いや、犯人を追っている途中だったんだ。薬師巡りの本来の目的は別件だった。ただ、こちらの件に関しても何かしらの情報が得られないかと期待し、ついでに情報を集めていたことは否定しない。先ほど、縁あって長らく王都を住処にしている精霊に話を聞くことができた。その結果ゼノスが張本人だと判明し、駆けつけてきたんだ。ゼノスは白だと思ったんだがな……俺の読みが甘く、人を見る目がなかった所為でお前達には迷惑をかけた。すまない」


 そこまで言い終えた俺は一度頭を下げた後、ガルディの目を見つめ返した。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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