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奇跡ですか? では申請書にご記入下さい  作者: 天笠恭介
第四章 賽は投げられていた
16/22

その2



 事の報告と確認に行くと言うシュナイツァと分かれ、空海は独り家路に着いた。

 今日の予定は大分狂ってしまったが、そんなものは些細な事だった。


 ――ようやく、か。


 今日の出来事を持って、空海は最初に掲示された三回目の危機を乗り越えた事になる。

 つまり後は天界の仕事が片付けば、晴れて空海は十一年間付き合った不運体質と別れて普通の人間になれるのだ。大切な人を不運に巻き込む事を恐れる必要は、無くなる。


 ――そうすれば――


 自然と軽くなる足で空海は涼風家の玄関を潜る。


「ただいま」


 声をかけるが、何故か返事が無い。家の中は不気味なほどの静寂に包まれていた。


 ――……変だな。


 足元を確認すれば天音の靴があり――無用心だと思うものの――鍵も開いていたのだから、当然彼女は帰って来ているはずだった。

 静まり返った家の雰囲気を不審に思いながら、空海は台所や居間を見て回る。だが、どこにも天音の姿が無い。

 その事実は言い様もない不安を空海に与えた。


「天音。どこだ」


 声をかけながら捜し回るが、風呂場にもトイレにも空海の部屋にも姿はない。段々と嫌な予感が強くなっていく。不安は動揺を誘い、焦燥を駆り立てる。


「天音!」


 家の中を駈けずり回って、とうとう最後は彼女の自室を残すのみとなってしまった。もうずいぶんと訪れていないその部屋の扉に手をかけ、そっと開けていく。


「天音……?」


 空海が覗き込んだその部屋には空虚な静寂だけがあった。そこに求める姿は、無い。


「……ん?」


 ふと、部屋の中央に転がるヤギのぬいぐるみに目を奪われた。以前空海がクレーンゲームで取って、そのまま天音にあげたものだ。メモを丸めて持たせるギミックがあって、まさにその人形は一枚の丸まった紙を持っている。


 もしもそれだけならば空海は少し注目した程度で気にはしなかっただろう。だが、そのぬいぐるみが見覚えのあるペンダントをつけているとなれば話は別だ。

 空海は無言で人形に接近し、拾い上げる。取り付けられているペンダントは、間違いなく今日天音がつけていた太極図のペンダントだ。それがここにあるという事は、やはり天音は一度帰ってきたという事になるのだろうか。


 ふいに、空海はぬいぐるみが持つメモから不吉な臭いを感じ取った。恐る恐るメモを抜き取り、片手で丸まった紙を広げていく。

 そこには文字が書かれており、その内容は――




 涼風天音は預かった。詳細は追ってそちらに届ける。それまでは大人しくしていろ。さもなくば、彼女の安全は保障しない。




「なん……」


 言葉にならなかった。頭をハンマーで殴られたような衝撃を受け、空海は手紙を取り落としつつよろめいてその場で尻餅をついてしまう。


 ――天音が……さらわれた?


 その言葉の意味は分かるのに、意味が分からなかった。何が起こっているのか分かっているのに、空海には何も分からなかった。


「遅かったですか……」


 溜息交じりの声が聞こえ、空海は弾かれたバネの速度で声の主を視界に捕らえると、


「どういう事だ! 何で天音がさらわれる! 答えろ!」


 瞬時に間合いをつめて相手の胸倉を掴み上げた。


「その質問、私には分かりかねますね。なにやら大きく事情が変わったとかで、私も先ほどせっかくの報告を門前払いをされたばかりです。まあその代わり、あなたの生命を守るために多少の逸脱行為には目を瞑るとお墨付きは得ましたが、それだけです。私にも把握出来ていません」


 空海にされるがまま、シュナイツァは淡々と言葉を吐き出す。


「天音には何もないって言っただろうが!」

「事情が変わったと申し上げたはずですよ? つまり、涼風天音がこの一週間で死ぬような事はないというあの言葉は、最早何の効力もありません」


 再び、ハンマーで頭を殴られたような衝撃が空海を襲う。シュナイツァを掴んでいた手から力が抜け、よろよろと後ずさる。

 だが、放心していたのは一瞬だった。崩れ落ちそうになる足に力を込め、空海は激情をたぎらせた目でシュナイツァをにらみつける。


「捜せ……手伝え! 創造神! さもなければ――」


 空海は天音の机の上にあるペン立てからハサミを抜き取り、


「――俺が死ぬぞ……!?」


 威嚇するようにして自分の首へと押し当てた。

 しかし、空海のそんな姿を見てもシュナイツァはさして焦った様子もない。それどころか小さく溜息を吐き出し、


「脅しになりませんね。涼風天音の状態を把握出来ていない今、あなたは何があっても死ぬ事は出来ないはずです。そんな事をする意味が無いんですよ」


 冷ややかな目で空海を見てきた。感情の燃える空海とは対照的にシュナイツァの目はどこまでも静かで、まるで凪の水面を見ているようだった。

 それは見る者からすら熱を奪うほどに冷たい。空海は自分の中の激情を削り取られるような錯覚を覚えて、シュナイツァから目を逸らしてハサミを持つ手を下ろした。


 ――くそっ! くそっ! どうすりゃいいんだ……


 空海は何も思い浮かばない自分に苛立ち、思わずハサミを床に投げ捨てようとして、


「とはいえ、あなたに協力するのはやぶさかではありません」


 シュナイツァの言葉にピタリと動きを止めた。


「え……?」


 緩慢な動きで空海が視線をシュナイツァに戻すと、スーツ姿の創造神は顎に手を伸ばしてなにやら考え込んでいた。


「気になるんですよ。この一連のイレギュラー、あまりにも不可解です。誰かが何かをしているとしか思えません。そしてその誰かがあるいは――」

「天音をさらった奴かもしれないっていうのか?」

「確証はありませんがね。ただ、このタイミングで彼女をさらう目的はあなたしかいないでしょう。そうしてあなたに干渉する理由は、我々が行おうとしている事に無関係とは思えません」


 音もなく部屋の中を移動するシュナイツァが、先ほど空海が落とした手紙を拾い上げてしげしげと文面を確認していく。

 特に長い文章でもないのだが、彼はそれを二度三度と読み返し、


「この手紙には追って指示を出すとあるのですから、今は耐えて待つしかないでしょう。天音さんはあなたをおびき寄せるエサですから、今のところは何もないと思いますよ」


 丁寧に手紙を折ってスーツのポケットにしまいこんだ。


 と、ちょうどそのタイミングで呼び鈴が鳴った。

 空海とシュナイツァは一瞬互いに顔を見合わせ、すぐさま空海は階段を駆け下りていく。その背後にシュナイツァも続いた。


「郵便でーす」


 にこやかに封筒を差し出す配達員への挨拶もそこそこに、空海は急いで宛名と差出人を確認する。

 表の宛名は『涼風様』となっていたが、裏面にはしっかりと『陸奥空海様へ』という文字が書かれていた。

 空海は迷いなく封を切り、中から二枚の紙を取り出す。

 一枚は町の地図で、近くの工場に大きな赤丸が記されていた。そしてもう一枚の紙には人形の持っていた手紙と同じ字で、




 今日の午後五時に地図で示した場所へ神と二人だけで来い。他の誰にも知らせるな。

 それと、創造した三つの神器も持って来い。リングとシールとコントローラーだ。

 以上の約束を破った場合、人質の安全は保障しない。




 そう書かれていた。


「封筒の消印は昨日ですね。という事は、その手紙は今日あなたが見た置手紙よりも前に出されていたものという事ですか。まるで先が見えるような行いですね」


 シュナイツァの考えに、空海も同意せざるを得ない。まるであらかじめ未来が分っているかのような行動をしている。


「なあシュナイツァ。そう考えると、この脅迫状の主はお前らの関係者になるんじゃないのか?」

「妥当な考え方ですが、それは無いと思います。この件の解決には現在組織に属しているものは全員駆り出されていますし、もしもその中で変な動きをする者がいればすぐにばれるでしょうね。そもそもの発端がそういった変な動きに関する監視を怠った事が原因なわけですから」


 シュナイツァの言う事はもっともだった。しかし、空海は何か重要な点を見落としている気がしてならない。それはどこか。


 神の奇跡による運命流の操作ミスから始まった今回の一件。現状は予測された三件の危機回避を完了し、後は期限までただ待つだけのはずだった。しかし、実際には四つ目の事件が現在進行形で発生している。直接的な危機に晒されているのは天音だが、狙いはあくまで空海。犯人はシュナイツァの存在を知っており、神器についても情報を持っている。


 ――だが、組織の神員(じんいん)は手が離せない。


 本当にそうだろうか。いや、誰かいるはずなのだ。今回の事件について深く理解し、かつ組織の目に留まらずに暗躍出来る存在。それは――


「……ん? ちょっと待てシュナイツァ」

「何ですか?」


 ――いる。この事件の中身をきっちり理解した上で、なおかつ組織に目をつけられずに行動出来る可能性のある奴が。


 怪訝な表情で首を傾げるシュナイツァに対し、空海は高ぶった感情をゆっくりと沈めながら、


「この事件のそもそもの発端、十一年前にミスった事を隠蔽して査問にかけられたっていう神がいたよな?」


 突然の質問に、シュナイツァは片眉を跳ね上げる。


「ええ。お話した通りです」


 初めて会った時に話した事柄を今一度問われたのだから、彼の反応は至極当然だった。

 その反応を見て、空海はおそらく組織の神々も同様の考えを持っているのだろうと確信する。


「そいつ今、どうしてる?」

「さて? 以前にも少し話しましたが査問はすでに終了して、とうの昔に神権の剥奪及び地界追放処分――っ!」


 シュナイツァが息を呑んだ。そこまで言って、彼も空海の言わんとしている事に気がついたのだろう。空海の知る限りで初めて、その顔が驚愕に染まる。


「ビンゴ!」


 灯台下暗しだ。最も初期にこの件から外れているはずの存在。故に、誰もその動向を気にしていない。


「なるほど、これは盲点でした。確かに、貴方の言う通りこれ以上に条件を満たす存在はいませんね。査問の席で現状の説明を耳にしているでしょうし、そこから先我々がどう動くのかを予想するのは比較的容易だったでしょう」

「こっちに追放されて自暴自棄になって世界巻き込みをご希望ってわけだ」


 正直相手の事情などどうでもいいが、実に反吐が出る話だった。自分一人が不幸になるのは嫌だから周りを巻き込んでやろうという考え方は、不運体質と付き合わねばならなかった空海にとって度し難いものである。


「確か追放された神は普通の人間と同じなんだな?」

「はい。ただ、脅迫文にもあるように、記憶は神だった頃のものがそのまま残っていますので、厳密には普通の人間と言っていいのか迷うところではありますね」


 相手が神の記憶を持っていることによる障害は、せいぜい神器が使えない事とシュナイツァが姿を消して干渉を試みる事が出来ない事くらいだ。それでもかなり痛いが、元々イレギュラーに近いものが使えないからといって悲嘆する意味は無い。


「ただ、相手が元神だとして、このままのこのこ行ったんじゃ確かに意味はないな……」

「応援を呼ぼうにも、連絡を取る事は禁止されていますしね。あなたが天音さんに固執しなければいくらでもやりようはあるのですが」

「黙れ。それに関しては絶対に曲げないぞ。天音の安全が最優先だ」


 空海の言葉に、シュナイツァはやれやれと頭を振った。


 ――さてそれはそれとして、ほんとどうしたもんか……


 状況として真っ向から行かざるをえないわけだが、何の用意も無しに真っ向から行くのは絶対にありえない。かといって、それと分かる小細工を弄せば天音が危ない。


 ――考えろ。


 相手を騙しつつ、一発で状況をひっくり返せるような罠を仕掛けなければならない。そのためには――


「……待てよ。この工場って確か鉄鋼関係の工場だったな」

「そうなのですか?」

「って事は、絶対にあれがあるはずだ」


 空海の頭の中でパズルのピースがはまって行き、一つの策が思い浮かぶ。


「ほう。なかなか面白い発想ですが、神器無しで可能なのですか?」


 シュナイツァの指摘に、良策を思いついたと明るくなった空海の顔が見る見る暗くなっていった。思いついた策の欠陥を理解し、空海は悔しそうに首を振る。


「いや、あんたの言う通り俺が考えた策は音消シールとドミコンが無いと出来ない。くそっ。これじゃあ駄目か」


 せめて奇跡申請書がもう一枚あればとも思ってしまうが、脅迫状には奇跡申請書に関しての記述が無かった。おそらく元々三枚しかない事を知っているのだろう。そうでなければ、奇跡申請書も持って来いと書かれていたはずだ。

 無ければ無いでどうにかなるかと思ったが、結局考えついたのは神器頼りの策だけ。空海は自分の無力さに情けなくなる。


「頭で考えていても仕方ありません。約束の時間まではまだ少しありますし、何か紙に箇条書きでもしてもう少し考えて見ましょう」


 そう言って、シュナイツァはどこからともなく紙を挟んだバインダーとボールペンを取り出した。いや、創り出した。

 その様子を見て、空海は一瞬視線を動かして何かを考えたかと思うと、


「シュナイツァ! それだ!」

「はい?」


 大きな声で名前を呼ばれ、シュナイツァは首を傾げた。空海はそんなシュナイツァには構わず、


「あんたは別に俺が頼む時みたいな制約無しで物を創り出せるんだよな? 俺の家でもホワイトボードとか創ってたし」


 少なくとも、空海の目に見える形で何か用紙に書き込みはしていなかったし、判も押してはいなかった。とすれば、あれはあくまで願いを叶えるという場合に必要なものだと考えられる。


「ええ。ただし地界において申請無しで作ったものは、特例を除き、きっちり回収した後で廃棄する必要があります。そのまま放置すると何がおきるか分かりませんので。ちなみに、特例というのは私が故意に壊したものを復旧した場合等ですね」

「その制約無しで作れるものは、それこそこの身代わリングみたいな特殊な物でもいいのか?」

「ええ。私自身が使う分には何の問題も無いですから。ただ、他人に使われると問題ですね。早い内に回収出来れば影響は小さくて済みますが」


 ――よし行ける。


 シュナイツァの説明を聞いて、空海は先ほど考えた策を生かす道を見つけた。かなりイカサマに近い方法だが、シュナイツァが協力してくれるのなら無理が通せるはずである。


「シュナイツァ。今から俺が言うものを、あんた自身のためという名目で創ってくれないか?」


 厚かましい願いと承知で、空海はシュナイツァに懇願する。天音を助けたいという、純粋な気持ちからの行動だった。


「…………ああ、なるほど。そういう事ですか。まったく、人間はよくもまあそういう屁理屈を考えられるものですね」


 空海の心を読んだのか、しばしの沈黙の後でシュナイツァは苦笑交じりに納得したという表情を作った。

 彼は一度大きく溜息を吐き出し、


「いいでしょう。乗りかかった船ですし、多少の逸脱行為も認められています。それに今回の件は元々私たちの同胞がしでかした事。目には目を、イレギュラーにはイレギュラーをという事で」


 スッと差し出された手。空海は一瞬きょとんとなったが、すぐさま我に返り、その手をがっちりと掴んだ。


「恩に着る」


 人と神の共同戦線。最終決着は近い。



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